霜月が材木座からカードを受け取り、場に捨てた。
「革命ね」
カード4枚がひらりと舞う。場の空気が一変した。遊戯部の二人は顔を引きつらせる。
「ジ・エンド・オブ・ジェネシス・TMレボリューション・タイ「やかましい!」
霜月の5文字がすべてを終わらせた。材木座、沈黙。
由比ヶ浜が「パス」と苦笑い、雪ノ下は「やれやれ」と肩をすくめる。遊戯部側も様子見でパス。
そして問題のターンがやってきた。材木座が、輝くようにカードを掲げる。
「ソード・オブ・ジャック!……THE・リバース!」
やけにキメた声で材木座がカードを掲げた。だが、お察しの通り.....ただのスペードのJである。
(J……?あのバカ!!)
霜月の脳内で警報が鳴り響いた。革命中にイレブンバック持ちのJを出すそれはつまり、せっかくの革命を自分で元に戻すという自爆行為。しかしこの男は本気でやろうとしている。
瞬間、霜月の手は動いていた。机の端に置かれていた、遊戯部行く途中、自販機で買っておいた飲みかけのペプシコーラの缶。
「いけない、手が滑った」
瞬間、霜月はそれを掴んだ。手元の軌道は容赦がない。眼鏡越しにかけても防がれるだけ——狙うは下から上のみ。ペプシコーラが閃光のように走り材木座の顔面に命中し、炭酸が炸裂。
躊躇ゼロ、狙いも完璧。
「目がぁ! 目がァァァ!!」
(大佐のマネ出来るならまだ平気でしょ。ラピュタと一緒に海に落ちてなさい)
霜月はまるで小蝿でも払ったように淡々と言い放った。
「革命は守られたわ、続けましょ」
材木座が床を転げ回る。由比ヶ浜が絶叫した。
「……しもっち!?それ、暴力じゃ……?」
慌てて言ったが、霜月は瞬きすらせず無表情でペプシの缶を机にコトンと置いて返した。
「炭酸はノーカンよ」
比企谷は腕を組んでうなずく。
「……霜月、お前、よくやった」
一方、雪ノ下は額を押さえていた。
「……本当に、どうしてそう物理的なのかしら」
遊戯部側も一瞬、完全に沈黙。誰もが「なにが起きたのか」理解できていなかった。霜月は前髪を払い、転がる材木座に近づく。
「ねぇ、腐れ中二。アンタまさかJを出す気じゃなかったわよね?ほら、別のカードを出すつもりだったんでしょ?」
霜月の声には一切の感情がなかった。冷えた刃のように、静かで、鋭く、そして逃げ道を許さない。
もはや尋問である。
「そ、相談はルール違反ですよ!」
慌てて割って入る相模。が、霜月は眉ひとつ動かさずに返す。
「相談?違うわ。ただの確認よ。ね?」
その「ね?」の一言に、材木座は魂の底まで射抜かれた。あの視線は、カードゲームではなく命のやり取りに近い。床に転がったまま、まるで遺書を書くような顔でカードを震えながら一枚差し出した。
「……こ、これを」
ハートの3だった。
「よろしい」
霜月はそれを受け取り、場に投げる。空中でくるりと回転し、カードは音を立てて卓上に落ちた。
「3でいくわ」
革命中にイレブンバックを出すという爆弾は無事(材木座の目を犠牲に)処理された。その瞬間、空気が一変した。遊戯部側の視線が交錯し出されたのはジョーカー。
文字通りの切り札。
しかし霜月は動じない。すぐさま別のカードを投げ出した。スペードの3。
「なっ……!?」
遊戯部側が一斉にざわつく。自分たちが持っていたはずのカード。先ほど材木座の絶叫で落とした“あの一枚”が、敵の手に渡っていたのだ。
(材木座の大声で動揺して落としたのが運の尽きね)
霜月は内心で鼻を鳴らした。ジョーカーを唯一打ち消せるカードそれがスペードの3。切り札を、切り札で潰す。
そして、ターンは材木座に回る。
「ふ……ふふふ。見よ! 我が“ジャッジメント・ジャック”を!」
今度はちゃんと場面を見極めて、革命を狙う。出されたのはスペードのJ。
場にカードを置いたのは霜月だが、なぜか材木座は両手を広げて勝ち誇る。
「我が導いた勝利!」
「導いたのはペプシの炭酸でしょ。ムスカ」
霜月の冷淡なツッコミが容赦なく刺さる。場の空気が切り替わる中、雪ノ下が静かにカードを差し出した。
「……5」
たったそれだけなのに、遊戯部の眉が跳ね上がる。普段なら雑魚も雑魚、数合わせレベルのカード。だが今は革命状態。
その“雑魚”が、途端に“猛者”に化ける。
ジョーカーを潰された彼らにとって本当の最後の切り札は“8”。本来なら、8は「8切り」で場をリセットできる超絶有能カード。だが革命中の今、それは真逆の効果を持っていた。
「8で流すつもりだったんでしょうけど、残念ね」
霜月が無慈悲に言った。
ルール上、8は3〜7のカードを切れるが、8以上には勝てない。ところが革命下では上下関係が逆転。つまり8は9・10・J・Q・K・A・2には勝てるが、3〜7には負ける。
そして雪ノ下の出したカードは、よりによって“5”。
どう足掻いても、勝てない。
「終わりね」
霜月の手から、クラブの4が滑り出る。その瞬間、誰もが理解した。
奉仕部、勝利。
静寂のあと、由比ヶ浜が「やったぁー!」と両手を挙げる。遊戯部の二人はうなだれ、材木座は目を押さえながら涙声になりなぜか泣いていた。
「我は……感動している……!数字の革命が、今、ここに!」
「泣くなバカ。お前、まだペプシ臭いんだよ」
比企谷の冷たいツッコミが場を締め、奉仕部の勝利に静かな笑いがこぼれた。
部室はまだ革命とペプシ事件の余波でザワザワしていた。
「あの、すいませんでした」
頭を下げるのは遊戯部の相模と秦野。二人とも、申し訳なさそうにうつむいている。霜月はそれを冷静に観察し、心の中で評価する。頭を下げるってことは、悪人じゃない証拠だ。
「そうね、そこまで腐ってないし……眼鏡その1とその2に改名しておく」
霜月のあだ名は相変わらず容赦がないが、少しだけ評価も上がったようだ。
その隙に調子に乗って高笑いしていた材木座は2人との会話で動きが止まる。
「じゃ、じゃあやめようかな……うんやめるわ……ふむ、やはり我はラノベ作家に向いているということかもしれぬ。ふははは、我天啓得たり!そうと決まれば次の新作のプロットに取り掛からねばならぬな。ではな、者共!さらばだ!」
材木座、どこか高らかに退場を宣言するが――
「待ちなさいよ」
霜月の手が、肩にガッチリと食い込む。
「腐れ中二、アンタの評価は腐ったままなのよ。よくも裏切りプレイかましてくれたわね、この腐れ中二眼鏡。雪ノ下、由比ヶ浜、アンタらもコレに話があるでしょ?」
そう、霜月はまだ許していなかった。材木座が女子の下着姿を見たさに裏切りプレイをした件である。
「そうね、忘れてたわ。比企谷君、部室に先に帰ってくれるかしら、私達は材木座君と少しお話があるから」
「ヒッキー、ごめんね?」
「お、おう」
パンイチ状態の比企谷は、慌てて着替えに戻る。霜月達は、材木座を空き部屋に押し込み、長々とお話いや、O•HA•NA•SHIを開始した。
長い説教タイムを終え、霜月はようやく材木座を解放した。
雪ノ下と由比ヶ浜は先に部室へ戻り、霜月はと言えば、犯行......もといペプシ攻撃の証拠隠滅に向かっていた。
手に持った空き缶を捨て、夕暮れの校舎裏をのんびり歩いていた。橙色に染まる校庭を眺めてるとカラスがカァと鳴いた。
少しセンチな気分もつかの間、部室に戻ろうとした霜月は、ドアの前でぴたりと足を止めた。中から、妙に重い空気が漏れてきたのだ。部室の扉に手をかける。だが、中から微かに声が聞こえてきた。比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜の声だ。
(なんか、重い空気ね……また腐れ眼鏡が何かやらかした? いや、違うわね。語彙が暗い)
霜月は扉越しに耳を澄ませた、話題はどうやら複雑だ。
高校入学時、由比ヶ浜の飼い犬・サブレを助けた比企谷。だがそのせいで、なんと雪ノ下が乗っていたリムジンに跳ねられ、入院する羽目になったらしい。
(そもそも、リムジンに轢かれる高校生ってなによ……どんな入学エピソードよ)
霜月は頭の中で突っ込みを入れながらも、耳はしっかりダンボ状態。
やがて由比ヶ浜が“本当のこと”を話した職場見学の頃の話へと進む。だが比企谷はそれを勘違いし、自己防衛モードを発動。
『同情で接するのはやめてくれ』
結果由比ヶ浜の想いは、比企谷のひねくれフィルターで真逆に変換されてしまった。
(あーあ……また拗らせてたのね、あの高二病末期患者)
霜月は額に手を当て、深くため息。
(由比ヶ浜の犬を助けたのは誰でもできる行為だから、自分の“価値”じゃない……って、それを決めるのはアンタじゃなくて由比ヶ浜でしょうが....なんでアンタが決めてんのよ....)
ドアの向こうで語られる青春ドラマに、霜月は一人、ツッコミと感想を呟く“影の実況者”と化していた。
霜月は唇を軽く噛み、心の中で呟く。
夕暮れの光が、霜月の影を少し長く伸ばす。部室から漏れる重い会話と、彼女の淡々とした感想が、微妙に対照的だった。
『……だから間違っていたのよ』
『そうだな、間違えたなら、また始めればいい』
霜月は長いため息をつき、ようやく扉を開ける事を決意する。
「さて……長い回想シーンも終わったっぽいし、入るか」
ガラッ。
「長い回想シーンは終わった? 三人とも」
霜月が顔を出すと、三人の視線が一斉にこちらを向むき比企谷がぼそり。
「遅かったな」
「アンタらの重い会話の途中で入る勇気、私にはないわよ」
雪ノ下は何かを思い出したように立ち上がる。
「……私は平塚先生に人員補充完了の報告をしてきます」
と、まるで爆発物から離れるように部室を去った。
残されたのは、気まずい空気と比企谷の手元の小箱。比企谷は由比ヶ浜にプレゼントととしてチョーカーを渡した。チョーカーをつけた彼女は感想を求めたがそれは犬用であり、余計気まずくなった。
(比企谷のアホ!)
比企谷と由比ヶ浜が、さっきの“犬用チョーカー事件”で気まずい沈黙を共有していた。空気はぬるいのに、なぜか冷たい──まるで夏の職員室のようだ。
そんな中、霜月はため息ひとつ。
(はぁ、また青春こじらせ劇場が始まったわね)
そして、鞄を探りながらさらりと口を開いた。
「じゃ、次は私の番ね。由比ヶ浜、誕生日でしょ。プレゼント」
「わあ、ありがとう!……って、なにこれ?」
由比ヶ浜の手にあるのは、英語の参考書。勉強が苦手な由比ヶ浜に参考書を贈る霜月。それはもはや教育的テロである。しかもその参考書、厚さはほぼ煉瓦。開いた瞬間に心が折れ、数ページめくれば眠気が襲う――そんな“知識の凶器”だ。
由比ヶ浜の笑顔は、ページを開く前に既にクラッシュしていた。まるで「勉強頑張ってね♡」という優しい言葉の皮をかぶった“暗黙の宣戦布告”である。
霜月はそんな彼女の反応を見て、わずかに口角を上げる。霜月は満足げに腕を組み、
「これで毎日勉強すれば英語克服できるでしょ。将来グローバルな由比ヶ浜に──」
「うぅ……やっぱりしもっち、ちょっといじわる……!」
「冗談よ、本命はこっち」
そう言って、霜月は参考書の陰からもうひとつの包みを取り出す。中身は小さなチューブのハンドクリーム。香り控えめ、上品なタイプだ。
「あ、ありがとう……!」
由比ヶ浜がぱっと明るくなった。霜月はにやりと笑い、追撃を放った。
「人の手をよく握る人だから、手荒れは厄介でしょ。“触れ合い系女子”の職業病対策ってやつよ」
「そ、そんな言い方しないでよ〜!」
顔を真っ赤にする由比ヶ浜。比企谷は気まずそうに目をそらし、咳払いひとつ。
やはり今日も奉仕部は通常運転である。