やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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奴隷業務と迷惑イケメン

目的地に着き、車のドアを開けると、目の前には一面の緑が広がっていた。自然豊かな木々が、まるで「ようこそ」と言わんばかりに霜月達を迎える。

 

「……いい景色ね。なんでこんな景色を見るハメになったんだっけ?」

 

 

独りごちた声は、もはや呪詛に近い。帽子の中でぺしゃんこになった髪を直しながら、霜月は首を鳴らした。パキパキと鳴る音が、まるで体中の関節が夏休みを拒否しているようだった。

 

 

タバコの煙をくゆらせながら、平塚先生が淡々と言う。

 

「ここからは徒歩で行くことになる。各自、荷物を下ろしておきたまえ」

 

 

「はいはい……」と気怠く返しながらも、霜月は荷物を持ち上げた。だがそのとき、もう一台の白いワンボックスカーが砂埃をあげて停まる。

 

 

(一般客……?いや、違う。この感じ、嫌な予感しかしない)

 

 

車のドアが開いた瞬間、その“予感”は確信に変わった。

 

(……は?なんで縦ロール達がここにいんの?)

 

 

そこにいたのは、よりにもよって人類の縦ロール担当・三浦優美子。隣には、陽光を背負ったような笑顔の迷惑イケメン・葉山隼人。

 

 

 

(あと2人は知らん……)

 

彼らの後ろからは、初対面っぽい男女が2人。たぶん葉山グループの残党だろう。関わらないのが吉だ。

 

 

後で事情を聞けば、なんでも「人手が足りないから」という実にシンプルな理由で呼ばれたらしい。「校長に頼まれたんだ」と平塚先生がため息混じりに言うあたり、学年主任の苦労がにじんでいた。

 

 

が、そこで先生がふっと笑った。

 

「ちょうどいい機会だな。君たちは、別のコミュニティと上手くやる術を身につけた方がいい」

 

「任せてください。上から目線で話してくるアイツらの地位を下げて、同じ目線で話せばいいんですね?」

 

物騒な発言が一瞬で空気を凍らせた。由比ヶ浜が

 

「え?下げるってどういう……?」

 

と戸惑い、雪ノ下が

 

「……あなたの“コミュニケーション”の定義には、暴力性を感じるわね」と呟く。

 

 

霜月はまったく動じず言った。

 

 

「いやだって、縦ロールみたいに、不利になった瞬間“キモい”で会話を終了するタイプと“対等な関係”とか無理でしょ。譲り合いの精神がないなら、譲り合わせるまで叩き折るのよ。ああいう輩には」

 

平塚先生はタバコをくわえ直し、深く煙を吐いた。

 

「……まったく。お前は本当に、私の若い頃を見ているようだ」

 

「先生も叩き折る派なんですか?」

 

「いや、私は殴り飛ばす派だ」

 

「親子かよ」と比企谷のぼやきが、蝉の鳴き声にかき消された。

 

 

霜月たちは「奴隷」と呼ばれたくなるようなボランティア業務の現場に立っていた。平塚先生の説明によれば、今日の任務は「オリエンテーリングのサポート」、つまり小学生の自由奔放な動きを監視しつつ、トラブルの芽を潰すというお仕事らしい。

 

(奴隷って……)

 

霜月は心の中でため息をつく。心底めんどくさいが、これも夏休みの宿命だ。

 

本館に荷物を置き、霜月たちは「集いの広場」と呼ばれる開けた場所へ歩を進めた。視界に飛び込んできたのは、数多くの小学生たち。小五、小六くらいの子どもたちだろうか。背丈も服装もまちまちで、自由さはまさにカオスそのもの。

 

引率の先生が話し始めるが、霜月の意識は完全に別の方向へ飛んでいた。

 

(仕方ないけど……うるさいわね……私の小学生時代って、確かこんなだったっけ……)

 

その時、打ち合わせをしたわけでもないのに、迷惑イケメン・葉山隼人がスッと前に出た。

 

「これから三日間、みんなのお手伝いをします。何かあったらいつでもぼくたちに言ってください。この林間学校で、素敵な思い出をたくさん作ってくださいね。よろしくお願いします!」

 

言葉の最後がピーンと伸びる声で、空気は一気に華やぐ。小学生たちは拍手喝采、一部の女の子は黄色い歓声まで上げていた。

 

霜月は横目でその様子を見つつ、眉間に皺を寄せた。

 

(小学生にまでモテてどうすんのよ……)

 

霜月の隣で、縦ロールと視線が合った。すると縦ロールが小さく舌打ちをする。霜月は大きなため息をひとつつき、無言で無視した。

 

比企谷の観察によると、どうやらここで冷戦が始まったらしい。

 

縦ロール VS やさぐれ.....いやな構図である。

 

その瞬間、太陽は高く昇っているのに、周囲の温度が一瞬キンと冷えた。

 

「山の気候は急に変わりやすい」と聞くが、まさにその通りだろう。いや、それよりも霜月と縦ロールのせいだろうか……。

 

一方で、サポートするはずの高校生たちは、既に崩壊の道を歩き始めていた。

 

小学生より先に混乱する大人たち。これぞ皮肉というほかない。

 

 

 

霜月の目に、ひときわ小さな孤立者が映った。

 

班ごとの5人組の中で、ただ一人輪から外れ、背を向けて立つ女の子。すらりと伸びた手足に、黒髪をたなびかせ、首から下げたカメラをぎゅっと握りしめている。

 

少し大人びた雰囲気まるで「私はここに溶け込まない」と宣言しているかのようだ。

 

(他の子より大人びてるわね……)

 

霜月はひとり呟く。大人びて見せることで身を守らざるを得なかったのか、それとも単純に慎重なだけか。どちらにせよ、幼い輪の中では異質だ。

 

案の定、周囲の4人はたまにその子を振り返ってクスクス笑う。

 

霜月はため息をひとつ。

 

(今どきの小学生って露骨ね……いや、今も昔もあんまり変わらなかったか)

 

雪ノ下も同様に目を細め、険しい顔でため息を吐いた。比企谷も言うまでもなく、さっさと状況を察していた。

 

(こういう状況じゃ下手に行動しない方がいい。様子見ね)

 

そのとき、迷惑イケメンこと葉山隼人が、孤立少女に声をかける。

 

「チェックポイント見つかった?」

 

「……いいえ」

 

「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は?」

 

霜月は心の中で毒づく。

 

(その“みんな”が避けてんでしょうが……探せたら苦労しないっての)

 

少女は葉山の促しでグループに引っ張られた。名前を聞き出され、チェックポイント探しまで強制される手腕は流石としか言いようがない。

 

(ロリコンなの?迷惑イケメン)

 

霜月の心に、最低な考えがちらついた。雪ノ下は誰に言うでもなくポツリと呟く。

 

「あまりいいやり方とは言えないわね」

 

鶴見留美、その名を持つ少女は、葉山に押されてグループの中心まで連れてこられたが、表情は明るくない。

 

「やっぱりね……」

 

「小学生でも、ああいうのはあるもんだよな」

 

比企谷の呟きに、霜月は無言で頷く。

 

「小学生も高校生も変わらないわよ。等しく同じ人間なのだから」

 

雪ノ下の言葉が、静かに、しかし切実に響いた。元から馴染めていなかった者が無理やり輪に入れられれば、やはり浮くのは当然だ。

 

(一面白の所に一箇所赤が混じったら、誰だって目立ち、邪魔だと思う。それが人間の性)

 

今日の奴隷業務――いや、ボランティア活動の戦場での心得をひとつ心に刻んだ。

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