やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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やさぐれ女と完璧主義者のディベート論争

放課後になり、まるで「今日も平和に終わるんだよ」と言わんばかりに橙色の光を落としていた。

 

……だが、霜月にとって、その“平和”はまるで幻のようなものだった。

 

昨日の記憶が脳裏をよぎる。平塚先生がガンダムファイト宣言をした後「勝った者はなんでも言うことを聞かせる!」などという、倫理観崩壊バトルロワイヤル宣言をしたのだ。

 

そのとき、反応したのは二人。

比企谷八幡と霜月澪。

 

いや、正確に言うと「反応してしまった」だった。そのとき、雪ノ下から養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で見られた。

 

(勝ったらなんでも聞かせる、って言われたら……反応しちゃうでしょ普通)

 

霜月は机の上の鞄を手に取り、堂々と立ち上がる。放課後のチャイムが鳴り終わると同時に、扉へ一直線。

 

「……さて、帰ろ」

 

彼女は堂々とした足取りで昇降口へ向かう。

 

“部活? あぁ、そんなの今日の予定に無かったなぁ”という態度で。

 

なぜなら

 

(私は『暇だから行く』とは言ったけど、『毎日行く』なんて一言も言ってない)

 

そう。これは彼女なりの正当防衛である。

何事も、言葉の裏を読まずに契約すると痛い目を見るのだ。

 

……と、そんな霜月の背後から。

 

「霜月、部活の時間だ」

 

落ち着いた、しかし逃げ道を封じるトーンの声。振り返れば、そこには平塚先生がいた。

昨日、“ガンダムファイト・レディー・ゴー!”を宣言した張本人である。

 

霜月は即座に反応した。

 

「あっ、平塚先生こんにちは」

 

まずは挨拶。この世で最も手軽で安全な社会的防御行動である。挨拶しておけば、多少の罪は軽くなる、それが社会の理。

 

「で、さようなら」

 

華麗な切り返し。だがその瞬間、肩をがっちりと掴まれる。

 

「待て。なんで何事もなかったように帰ろうとしてるんだ、お前は」

 

「えっ、帰宅部の活動時間なので」

 

「お前は昨日、奉仕部送りだと決めただろうが!」

 

「えぇ……? あれはジャンプ編集部のテンションに合わせただけですけど?」

 

霜月の冷静な返しに、平塚先生の額にピキッと青筋が浮かぶ。一方その横には、すでに別の犠牲者がいた。

 

比企谷八幡である。

 

「先生これ腕の関節って逆方向には曲がらな———あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

どうやら、逃走未遂で“関節技による強制召喚”を受けたようだ。その姿は、もはやプロレスである。

 

(……関節極められてる)

 

霜月は内心で他人事のように眺めていた。しかし平塚先生は一歩も引かない。

 

「霜月、お前も来るんだ」

 

「え、でも私、関節柔らかくないんで」

 

「言い訳は聞かん!」

 

その瞬間、霜月の脳裏に警報が鳴り響く。

 

(やばい、この人……完全に“ノリと勢いの平塚静”モードだ)

 

次の瞬間、

 

「い、痛っ!?ちょ、先生!?私まだ宿題残ってるから!倫理的にもアウトですよ!?」

 

「なら来てからやれ!」

 

 

絶賛、比企谷八幡と霜月澪は平塚先生に連行中である。その2人は、奉仕部の教室へとズルズルと引きずられていた。しかも、どちらも“関節を極められながら”である。

 

周囲の生徒たちはその光景を見てドン引きしていた。目つきの腐った男子と、やさぐれた雰囲気女子が、教師に両腕を取られて連行される図。

 

どう見ても「問題児ペアが確保されました!」の図である。青春の1ページとして記録するには、いささかシュールが過ぎた。

 

「まったく……お前らはもう少し普通に過ごせんのか」

 

平塚先生はため息をつきながらも、慣れた手つきで2人を引っ張っていく。もはや常習犯の扱いだ。

 

「で、お前らに一つ聞きたい。比企谷は“高二病”だとして、霜月、お前は“色々割り切り過ぎ”だな」

 

「ほう……分析までされるとは思いませんでしたね」

 

「褒めてないぞ」

 

霜月が肩をすくめ、比企谷は目を細める。どちらも微妙に反抗期の残り香を漂わせている。

 

そんな2人に、平塚先生はふと問いを投げた。

 

「そんな捻くれてる比企谷と、やさぐれてる霜月から見て、雪ノ下雪乃はどう映る?」

 

その瞬間、空気が少しだけ凍った。

 

「嫌な奴」

 

「ナチュラルに人を見下して、自分の言ってることが100%正しいと思ってる自己中野郎」

 

比企谷が即答、霜月が即暴露。まるで打ち合わせでもしていたかのような見事なハモり具合だった。

 

ハッと口を押さえる霜月。……が、時すでに遅し。言葉は出た。心の奥底から出てしまった。

 

霜月にとって、雪ノ下雪乃のような人間は苦手だった。理屈も正論も理解できる。

 

だが、ナチュラルに他人を見下したようなあの眼差し、あれだけは、どうしても受け入れられない。それが彼女なりの“優しさ”だと言われても、到底納得できない。

 

だから嫌いなのだ。

 

霜月は小さく息を吐き、視線を逸らした。

 

そんな空気の中、平塚先生は苦笑した。

 

「非常に優秀な生徒ではあるんだがな……まぁ、持つ者は持つ者でそれなりの苦悩があるのだよ。けれど、とても優しい子だ」

 

その言葉に、2人は同時に心の中でツッコむ。

 

 

どこがだよ。

 

 

が、もちろん口には出さない。下手に言えば“関節”がもう一段階決まるだけだ。

 

そして平塚先生は、少しだけ遠くを見るように呟いた。

 

「きっと彼女もどこか病気なんだろうな。優しくて往々にして正しい。だが――世の中が優しくなくて正しくないからな。さぞ生きづらかろう」

 

しん、とした空気が流れた。

 

だが、次の瞬間――

 

「……で、俺らはなんの罪で護送されてるんですかね」

 

「“奉仕活動”という名の刑だな」

 

「それもう執行猶予ねぇやつじゃないですか」

 

廊下に小さく笑い声が響いた。やさぐれと捻くれのタッグは、平塚先生の手によって無事確保されたのだった。

 

 

 

 

霜月は少し身構えた。平塚先生が帰ってくれたおかげで、これ以上、関節を極められる心配はなくなったが、後が怖いことに変わりはない。特別棟の部室の扉を開けると慎重に、だがどこか堂々と部室の中へ足を踏み入れる。

 

「こんにちは。もう来ないかと思ったわ。もしかして、マゾヒスト?それともストーカー?」

 

雪ノ下雪乃の口から放たれたそのセリフに、霜月は比企谷に囁いた。

 

「すごいわ、比企谷。今この瞬間、性格と言動以外は完璧と思われる雪ノ下さんが、挨拶の後に息を吐くように毒を吐いたわ」

 

「褒めてないよね、それ」

 

「もちろん」

 

妙な沈黙が場を支配する。昨日ほどの張り詰めた空気ではないが、決して和やかではなかった。それでも何か話題を変えようと、比企谷が口を開いた。

 

「お前さ、友達いんの?」

 

霜月は心の中で小さく笑う。もう答えは分かっている。自分の事を棚に上げるが、こんな性格の女に、友達がいるはずがない。

 

「そうね、まずどこからどこまでが友達なのか、定義してもらって構わないかしら?」

 

比企谷は絶句。

 

「……あ、もういいわ。そのセリフは友達いない奴のセリフだわ。つか、友達をカテゴライズして判別している時点で考え方がおかしいわ」

 

「……あなたには、わからないわよ、きっと」

 

雪ノ下はふいっと顔を背け、窓の外を見た。その横顔はどこか寂しげだった。霜月が静かに息をつくのと同時に、雪ノ下はぽつりと語り始めた。

 

彼女は中学まで留学していたらしい。

そして、帰国後、雪ノ下の態度が気に入らない生徒たちからの陰湿な嫌がらせを受けたという。

 

(うわ……言わなくていいのに)

 

霜月は思わず内心で顔をしかめた。雪ノ下は少し視線を落としながら、言葉を続けた。

 

「……でも、仕方ないと思うわ。人は皆、完璧ではないから。弱くて醜くて、すぐに嫉妬して蹴落とそうとする。不思議なことに、優秀な人間ほど生きづらいのよ。この世界は。そんなのおかしいじゃない。だから変えるのよ、人ごと、この世界を」

 

雪ノ下の瞳は真っ直ぐだった。その瞳を見れば、冗談ではなく本気でそう思っているのが分かる。おそらく誰もが聞けば立派だと思うのだろう。だが、

 

「努力の方向性があさってにぶっ飛びすぎだろ……」

 

比企谷の冷めたツッコミが飛んだ。

 

「そうかしら。それでも、あなたのようにぐだぐだ乾いて果てるよりはマシだと思うけれど。あなたの……そうやって弱さを肯定してしまう部分、嫌いだわ」

 

雪ノ下は吐き捨てるように言い、再び窓の外を見た。その背中を見つめていた霜月が、静かに呟いた。

 

「……ほんと器用に世界を嫌ってるわね」

 

雪ノ下が振り向く前に、霜月は続ける。

 

「弱さも醜さも、全部“人間”の一部でしょ。それを否定してまで完璧を目指すなんて、神様にでもなるつもり?雪ノ下、アンタが言ってるのは、アンタが人間を嫌ってる証拠よ。理想論で人を救えるなら、哲学書はとっくに聖書になって、みんな救われてるわね」

 

その声は皮肉めいていたが、どこか静かな熱を帯びていた。霜月は、少しだけ目を伏せる。

 

「それに、“優秀な人ほど生きづらい”って、それ本気で言ってるならちょっと傲慢ね。生きづらさなんて、バカだって感じてる。ただ、優秀な人間はそれを“言葉”にできるだけ。私なら世界の在り方を変えるより、自分の生き方を変えるわ」

 

雪ノ下はしばらく黙っていた。長く伸びた影が彼女の横顔を縁取る。その視線は静かで、しかし芯のある光を宿していた。

 

「……理想を語るのは傲慢だと言うのね。けれど、私はそうは思わないわ」

 

ゆっくりと、雪ノ下は霜月を見た。

 

「人は変われる。社会も、仕組みも、変えられる。あなたの言う“生き方を変える”というのは、ただの逃避よ。自分が世界に合わせるだけなんて、それは思考を放棄した人間のすることだわ」

 

その声には静かな熱があった。冷たく、でも確かに信じている人間の言葉。しかしそれは霜月にも言えること。

 

霜月は軽く息を吐いた。その横で比企谷が「あ、また始まった……」と頭を抱える。

 

「思考の放棄、ねぇ……」

 

霜月は口角を上げた。だがその目は笑っていなかった。

 

「自分の理想を世界に押しつけて、思い通りにならないと“世の中が悪い”って言うのは、努力でも信念でもない、それはただの支配欲。自分が正しいと思う人間が一番危険なのよ。そういう人はいつか、“自分の正義”のために誰かを切り捨てる」

 

その言葉に、雪ノ下の眉がわずかに動いた。

 

「……あなた、まるで私が独裁者みたいに言うのね」

 

「違うの?“世界を変える”って、そういうことじゃない?」

 

霜月は淡々と続ける。

 

「誰もが“正しさ”を持ってる。でも、アンタみたいに真っ直ぐすぎる人は、それを疑わない。だから怖いのよ。世界を救おうとした英雄ほど、いちばん多くの人を不幸にするものよ」

 

「それは、何もしないことの言い訳にすぎないわ」

 

雪ノ下の反論は鋭く、迷いがなかった。しかし霜月は、そんな彼女を見て小さく笑った。

 

「……ほんと、完璧に正しい顔して言うのね。そういうところ、嫌いじゃないけどムカつくわね」

 

「誉め言葉として受け取っておくわ」

 

「いや、皮肉だから」

 

部室に、張りつめたような静寂と、比企谷の心の中の(やっぱこの部、修羅場製造機だわ)という絶望が同時に流れた。

 

部室に静寂が落ちた。窓の外では、放課後の光がオレンジ色に傾いている。雪ノ下はその光を見つめたまま、何も言わなかった。

 

比企谷は、二人の間に流れる空気を察してため息をつく。

 

「……あのさ、ジャンプ脳の平塚先生が“ガンダムファイト”とか言ってたのに、なんでこんな思想討論会みたいになってんの?」

 

霜月は呆れたように言う。

 

「平塚先生のせいで始まった戦いなのに、本人はたぶん職員室でコーヒー飲んでるわね」

 

「ジャンプ片手にだろ」

 

二人の軽口に、雪ノ下はため息をこぼした。

 

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