文化祭実行委員の初回会議は、見事、混沌のうちに幕を閉じた。というのも、相模南という名の“自称・輝く系女子”が、見事なまでのノリと勢いで「実行委員長」の座を奪取したのだ。
……もちろん、誰も止めなかった。止める気力がなかったとも言う。
「やる気がある人がやればいい」という、ある意味で民主的すぎる無関心のもと、会議は終了。その後の役職決め。ここで奇跡が起きた。いや、正確には陰と陰が共鳴したと言うべきだろう。
霜月澪と比企谷八幡、二人は見事に、同じ「記録雑務」に配属していた。
もちろん、打ち合わせなどない。どころか、視線を交わしたことすらない。席も離れている。にも関わらず、宇宙の摂理がそう導いたかのように、彼らは“地味の極み”に収束した。
(え、なんでこうなるの?私、別に“陰キャ連合”の構成員になりたかったわけじゃないんだけど……スタンド使いかっての....)
霜月は心の中でツッコミを入れつつ、プリントの「記録雑務係」という文字を見つめた。逃げ場の象徴。責任のない楽園。だがその実態は、「誰もやりたがらない何か」である。
隣の比企谷もまた、心の中で呟く。
(どうせ俺が出しゃばったら事故る未来しかないし……。せめて静かに死にたい)
まるでシンクロする呼吸のように、二人の思考が重なっていた。
会議が終わり、クラスに戻る生徒たちの中で、二人だけがまるでゾンビの帰宅行。肩を落とし、魂を抜かれたような足取りで廊下を歩く。
「……はぁ」
「……あー」
同じタイミングでため息。テンポは完璧。音楽で言えばユニゾンだ。この瞬間だけなら、きっと彼らは一流のデュオだったに違いない。
(帰りたい……いや、帰りたいを超えて、もう転生したい……)
霜月は内心でそう呟く。もはや現実逃避の領域だ。しばらく沈黙が続いたあと、比企谷がボソッと漏らす。
「……文化祭って、誰が得すんだろうな」
「同感ね」
即答。会話の成立スピードは光速。それだけで、二人の間に奇妙な“理解”が生まれた。そう、それは労働に敗北した者同士にしか共有できない波長。敗北者たちの静かなシンパシー。
こうして霜月は悟った。文化祭という青春イベントは、始まる前から既に負けている。
(帰りたい。できれば、時空ごと)
そんな現実逃避から1週間後。
文化祭まで、あと1か月。
総武高校の校舎は、どこもかしこも「青春」と「混沌」が混ざった匂いで満ちていた。どのクラスも準備に追われ、教室はガムテープと画用紙と悲鳴の坩堝。霜月のクラス、2年D組も例外ではなかった。
「で、うちのクラスは、メイド喫茶ねぇ」
黒板に書かれたその四文字を見て、霜月は思わず眉をひそめた。
(出ましたー、“学園モノあるある”の鉄板イベント……)
霜月から見れば、どう考えてもテンプレの極み。それでも女子の大半は「きゃー」「可愛いー!」と盛り上がっている。そこに霜月はひと言。
「……私はレジで」
気づけば既にポジションは決まっていた。彼女に給仕させる勇気を持つクラスメイトはいなかったのだ。
(まぁ、いいわ。誰があんなフリフリ着るかっての)
そうして霜月は、自分だけが現実に立つ「レジ担当」という安全地帯を確保した……はずだった。
「じゃーん!本日、皆さんに“本格メイド道”を伝授してくれる、スペシャルゲストでーす!」
クラスの中心女子がやたらテンション高く叫んだ。パチパチと拍手が起こり、教室のドアがゆっくりと開く。
そこに現れたのは――レースたっぷりの黒エプロンに、完璧な笑顔を浮かべた女性だった。
「こんにちはぁ~♪今日は“萌え”の心を教えにきましたぁ~♡」
男子たちのテンションが一気に跳ね上がる。
一方、霜月は固まっていた。
(……あれ?……なんか、見覚えが……)
次の瞬間、メイドさんのほうもピタリと止まった。その目が、霜月を捕らえる。
「……あなた」
「……アンタ」
視線がぶつかった瞬間、空気が凍りつく。本当に温度が下がったようで、誰かが思わずつぶやく。
「え、空調、急に効きすぎじゃね……?」
違う。これは“気温”ではない。二人の間に漂う“因縁の冷気”だ。
(壊れてんのは空調じゃなくて“運命”のほう)
そう、このメイドさん。かつて川崎沙希の件の時に、霜月達が寄ったメイド喫茶の店員その人だった。
当時の霜月は、超絶機嫌が悪かった。そして、その口から出たのは――
『えっと、目つきが悪くて、不良っぽい感じの人、ここで働いてません?』
という、質問だった。メイドさんはにっこりと笑い、白く細い指で霜月を指差した。
『えっ、いま目の前にいますよ?やさぐれてる女子高生が♡』
その瞬間、霜月の機嫌メーターが“カンスト”を超えて爆発した。ハハハハと乾いた笑いが出た後、
『冗談は顔と年齢だけにしなさいよ。年増メイド』
伝説が誕生した瞬間である。
そして今、再び邂逅した“年増メイド”は、復讐の炎をその笑顔の裏に隠していた。
「お久しぶりですねぇ~。元気でしたかぁ?」
「えぇ、お元気いっぱいですよ。そっちも“年齢的には”お変わりないようで何よりです」
パキッ。
見えない亀裂が走り、張りつめた空気がビリビリと震えた。
(おいおい、メイド道どころか殺陣が始まるぞ……)
教室全体がそんな空気を感じ取ったその時、男子生徒のひとりが勇敢にも飛び出した。
「わ、わー!すごい偶然ですね!せっかくなんで、“萌え萌えキュン”とか教えてくださいよー!」
その瞬間、年増メイドの笑顔がスッ……と氷解。
「……そうですねぇ。まずは“笑顔”から、やりましょうかぁ♪」
完璧な営業スマイル。だが、その声には明確な圧があった。クラス全員、命拾いし霜月だけ、精神的に瀕死。
(……文化祭って、なんで毎回こういう試練くるの?)
心の中でため息をつく霜月の横で、男子のひとりがぽつりと呟いた。
「なぁ……このメイドさん、なんか“戦闘民族”っぽくね?....サイヤ人?」
「霜月さんにも似たような雰囲気を感じた....」
青春それは、理不尽と修羅場の別名である。