やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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彼女(霜月)は1人になり、彼女(雪ノ下)は独りになった

霜月はクラスの喧騒を背に1人、鞄を肩に掛けて立ち上がった。行き先は奉仕部。文化祭期間でも活動は続くらしい。なんてブラック部活だ。

 

「文化祭で忙しいのに、奉仕活動って。……何、ボランティア界隈の鬼なの?」

 

1人だけ愚痴りながら廊下を歩いていると、前方から見慣れた猫背が一つ。

 

「お前も部活か」

 

「……そっちこそ」

 

比企谷八幡。地味と陰と不運の三拍子を兼ね備えた人間見本。その隣には由比ヶ浜結衣もいた。やけに明るい。今日も安定の対比である。

 

「三人そろって奉仕部出勤とか、何この社会奉仕トリオ」

 

軽口を交わしつつ、三人で部室に到着。

 

「やっはろー!」

 

由比ヶ浜の明るい声が、いつもの静寂を破った。

 

「……こんにちは」

 

顔を上げた雪ノ下雪乃は、光を嫌う吸血鬼のように目を細めながら挨拶を返す。その隣で、比企谷がポツリと口を開いた。

 

「お前も文実なんだな」

 

その言葉に霜月が眉を上げた。

 

(雪ノ下、こういうの嫌いだと思っていたわ)

 

「え?そうなの?」

 

由比ヶ浜が首を傾げる。

 

「ええ……そういうことになるわね」 

 

「雪ノ下、アンタが自分から立候補したの?」

 

「……ええ」

 

雪ノ下はどこかはぐらかすような曖昧な答え方をした。

 

「……私としては、あなたたちが実行委員にいる方が意外だったけれど」

 

「だよねー。……え、たち?ってことは、しもっちも?」

 

「ジャンケンで見事に一人負け。勝負に敗れた女子高生よ」

 

乾いた笑いをこぼす霜月。それを聞いた由比ヶ浜が、なぜか肩を落とした。

 

「えー!? あたしだけ仲間外れじゃん!立候補すればよかった~」

 

(いや、絶対やめて。気まずさ倍増するから)

 

そんな微妙な空気の中、由比ヶ浜が急に手を打つ。

 

「あ、あたしクラスの準備で忙しくなりそうなんだよね~」

 

「俺も文実で手一杯だな」

 

「右に同じく」

 

三者三様の“部活出来ません宣言”。

 

「……なら、文化祭が終わるまでは部活は中止にしましょう」

 

「賛成。てかむしろ感謝」

 

全員が同意し帰宅しようとしたその瞬間

 

コンコン。

 

ドアがノックされた。

 

(は....また?誰よ、こんな非常識な事すんのは?迷惑イケメンなら依頼を断固断る。その他ならガン飛ばする)

 

2回目の終わり間際の依頼発生である。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が促すと、ゆっくり扉が開いた。

 

「失礼しまーす」

 

入ってきたのは実行委員長・相模南。その後ろに、いつもの取り巻き二人。まるでグループで行う社会見学みたいなノリである。

 

「って、雪ノ下さんと結衣ちゃんじゃん」

 

「さがみん?どしたの?」

 

由比ヶ浜が笑顔で尋ねるが、相模は答えずに室内を見渡す。

 

「へぇ~、ここが奉仕部なんだぁ~」

 

(その“へぇ~”のイントネーションが既にムカつくのよ)

 

人を値踏みするような視線。まるで「社会科見学・陰キャの巣」でも覗きに来たかのようで霜月の中の何かがピキッと音を立てた。

 

「……何か用件でもありますかね、文化祭実行委員長相模南さん?」

 

霜月の声が低く響いた。比企谷が思わず背筋を伸ばすほど、地を這うようなトーンだった。

 

「っ……その、相談事があって、来たんですけど……」

 

一瞬で空気が変わった。由比ヶ浜はオロオロし、比企谷は(うわ、また面倒くせぇ)と顔に書いてある。

 

奉仕部に、空気が妙に甘ったるい“緊張”が漂っていた。それは誰もが感じていた。いや、正確には霜月澪だけが感じ取っていた。

 

というのも──。

 

「うち実行委員長やることになったけどさ。こう、自信がないっていうかぁ……だから。助けてほしいんだ」

 

相模南のその一言を聞いた瞬間、霜月の内心では警報が鳴り響いた。

 

(うざったいわね、その態度)

 

霜月は、帰宅できると思っていた期待を見事に裏切られ、怒りの沸点が軽くスイッチを入れられた電気ポット並みに上昇中だった。帰りたい。いや、むしろ帰らせろ。そんな思いが顔に出ないように、机の上で指先をカチカチと鳴らしてギリギリ耐えている。

 

おかげで、相模に対する彼女の内心は、今まさに氷点下を突破しようとしていた。

 

(あと3秒で文句の三つは出るわよ……)

 

そんな霜月の理性を救ったのは、やはりこの人だった。

 

「あなたが委員長に立候補する際に掲げた目的とは、外れる相談内容だったように思えるのだけど」

 

雪ノ下の冷ややかな声。

 

(そうよ、雪ノ下もっと言ってやんなさい。骨が残らないぐらい)

 

だが、相模は鈍感の極致である。その冷気に気づくどころか、いつもの笑顔で続けた。

 

「そ、そうなんだけどぉ、やっぱ皆に迷惑かけるのが一番まずいっていうかぁ、失敗したくないじゃない?それに誰かと協力して成し遂げることも成長の一つだと思うし、そういうのって大切じゃない?」

 

(知らんがな)

 

霜月の内心ツッコミが無音で炸裂した。その無駄に長い言い訳のせいで、部室の時間が一瞬止まったように感じる。

 

「それに、うちもクラスの一員だからさー。やっぱりクラスのほうにもちゃんと協力したいっていうかさ、全然出ないって言うのも申し訳ないし。こういうイベントを通してもっと仲良くなりたいし、そのためにはやっぱ成功させなきゃ!ねぇ?」

 

(だから長いのよ……無駄に!)

 

語尾にハートマークでもつけそうな相模のテンションと、沈黙で殺気立つ奉仕部の空気。対比がもはやホラーである。

 

「……つまり、話を要約すると、あなたの補佐をすればいいということになるのかしら?」

 

雪ノ下が短くまとめてくれた。霜月は思わず心の中で拍手した。

 

(助かった……!要約の才能が命を救う瞬間ってあるのね)

 

「うん、そうそうそれ!頼めるかな?」

 

「そう……なら構わないわ。私自身も実行委員なわけだし、その範囲から外れない程度には手伝える」

 

「本当に!?ありがとー!」

 

その瞬間、相模の顔が春の花畑みたいにパァッと明るくなり、由比ヶ浜はなぜか驚き混じりの表情で雪ノ下をチラ見。一方の霜月は机の下でため息をつきながら、静かにこう思った。

 

(……結局、面倒くさい方向に話が進むのね。奉仕部ってそういう病気なの?)

 

「……部活、中止するんじゃなかったの?」

 

静まり返った奉仕部の空気を破ったのは、由比ヶ浜の低い声音だった。普段の明るさも柔らかさもなく、鋭く冷えたトーンで。

 

その声は、まるで薄氷を踏むような緊張を部室に落とした。霜月澪の目に、由比ヶ浜が雪ノ下を真っ直ぐに見据える姿が映る。

 

(……由比ヶ浜、アンタやる時はやるのね)

 

珍しく正面からぶつけるその問いは、霜月でさえ、背筋に軽く冷たいものが走るほどで、雪ノ下は肩を小さく震わせた。

 

「……っ」

 

視線が一瞬だけ由比ヶ浜に向けられたが、その眼差しはすぐに泳ぐ。普段なら毅然とした態度で返す彼女が、珍しく押されている。そして、かすかにため息を吐くように言葉を絞り出した。

 

「……私個人でやることだから。あなたたちが気にすることではないでしょう」

 

それは雪ノ下らしい理屈の言葉ではあったが、どこか痛みを隠すような声でもあった。

 

沈黙が落ちる。だが、沈黙を破ったのは──霜月だった。

 

「へぇ……“個人でやる”って、随分と都合のいい言葉ね」

 

皮肉を込めたその一言は、まるで小さなナイフのように鋭く空気を裂いた。口元は笑っているが、目はまったく笑っていない。由比ヶ浜は続ける。

 

「いつもなら....」

 

「いつも通りよ……別に変わらないわ」

 

(いや、変わってるわよ。思いっきり)

 

霜月は内心でツッコむが、場の空気があまりに重く、口を開く気にはなれなかった。

 

「みんなでやったほうが」

 

「結構よ。文化祭実行委員会のことなら多少の勝手はわかっているから。私一人でやったほうが効率がいいわ」

 

「効率って……そりゃそうかもしれないけど……でも、それっておかしいと思う」

 

(自分を疑わない奴が“正義”ってやつを振りかざす時、そこには必ず逃げ道が用意されてるものね。おまけに他者を切り捨てる)

 

「……あたし、教室戻るから」

 

由比ヶ浜がそう告げ、踵を返す。彼女の背中に、誰も声をかけなかった。比企谷も、視線を落としたまま黙ってその後を追う。

 

部室には、雪ノ下と霜月の二人だけが残る。冷たい沈黙の中、霜月がゆっくりと口を開いた。

 

「──効率ね、アンタの好きそうな言葉だわ」

 

雪ノ下が一瞬だけ顔を上げた。その瞳に、かすかな痛みの色が浮かんでいた。霜月は淡々と続ける。しかしその声は、皮肉でありながら、どこか冷たすぎた。

 

「効率ってのは“指標”であって、“人を切り捨てる理由”じゃないのよ」

 

雪ノ下は何も言わない。ただ、唇を結んで目を伏せた。霜月は椅子の背もたれに軽く体を預け、ため息をひとつ。

 

「……まあ、アンタ一度決めたら中々考え方曲げないから、別に止める気もないけど。ただ、由比ヶ浜を“効率”の二文字で捨てるようなら、将来アンタは誰かを悲しませて、自分が1番傷つくパターンになるわよ」

 

そう言い残して、霜月は椅子を引く音を立てずに立ち上がり、1人静かに部室を出た。雪ノ下は奉仕部に独り。残ったのは、霜月の残り香のような皮肉の余韻だけだった。

 

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