やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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由比ヶ浜の合流ポイントが変わります。


雪ノ下雪乃の家へGO!

雪ノ下陽乃に霜月が気に入られたり霜月がまた比企谷に説得に行かせたり霜月が超人的マルチタスクで書類をこなしたりと中々濃い出来事だらけだったが仕事という地獄がようやく終わり、霜月・比企谷、そして途中でクラスの出し物の練習を終え帰ろうとした由比ヶ浜と合流し、3人は、遅れた分を取り戻すように、ひとつの任務を抱えていた。

 

その名も――「雪ノ下雪乃の家を訪問せよ」。

 

どうやら雪ノ下は一人暮らしをしているらしく、体調を崩して学校を休んでいる。ならば様子を見に行こう、ということになったのだ。奉仕部、いや奉仕戦線、ここに集結である。

 

だが――

 

「な……っ!?す、スゲェ……」

「デカ……」

「やっぱり、すごいよね。ゆきのんの家って」

 

訪問早々、語彙力を完全に喪失した3人の声がエントランス前に響いた。

 

雪ノ下の住むマンションは、見上げるだけで首が痛くなるような高級タワーマンション。外観からして庶民三人を威圧するオーラを放っている。比企谷はそのあまりのスケールに、今にも「俺、このビルの管理費だけで一生暮らせそう」とか言い出しそうだった。

 

「こんなとこ住んでんのかよ……高校生が……?」

 

「まぁ、ゆきのんだし」

 

「納得した自分がムカつくわ……」 

 

ため息を吐きつつ、3人はエントランスに入った。だが、そこからが問題だった。

 

このマンション、防犯が異常に厳重。呼び出しをしても、部屋の住人が解除しなければ中に入れない。つまり――居留守を使われたら終わりである。

 

(居留守使われたら終わりよね……)

 

霜月は内心でそう呟いた。そして、実際に3度目の呼び出しでも反応がない。

 

「居留守か。それとも寝てて気付いてないとか」

 

「ならまだいいけど……本当に体調悪かったら……」

 

由比ヶ浜が心配そうに眉を寄せた、その瞬間だった。

 

 ――ピッ。

 

四度目の呼び出しの後、スピーカーから微かなノイズが走る。

 

『……はい』

 

「あ!ゆきのん!?あたし、結衣!大丈夫!?」

 

待ちに待った声に、由比ヶ浜が飛びつくように答える。しかし返ってきた声は、弱々しく、そしてどこか壁を作ったような響きだった。

 

『……ええ、大丈夫だから』

 

あっさりと帰そうとする雪ノ下。だが、当然この3人がそれで引き下がるわけがない。

 

「いいから開けろ」

 

「3回も無視するなんていい度胸ね、雪ノ下」

 

霜月の辛辣な言葉が飛ぶと、しばしの沈黙を置いて、雪ノ下の声が少しトーンを落とした。

 

『比企谷くんに……霜月さん?……どうして、いるの?』

 

「分実代表で見舞いだ。大丈夫だからでハイそーですかで帰れる立場じゃねーんでな。そういう訳だから早く開けろ。話ぐらいしてから帰らせろ」

 

この理屈めいた暴論を押し通すのが比企谷クオリティ。雪ノ下も諦めたように短く息を吐く。

 

『……分かったわ』

 

 ――カチャリ。

 

ようやく、鉄壁のセキュリティが開かれた。

そして三人は、雪ノ下家の敷居を跨ぐことになる。

 

部屋の中は整然としており、どことなくオシャレがあるようでない、まさに“雪ノ下仕様”。シンプルを通り越してもはや無菌空間である。

 

「どうぞ、あがって。それで……話って何かしら?」

 

「あ、うん……えっと……今日ゆきのん休んだって聞いて、大丈夫かなって……」

 

「ええ、もう大丈夫。一日休んだくらいで大袈裟よ。連絡もしていたのだし......いえ、たしかに多少の疲れはあったけど、それくらいよ。問題ないわ」

 

「奉仕部の連絡にも休みって書いて欲しかったわね。アンタが休んだって知ったの放課後で、こっちは地獄みたいな仕事量を進めたのよ」

 

「連絡をしなかったことは申し訳なく思ってるわ……」

 

雪ノ下は静かに、そしていつもどおり理路整然と返す。だが、その言葉を聞いても由比ヶ浜の目は鋭く、どこか納得していない。

 

「……それが問題なんじゃないの?」

 

核心を突くような一言に、部屋の空気がピリリと緊張した。霜月がちらりと雪ノ下の顔を見やると、わずかに眉が動く。

 

「つか、万全の状態なら休まないでしょ?」

 

霜月の冷静なツッコミに、雪ノ下は言葉を飲み込んだ。反論の材料はいくらでもあるはずなのに、今回はそれを並べる気力がないようだった。

 

由比ヶ浜は続ける。

 

「ゆきのんが一人で背負い込むことないじゃん。他の人だっていた訳だし」

 

「分かっているわ。だからちゃんと仕事量は割り振って、負担は軽減するようにしたの」

 

そう言って雪ノ下は、いつものように理屈を積み上げていく。だがその言葉が、どこか空回りしているのを4人とも感じていた。

 

今日の由比ヶ浜は、いつになく冴えていた。その目には、心底から心配している色が浮かんでいる。霜月ですら、下手に茶々を入れるのは野暮だと感じるほどに。

 

「あたし、ちょっと怒ってるからね」

 

由比ヶ浜の言葉に、雪ノ下の肩がピクリと動いた。その反応を見た比企谷は、心の中で(あーこれは効いてるな)と呟いた。実際、あの完璧超人が一瞬たじろぐ光景は、ある意味で貴重だった。

 

霜月は、内心で皮肉まじりに呟く。

 

(ま、一人でやるって言っておいて体壊したらそりゃ怒られるわよね……)

 

「比企谷君や霜月さんにしても、記録雑務の役割は充分に果たしてくれていたの。それで結構よ」

 

「でも、」

 

「大丈夫よ。まだ時間はあるし、家でも仕事はしてたから実質的な遅れはないの。由比ヶ浜さんが心配することではないわ」

 

その理屈は正しい。だが、正しいからといって心が納得するとは限らない。由比ヶ浜は静かに、しかししっかりとした声で言い返した。

 

「そんなのおかしいよ」

 

雪ノ下の瞳がわずかに揺れた。そのわずかな動揺を逃さず、霜月が口を開く。

 

「あの馬鹿(相模)がふざけたこと言ったの、忘れてるわけじゃないわよね。『ペース落とそう』なんてぬかして、サボった奴らの仕事の大半を独りで無理した結果、アンタは倒れたのよ。そうしないといけなかったってレベルなのよ。実質的な遅れありまくりだったじゃない」

 

雪ノ下が何かを言いかけたが、霜月の目がそれを遮る。

 

「まぁ、比企谷と私がフル稼働で今日の分は何とかしたけど」

 

その言葉に比企谷が無言で頷いた。あの地獄を思い出したのだろう。身体の震えがあの頃の記憶を物語っている。

 

「……あの時は、ほんとキツかったな」

 

「でしょ?だからあれを“問題ない”で済ませるの、やめてほしいのよ」

 

霜月の低く、しかし芯のある声が響く。雪ノ下はその言葉を受け止めるように黙り込み、視線を落とした。

 

部屋の中に、しばしの静寂が流れた。外から差し込む午後の光が、三人の表情を淡く照らす。

 

 

さっきまでの会話の余韻が、まだどこか空気に残っているようだった。

 

 

「貴方はどう思う?」

 

雪ノ下の問いが、比企谷の耳を打った。その声が自分に向けられたものだと気づくのに、数秒の間が必要だった。彼女の目はまっすぐで、逃げ道を許さない。比企谷は、わずかに息を吸ってから言葉を選ぶ。

 

「……誰かを頼る、みんなで助け合う、支え合うってのは、一般的には正しいことこの上ない模範解答だろ」

 

そこまでは教科書通り。だが、彼の声には妙な重さがあった。まるで自分自身に言い聞かせているような。

 

比企谷八幡は、真っ直ぐ正論を吐くタイプではない。

 

葉山隼人のように空気を読み、みんなの納得する形で導くこともできない。彼は、問題を指摘することはできても、正しく修正する力を持たないことを痛感している。

 

優しさで怒ることもできない。それは由比ヶ浜結衣の領分であって、比企谷にはそんな器用さはない。彼の優しさは、どこまでも不器用で、棘のように形がいびつなのだ。

 

霜月澪のように、現実を直視して言い切ることもできない。彼女のように“自由の責任”を他人や自分に突きつける覚悟は無い。そもそも彼と彼女では、根本的な“現実”の捉え方が違いすぎるのだ。

 

けれど、それでも彼は彼なりに言葉を紡いだ。

 

「でも理想論だ。それで世界は回ってない。必ず誰かが貧乏くじを引く必要があるし、誰かが泥をかぶらないと上手くいかない。それが現実だろ。だから、おいそれと人に頼れとか、協力しろとかいう気は無い」

 

その声は淡々としていたが、妙に真実味があった。雪ノ下は黙って聞いていたが、組んでいた腕がほどけ、力なく膝の上に落ちた。

 

「でも……じゃあ、あなたは正しいやり方を知っているの?」

 

雪ノ下の声は、かすかに震えていた。まるで、氷のように張り詰めた自分の正しさが、今にもひび割れそうで。

 

「知らねぇよ。でも、今までのお前のやり方じゃないことだけは確実だろ」

 

その一言が、静かに雪ノ下の胸に突き刺さる。部屋に、微かな呼吸の音だけが響いた。霜月がふと視線を上げ、呟くように言った。

 

「雪ノ下、アンタやっぱり縛られてるわね。他人に……というより、自身の理想に」

 

その言葉は鋭かった。雪ノ下は視線を伏せ、反論もできずに唇を噛む。まるで誰かに見透かされたような沈黙が落ちる。やがて、由比ヶ浜が口を開いた。

 

「あの……あのね、ゆきのん」

 

小さな声が、薄いガラスを震わせるように響く。彼女は少し息を吸って、3人の視線を受け止めながら言葉を続けた。

 

「少し、考えたんだけどさ。ゆきのん、あたしと、しもっちと、ヒッキーを頼って」

 

雪ノ下の目がわずかに見開かれる。由比ヶ浜はそれに構わず、言葉を重ねた。

 

「“誰か”とか、“みんな”とかじゃなくて……あたしたちを頼って。あたしは、その……何ができるってわけでもないんだけど、でも……」 

 

この時由比ヶ浜はくしゃみをした、気温も低くなり少し肌寒い感じだったからだ。その瞬間、雪ノ下はゆっくりと立ち上がり、キッチンの方へと背を向けた。

 

「ごめんなさい、なにも出さずに……紅茶でいいかしら?」

 

由比ヶ浜のくしゃみを区切りに言葉を最後まで聞くことなく、彼女は足音も静かに暗がりの中へ消える。その背中には、何かを守るような硬さがあった。

 

 

 

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