やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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理想(雪ノ下)現実(霜月)の温度差

ノックの音が、まるで現実確認のベルのように響いた。現国教師から連行され、もはや半ば哲学研究会と化した奉仕部で「正しさとは」「人間とは」などと言い争っていた三人が、一斉に扉の方を向く。

 

(なにこの陰鬱なディベートサークル)

 

「どうぞ」

 

雪ノ下雪乃がいつものように、冷静かつ完璧なトーンで返す。

 

扉が開くと同時に現れたのは、短めのスカートにブラウスのボタンが三つほど開いており、いかにも“今時女子高生代表”な少女だった。

 

彼女の名は由比ヶ浜結衣。見るからに校則ギリギリを攻める系だ。

 

「平塚先生に言われて来たんですけど……な!?なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

まさかの第一声が悲鳴だった。教室中に「ヒッキー」という単語が木霊する。名指しされた比企谷八幡は、即座に天を仰いだ。

 

「……せめて、名前で呼べよ。ヒッキー呼ぶな」

 

「2年F組、由比ヶ浜結衣さんね。とにかく座って」

 

雪ノ下は動じることもなく、淡々と指示を出す。事情聴取のように

 

「あ、あたしのこと知ってるんだ……」

 

由比ヶ浜は少し驚いたように目を丸くするが、勧められるまま椅子にちょこんと腰を下ろす。その様子を見て、比企谷がぼそりと呟いた。

 

「お前、よく知ってんな……全校生徒の名前でも暗記してんのか?」

 

「そんなことないわ。あなた達のことなんて知らなかったもの」

 

「そうですか……」

 

比企谷の声が虚しく空気に溶けた。

 

「ひどい言い草ねぇ……」

 

霜月が小声で呟く。どこか他人事のようなトーンだ。

 

「気にすることないわ。あなたの存在から目を逸らしたくなってしまう、私の心の弱さが悪いのよ」

 

言葉の刃が鋭利すぎて、もはや刺さる音すら聞こえる。だが、ただで転ぶ霜月ではなかった。彼女はわずかに唇を吊り上げ、即座にカウンターを放つ。

 

「そうよ、比企谷。いくら自分の事を完璧だと思ってる雪ノ下でも、人の名前を知らないくらいのミスはするの。……むしろ人間らしくて安心したわ。さっきまで神様になるつもりだったから」

 

静かに、しかし確実に針を刺す。ピクリと雪ノ下の眉が動き、冷たくも微妙に殺気を帯びた視線が霜月へと向けられる。

 

教室の温度が一瞬で5℃下がった気がした。

 

その空気を察した由比ヶ浜が、ひきつった笑顔で声を上げる。

 

「な、なんか……楽しそうな部活だね……?」

 

「そうだな。俺もそう思うわ」

 

比企谷の返事も、完全に現実逃避のテンションだった。

 

 

「なんやかんやあった」と言うにはあまりに密度の濃い数分間を経てそれでも最終的に、雪ノ下(+やさぐれ雰囲気の女と目が腐ってる捻くれ男)は、依頼を聞くことにした。

 

なにせ、これを聞かなきゃ物語が始まらない。人生とラノベは、依頼イベントからスタートするものだ。

 

「あの、あのね、クッキーを……」

 

由比ヶ浜がもじもじと切り出す。頬を赤らめ、ちらっと比企谷を見上げた。とかく乙女心とは、バグだらけのAIよりも複雑である。

 

比企谷はその視線を察して、わずかに目を逸らした。

 

「……ちょっと『スポルトップ』買ってくるわ」

 

椅子を引く音が虚しく響く。

 

「私もペプシコーラ買ってくる」

 

霜月も立ち上がった。

 

比企谷の頭の中で思わず突っ込む声が響く。

 

(……なんでだよ。男がいるから話しにくいって空気を察して立ち上がったのに、お前も立ち上がるとか意味ないだろ……)

 

「お前、依頼聞かなくていいのかよ?」

 

一応、理性の名残で問いかける比企谷。

 

霜月は言い放った。

 

「心配しないで。ああいうのは雪ノ下に任せるわ」

 

なにをどう心配しろと言うのか。つまり要約すると「めんどいからサボる」である。堂々たるサボタージュ宣言。肝が据わっているのか、めんどくさがりなのか

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

そんな中、雪ノ下がさらりと注文を入れる。さすが“氷の女王”。平然とパシリを指名するあたり、貫禄が違う。……が、

 

 

「分かった、買ってくるからお金ちょうだい」

 

 

差し出された手。その一言に、比企谷の脳裏をよぎるのは“計算高さ”という言葉だった。雪ノ下の性格を読んだ上での完璧な一手。霜月澪の性格の悪さが滲み出ていた。

 

今ここで突っぱねれば「器の小さい女」と思われかねない。依頼者が目の前にいるこの状況で、自身のイメージを落とすわけにはいかない。つまり、詰みである。

 

雪ノ下は静かにため息をつき、小銭を取り出した。

 

「……これで足りるでしょう?」

 

「ありがと」

 

霜月は笑みを浮かべ、まるで戦利品を手に入れたハンターのように颯爽と出ていった。比企谷はその後ろをゆっくりと歩いた。

 

 

 

 

 

 

そして、比企谷と霜月は、校内の自販機前で飲み物を片手にだらだらと時間を潰していた。

 

由比ヶ浜の依頼なんで"甘い感じの青春イベント”だろう。参加したところで、胃もたれする未来しか見えない。

 

「そろそろ戻る?」

 

霜月がペプシの缶を傾けながら言う。

 

「......ああ、頃合いだな。そろそろ俺たちがいないことに気づいて、"空気読めてない”って怒られる時間だ」

 

「いや、あんたほど空気読めてない人間、他にいないと思うけど」

 

「お前が言うな」

 

そんな毒の応酬を交わしながら、二人はゆっくりと奉仕部の部室に戻った。戻るや否や、雪ノ下が待ち構えていた。

 

「遅かったわね。家庭科室に移動するわよ」

 

「......なにする気だよ」 

 

「クッキー作りよ」

 

比企谷達は思った。

 

あ、地獄のキッチンに行くんだな、と

 

 

 

 

 

 

家庭科室、そこは甘ったるいバターの香りが漂っている……はずだった。だが実際には、「何かが焦げた匂い」と「絶望のにおい」が混ざり合っていた。

 

皿の上には、黒々とした“何か”が鎮座している。もはやそれはクッキーではなかった。見ようによっては、炭。あるいは未知の鉱石。

 

「比企谷、質問させて。クッキーっていろんな色あると思うけど、由比ヶ浜が"普通の"クッキーを作ったなら、何色になる?」

 

霜月が真顔で尋ねる。

 

「茶色......だろ」

 

「そうね。じゃあ.......なんで黒なの?」

 

「俺が聞きたい」

 

皿の上に鎮座するのは、もはや炭。木炭。いや、もはや炭素の塊である。作り手は由比ヶ浜。彼女の料理センスは、舌が三枚ある紳士の国の住人でも味を判別できないレベルかもしれない。

 

「.....これ、何焼いたの?」

 

霜月が恐る恐る尋ねると、由比ヶ浜は照れ笑いで返す。

 

「あはは......ちょっと焦げちゃった」

 

「"ちょっと”で済むレベルじゃねえよ。これもう"召されちゃった"レベルだろ」

 

比企谷のツッコミが光る。

 

そんな二人のやりとりを横目に、雪ノ下はクッキー(?)を一瞥し、静かに告げた。

 

「......努力は認めるわ。でも、これは食べ物に対する冒涜よ」

 

「じゃあ廃棄物処理班呼んでくる?」

 

霜月がさらっと言い、由比ヶ浜の目に涙が浮かぶ。

 

「そ、そんなぁ.......!」

 

 

気を取り直した由比ヶ浜と雪ノ下は、ふたたびクッキー作りに挑戦していた。だがその様子は、端から見れば“再挑戦”というより“リトライして即ゲームオーバー”のような光景だった。

 

雪ノ下は、レシピ通りに、正確に、寸分の狂いもなくクッキーを仕上げる。その動きは、もはや人間ではなく高性能AIのようだ。

 

一方、由比ヶ浜はというと。

 

「なんか違う……」 

 

彼女の手元では、小麦粉とバターが喧嘩しているような音がしていた。

 

「……どう教えれば伝わるのかしら?」

 

雪ノ下が額に手を当てる。あの完璧主義者ですら、少し疲弊して見える。

 

出来上がった2つのクッキーを見比べて、由比ヶ浜は項垂れた。雪ノ下のクッキーは美しく整った黄金色。対して由比ヶ浜のそれは、どう見ても地表のどこかに落ちていそうな隕石だった。

 

机に伏せる雪ノ下、目を逸らす由比ヶ浜。そして傍観する霜月と比企谷。

 

その沈黙を破ったのは、比企谷だった。

 

「……なあ、さっきから思ってたんだけどさ。お前ら、なんで“美味いクッキー”作ろうとしてんの?」

 

唐突な発言に雪ノ下が眉をひそめ、由比ヶ浜が首を傾げる。霜月は言った。

 

「どうしたの急に。由比ヶ浜のクッキー食べて舌だけじゃ無くて頭もやられたの?」

 

「ひどいっ!ヒッキー、普通に傷つくんだけど!」

 

「違うわ」

 

比企谷がコホンと咳払いをし、少しだけもったいぶった顔をして、わざとらしく指を立てた。

 

「十分後、ここへ来てください。俺が“本当の手作りクッキー”ってやつを食べさせてやりますよ」

 

(比企谷....アンタはいつから東西新聞社のぐーたら社員になったのよ)

 

一瞬、場が静まり返る。雪ノ下が半眼になり、由比ヶ浜がぽかんと口を開け、霜月が呆れたように呟く。

 

「比企谷……」

 

「ん?」

 

「今どきの高校生で、そのネタわかる人少ないと思う」

 

「うっせ」

 

こうして奉仕部の午後は、甘くも苦い、そしてやたらと焦げ臭い香りに包まれていった。

 

 

家庭科室には、バターと砂糖の甘ったるい香りが漂っていた。だが、その香りに反して、テーブルの上に並ぶ光景はどこか世紀末だった。

 

比企谷が「本当の手作りクッキー」を持って戻ってきた、というのに、全員の顔は微妙に引きつっている。

 

皿の上に並ぶのは、いびつな形のクッキーたち。いや、もはや「何かの化石」か「校舎裏の土を固めた何か」と言われたほうがしっくりくる。

 

「ぷはっ!大口叩いたわりに大したことないとかマジウケるっ!」

 

由比ヶ浜が爆笑して、テーブルを叩く。

 

「食べるまでもないわっ!」

 

「ま、まぁそう言わず食べてみてくださいよ」

 

比企谷は引きつった笑顔で返すが、その目の奥には奇妙な自信が光っていた。

 

(……なんか、違和感がある)

 

霜月は皿の上のクッキーを見つめながら、眉をひそめた。何かがおかしい。何か、だ。

 

「そこまで言うなら……」

 

由比ヶ浜が恐る恐る一つつまんで口に入れる。続いて雪ノ下と霜月も、しぶしぶ試食。数秒の沈黙のあと、由比ヶ浜の目が開いた。

 

「べ、別に特別何かあるわけじゃないし!はっきり言ってそんなにおいしくない!」

 

「そっか、美味しくないか……。頑張ったんだけどな。わり、捨てるわ」

 

比企谷が淡々と呟く。

 

その“しょんぼり演出”に由比ヶ浜が慌てて手を振った。

 

「あ、ごめんっ!そ、それに、別に捨てるもんじゃないでしょ!言うほど不味くはないし!」

 

「そっか……まぁ、由比ヶ浜がさっき作ったクッキーなんだけどな」

 

「……は?」

 

時が止まった。由比ヶ浜の顔が漫画のように固まる。霜月が小さく呟く。

 

「やっぱり……」

 

比企谷は気色の悪い笑顔でサムズアップ。

 

「こんな言葉がある……『愛があれば、ラブ・イズ・オーケー!!』」

 

口にするネタが古いと思う霜月

 

「お前らはハードルを上げすぎてんだよ。ハードル競走の主目「比企谷、長ったらしい話は私嫌いだから要点だけ言って」

 

霜月が容赦なく遮る。比企谷の顔に明らかな「殺意のない殺意」が浮かぶが、彼女は完全スルーだ。

 

「……まぁあれだ。男ってのは単純なんだ。それこそ残念なくらいにな。ちょっとしたことで勘違いするし、手作りってだけで喜ぶの。だから」

 

比企谷は由比ヶ浜をまっすぐ見た。

 

「はっきり言ってそんなにおいしくないクッキーでいいんだよ」

 

「〜っ!うっさい!ヒッキー、マジで腹立つ!」

 

由比ヶ浜は手当たり次第にクッキーの欠片を投げつけた。

 

比企谷はため息をつきながら、それを拾い上げる。

 

「まぁ、なんだ……お前が頑張ったって姿勢が伝わりゃ、男心は揺れんじゃねぇの」

 

「……ヒッキーも揺れんの?」

 

「は? あーもう超揺れるね。むしろ優しくされただけで好きになるレベル。っつーか、ヒッキーって呼ぶな」

 

「ふ、ふぅん……」

 

由比ヶ浜の頬が夕陽に照らされ、ますます赤く染まる。まるで誰かの恋が始まりそうな、いや、始まってほしいような、そんな空気だった。

 

静寂を破ったのは、冷静すぎる声。

 

「由比ヶ浜さん、依頼の方はどうするの?」

 

雪ノ下雪乃が、いつもの冷ややかなトーンで切り出した。場の空気をロマンスから現実へ引き戻すその一言。まるで“恋愛のBGM停止ボタン”である。

 

「あれはもういいや!今度は自分のやり方でやってみる。ありがとね、雪ノ下さん!」

 

由比ヶ浜はそう言って笑った。勢いで吹き飛ばした形だが、どこかスッキリした表情だった。

 

家庭科室の空気は、焼き菓子の甘い匂いに混ざり、どこか温かみがあった。由比ヶ浜が帰った後、霜月はため息をひとつ吐く。隣で雪ノ下は窓の外を見つめ、まだ何かを考えているらしかった。

 

「本当に良かったのかしら」

 

雪ノ下の声は静かだったが、そこには余計な感情など含まれていない。単なる観察、冷静な評価だ。

 

雪ノ下は窓の外から振り返り、口元にわずかな笑みを浮かべる。

 

「私は自分を高められるなら限界まで挑戦するべきだと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんのためになるから」

 

比企谷が口を開く。

 

「まぁ、正論だわな。努力は自分を裏切らない。夢を裏切ることはあるけどな」

 

雪ノ下の視線が霜月へ向けられる。

 

「ただの自己満足よ。自分に甘いのね。気持ち悪い……参考までに聞きたいけど、あなたはどう思うの?」

 

霜月は、手元のクッキーをかじりながら、ゆっくりと口を開く。

 

「……どっちも正しいけど、どっちも面倒くさいわね」

 

彼女は己の本音を言う。

 

「はっきり言うけど、努力を“報われるかどうか”の基準にしてる時点でズレてるのよ。やる奴は結果なんか関係なくやるし、やらない奴は言い訳つけて一生やらない。夢が叶うかとか、自己満足かとか、そんなの後づけでしかなし、意味なんて後からついてくるものよ」

 

そして続ける。

 

「努力は報酬じゃなくて“癖”みたいなもの。それをやるか、やらないかで人間の深さが出る。でも、それを他人に押しつけた瞬間に胡散臭くなる。努力なんて、他人に語るもんじゃないわね」

 

雪ノ下はその言葉を聞いて、鋭い目つきで霜月を見つめる。

 

「そんな考え方……逃げよ。結果を出せない人間の、ただの言い訳だわ。“意味がなくても努力する”なんて、聞こえは綺麗だけれど、それじゃあ“努力の目的”を失うだけよ。誰のために、何のために努力しているのか、曖昧になっていくじゃない」

 

震えが混ざった声に、雪ノ下の覚悟と苛立ちが滲む。だが、霜月は表情ひとつ変えずに淡々と返す。

 

「逃げ?結果?言い訳?目的?そんなの、全部あんたが周りを気にして自分の尺度で勝手に決めてるだけでしょ」

 

雪ノ下の信念を“尺度”と吐き捨て、霜月はさらに踏み込む。

 

「“努力の目的”なんて、最初から無くていいの。そもそも、他人に努力の意味を求めた時点で既に負けてるのよ。他人をいちいち気にしてたら自分が他人(自身の理想)に潰される。アンタみたいな人は特に」

 

雪ノ下が言葉を探す間に、霜月はさらに鋭く言う。

 

「結局、努力って“誰かのため”とか“結果のため”にするものじゃなく、自分が続けられるかどうかのためにやるもんでしょ。目的がないとか言うけど、やめたら後悔するのは自分だけ」

 

霜月の瞳は冷たい光を帯びながらも、揺るぎのない自身の理屈をたたきつける。

 

「私は自分のために努力してる。それで十分よ」

 

霜月はクッキーを口に運ぶ。

 

部屋の空気は、一瞬静まり返った。雪ノ下はしばらく霜月を見つめ、そして小さく息を吐いた。比企谷は腕組みをし、少し顔をしかめながらも、そのやり取りに無言で耳を傾けていた。

 

霜月の言葉は、雪ノ下の理想主義にも、比企谷の斜に構えた現実主義にも、まるで鏡のように静かに反射していた。

 

彼女にとって、努力は他人のためでも、結果のためでもなく、自分自身を生かすための“癖”であり、世界を変えるよりもまず、自分を貫くことこそが最も重要なのだ。

 

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