そんなこんなで、活気“だけ”は無駄に溢れた混沌の準備期間も終わり、前日準備も昨日ようやく片づいた――そして文化祭当日の朝。
体育館に響き渡るのは、おおよそ文化祭の開会式とは思えない、謎テンションのコール。
「お前ら、文化してるかーッ!?」
『うおおおおおおおおお!!!』
「千葉の名物、踊りと――ッ!!」
『祭りぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
「同じ阿呆なら、踊らにゃッ!?!?」
『シンガッソ――――――ッッ!!!!!!!』
めぐり先輩からの謎コールに、生徒たちが謎レスポンスで全力で乗っかる。
爆音のダンスミュージックまで流れはじめ、もはや誰がどう見ても開会式というかフェスの開幕である。
(……頼むから、これが終わったら私を全部から解放してくれ)
霜月は心から願っていた。が、現実は容赦なく“意味不明なノリ”を積み重ねてくる。
そうして、勢いとノリだけで総武高校文化祭が幕を開けた。
「では、続いて文化祭実行委員長よりご挨拶です」
アナウンスに促され、ステージ中央へ歩み出てくる相模。
その顔は紙より白く、足取りは“今にも逃げ帰りそうな猫”レベルに弱々しい。
案の定、全校生徒から注がれる圧の視線に足が固まり――
マイクを持つ手が震え、目は泳ぎに泳ぐ。そしてようやく口を開いた瞬間。
耳を破壊しにくるようなハウリング。体育館にいた全員がビクッとし、生徒の列から一斉に笑いが溢れる。
「機材異常なし!」と音響担当のインカムが伝える。
(いや絶対、原因アレ(相模)でしょ……)
霜月は冷めた目で状況把握。緊張のあまり、マイクの角度を変な方向に向けていた相模の仕業である。生徒たちの笑い声が広がる。悪意はない。ただの反射。でも、当の相模にはそれが地獄の嘲笑にしか聞こえない。
涙目のまま固まる実行委員長。
(……これ、見てるこっちが不安になるわね)
霜月は頬杖をつきながら、半眼でステージを見上げる。
見かねた生徒会長がマイクを奪う。
「……では、気を取り直して。実行委員長、どうぞ!」
「ひ、ひっ……!」
相模が慌ててカンペを取り出した、その瞬間。
ヒュッ、と指が滑った。
次の瞬間にはカンペが宙を舞いらステージにパサァッと落ちる。その光景に再び笑いが起きる。
真っ赤を通り越して真っ青になった相模は、震える手で必死にカンペを拾い集める。わずかに聞こえる「がんばれー!」という声援は、今の相模には呪いに等しい。
(……南無。知らんけど)
霜月はそう思い、ダルそうに前髪をかき上げた。
まだ文化祭の“開会式すら”終わっていない。なのに既に、ツッコミどころとカオスで腹いっぱいである。
文化祭一日目がようやく終わり、気付けば二日目。その“ようやく”という言葉の裏には、当然ながら色々とあった。
(……疲れる)
朝イチの霜月は、もはや人間というより“魂が抜けかけた猫”みたいな歩き方をしていた。原因はたった一つのシンプル答え。それは元々記録雑務の仕事は写真撮影などの仕事だからだ。
ただし。
目つきは鋭い、態度は気怠い、喋り方は刺々しい。そんな霜月がカメラを構えるとどうなるか。
被写体が逃げる。
「ちょ、霜月さん……レンズ向けないで……怖いから……」
「いや、普通に撮るだけなんですけど」
それでも霜月の“鋭い三白眼”が相手に向くと、なぜか人は避ける。結果、撮影に必要以上の体力を持っていかれた。
その点、クラス出し物であるメイド喫茶の会計係は平和そのものだった。
「お会計、八百円です」
「は、はいっ!」
客のほうが勝手に緊張し、霜月はただ無表情で金を受け取り、お釣りを出すだけ。モメる要素ゼロ。あまりにも仕事がしやすかった。
(……ずっと会計でいいわ。マジで)
しかし今日二日目は一般公開日。つまり、“学校外の人間”が流れ込んでくる日である。
総武高校は地域との繋がりを重視する文化祭方針のため、二日目こそ文実にとっての本番。保護者、近隣住民、卒業生、そして受験生までが校内を観て回る。
「わあっ、本物の文化祭だ〜!」
「写真いっぱい撮らなきゃ!」
そういうテンションの人々が押し寄せる。
……そして霜月は、今日も撮影係だ。
(……マジで“今日からが地獄”なんだけど)
ため息をつきつつカメラを提げて歩く霜月。
その横を、テンションMAXの一般客や受験生たちが駆け抜けていく。
「撮影担当、がんばってー!」
「……気安く言うな」
軽く手を振られただけなのに、心のスタミナが削られる霜月。
さらに今日は、有志ステージも本番。ダンス部の発表、バンド演奏、変なコスプレの有志企画、総武高校名物の混沌が全開になる。
「きゃー!写真撮ってくださーい!」
「……はい、撮ります。動かないで」
しかしこちらも例外なく、霜月がレンズを向けると
「え、なんか怖っ……」
「わ、私写りヤバい顔してない??」
「なんか監視されてるみたい……」
と被写体が勝手に自滅していく始末。
(もう知らないわよ……)
霜月は無言でシャッターを切り続けた。今日もまた、写真フォルダには“余計に緊張して強張った顔の生徒たち”が大量に増えるのであった。
このまま何事もなく文化祭が終わってほしい。霜月は本気でそう願っていた。だがどうやら“神様”という存在は、人類に対して無駄にイベントを投げつけてくるタイプらしい。
なぜなら、よりによって。
「相模がいない……?」
「はい、携帯電話も通じません……」
「参ったわね……このままだとエンディングセレモニーができない……」
「確かに……」
ステージ裏、雪ノ下とめぐり先輩が深刻な表情で話し込んでいた。そう、文化祭実行委員長・相模南は絶賛行方不明。よりにもよって“最後の仕事”直前にいなくなるあたり、もはや才能である。
(あの馬鹿……何仕事ほっぽり出してんのよ!!)
霜月も内心で椅子を蹴り飛ばす勢いでキレていた。だが表面上はいつもの“気怠げな鋭い目つき”なので、誰も怒ってるとは思っていない。
会話は続く。
「最悪、代役を……」
「それは難しいと思います。最後の挨拶や優秀賞は何とかなったとしても、地域賞だけはここで発表しないと意味が薄れますから」
「……そうね。地域との繋がりをアピールするために新設したのが地域賞だもんね……1回目から代役が発表するのはさすがに……」
「ええ……それに最終結果を知っているのは相模さんだけですし……」
地域賞の集計は部屋に詰める実行委員が交代制で行っていたので、“断片的な数字”は全員知っているが、“最終結果”だけは相模のみが握っている。
つまり、相模がいない=詰み。
そこで比企谷が口を開いた。
「一番手っ取り早いのは、誰か代役立てて結果をでっち上げることだろう。どうせ票数は公表しないんだし」
「ひ、比企谷……」
「さすがに……」
「それはちょっと……」
「まずいんじゃないかな……」
なぜか部外者の葉山と由比ヶ浜にまで止められ、さらに平塚先生とめぐり先輩までドン引き顔。
すると霜月が淡々とした声で言った。
「いい案だけど、文化祭が終わった後、実行委員の誰かが結果改ざんしたって言いふらすバカが絶対出るわよ。口軽い奴は本当に軽いから」
「……そうだな。悪い。忘れてくれ」
比企谷もあっさり引き下がった。すると由比ヶ浜が手を挙げた。
「あたし、探してくるよ!」
「闇雲に探しても見つからないぞ」
比企谷はすぐに制止するが、由比ヶ浜の決意は揺れない。そこへ雪ノ下が振り返り、二人へ声をかけた。
「比企谷くん、霜月さん」
「なんだ?」
「ん?」
「あと10分……時間を稼ぐことができたら、見つけられる?」
(10分って……)
答えはどちらも“分からない”。だが迷っている間も時間は過ぎる。結果、雪ノ下姉妹・由比ヶ浜・めぐり先輩・平塚先生による臨時バンドで10分稼ぐことが決定した。
(つまり、残された時間は――約600秒)
霜月は焦りを紛らわせるため、時間を“秒”に換算した。数字が大きくなるだけで、なぜかちょっとだけ、ほんのちょっぴり、気が楽になるものだ。
文化祭は、最後の最後で最大の混沌を迎えることになった。
個人的には10分を600秒で考えるとなんか少しだけ気が楽になる気がします。