文化祭二日目、霜月と比企谷は手短な作戦会議ののち、分担して相模を探すことになった。
「じゃあ比企谷は1〜2階ね。私はその上を探す」
「分かった」
そのやり取りを最後に、霜月は迷いなく駆け出した。スカートの裾を押さえる気配もなく、ただ走る。ただし、彼女が闇雲に廊下を突っ切るタイプでないことは誰よりも本人がよく知っていた。
さて、ここからは私の頭脳の出番ね。
階段の踊り場で一瞬だけ足を止める。呼吸が荒いのは走ったせいじゃない。イライラのせい。600秒──この数字が頭の中でぐるぐる回ってる。
“たった10分”じゃない。“600秒”。その方がまだ多く感じる。気休めだけど、こういう無駄な抵抗が精神衛生上、結構大事なのよ。時間を意識するだけで、気持ちの焦燥を少しだけ抑えられる。
もちろん、ここで闇雲に突っ走るのは最悪の選択肢。貴重な600秒を自分でゴミ箱にスラムダンクするようなものだ。頭を使うのはタダなんだから、使うべきでしょ。無駄に体力消耗するだけなら、誰も得しない。
で──問題は、あの
こういうのは性格逆算がいちばん早い。そういうのは得意よ、私。
相模は1年の頃、そこそこ陽キャ集団のリーダー的な感じで“私ってイケてますけど?”みたいな顔をしていたらしい……って由比ヶ浜が言ってた……はいはい、虚勢。分かる。遠くから見ても分かるわ。
でも2年になって、よりにもよってあの三浦──縦ロールと同じクラス。あれは普通の女子でも胃に穴があくレベルで厄介な存在なのに、相模みたいな虚勢系なら、そりゃ精神が崩壊するわ。F組の女王は完全に三浦。
相模にしてみりゃ、毎日“屈辱ポイント”が自動加算される地獄のジェットコースターみたいなもの。私からすれば「知らんがな」で終わる話だけど……でも、1クエクトくらいは理解できる気もする。
ゲームで1位だったプレイヤーが突然2位に落ちたみたいな……いや、あれよりもっと刺さる。とにかく、承認欲求モンスター兼歩く地雷女にとっては、存在価値が揺らぐレベルの衝撃ってわけ。
文化祭実行委員長になった動機だって見え透いてる。“目立ちたい”とか“F組で最強になりたい””縦ロールを超えたい”とか、その辺りの浅すぎて逆に笑える願望。責任感?そんなハイレベルなパラメータは相模には実装されてない、あるわけがない。
奉仕部に依頼した時のあの態度よ。私ならあれを“やる気無し”“責任感0”“考えるより泣いて逃げたいタイプ”の三拍子で診断するわ。あのまま本気だと言われたら、さすがに爆笑してた。
で、相模の厄介なところは、むしろここからが本番。こっちが真面目に探してるのに限って、当の本人は勝手に姿を消しておいて「でも誰かには見つけてほしい」みたいな構ってちゃんな行動をするとかいう歩く地雷。
扱いづらさは全国ランキング上位確定ね。あれを放置した文実はすごいと思うし、多分あとで誰か胃痛になるわ。
つまり──先生に見つかるような場所はまずあり得ない。トイレの個室?閉じこもるタイプに見えて実は違う。教室の隅?先生が来る可能性があるから微妙。
じゃあ、一人になれて、それでいて“見つかる時のドラマ性が高い場所”は?
──はい、1秒。いや0.5秒。
「屋上....」
思わず口から漏れるほど自然に答えが浮かんだ。
もう確信してる。相模の脳みそは、ああいう“この後誰かが駆けつけてくれそうな場所”が大好物。テンプレ青春ドラマを一番信じてるのは、文化祭で調子乗ってる連中でも生徒会でもなく、相模南っていう馬鹿だけだ。
ほんと、面倒くさいにも程がある。
「ったく……余計な仕事増やすんじゃないわよ」
そう舌打ちしながらも私は再び走り出す。600秒のうち、何秒使った?考えるのは後。まずは階段、まずは屋上。
足音が階段に響き、風が髪を揺らす。脳内では次の行動の優先順位が渦巻く。相模を探すだけじゃない。途中で呼び止められるトラブル、屋上に誰か先客がいる可能性、そして自分が疲れ切る前に600秒をどう使うか……考えることは山ほどある。
あ、読者の皆に教えるけど1クエクトは1mmの1,000,000,000,000,000,000,000,000,000分の1
つまり、ミリの中のマイクロの中のナノの中のピコの中のフェムトの中のアトの中のゼプトの中のヨクトの中のロントのさらに1/1000のことだから、あの
そう思いながら足音が響くたび、頭の中で別のことが浮かぶ。比企谷のことだ。
比企谷は――優しい人間だろう。本人が聞いたら「ねーよ。俺のどこが優しいんだよ」とか捻くれた文句を絶対に言うに決まっている。
だが、それこそが証拠だ。本当に優しさの欠片もない人間なら、あの相模なんて存在に興味すら持たず、勝手に消えたなら消えたでそのまま“放置プレイ”で決め込むはずだ。
……まぁ、私も一応探してるわけだから、優しい部類に入るのかもしれないけど。あまり認めたくはない。
....話がそれた。
比企谷は不器用な男だ。あんなふうに何にでも斜に構えて、冷めたフリして、やる気なさそうに見せるけど本質は、多分誰よりも誰かの痛みに寄り添えるタイプだ。そこだけは、今まで見てきた中で確信に近い何かがある。
ただ、問題は“過去”。比企谷は人間関係で失敗しすぎて、人を信用するという機能がほとんど壊れかけてる。
彼の反応を見ればよくわかる。雪ノ下に対する扱い、由比ヶ浜への態度、そして私に対する微妙に距離を取った接し方。その全部が「信じたいのに信じきれない」みたいな歪んだ形になって表れている。
だから、比企谷は自分を犠牲にする。勝手に責任を引き受けて、勝手に解決しようとして、勝手に傷つく。美徳?ヒーロー?まぁ、そうとも言える。でも私からすれば――
アンタも鶴見と一緒で、自分の自由を捨ててんのよ。
全てを勝手に解消させるその一連の流れが、もう見てて面倒くさいというか、腹立たしいというか……真っ正面からアホと言ってやりたい。
「こうした方が楽」みたいな顔をしているけど、実際は他人を信じきれないだけ。任せるという選択肢を持つのが怖いから、抱え込んだほうが楽なだけ。
それは優しさじゃないし、強さでもない。ただの“臆病な正義感”だ。
人をすべて信じろなんて言ってない。そんなの不可能だし、私だって無理ね、裏切られた経験があるなら余計に。
でも──せめて他人の能力くらいは信じろっての。他人すら信用できない人間が、誰かを助けるれるわけないでしょうが....
そんなことを考えながら、私は屋上へ続く階段を駆け上がる。
後、自惚れじゃないけど、頭の回転だけなら私は比企谷や雪ノ下より勝てる場面は確実にある。だから分かる。比企谷が“自分の信念”を貫こうとしていることを。
あの捻くれ男は基本的に他人の言うことなんて聞かないくせに、雪ノ下と由比ヶ浜が動いた瞬間だけ、妙に真っ直ぐになる。あの2人の前だと人格が補正でもかかってんのかってレベルで。
で、今回も案の定、文化祭だの依頼だの見て感化される。どうせ相模相手にも、またあの“正論の暴力”でケリをつける気でしょうよ。
まあ、それ自体は悪くない。むしろ依頼者である相模が自分で落とし前をつけるって意味では私も賛成。責任は自分の尻で拭くもの。私の自由論的にも筋は通ってる。
──ただし“その後”が最悪。
比企谷は問題解決はできる。でもアフターケアが致命的に欠落している。
その瞬間だけ正しいことをして終わり。周囲の空気はぐちゃぐちゃ。本人はメンタルすり減らして死んだ目になる。で、最終的に「まあいいか」で自己完結。
いや良くないでしょ。良くないのよ比企谷。そこが問題だって言ってんのよ。
自分の自由を他人に譲り渡すみたいなやり方、私が一番嫌いなやつだわ。
“痛みを引き受けることで物事を丸める”とかいう、どこをどう切り取っても不健康な解決方法。しかもアイツ、説教したところで絶対反省しないし。聞く耳なんて最初から持ってないし。
結局いつも通り、“他人の痛みに耐える”って一番めんどくさい道を選ぶ。
まったく、どこの自己犠牲ヒーローよ。ヒーロー名乗るならまずマントでも買ってきなさいっての。
でも、まあ……別に。そうしたいならそうすれば良い、だって.....
「アイツらが自分の信念を貫くなら――私も、私のやり方で貫かせてもらうだけ」
それだけの話。はいここテストに出ます。階段の踊り場で一度深呼吸して、金属の手すりをつかむ。体が勝手に前へ傾く。苛立ちが推進力になるなんて、便利な燃料ね。
文化祭なんて茶番の最後で、私の仕事はまだ終わっていない。相模の逃避行が全ての原因となった。それをまとめて片づけないと気が済まない。
足が自然と速くなる。階段を駆け上がるたびに、心臓の鼓動が嫌でも耳に響く。
さて……あの