やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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逃げるのも選択(自由)である、ただしその記憶は一生忘れられない。

屋上の端で相模は薄い影に身を縮めていた。その前に、霜月はゆっくりと歩み寄り、距離を積める。

 

「相模」

 

その声は驚くほど平坦だった。怒りも侮蔑も混じっていない。ただ淡々と、だが逃がさない重量を持った声。

 

「このまま逃げたら具体的にどうなるか分かる?」

 

相模は顔を上げない。震えるように固まっていた。霜月は立ち止まり、一呼吸置いてから淡々と切り込む。

 

「アンタは少なくとも四人のこと、一生忘れられないわよ。まず――比企谷」

 

その名を聞いた瞬間、相模の肩がわずかに跳ねた。

 

「散々バカにしてきたわよね。“根暗”だの”陰キャ”だの“空気読めない”とかさ。でも文化祭を回したのは比企谷。アンタが投げた仕事、全部拾って、黙って処理した。まぁ私が回したのもあるけど」

 

「見下してた相手に救われた……その事実、忘れられる?」

 

相模は歯を強く噛みしめ、吐息が震えた。

 

「次は私ね」

 

霜月はわずかに身を乗り出し、相模の横顔を覗き込む。

 

「覚えてる?奉仕部に来た時、アンタ、私を“便利な駒”程度にしか思ってなかったでしょ目線でバレバレだっての....」

 

相模は視線を地面に落とす。

 

「でも結果はどうよ。サボった業務を私が大幅に巻き直した。アンタがやらかした事皮肉っただけで黙り込んだ。……自分でも分かってたんじゃない?“かなりヤバい”って」

 

相模の呼吸が乱れる。胸の奥に押し込んでいた劣等感が一気に噴き出したように。

 

「私を下に見てたけど能力では勝てなかった。その事実は一生ついて回るわよ」

 

「そして雪ノ下陽乃」

 

相模が反応を見せた瞬間、霜月の目が細く鋭くなる。

 

「アンタ、アイツに肯定された時、思ったでしょ?“私やっと認められた”って」

 

相模の指先が震えた。

 

「でもあれ、アンタはただの噛ませ犬よ。雪ノ下姉妹の関係を揺らすための道具。利用しやすいから選ばれた。それにすぎないの厚化粧で下準備された舞台に乗せられただけ」

 

淡々と、それでいて鋭く斬り捨てた。

 

「極めつけは……雪ノ下雪乃」

 

相模の表情が、冷たい風に当てられたように硬直した。

 

「アンタ、一応実行委員長だったわよね?肩書きは上。でも仕事は全部雪ノ下に奪われた。いや、私からすればアンタは“渡した”のよ」

 

霜月の声は冷たいが、無駄な感情が一切ないぶん余計に刺さる。

 

「自分じゃできないって、心の底で分かってたから。彼女に支配されるのを許した。……あれが、相模南という立場が崩れた瞬間」

 

「……もう、やめて……」

 

相模が漏らした声は、風に消えそうなくらい弱かった。だが霜月は、きっぱりと首を振る。

 

「止めるわけないでしょ。これ全部アンタが選んだ結果なんだから」

 

霜月は相模のすぐ横に影を落とした。風が二人の間を切り裂くように吹き抜け淡々と、淡々と列挙した。

 

「アンタは"一生”こう呼ばれる。比企谷に助けられた怠慢委員長、霜月に論破されて逃げた腰抜け、雪ノ下雪乃に支配されたポンコツ、陽乃に利用されて喜んだ噛ませ犬、自分からなったくせに文化祭から逃げた相模南」

 

相模の肩が震え、握る拳が白くなるまで力が入る。

 

「都合よく慰めてくれる人?いる訳ないでしょ。それは自分にとってアンタといた方が都合が良いからっていう打算であって友情じゃないし、アンタがしでかした事はアンタの意思に関係なく、必ず出回る」

 

霜月の声は静かだが、逃げ場を完全に塞ぐほど重かった。

 

「逃げたら一生ついてくる。何やっても、“文化祭から逃げた相模南”って、アンタ自身が思い出す。いつまでも必ず」

 

ここまできつい言葉を並べたが霜月はある言葉をかける。

 

「……それが嫌なら、一回くらい自分の意思で“回収しなさいよ”。他人じゃなく、自分の自由で」

 

そして最後の宣告。

 

「エンディングセレモニー、アンタも出席して。逃げたら、一生“負け犬の相模”で終わるわね」

 

風の中で、相模は小さく震えながら顔を上げた。そこにあるのは恐怖ではなく、痛みから生まれたかすかな火だった。

 

 

そして比企谷が到着したのは、霜月が相模を追い込んでいる最中だった。

 

「やあ。ここにいたんだね、探したよ」

 

その後、汗を拭いながら、葉山隼人が取り巻き二人を連れて現れる。爽やかイケメン仕様は相変わらずだ。

 

「っ……葉山くん……」

 

さっきまで刺々しかった相模の顔が、一瞬でしおらしいモードに切り替わる。霜月は内心うんざりする。

 

(だからアンタは歩く地雷女なのよ)

 

葉山は笑顔で促す。

 

「さぁ、戻ろう。みんな待ってるよ」

 

だが相模の足は動かない。

 

「でも……今更うちが戻っても……」

 

焦りを隠そうともしない葉山は腕時計を一瞥し、言葉を重ねる。取り巻きも必死に相模を押し戻そうとするが、相模の表情は沈んだままだ。

 

その空気を割ったのは、比企谷の長い溜息だった。

 

「本当に最低だな」

 

相模の肩が震える。比企谷は抑え込んでいたものを淡々と吐き出し始めた。

 

「お前は結局、ちやほやされたいだけなんだよ。誰かに“そんなことないよ”って言ってもらいたくて逃げてるだけだ。肩書き貼って、自分の価値を盛って……でも中身は何も変わってない」

 

相模が弱々しく反論する。

 

「あんたなんかと一緒にしないでよ…」

 

「同じだよ。最底辺の住人だ。だいたい、お前に興味のない霜月が一番早く見つけたんだぞ?誰も本気で探してなかった証拠だろ。わかってるはずだ、自分がその程度って…」

 

「比企谷、少し黙れよ」

 

葉山が声を荒げた瞬間、比企谷の胸ぐらが掴まれた。だが次の瞬間、葉山の腕の動きが止まる。

 

霜月がその腕を掴んでいた。

 

「待ちなさい、葉山」

 

「し、霜月さん……どうして」

 

霜月は比企谷から視線を外し、相模を射抜く。声は静かだが、逃げ道はひとつもない。

 

「相模。比企谷が言ったことは全部事実よ」

 

相模の顔がみるみる強張る。霜月は淡々と告げる。

 

「だから改めて聞くわ。アンタの選択肢は二つ」

 

一つ、指を立てる。

 

「このまま惨めに逃げて、一生“逃げた記憶”を背負うか」

 

二つ、もう一方の指を立てる。

 

「散々やらかしてきたけど、最後ぐらい責任を取るか」

 

霜月の声は低く、しかし一言一言が鋭く、相模の心に刺さった。押し付けるわけでも、叱るわけでもない。ただ事実として、そして選択肢として突きつけられている。

 

葉山が口を開こうとするが、言葉は喉に詰まる。比企谷は黙って見守るだけだ。霜月の問いは、相模の自由意思そのものを試していた。逃げ場は、もうなかった。相模の唇がわずかに開き、震える声が漏れた。

 

「……っ」

 

霜月は視線を下げず、淡々と告げる。

 

「答えを自分で出して。逃げるならその覚悟を、立ち向かうならその覚悟を全部、自分で背負いなさい」

 

風が屋上を吹き抜け、霜月の言葉を運ぶ。相模の目には恐怖と混乱、そしてほんの少しの覚悟の光が交錯した。逃げ場はもう、どこにもなかった。

 

相模は取り巻きの2人や葉山に囲まれたが無言で屋上を出た。葉山達もそれに続いた。

 

 

青空と風だけが二人を迎える。取り残されたのは霜月澪と比企谷八幡だけ。

 

比企谷は脱力したようにずるずると壁に背を預け、座り込む。目の前には何もないようで、彼の意識は先ほどの騒動に囚われていた。

 

(あれなら、相模も責任をとるでしょ)

 

比企谷は、葉山が現れたときの相模の顔や態度を思い浮かべながら、ぼんやりと空を見つめる。霜月が隣にいることすら、今の彼の意識には届かない。

 

「霜月、あん時なんで葉山を止めた?」

 

その問いは、彼の不器用さと無力感を端的に示していた。相模への説得や責任追及を、まるで自分のやり方で片付けられるとでも思っていたのだろうか。霜月は、比企谷の肩越しに遠くを見つめ、風に吹かれた髪を軽く押さえる。その目は冷静で、時折鋭く光る。

 

「あそこで変に葉山からの慰めとか入ると、めちゃくちゃ厄介だったから」

 

彼女の声には、静かな苛立ちと計算の痕跡が混ざっていた。最小の労力で相模を動かす――その狙いが見えた瞬間だった。

 

比企谷はゆっくりと息を吐き、壁にもたれかかったまま小さく頷く。

 

「そう言う事か……」

 

言葉は少ないが、彼の目には理解と少しの納得が混ざっていた。屋上には、風の音と遠くの校舎のざわめきだけが静かに響く。

 

「比企谷、アンタのやり方だといつか身を滅ぼすわよ」  

 

「....分かってる、そん時はそん時だ」

 

二人だけの時間。言葉少なでも、互いに考えを交換する空間――それは、文化祭の喧騒を忘れさせる、ほんのわずかな静寂だった。

 

 

 

 

 

 

エンディングセレモニーは、雪ノ下や由比ヶ浜をはじめとするメンバーの尽力によって、なんとか無事に幕を閉じた。会場には達成感と疲労が入り混じった空気が漂っている。来場者の拍手と笑顔が、努力の結晶を称えていた。

 

しかし、ひとつだけ明らかに無事とは言えない存在があった。相模の挨拶だ。聴衆の中には困惑の色を浮かべる者も少なくなかったそうだ。その惨状を知った取り巻きや友人たちは、比企谷と霜月を非難するような声を漏らした。

 

「あいつらがやらかさなかったら何も問題なかったのに」

 

「完全に調子が狂ったよね」

 

陰口はやがて会場の隅々まで届き、二人の行為はもはや止めようがないところまで広がっていた。霜月は小さく肩をすくめ、口元に冷笑を浮かべた。

 

(酷い話ね)

 

しかし彼女の中には確信があった。責められるべきは、決して自分たち二人だけではない。少なくとも、相模自身も責任を負う。

 

相模は周囲からまるで被害者のように見られている。しかし霜月には、彼がこの状況を招いた本当の理由が手に取るようにわかっていた。

 

陽乃の言葉を真に受けて文化祭準備を破綻させかけた行動、そして自らの心の弱さで生じた優柔不断さ──それがすべての元凶だった。

 

そして、相模を取り巻くサボった連中も責任から逃れることはできない。文化祭準備の最後まで粘り強く働いた者たちが、必ず何かしらの形で愚痴を吐く。

 

その苛立ちと不満は、自然に連鎖していく。霜月はその連鎖を静かに見つめながら、心の中で冷静に分析していた。

 

(こういうのは結局曖昧になって終わるのよね)

 

彼女の瞳は、混乱と嘲笑の渦巻く会場を見渡していた。文化祭という一大イベントは終わったが、責任と後悔の連鎖は、まだ完全には終わっていなかった。

 

 

 




相模南ってキャラは読んだ当初は超イライラしましたが今読み返すと単なる嫌なキャラではなく、現実の人間心理を反映したキャラクターで、最初はイラッとしても、後から「自分や周囲にも似た人がいるかも」と思って思います。

物語的に次回は体育祭編ですが、もしかしたら修学旅行編に飛ぶかもしれません。

後明日の投稿はお休みさせてもらいます

今後ともよろしくお願いします。
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