そして翌日。奉仕部の活動は、例によって例のごとく──**勝手に始まり、勝手に続く『千葉県横断お悩み相談メール』**に占拠されていた。
(いつかあの独身女を後悔させてやる……絶対に……)
霜月澪は心の中で平塚先生に対し、静かなる復讐宣言を掲げていたが、当人をよそに雪ノ下と由比ヶ浜はパソコン画面とにらめっこしながら眉を寄せている。
霜月と比企谷は後ろから覗き込む。
【PN:めぐ☆めぐさんからの相談】
『体育祭を盛り上げるアイデアを募集しています。それと、今年で最後なので絶対に勝ちたいです!』
(盛り上げのアイデアはともかく、“勝つ”のは無理でしょ……こっちは依頼内容の処理係であって軍師じゃないのよ……)
早くも“諦めろ”の3文字を返答に入れようと霜月の指が動きかけた、その時。
(めぐ☆めぐ……って、これ絶対めぐり先輩じゃない……?)
“今年で最後”という文面からも三年生確定。そしてこのペンネームの軽さ。会長がノリでメールを送っただけなのは、火を見るより明らかだった。
と、そこへ──
コンコン。
軽やかなノック音が響いた。
「どうぞ」
雪ノ下が声をかけると、扉がゆっくり開く。
「失礼しまーす」
ふわりと空気が柔らかくなる。穏やかな微笑みを浮かべた三年生、城廻めぐり。総武高校の生徒会長、本日もほんわか満載である。
「えっと、奉仕部ってここでいいのかな?前に体育祭のことで相談メールしたんだけど、直接話した方が早いかと思って……来ちゃった」
由比ヶ浜がパソコンの画面とめぐり先輩を交互に見た。
「このメールの差出人……」
「そうそう、私」
めぐり先輩は自分を指さしながら、とことこ部室に入り込んでくる。
「文化祭のときみたいに、体育祭も盛り上げていきたいんだ。協力をお願いできないかな、雪ノ下さんと霜月さんと……えっと……比企谷くんに」
その一拍の間が絶妙に怪しい。
(多分普通に忘れられてたわね…)
由比ヶ浜とめぐり先輩が自己紹介を交わし終えると、雪ノ下が表情を引き締めて問いかける。
「会長。依頼の詳細を伺ってもよろしいでしょうか」
「うん。みんなに相談したいのはね──体育祭の男子と女子、それぞれの“目玉競技”のアイデア出しなんだよ」
ぴしっと指を立てるめぐり先輩。その横で霜月は嫌な予感しかしないわね……と内心で肩を落とす。
どうやら総武高校の目玉競技は、歴史的に“地味”という不名誉な伝統があるらしい。
「そういえば去年は何をしたんだったかしら……」
雪ノ下が腕を組んで記憶を手繰る。
「あー……言われてみると、覚えてねぇな……」
比企谷も眉間にしわを寄せる。
「そもそも目玉競技なんてあったっけ……?」
由比ヶ浜が真顔でつぶやき、沈黙。そして全員の視線が、最後の望みである霜月へ。
「しもっちは、なんか覚えてる?」
「覚えてたら今ここで口にしてるでしょ」
霜月は即答した。つまり──奉仕部、記憶全滅。
(いや全滅してんじゃないのよ……こんなに存在感ない競技ある?)
霜月は思わず心の中でツッコむ。めぐり先輩は苦笑いしながら「でしょー……」と肩をすくめた。
こうして、奉仕部は文化祭に続いて体育祭でも“面倒な企画”に巻き込まれることが決定したのであった。
めぐり先輩は、相変わらずの笑顔で言った。
「毎年地味なんだよね。今年は派手なのやりたくてさ!」
あまりに唐突なテンションに、比企谷は「は?派手って何だろ……」と声にならない呻きを漏らし、由比ヶ浜はとりあえず愛想笑いで誤魔化す。雪ノ下は丁寧に聞き返す。
「な、なるほど……。お話は分かりました。いつまでにアイデアを出せば……?」
その瞬間、めぐり会長の顔がパッと明るくなり、雪ノ下の手をがっしり掴んだ。
「それなんだけど!体育祭実行委員会の会議があってさ、そこで考えるのはダメかな?」
一拍置いて、冷静に霜月が口を開いた。
「めぐり先輩、それが決まってないってことは、会議が押してるか、別件で遅れてるかのどっちかですよね?」
「うっ……まぁ、そうなんだよね……」
図星だったらしい。めぐりは視線を泳がせてから、再び雪ノ下へと迫る。
「だから雪ノ下さん、協力できない?」
「は?はぁ、その……かまいませんけれど……あの、なぜ手を……離していただけないでしょうか……」
雪ノ下は珍しく狼狽し、しかし会長は手を離す気配ゼロ。むしろもう一歩近づいてくる。雪ノ下は一歩下がる。会長は一歩詰める。完全に追い込み漁。
そして会長は言いづらそうに爆弾を落とした。
「実はね……体育祭運営委員会の委員長が、まだ決まってなくて……だから、雪ノ下さん、どうかなぁ?」
(え、またこのパターン?)
奉仕部に沈黙が流れる。雪ノ下と由比ヶ浜に断られためぐり先輩の視線が、最後の希望とばかりに霜月へと向く。
「霜月さんは!?文化祭の時、代理で頑張ってたけど……!」
その期待のこもった目に対し、霜月はスッと目を細めて淡々と答えた。
「あの時の私は、“文化祭期間、それも準備参加者が少なく、自分が代理をするときだけめちゃくちゃ働く”っていう制約と誓約かけて能力底上げしてたので無理です」
「霜月さん強化系の念能力者だったかー。ちなみに、それを破るとどんなペナルティーが……?」
めぐり先輩は霜月のボケにのって聞いてくれる。めぐり先輩は意外とノリが良い。
そして霜月は即答した。
「念能力が今後一切使えなくなります」
めぐり先輩は「ふぇぇ……」と困ったように笑っただけである。そして一番ダメなところで飲んでいた比企谷が、盛大にむせた。
「え、お前、あん時のためにそんな制約と誓約決めてたのかよ……いつのまに強化系の念使ってんの....?」
「当たり前じゃない。制限が強いほどリターンも強いのよ」
「いや、なんで念能力前提で話すんだよ……」
比企谷の突っ込みに、霜月は淡々と返す。
「だって“人手不足の文化祭実行委員”って、念でも使わないと回らないじゃない?」
さらに霜月は続ける。
「それに比企谷だって、目を腐らせて友人を極端に減らす代わりに捻くれた性格による人間観察を強化したんでしょ?」
「ねーよ。コレはデフォルトだったての...」
そんなやり取りを横目に、雪ノ下と由比ヶ浜だけは「念……?」と首を傾げたまま、状況を飲み込めていない様子だった。
そして奉仕部室には、再び体育祭の話題に戻る前の、妙な沈黙が流れるのだった。
雪ノ下は顎に指を当て、しばらく思案するように視線を落としていた。やがて、ふっと顔を上げると、静かに口を開いた。
「それは誰がやってもいいんでしょうか?」
いきなり主語の抜けた問いを投げかけられ、めぐり先輩はぱちぱちと瞬きをする。
(なんで雪ノ下は主語を抜かすのかね……読解力検定でも始める気?)
霜月は内心ツッコミを入れながらも、めぐり先輩が「あ、そういうことか」と察したのを見て頷く。
「え?いやぁ、誰でもって言うのはちょっと困るけど。ちゃんとしてる人で、安心して任せられる人がいいかなーって」
(あー……つまり“比企谷は論外”ってことね)
霜月はあっさり理解した。しかし雪ノ下は、さらに別の意図を持っているようで、淡々と質問を重ねた。
「いえ、人格面ではなく、資格や所属組織についての制限があるかどうかを聞いています」
「ああ、そっち! それならなんにも問題ないよ。立候補者を募ってたんだけど……全然いなくて」
めぐり先輩は肩を落とす。掲示、プリント、HP、ブログ、先生伝い――あらゆる手段を使ったらしいが、結果は華麗なるゼロ回答。霜月は一応記憶を探るが秒で諦めた。
(やっぱり覚えてないわ……見た記憶が単細胞レベルでない)
それでもめぐり先輩は「じゃあTwitterとLINEやるよ!」と謎のSNS武装強化を始めようとした。
「城廻先輩。その必要はありませんよ」
雪ノ下が淡々と制止する。そのこめかみに添えられた手と、ため息の深さで“嫌な予感しかしない”のは霜月にも明らかだった。
「どういうこと?」
「一人、適任がいますので推薦します」
めぐり先輩が食いつくように前のめりになる。
「え?だれだれ?どんな人?」
雪ノ下は落ち着いた声で、まるで職務経歴書を読み上げるように語った。
「こういった役職の経験があり、上昇志向が強く、名誉職への執着もあり、転じてやる気がある人物」
「うんうん、それはすごく良いと思う!」
その条件を聞いた瞬間、霜月の脳内にひとりの女子が浮上する。
(経験があって、名誉職大好きで、やる気“だけ”はある人物……まさか雪ノ下、それって....)
「2年F組、文化祭実行委員長、相模南さんです」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたのは由比ヶ浜だった。めぐり先輩もぽかんと固まり、比企谷も「いやいやいや」と顔をしかめる。そして霜月は静かに肩を落とす。
(……言うと思ったわ、雪ノ下)
やはり雪ノ下の言動は時折霜月の想像を超える。