やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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昼休み、地雷原を行く

昼休み。霜月は、手にした弁当箱をまるで時限爆弾のように扱いながら、ゆっくりと廊下を歩いていた。行き先は、奉仕部の部室。

 

つまり、“人間関係という名の地雷原”だ。

 

「……いや、なんで私、部室に行ってるんだっけ?」

 

独り言に自分でツッコミを入れる。そうだ、昨日のクッキー作り事件だ。

 

あのとき由比ヶ浜が、満面の笑みで「明日、一緒にお昼食べよっ!」なんて言ってきたせいだ。

 

あんな光属性100%の笑顔を直視して「嫌だ」と言える人間がいたら、それはもう人間じゃない。悟りを開いた仙人か、感情の死んだ人間という名のナニカである。

 

 

 

とはいえ、問題はあの部屋にいる一人。氷点下の女王、雪ノ下雪乃。完璧人間であり、人間の皮をかぶった冷気の精霊、或いは感情のバグ修正パッチを当て忘れた理性の権化。

 

正論が歩いているどころか、正論がこちらに向かって殴ってくるレベルである。 

 

昨日、あの女王様が口にした「努力は意味を持つべきであり、意味を失えばただの惰性」なる名言を、霜月はノータイムで撃ち抜いた。

 

「あんたが周りを気にして自分の尺度で勝手に決めてるだけでしょ」

 

雪ノ下の理想主義がどうにも気に食わない。だから皮肉を込めて言ってやったのだ。しかし言い過ぎた感は否めない。だが、反省? もちろんしない。後悔? することはない。人間、気に食わないものは気に食わないのだ。

 

彼女にとって雪ノ下雪乃の正論は、もはや論文ではなく兵器。「正義のミサイル」とでも呼ぶべき代物で、あれを真っ正面から食らったら誰だって人格が粉砕される。

 

(誰が好き好んで、あんな氷の女王様と昼飯食べるかっての)

 

彼女の毒舌は、塩対応どころか“岩塩の塊を顔面に投げつけてくるレベル”だ。霜月はため息をつきながら、頭の中でアンケートを取る。

 

「雪ノ下雪乃と昼食を共にしたいですか?」※人格を否定される可能性大

A. はい

B. いいえ

C. 胃薬をください

 

彼女自身はもちろん、迷わずCを選ぶタイプである。

 

そして数分後。霜月はついに奉仕部の扉の前に到着した。

 

「……開けたら、負けな気がするわね」

 

だが、由比ヶ浜との約束を破るほど無責任でもない。覚悟を決めて、ガラリと扉を開けた。

 

中では、案の定雪ノ下雪乃が一人。窓際の席で文庫本を片手に、優雅に待っていた。

 

「……こんにちは、霜月さん」

 

「どうも」

 

空気が、冷蔵庫より冷たい。雪ノ下の一言で室温がさらに下がった気がする。霜月はしれっと机の隅に弁当を置く。

 

(これ、拷問じゃん……)

 

と、その瞬間。彼女の視線が本から外れた。

 

「昨日は……随分とはっきり言ってくれたわね」

 

「……」

 

クッキー作りのときにやらかした、「努力の意味を人が勝手に決めるな」と、雪ノ下の主張を一刀両断。今思えば、あれはもはや思想戦争だった。

 

「……そっちだって、“努力には意味があるべき”って言いすぎでしょ」

 

「事実よ」

 

「はい出た、“事実”って言葉。便利だよね、論破用語として」

 

「あなたも、“社会”とか“現実”とか言葉で煙に巻くじゃない」

 

「うっさいわよ、正論女王」

 

「現実主義ヒステリック」

 

 

 

二人の視線がぶつかる。音はないが、空気が焦げるほどの静電気。

 

 

 

霜月にとって、それはもはや「昼休み」ではなかった。精神修行である。

 

奉仕部の部室。静寂。空気がやたら冷たい。

いや、冷たいのはエアコンのせいじゃない。そこに座っている“氷の女王”雪ノ下雪乃の存在そのものだ。

 

由比ヶ浜が誘ってきたから、仕方なく来たのだが……。あの陽キャ爆弾が来ない。

 

来ないのだ。

 

「……遅い」

 

たった一言。たったそれだけなのに、その一言が放つ圧が尋常じゃない。室温がまた下がった気がする。

 

(あっ、雪ノ下が苛立ってる)

 

霜月はすぐに悟った。もはや条件反射。昨日の「努力とは何か」論争を経て、彼女の雪ノ下レーダーは敏感になっていた。

 

(これは……あと5分で噴火するタイプのやつ)

 

彼女の直感は正しかった。時計を見れば、まだ5分しか経っていない。だが霜月の体感では10倍。5分=300秒のはずなのに、精神的には3000秒耐久コースである。

 

「由比ヶ浜さんに何かあったのかもしれないわね」

 

雪ノ下が静かに本を閉じ、立ち上がる。その表情はまるで「正義執行」に赴く聖女。だが霜月からすれば、完全に「討伐に向かうラスボス」だ。

 

(やめて。絶対やめて。由比ヶ浜のクラス、壊滅するから)

 

とはいえ、止めるしかない。あのまま1人で行かせたら、間違いなく「2年F組」は荒野になる。

 

「……行くの?」

 

「ええ、少し確認してくるわ」

 

「“確認”って言葉、雪ノ下の口から出ると物騒なのよね」

 

「心外ね。私はただ、事実を伝えるだけよ」

 

「問題は“伝え方”なのよ」

 

霜月はため息をつき、立ち上がった。

 

(ほんと、なんで私が保護者役やってんのよ)

 

雪ノ下の隣に並ぶ。氷のように冷静で整った横顔。その顔に、ほんの少しの苛立ちと心配が混じって見えるのを、霜月は見逃さなかった。

 

「……雪ノ下が本気で怒ったら、F組、更地になるよ」

 

「失礼ね。廃墟くらいで済ませるわ」

 

「言ってる時点で全然フォローになってないんだけどね」

 

霜月のツッコミが虚しく廊下に響いた。氷の女王とやさぐれ少女、昼休みの校舎を進軍中。その背中に、通りすがりの男子が震えながら呟いた。

 

「……なんか、あの二人並ぶとRPGのラスボス戦前っぽくね?」

 

(分かる)

 

霜月は心の中で頷いた。確かにこの空気、戦闘前BGMが流れててもおかしくない。

 

由比ヶ浜がなかなか奉仕部に来ない。仕方なく、霜月と雪ノ下は迎えに行くことになった。

無論、廊下での道中、会話なんて一切ない。

沈黙。沈黙。沈黙。足音だけが虚しく響く。

 

(……この人、歩くたびに空気が凍るのどうにかならないの?)

 

霜月は内心でため息をついた。話しかけようにも、話題の入り口が見つからない。気温的にも心理的にも、話しかけたら凍死する気がする。

 

 

「ここね」

 

雪ノ下の冷静な声が響く。2年F組――教室の中から、ざわついた声が漏れていた。覗くと、金髪縦ロールの派手な女子が、由比ヶ浜を追い詰めている。

 

取り巻きが数名。いかにも「学園序列システムを地で行くタイプ」である。

 

だが霜月は、その金髪縦ロールの名前を知らない。いや、知りたくもない。

 

(……便宜上“金髪縦ロール女”でいいや)

 

「おい、その辺で」

 

比企谷が止めに入ろうとしたが、

 

「るっさい」

 

その一言で沈黙。いや、沈黙どころか、魂が一瞬抜けかけた。

 

(比企谷……一言で沈められるなよ……男の尊厳どこ置いてきた)

 

「ね、ユイー。どこ見てんの? あんたさぁ、さっきから謝ってばっかじゃん?」

 

金髪縦ロールの声が響く。由比ヶ浜の表情は見るからに困惑気味。雪ノ下が静かに一歩前に出る。だがその肩を、霜月がすかさず掴んだ。

 

「なにをするの?」

 

「ストップ。雪ノ下が今行ったら、この教室、廃墟にするどころか概念ごと消し飛ぶから」

 

雪ノ下が眉をひそめる。

 

「じゃあどうしろと?」

 

霜月は軽くため息をついて言った。 

 

「私が行く」

 

その声音はいつも通り淡々としているが、どこか妙に自信に満ちていた。

 

 

 

 

ここで読者の為に先に言っておく。

 

 

 

 

 

こういう時の“霜月澪”は、だいたい何かやらかす前兆である。

 

 

 

 

 

 

「迎えにきたよー、由比ヶ浜」

 

ドアを開けた瞬間、霜月の声が教室中に響き渡った。まるでカチコミでも始まるようなテンションで。

  

当然、クラスの視線が一斉に彼女に突き刺さる。空気が一瞬、真空になる。教師がいたら間違いなく「はい、静かにー」って言うレベルの注目度である。

 

「しもっち……」

 

ちなみに“しもっち”は由比ヶ浜がつけた霜月のあだ名で、本人は「まぁ、可愛いから許す」とか言っているが実は気に入っている。

 

「なかなか来ないから心配してきたけど……なにこの状況?」

 

霜月は軽く首を傾げながらも、視線の先には金髪縦ロールの女子。制服を着崩し、スカート丈は限界突破、まさに「校則?知らんけど?」を体現した存在。

 

 

「あはは……えっと、いろいろあって……」

 

由比ヶ浜が困ったように笑う。霜月はうんうんと頷いた。

 

(なるほど、『いろいろ』ね。男子にも言える事だけど、こういう時の『いろいろ』はたいてい、『説明してもろくなことがないやつ』だ)

 

「まぁとりあえず雪ノ下のとこ行こう。あの人を待たせるのは私も怖いし」

 

そう言って由比ヶ浜の腕を取ろうとした瞬間、

 

「ちょっと!まだあーしの話、終わってないんだけど?」

 

金髪縦ロール女が噛みついた。霜月はそこでフッと笑う。スイッチが入った、いや入ってしまった。

 

「いいこと教えてあげるわ、そこの女王様だか貴族だかを気取ってる金髪縦ロール女」

 

教室が「おい今言ったぞ!」みたいな空気に包まれる。金髪がピクッと震え、一瞬“え、今わたし?”みたいな顔をして固まる。

 

だがそこは“女王”の称号を背負う女。すぐにプライドの剣を抜いた。

 

「はぁ?あーしには“三浦優美子”って名前があるんですけど?てか、人を見た目で呼ぶなし!」

 

声量・表情・語尾のキレ。さすがクラスの女王、その存在感は伊達じゃない。この反撃を浴びて正面から立っていられる者など、通常なら存在しない。

 

通常なら、である。

 

しかし、今回の相手は悪かった。よりにもよって、“気に入らない奴”が相手になると口の悪さのブレーキが存在しない女、霜月澪。

 

「あ、そうなの。ごめんなさい」

 

一瞬、謝ったかに見えた。が、その言葉には普段よりも多くの毒が仕込まれていた。

 

彼女の口元に、にやりとした笑みが浮かぶ。

 

「いや、アンタの見た目があまりに“説明書いらず”だったから、ついそのまま呼んじゃったのよ。クセが強すぎて“金髪縦ロール女”って単語が脳に直接浮かんだの。責任取って?」

 

金髪がピクッと再び揺れる。その瞬間、教室の空気が一段階冷えた。まるで冷蔵庫のドアが開いたように。

 

「つか、そもそもアンタの名前知らなかったし、別に知りたいとも思わなかったのよね」

 

クラスの空気が一瞬、真空になる。誰もが呼吸を忘れ、ただ霜月と三浦の間に漂う、社会的火薬の匂いを感じ取っていた。

 

だが霜月はまだ終わらない。

 

「いや、それすら長いわね。ちょっと短くして今後は、“縦ロール”って呼ぶわ、三浦優美子」

 

名前を覚えた直後に台無しにするスタイルはもはや芸術。

 

「……な、なにそれ……?」

 

三浦が一瞬、目を瞬かせる。霜月は涼しい顔で答えた。

 

「呼称の自由よ、気にしないで」

 

由比ヶ浜が慌てて

 

「しもっち!ほんともういいから!マジでやめよ!平和的にいこ!」

 

と割って入る。しかし霜月、止まらない。ギアが入るどころかターボモード突入である。

 

「え、別に?会話をしてただけよ?……あ、これが“尋問”だったかしら」

 

霜月の声が、まるで教科書に載っている皮肉の実例のように響いた。教室の空気が一瞬にして固まる。まるで時が止まったかのようだった。

 

否、止まったのは三浦優美子の表情のほうである。彼女の眉がピクリと跳ね上がり、口が開きかけて閉じた。

 

「つまりね、縦ロール。アンタが由比ヶ浜にやってたこと、これとおんなじ。だからこれからは“尋問”じゃなくて“会話”できるといいわね――って、そうじゃないのよ」

 

自分で話題を広げておいて、自分で軌道修正する霜月。もはや授業より話がわかりやすい。

 

しかし、冷静に考えればこれは大事件だ。教室にいきなり乱入して、クラスのトップカーストである三浦を論破するという社会(スクールカースト)に核爆弾投下したレベルの大事件。

 

だが、当の本人はまったく動じていない。むしろ軽い顔で続けた。

 

「由比ヶ浜、言いたいことあるなら言っとき。こんな縦ロールでも、聞く耳ぐらい持ってるはずよ」

 

またもや“縦ロール”のワードが飛び出す。教室の空気が一気にカラッと乾燥した。もはや加湿器が必要なレベルの緊張感。三浦が「……誰がロールよ」と小声で毒づくが、もう遅い。彼女のプライドは粉砕済みだ。

 

由比ヶ浜はというと、少し戸惑いながらも、深呼吸をして口を開いた。

 

「やー、その、なんだろうね……その、ただちょっと、最近知り合ったゆきのんとかヒッキーとか、しもっちが、本音で話してて楽しそうだったから……うん。……それでね、無理して空気読んで合わせたりするんじゃなくって、適当に生きよっかなーとか、そういう感じで……。」

 

彼女の言葉はゆるく、曖昧で、でもどこか真剣だった。クラスが静まり返る。三浦のグループも、さすがに茶々を入れる空気ではない。

そして、数秒の沈黙のあと

 

「なに言いたいか全然わかんないんだけど?」

 

三浦の声が、空気を切り裂くように響いた。さすが女王、黙ってはいられない。

 

「だからさ」

 

由比ヶ浜は少し笑って続けた。

 

「自分を変えるためにも、部活に行きたいんだ。....それに優美子とも、本音で話せるような友達になりたいし。これからも仲良く、できる、かな?」

 

教室の空気が、ふっと柔らかくなった。三浦は少し頬を赤らめながら、そっぽを向く。

 

「ふーん、ま。いいんじゃない」

 

その声は、ほんの少しだけ照れていた。

 

しかし、その微妙に良い雰囲気をぶち壊す人間が、この世には必ず存在する。

 

「よかったわね、パツキン。本音で語り合える友達ができて」

 

よりにもよって、霜月澪(コイツ)である。その一言が放たれた瞬間、空気は再び戦場に逆戻りした。

 

三浦のこめかみがピクリと跳ね、手にしていたボールペンが――

 

パキッ。

 

乾いた音を立てて真っ二つになった。JKの腕力でペンを物理的に破壊する事が可能ということが証明された、歴史的瞬間である。

 

「うっさい!馴れ馴れしくすんなし!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴る三浦。

 

一方その頃、霜月は完全にマイペース。口元だけで小さく笑う。

 

「素直じゃないわねぇ、縦ロール」

 

まるで猫をからかうような声音。その言葉に、三浦はさらに真っ赤になって――

 

「誰が縦ロールだし!!」

 

机に手をついた瞬間、クラス全体が「やっぱり始まったか……」という顔になる。

 

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