午前競技が終わり、赤組はまあまあ沈んだ戦績を叩き出し、全体の空気はすでに夕方みたいにどんよりしていた。だがここからが本番。女子の目玉競技『チバセン』
運営側の胃痛の原因No.1だった競技でもある。
そんな中、控えテントに集まった霜月澪は、目の前に広がる光景を見て固まった。
「……なぁにこれ」
頭の中でだけツッコんだつもりだったが、口から漏れたらしい。
「……で、その格好何?」
比企谷も同じ疑問を抱いていたようだ。
「……私が知りたいくらいだわ」
雪ノ下は、盛大にため息をつきながら肩の装飾を押さえていた。そう、彼女達が着ているのはやたら派手で、意味の分からない装飾がついた、甲冑ドレス。
鎧なのにスカートは少し短い。光沢の塗装が施され、腰には謎のリボン。肩パーツは妙にトゲトゲしている割に、やたら軽い。安全性は考えられているはずなのに、デザインは完全に厨二病の産物だった。
霜月は眉をひくつかせる。
「……デザイン、前に見たやつと違うわよね?」
すると、制作担当の材木座と海老名が同時に胸を張った。
「知れたこと、私の趣味よ」
「知れたこと、我の趣味ぞ」
「あ、そうですか……」
霜月はため息を二段階でついた。趣味なら仕方ない。いや、仕方なくないが、今から作り直すわけにもいかない。
ちなみに大将騎は、決める余裕がなかったので体育祭準備に関わった人間がそのまま乗るという強引な方式になった。
結果、こうなった。
赤組大将騎
・雪ノ下雪乃
・由比ヶ浜結衣
・霜月澪
・めぐり先輩
白組大将騎
・三浦優美子
・川崎沙希
・海老名姫菜
・名前も知らないがたぶん巻き込まれた誰か
控えテントの空気は、妙なピリつきと諦めの湿気にまみれていた。霜月は、スカート状の鎧をつまんでぶらぶら揺らす。
「……ねぇ、これ、動けると思ってるの?」
「動けるように作ったのよ?」
「動けるように作ったぞ?」
「……いや、お前らの“動ける”の基準おかしいからな?」
雪ノ下はため息をついた。
「もう……やるしかないのよ。ここまで来たら」
「だねぇ……結構恥ずかしいし……動けるかなぁ私……?」
由比ヶ浜は既に足がおぼついている。霜月はため息をつきつつも、自分の袖についた装飾を眺めた。
(……あー、なんで私、こんな格好で全校生徒の前に立たなきゃいけないんだろ)
心は完全に死んでいた。
だが、テントの外では観客席がざわめき、実況が高いテンションでマイクを握っている。
「さぁぁぁ!次は千葉市民対抗騎馬戦、略して『チバセン』!いよいよ大将騎の入場だぁぁーー!!」
外の熱気とは裏腹に、内側の赤組控えテントは地獄の作戦会議みたいに重かった。比企谷がぼそっと呟く。
「……なぁ霜月。これ、勝てると思うか?」
「勝つしかないのよ。めぐり先輩の依頼だし、後うちの部長は負けず嫌いだし」
即答。そして冷たい目。
「アンタは、ちゃんと戦いなさいよ?みんなの印象に残るくらいに」
「要求がハードすぎんだろ……」
霜月は肩をすくめ、ふう、とひとつ息を吐いた。
(……どうせやるなら勝つしかないわけだし)
そして、テントの外からは声援とどよめき。謎の甲冑ドレスが揺れ、霜月たちはついに観客の前へと出ていく。
『さぁ、両陣営、大将騎が出揃いました。このチバセン、大将騎を倒した数で勝敗が決します』
大岡の軽快なアナウンスがグラウンドに響く。赤組も白組も、まるで戦国絵巻の開幕みたいな雰囲気だが実態は高校生の体育祭である。
大将騎は4騎ずつ。倒された数がそのまま勝敗に直結するガチ仕様。もはや「体育祭」より「合戦」である。
両陣営が向かい合い、一瞬で空気が張り詰める。
そしてスタート合図を務めるのは平塚先生。なぜか法螺貝を持っている。もちろん誰もツッコまない。ツッコんだら負けである。
(ああ、あの人、こういうの絶対好きそうよね……)
霜月は、遠い目をしながら思った。平塚先生は「これだから教師はやめられん」と言わんばかりの顔で法螺貝を構え、
ぷおおおおおおぉぉぉ~~~~!
という、場違いなほど荘厳な音が体育祭の空に響く。その瞬間、赤白両軍の騎馬が一斉にダッシュした。
『チバセン、勝負の火ぶたが切って落とされました!』
(白組、短期決戦型ねっ!)
霜月は開始直後の敵の動きにそう判断した。白組の大将騎の1人、川崎沙希の騎馬が、真っ先に動いたのだ。狙いは赤組の大将騎のひとり、めぐり先輩。一瞬めぐり先輩が驚いたように見えたが、すぐにふわりと笑顔を浮かべた。
「みんな、よろしく!」
その一言で、周囲の赤組騎馬がバッと集結。まるで磁石に吸い寄せられるみたいに、自然と守りの陣形が形成されていく。
(めぐり先輩の人徳、強すぎない?)
鉄壁の防御ラインに阻まれ、川崎は舌打ちした。
「……チッ」
狙いを変えるように、数騎を率いて左側へと軌道を変える。向かう先は霜月の騎馬だった。
「嘘でしょ……!」
(正面突破がムリだから、横の薄いところから来るってわけね。つまるところ、私が防衛ラインってことじゃない....!)
やけに物分かりがよく、そして悲しい現実を理解してしまった霜月は、
「こっちに向かってくる奴らは私達で食い止めるから、何騎かついてきて!」
と叫び、周囲の騎馬数騎がすぐさま霜月の横に並走した。そして、霜月と川崎、ついに正面対峙。
「……霜月」
「……素行不良JK」
互いの名を呼び合い、背後の騎馬部隊は戦闘態勢を取る。霜月は名前ですら無いのに妙にサマになるのが不思議だ。川崎は軽く顎を引き、髪を揺らしながら霜月を見据える。
「アンタが壁になるとか……マジで厄介」
「そっちこそ。よりによって私のとこ来るとか、迷惑極まりないわ」
火花が散るような視線が交錯する。両軍の騎馬がじわりじわりと距離を詰める。
(……これ、絶対に面倒くさいやつだ)
霜月は冷静に状況を読みながら、同時に――ちょっとテンションが上がっていることは本人にも否定できなかった。
「行くわよ、霜月」
「望むところよ、素行不良JK」
「その呼び方マジやめてっ!」
「やめない」
言い合いの最中にも騎馬同士の距離は縮まり、場の空気は一気に加熱した。
周囲の空気がビリッと震えた気がしたが、騎馬戦の地面を踏み鳴らしているのは馬ではなく、ただの女子高校生たちである。
霜月は大将騎が一対多で袋叩きにならないよう、赤組の騎馬たちを“散会!”と手振りで散らした。大将騎を中心に、周囲で騎馬がバラけ、結果的にほとんどタイマンの形が点在する。
(これで、少なくとも横殴りにはされない……はず)
互いの大将騎に辿り着くまで、しばらくは動きが読みにくい膠着戦になる。その均衡を破ったのは、やはり川崎だった。
川崎は“突破口担当”。真正面から押し切るタイプで、変に器用に立ち回る気はさらさらない。つまり、のるかそるかで突っ込んでくる。そして、
スッ、と伸びる手。
「──っと」
霜月は反射的に川崎の腕を弾いた。乾いた音が響く。反動で霜月も手を伸ばすが、川崎も即座に距離を取る。互いの“牽制”だけが鋭く飛び交い、一瞬一瞬が心理戦になる。そして次の瞬間、川崎が一歩踏み込み、宣言した。
「……これで終わらせる」
「じゃあこっちは三手で終わらせる」
霜月の挑発に、川崎の眉がピクリと動く。ふたりの距離が一気に縮まり、周囲の騎馬たちが慌てて近づくも距離は遠い。
(正面突破型の川崎が、真正面から来る気満々……なら)
霜月はその瞬間、声を張った。
「右側から! 川崎の死角から追い込んでっ!」
川崎が反射的にそちらへ肩を向ける……が、そこには誰もいない。
「な……! ブラフ!?せこい手つかって……!」
「そっちの正攻法が通じると思ってんの?甘いわよ...!」
互いの毒舌が飛び交う中、霜月はさらに叫んだ。
「今よ! 由比ヶ浜! 後ろから掻っ攫って!!」
ちょうど、海老名に追い回されていた由比ヶ浜が転がり込むように近づいてきた。
「えっ!?あ、え、うんっ!!」
勢いのまま川崎へ突撃。由比ヶ浜の手が川崎の鉢巻をかすめ、避けられる。だが、その瞬間、川崎は気づいた。
(ブラフに反応して、背後への注意が逸れた……由比ヶ浜の突撃も避けた……でも?)
そう、どちらも避けた。だが、“本命”ではない。霜月の狙いはただ一つ川崎の回避行動を“二手遅らせる”こと。そして、ブラフの一手と由比ヶ浜の一手は見事に成功した。
「『二手』遅れたようね」
霜月がどっかのカブトムシが好きな神父の言葉を言った。川崎が気づいたときには既に遅く、霜月の腕が最短距離で伸び川崎の頭に巻かれた鉢巻を、指先でしっかりつかみ、引き抜いた。
スパッ!
白い布が空へ舞う。
「──っ!」
「お、おおおおおおおっ!?」
『あ、赤組! 大将騎一騎撃破ですッ!!』
大岡の実況がグラウンドに響き渡り、白組サイドから悲鳴とどよめきが巻き起こる。霜月は川崎の手を軽く払いのけると、にやりと笑った。勝負はまだ終わってない。