ここから修学旅行編に入りますので体育祭は超ダイジェストでお送りします。
大将騎である川崎を霜月が鮮やかに仕留めた後霜月はもう1人の大将騎の鉢巻を掻っ攫い、女子の部は赤組の勝利。その余韻がまだ漂う中、男子競技が始まった。
「おつかれ由比ヶ浜。あの時は助かったわ」
「いやー、それほどでも〜〜! へへ〜!」
ほめられて照れる犬っぽい由比ヶ浜を横目に、霜月は甲冑コスプレ(本人は否定)をガチャガチャ鳴らして男子競技の準備を眺めた。
(うわー……やる気かんじねぇー)
赤組男子の士気は地を這っていた。無理もない。相手の大将は葉山隼人。女子の黄色い声援も、男子の羨望も、全部向こう。対して赤組の大将は――
「……戸塚、学ラン似合いすぎでしょ……」
天使・戸塚彩加(※学ラン)が大将を務めていた。清楚×学ランの相乗効果で、もはや幻覚を見そうだ。
(写真集で出版したら売れそう……)
そんなくだらないことを考えていると、比企谷が材木座に何か耳打ちしていた。材木座は「ぬあああああッ!」と奇声をあげ、やる気ゼロの赤組男子を鼓舞しようと意味不明なポーズを連発し始めた。
……周囲の反応は、当然ながら「ドン引き」である。
「比企谷、勝たなかったら承知しないから、そのつもりで」
「怖えよ……まぁやるだけやってみる」
そう返す比企谷のポケットから、霜月は“チラり”と白い布――包帯を見逃さなかった。
(アイツ、やってるわ……)
嫌な予感しかしない。
そして試合開始のホラ貝が鳴り数分が経った頃、比企谷はまさかの“潜入作戦”開始。敵陣にゆっくりと歩み寄りながら、赤組の鉢巻の上から白い包帯をグルグル巻きしていたのだ。ぱっと見「白組」にしか見えない。どこに出しても恥ずかしい、小学生レベルの変装である。
白組の誰は「……お前誰だっけ?」と言っていた。
比企谷は自然に……自然に……俺は白組……俺は白組……とぶつぶついっている。その不気味な挙動に、葉山隼人はさすがに気づいた。
「やぁ来ると思っていたよ」
心配の声をかけるあたり、葉山らしい。
(バレてんじゃないの、それ……)
霜月はやれやれと肩をすくめた。その隙を狙って、葉山の部隊が比企谷を包囲する。
「包帯、頭に怪我でもしたかい?」
「もともとちょっと頭が痛い子なんでな....」
子供の悪戯を窘めるような言い方に、さすがの比企谷はバツが悪くなり、しゅるっと包帯を解いた。
「材木座くんだっけ?彼を囮にしたところまではいい作戦だった....けど、」
そこで葉山は笑みを消した。まるで睨みつけるような真剣な眼差しで比企谷を射すくめる。
「俺が君をマークしないわけがないだろ」
そのやり取りの最中、材木座が背後から奇声をあげて突撃してきた。
「うおおおおおッ! これぞ我が奥義ッ、背後取りィィ!!」
誰もが思った――「重いだけじゃね?」と。
しかし現実、材木座の体格差は圧倒的。白組のポールにドスンッ! と重量が乗り、バランスが崩れる。
「わっ……!」
たぶん計算じゃなくてただの偶然。しかし“偶然ほど強いものはない”。赤白混在した混沌の中、白組の棒がドサッと落ちた。
『赤組、の勝利!!』
実況の声がスタジアムに響き渡り、観客は大盛り上がり。戸塚は嬉しそうに微笑み、材木座はポーズを決め、比企谷は息を切らせて汗だく。
霜月はその様子を見て、小さく笑った。
(……まぁ、勝てばよし。結果オーライ)
そして、
(にしても、比企谷。バレバレの変装でよくやったわ……)
呆れ半分、感心半分のため息を落とすのだった。
そして閉会の挨拶で委員長である相模が言った。
『えー……赤組、白組に反則行為、危険行為と見なされる行動があった為……双方の得点は無効。よって白組の暫定優勝です』
当然赤組からは猛烈なブーイングの嵐がやってきた。
「いや、なにこのオチ……?」
「今回は俺が悪かった……」
霜月の独り言に、比企谷がしれっと返すのだった。
体育祭も終わり、奉仕部の部室には、雪ノ下が丁寧に淹れた紅茶の香りが漂っていた。紅茶を優雅にすする雪ノ下の横で、霜月は、その湯気をぼんやり眺めながら、すでに憂鬱オーラをまとっていた。
(修学旅行、京都……いや嬉しいけどさ……)
修学旅行というイベント自体に文句はない。むしろ楽しみではある。問題は“現代日本”である。最近の日本は観光客だらけ。しかも京都は定番中の定番。そこに修学旅行生が乗っかる。つまり、
(京都+修学旅行生+外国人観光客+一般人=地獄の四重苦……)
脳内で計算式を作ってしまった瞬間、霜月は己の未来を悟った。
「人が多すぎんのよ……ッ!」
部室に突然響く絶叫。雪ノ下、由比ヶ浜、比企谷の三人は「ビクッ」と小動物のように肩を震わせた。
「し、しもっちどうしたの!?」
慌てる由比ヶ浜。霜月はやさぐれた表情で机に肘をつきながら答えた。
「人混みを避けられない現実に嘆いただけよ……」
ものすごく京都に来る観光客を恨んだ目だった。比企谷と雪ノ下からも“いや知らんがな”とでも言いたげな視線が飛ぶ。
比企谷と雪ノ下は、そろって“また始まった”という表情をしていた。
「……まぁ京都は混むだろうな」
「修学旅行先としては定番だもの。人が少ないはずがないわ」
雪ノ下の的確なフォローが火に油を注ぐ。
「そうなのよ....わかる!? もう混むって分かってるのに行くしかないのよ!? 私の自由意思どこよ!?」
「しもっち、落ち着いて!? 何か大事なもの失いかけてない!?」
そんなドタバタの流れのまま、自然と京都トークに流れ込み、行きたい場所の話になった。
比企谷は「龍安寺」
由比ヶ浜は「清水寺」
雪ノ下は「鹿苑寺と慈照寺」
三者三様、思い思いの観光地を挙げていく。対して霜月は、
「行きたいところは特にないわ」
完全なドライ回答である。彼女曰く「どこ行っても目には残るから」らしい。記憶力モンスターか何かだろうか。
「雑ッ!?」
「それは、旅の楽しみ方としてどうなのかしら」
由比ヶ浜は雑の一言、雪ノ下が思わず眉をひそめる。
「だって、どこ行っても混んでるのよ? だったら一枚写真撮れれば十分記憶に残るでしょう? 人間、思い出のストレージって案外小さいのよ?」
霜月はすでに京都観光より人混み回避を最優先事項にしていた。そんな流れの中、由比ヶ浜がふと思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ! ゆきのん、しもっち、三日目さ、一緒に回ろうよ!」
三日目は自由行動。つまり“リア充の腕の見せ所”とも呼ばれる日だ。
「もちろん予定が合えばでいいんだけどさ。どうかな?」
雪ノ下はわずかに目を細め
「……私は、構わないけれど」
霜月も続く。
「右に同じく。どうせ単独行動したら迷子扱いされそうだし」
「よしっ! 決まり!」
由比ヶ浜は嬉しさのあまり、椅子をガタッと音を立てて二人の方に寄せた。その笑顔は太陽のようだったが、京都の人混みを思い出した霜月の顔は曇天そのものだ。そして由比ヶ浜はくるりと比企谷の方へ向き直り、
「ヒッキーもさ、どっか一緒に回ろうね!」
「え、あ──あぁ」
なぜか地味に反応が遅れた比企谷。その遅れが“青春イベント耐性ゼロ”を証明していた。こうして奉仕部の京都修学旅行三日目は、すでに波乱とツッコミと人混みへの怨嗟に満ちた幕開けとなるのだった。
そのときだった。奉仕部の役割を思い出させるように、コン、コンとノックの音が室内に響く。
「どうぞ」
雪ノ下の落ち着いた声に返事するように扉がゆっくり開いた。霜月は、一瞬で眉間に皺を刻む。入ってきたのは迷惑イケメンの葉山隼人。その後ろに、なぜか図々しく顔をのぞかせる戸部・大岡・大和の三バカトリオ。
(……なんでコイツらが来んの?もう二度と来ないでほしいんだけど....)
霜月の心の声はもはや悪態を通り越して呪詛に近い。
「えっと、ちょっと相談事があって。連れてきたんだけど……」
葉山の言い回しはどこまでも “他人の用事を預かってきた風” の他人行儀。
「ほら、戸部」
「言っちゃえよ!」
大岡と大和に肘で小突かれ、戸部は「え、あ、オレぇ?」と魚のように口をパクつかせる。しかし戸部は突然、腕組みしながら「む〜〜〜」と考え込むように唸り、
そして、
「……いや、やっぱないわ〜。ヒキタニくんたちに相談とか、マジないわ〜」
ぬけぬけと言い放った。奉仕部の空気が一瞬で凍りついた。
(何言ってんのコイツ?)
霜月の心は、もはや阿修羅のように荒ぶっていた。おそらく相模の件だろう。そもそも文化祭での一件を取り巻きから吹き込まれて、比企谷=悪人という雑な図式を作っているのはわかっていた。だが、それを依頼しに来た部室で言うだろうか。しかも “たち” と複数形。
おそらく霜月も含んでいる。しかし名前を知らないうえに、女子を名指しで悪く言う度胸はないから濁したそんなとこだろう。
(礼儀知らずにも程があるわね。脳内ハッピーセット野郎が)
霜月の堪忍袋は、一瞬で千切れた。
「そこの 『脳内ハッピーセット』」
「えっ……?」
戸部の顔がひきつる。奉仕部の3人も思わず背筋を伸ばした。霜月は椅子に座ったまま、足を組み替えながら言い放つ。
「アンタ、自分がふざけた態度とってるって自覚してんのよね?自分から依頼しに来たくせに、不満タラタラ言ってんじゃないわよ。そんなに文句あるなら帰って。今すぐ」
言葉は無駄に丁寧で、内容は極めて鋭利。まさに“切れ味のよい悪口”というジャンルの暴力。
「私はね、最低限の礼儀すら知らない奴の依頼なんて聞きたくもないのよ、つまり帰れって言ってんのよ。出口は後ろよ?」
部室は完全に沈黙。雪ノ下はわずかに目を見開き、由比ヶ浜は「ひっ」と声を吸い込み、比企谷でさえ「……言い過ぎじゃね?」と言いかけてやめた。
戸部は顔色を変えた。怒るでもなく、言い返すでもなく、ただただ霜月の気迫に飲まれて固まる。葉山は苦笑いをしながら、しかし否定はしない。むしろ“まぁ、言われても仕方ないか……”と諦め顔。
三バカは目を泳がせながら互いに押し合って、結局戸部を前に出したまま固まっていた。
(……さっさと帰らないなら、もっと言ってやろうかしら)
霜月は本気でそう考えていた。奉仕部室に流れたこの沈黙こそ、まさに“暴君の降臨”であった。