やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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そして誰も(材木座の小説を)褒めなかった

しばらく経ったある日の放課後。霜月は、いつものように鞄を肩にかけ、のらりくらりと部室へ向かっていた。

 

途中、廊下の隅っこに何か陰をまとった人影。

目を凝らすまでもなく、誰かはすぐに分かった。

 

「あっ比企谷」

 

「うす」

 

特有の“声が小さいのに存在感だけはある挨拶”が返ってくる。霜月は特に気にするでもなく、そのまま歩き出す。

 

二人で黙って歩くその様子は、傍から見れば“仲良く帰る友人”というより、“犯行現場へ向かう共犯者”のようである。

 

そんな中、比企谷がぽつりと口を開いた。

 

「なあ……奉仕部って、一体何する部活なんだ」

 

「……気持ちはわかるわ。でも気にしたら負けよ」

 

その瞬間、霜月の脳裏に浮かんだのは、これまでの奉仕部活動の“華麗なる日常”であった。

 

読書。スマホ。沈黙。以上。

 

……いや、部活動とは。

部活動とは、もっとこう、青春的な汗とか友情とか努力とか、そういうものを伴うはずでは?

 

だが、奉仕部には一切ない。あるのは、雪ノ下の氷点下オーラと、比企谷の陰鬱な独り言、そして由比ヶ浜の「とりあえずテンションで誤魔化す」系リアクション。

 

(これもう、“放課後ニート観察会”じゃない)

 

部活動というより、放課後に居場所を失った者たちがたどり着く“魂の最後の避難所”。活動報告を出すとしたら、「今日も息してた」で終わるレベルの静けさだった。

 

そんな霜月が最近しているのは、哲学書の読書。本はニーチェ先生の『ツァラトゥストラかく語りき』

 

タイトルだけなら聞いたことがある人も多いだろうが、彼女はちゃんと中身を読んでいる。いや、正確には“読みながら脳内ツッコミを入れている”と言った方が近い。

 

(“神は死んだ”……うん、言い切ったね。勢いがすごい)

 

霜月は1人うんうんと頷く。読むたびに「この人、絶対SNSやってたら炎上してるわ」と思うが、なぜか嫌いになれない。むしろちょっと好きだ。

 

(やっぱり哲学者って、どこか壊れてる方が魅力あるのよねぇ)

 

そんな皮肉を胸に抱えながら、霜月が部室の前まで来ると、そこには、扉の隙間から中をこっそり覗き込む雪ノ下と由比ヶ浜の姿があった。

 

どちらも、まるで“スニーキングミッション中の初心者プレイヤー”みたいに挙動不審だ。

 

「……なにしてんの?」

 

「ひゃうっ!!?」

 

驚きすぎて、二人の声が妙なハーモニーを奏でた。由比ヶ浜に至っては、その場で一回転しかけている。

 

霜月は思わず眉をひそめた。

 

「なに、罰ゲーム中?」

 

「ち、違うの!なんか……部屋の中に、不審者がいるの!」

 

「不審者?」

 

由比ヶ浜が震える指で部屋の中を指し示す。

確かに、扉の向こうから“ガタッ”と物音がした。

 

一瞬だけ霜月は真剣な顔になり、次の瞬間、淡々と口を開いた。

 

「……大変ね。じゃ、避難しましょ」

 

そしてUターン。見事なまでの即断即決。危険回避能力だけならトップクラスである。

 

「待ちなさい」

 

雪ノ下が素早く霜月の襟をつかみ、逃走を阻止。その動き、もはや風紀委員の域だ。

 

「あなた、そのまま帰るつもりだったでしょ」

 

霜月は“チッ、バレたか”とでも言いたげに舌打ちして、目を逸らす。

 

「……あーもう、善意ってめんどくさいわね」

 

「善意じゃなくて、義務よ」

 

冷たい声が飛ぶ。それは正論という名の冷凍ビーム。

 

そんな中、横でずっと黙っていた比企谷が、ぽつりとつぶやいた。

 

「……いや、マジで帰ってもいい?」

 

「ダメに決まってるでしょ。そんなことも分からないのかしら、サボリ谷くん?」

 

雪ノ下の即答と罵倒が見事なコンボを決める。

思わず由比ヶ浜が「うわぁ……ダブルパンチだ」と呟いた。

 

霜月は腕を組み、ため息をつく。

 

「しゃーない。どうせなら不審者でもいじって暇つぶしましょ」

 

「いじる前提で話すな」

 

比企谷のツッコミもむなしく、彼が扉のノブに手をかける。

 

扉を開けた瞬間、強い潮風が吹き抜けた。その風に乗って、机の上に積まれていたプリントが舞い上がり、辺り一面に散乱する。まるで紙吹雪のカーニバルだ。そんな中、ひとりの男が堂々と佇んでいた。

 

「クククッ、まさかこんなところで出会うとは驚いたな。───待ちわびたぞ。比企谷八幡!」

 

霜月は瞬時に理解した。目の前の生徒、いや、正確には中二病こじらせ系男子だ、と。

 

(あっ……マジでヤバい奴だわ)

 

霜月の頭の中で警鐘が鳴り響き、逃げ出したい衝動が湧き上がる。しかし、彼女は微動だにせず、冷静に眉をひそめた。

 

「……比企谷くん、あなたの名前を呼んでいたようだけれど」

 

その声に応じて、雪ノ下が扉から顔を出し、比企谷とその中二病の生徒を一瞥する。その鋭い視線の前に、材木座義輝は途端に萎縮し、舞い散る原稿用紙を必死に拾い集め始めた。

 

「……何の用だ、材木座」

 

「むっ、我が魂に刻まれし名を口にしたか……しばし待て」

 

そして、材木座は胸を張り、声を張り上げる。

 

「我こそは!剣豪将軍・材木座義輝なりっ!」

 

どうやら、足利義輝のことを言いたいらしい。霜月の頭は痛み出し、内心で悲鳴を上げる。

 

(やっぱり帰っていい?つか帰らせて……)

 

霜月は深いため息をつきつつ、紙吹雪の中で身を固める。冷めた視線で二人を見つめ、心の中でツッコミを入れる。中二病は本当に……現実世界に存在するのか。いや、今ここに存在しているのだ。

 

分厚いコートに指貫きグローブを装備した大柄な男材木座義輝が持ってきた依頼は、小説の原稿を読んでほしい、というものだった。

 

厨二病全開の彼が求めるのは、「心のこもった感想」。いや、昨今は投稿サイトとか便利なツールがあるだろうに。コメントが心ないと怖いらしい。

 

(むしろ雪ノ下に見てもらう方がヤな予感しかしないんだけど……)

 

そんなことを思いながらも、霜月は家に帰り、自室で材木座からコピーさせてもらった原稿に目を通す。

 

ジャンルは学園異能バトルもの、いわゆるライトノベルだ。ちなみに霜月自身、ライトノベルも読む。

 

え?さっきニーチェ先生の哲学書読んでただろって? そんなん両立するに決まってる。読書にジャンルの垣根なんてない。

 

「……なかなかね」

 

霜月はペラペラと原稿をめくる。内容は「ぼくのかんがえたさいきょうの主人公が無双してヒロインといい感じになる」王道展開。読んでるだけで、初々しい勢いとテンションが伝わってくる。

 

否定はしない。そういう展開を求める読者もいるだろう。だが道筋はあまりにも単調すぎる。王道すぎて、ちょっと眠くなる。もう少し捻りが欲しいところだ。

 

霜月はページをめくりながら、内心で軽く毒を吐く。

 

「こういう小説って、後から死ぬほど恥ずかしくなるわね、絶対」

 

頬杖をついたまま、やさぐれた目で原稿を眺める霜月であった。

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

「頼もう」

 

材木座義輝は期待に胸を膨らませながら部屋に入ってきた。しかし、その胸の高鳴りは数分後には恐怖に変わることになる。

 

比企谷が以前、「雪ノ下の方が容赦ないよ?」と言った言葉の意味を、彼は身をもって知ることになったのだ。

 

(まぁ、純粋に雪ノ下が褒めること自体がレアすぎるけど……)

 

――容赦なき雪ノ下の総評が始まった。

 

「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」

 

「げふぅっ!」

 

「文法がめちゃくちゃ、『てにおは』の使い方くらい小学校で習わなかった?」

 

「ぬぐぅっ!」

 

「ルビの誤用が多すぎるわ。『幻紅刃閃(ブラッディナイトメアスラッシャー)』のナイトメアはどこから来たの?」

 

「げふっ!」

 

「そもそも完結してない物語を人に読ませないでくれるかしら。文才の前に常識を身につけた方がいいわ」

 

「ぴゃあっ!」

 

雪ノ下の言葉はまさに必殺技、ポケットなモンスターで言うなら「こうかはばつぐんだ!」状態である。

 

比企谷がストップをかけ、由比ヶ浜が続く。

 

「む、難しい言葉を沢山知っているね」

 

「ひでぶっ!」

 

(由比ヶ浜、アンタ原稿読んでないわね……)

 

「で、あれなんのパクリ?」

 

「ぶふっ!?ぶ、ぶひ……ぶひひ」

 

比企谷の予想外の攻撃についに材木座は完全にノックアウト。そんなノックアウト状態で、霜月の番が回ってくる。

 

「そうね、はっきり言えば……つまらなかった。展開が王道すぎるし、捻りもない。単調すぎるわ。ネットに公開したら容赦ないコメントが来るのも納得」

 

「ぎゃあ!?」

 

夢も希望も、そして材木座の胸も、完全に粉々になった。

 

しかし霜月は追い打ちではなく、微妙な救済を差し伸べる。

 

「材木座、話は最後まで聞いて。確かにアンタの小説は酷いものよ。てか、よくこんなんで小説って言えるレベルだし、これで作家目指そうって考えるならお笑いね……でも、私はそれを否定する気はないの。こういう展開を求める読者も、一定数はいるから」

 

「言ったでしょ。展開が王道すぎるって。まずはそこを考えること。ただし、逆張りして設定が破綻するなんてオチはナシよ」

 

批判の中にも、ちょっとした茶目っ気と観察者の楽しみが混じった、そんな瞬間だった。

 

 

 




しもっちは、材木座の小説を否定はしてないけど褒めてもない
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