やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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修学旅行の描写は所々カットさせてもらいます。


ホテルにある自販機の値段は安くない

霜月が目を覚ました時、窓の外はすでに見慣れない景色に変わっていた。灰色のビル群は消え、代わりに低い建物とやたら渋い色合いの屋根が時折、流れていく。

 

「……ん」

 

アイマスクをずらし、スマホを見る。二時間が経過していた。

 

「寝すぎたわね」

 

自分で言っておいて、特に後悔はしていない。むしろ、よく寝たという満足感の方が勝っていた。

 

車内アナウンスが、やけに落ち着いた声で告げる。

 

『まもなく京都、京都です』

 

霜月は軽く伸びをしてから、ふと“依頼”の存在を思い出す。

 

(……あ)

 

一気に現実が戻ってくる。奉仕部に持ち込まれた、戸部の告白サポート案件、海老名の友情問題。正直、思い出したくない部類の仕事だ。

 

(これは……無理ね)

 

霜月は即座に切り捨てた。

 

比企谷、由比ヶ浜、戸部、海老名。全員F組。霜月はD組。

 

修学旅行という名の集団行動において、クラスの壁は想像以上に分厚い。下手に首を突っ込めば、余計な誤解と面倒を増やすだけだ。三日目の自由行動時にしか介入出来ない。

 

(案は出した。あとは現地班に任せるしかない)

 

責任放棄ではない。合理的判断である。霜月の中では。京都駅に到着すると、人の波が一斉に動き出した。

 

「……多い」

 

平日でこれなら、休日はどうなっているのか考えたくもない。

 

 

 

 

 

一日目の行動が終わり、ホテルに入り、霜月がいる女子部屋は、修学旅行らしい時間を過ごしていた。

 

そうUNOである。

 

「はい泉、ウノって言ってない〜」

 

「うがぁ~!しまったー!」

 

霜月の声は、感情の起伏という概念を忘れたかのような、死んだ魚のようなやる気ゼロボイスだった。しかしその無気力さが逆に、場に妙な重圧を生む。

 

その横で霜月は、何も言わず、何も表情を変えず、ただ淡々とカードを出し続ける。

 

一枚。また一枚。

 

「……はい、お先にあがりー」

 

「ええ!? 早っ!」

 

「ちょ、待って、もう終わり!?」

 

残された三人が一斉にカードを見下ろし、次の瞬間にはベッドや床に崩れ落ちた。

 

「負けたー……」

 

「澪、強すぎるって...」

 

だが勝者はさらっと言った。

 

「別に強くないわ。アンタらが弱いだけ」

 

「なにを〜!」

 

「その言葉絶対後悔させてやる...!」

 

抗議の声が飛ぶが霜月は、

 

「飲み物買ってくるわ」

 

「えー勝ち逃げ?」

 

「帰ったら、またやるから」

 

「分かった。いってらー」

 

一抜けした霜月は、喉の渇きを理由に部屋を出た。もっとも、半分はこのテンションに付き合うのが少し面倒になっただけだ。

 

残念ながら自販機は一階ロビー。階段を下りながら、霜月は小さくため息をつく。

 

(エレベーター混んでそうだし……)

 

ロビーに着くと、そこには見覚えのある二人が立っていた。

 

「霜月さん……?」

 

声をかけてきたのは雪ノ下雪乃。その隣には、言うまでもなく比企谷八幡。

 

「奇遇ね、雪ノ下に比企谷。アンタら、待ち合わせでもしてた?」

 

軽いからかいに、比企谷は即座に切り返す。

 

「仮に待ち合わせだとしても、こんな場所選ぶセンスだったら終わってるだろ。ただの偶然だ」

 

「そりゃそうよね」

 

 

霜月は、ロビーに申し訳程度に置かれた自販機に目を向けた。

 

(ホテル料金だから高いのは予想してたけど、本当に高い……おまけに種類も少ない……)

 

観光地補正にホテル補正が重なった結果、良心という概念がどこかへ旅行に出てしまった価格表がそこにあった。

 

水、緑茶、謎のスポーツドリンク、そして申し訳程度の炭酸飲料。まるで「観光地の自販機あるある」を詰め込んだかのようなラインナップに、霜月は軽く眉をひそめる。

 

しかも、彼女が愛飲している340mlのペプシコーラは、よりにもよって売り切れ。代わりに目に入ったのは、その隣に並ぶ《強炭酸》《強カフェイン入り》という、やたら主張の激しい文字が踊るペプシコーラだった。

 

(……あぁ、そっちか)

 

霜月がこの種類を普段買わない理由は明確だ。量が缶コーヒー並みに少ない。そのくせちょっと高い。そして何より、量に見合っていない。この三点セットは、彼女の中では致命的欠陥である。故に彼女の中では完全に“非常用”扱いの存在だった。

 

だが、

 

もう読者の皆様には周知の事実だろうが、霜月は断固ペプシ派である。彼女曰く、コカコーラは「甘さが前に出すぎている」。対してペプシは「後味が切れていて、飲んだ後に口の中がうるさくならない」。

 

あくまで本人談だが、その説明はやたら具体的で、一度語り始めると止まらないタイプのそれだった。

 

(……まぁ、ペプシなだけマシね)

 

諦めにも似たため息をひとつつき、小銭を入れてボタンを押す。ガコン、という無機質でやる気のない音とともに缶が落ちてきた。その様子を横から見ていた雪ノ下が、少し眉をひそめて声をかける。

 

「あなた、こんな時間にそれを飲んで大丈夫なの?」

 

声音は静かだが、内容はしっかり心配寄りだ。

霜月は一瞬だけ意外そうな顔をしてから、こう言った。

 

「平気よ。夜にカフェイン取るなんて、何回かあるし」

 

「“何回か”という言い方が、あまり安心できないのだけれど」

 

「大丈夫。眠れなくなる前に、そもそも布団に入る気がないから」

 

「それはそれで問題では……」

 

雪ノ下は呆れたように息をつくが、その口調はどこか柔らかい。

 

「修学旅行中くらい、体調管理は気をつけなさい。明日も歩き回るのよ」

 

「分かってるわよ。だからほら、糖分と刺激を補給してるの」

 

「それを“体調管理”と呼ぶのは、かなり独自理論ね」

 

霜月は缶を手に取り、プルタブを起こす。

 

プシュッ、という小気味いい音。一口含むと、いつもより強い炭酸が喉を刺激し、目が覚めるような感覚が走った。

 

(やっぱペプシはペプシね)

 

霜月は、缶の底に残った炭酸を最後に一口だけ喉へ流し込むと、いつもの覇気のない声で言った。

 

「じゃ、私は部屋戻るわ。おやすみ」

 

「え、もう?まだ夜はこれからだろ」

 

比企谷が当然のように突っ込むと、霜月は半目のまま即答する。

 

「私は健康的なの。アンタと違って」

 

「それ、さっきのカフェイン発言と矛盾してない?」

 

「細かいこと気にすると寿命縮むわよ」

 

「知ってる。だから俺は諦めてる」

 

即答だった。一ミリも迷いのないその返しに、雪ノ下がわずかに肩を震わせる。

 

「……無駄に自己分析が正確なのね」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

霜月は軽く手を振り、そのままロビーを後にした。背中には“これ以上会話を続ける気は一切ない”という圧が漂っていた。そのまま部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。しかし部屋のメンバーからのウノの件を忘れていた為、叩き起こされた。

 

(人、多すぎ……京都、嫌いになりそう)

 

修学旅行一日目の感想は、それで全てだった。

 

 

 

 

そして二日目。

 

相変わらず京都は京都であり、人は人である。つまり――多い。

 

(なんで平日なのにこの密度なのよ……)

 

霜月は心の中で何度目かのため息をつきながら、仁和寺を歩いていた。立派な建築、整えられた庭、歴史ある空気。それら全てが「人が少なければ最高」だった。

 

仁和寺を後にした後、龍安寺へ移動。石庭の前で人混みに紛れながら歩いていると

 

「……あれ?」

 

「霜月さん?」

 

声をかけられて振り向くと、そこには雪ノ下雪乃、比企谷八幡、そして由比ヶ浜結衣の三人がいた。

 

(今日の運、どうなってるの……)

 

「奇跡的に会うわね。運使い切ってない?」

 

「こっちは使いたくもないところで使ってる気がする」

 

比企谷は例によって乾いた表情だ。軽く合流した流れで、話題は自然と“例の依頼”に移る。

 

「……で、戸部君と海老名さんの件だけど」

 

雪ノ下が小声で切り出す。

 

「進捗は?」

 

由比ヶ浜が申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「うーん……正直、あんまり……」

 

「でしょうね」

 

霜月は即断だった。

 

「戸部は気合い入れてるつもりだけど、肝心なとこでヘタれるタイプ。海老名は空気読んで読まないふりするタイプ。相性、最悪じゃない?」

 

「身も蓋もない言い方だね……」

 

「事実でしょ」

 

霜月は淡々としている。雪ノ下は少し考え込み、やがて言った。

 

「女性に好まれやすい場所に誘導するのはどうかしら。京都なら、雰囲気も手伝うし」

 

「なるほど。王道ね」

 

霜月は頷き、続けて言った。

 

「じゃあ私はパワースポット推しとくわ。縁結びとか、願掛けとか、理由付けしやすいし」

 

「現実派かと思えば、意外とそっちも行くのね」

 

「信じてないけど、使えるものは使う主義なの」

 

一通り案を出し終えたところで、集合時間が近づいていた。

 

「じゃ、私はD組に戻るわ」

 

「ええ。また何かあったら連絡するわね」

 

雪ノ下と別れ、霜月は自分のグループへと合流する。

 

(結局、上手くいくかどうかは本人次第よね)

 

人混みの中を歩きながら、霜月はそんなことを考えていた。二日目も、相変わらず人が多く、気が滅入る一日。

 

と、霜月は勝手にそう結論づけていた。京都は悪くない。ただ、人が多すぎるだけだ。

 

 




ホテルの自販機が高いって思うのは私だけですかね?
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