やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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本当の脳内ハッピーセット野郎

修学旅行の騒動である、戸部の海老名への告白サポートと、海老名の告白問題は結局のところ比企谷の“自爆”による嘘告白で、幕を閉じた。

 

一日の代休を挟み、霜月はいつも通りの足取りで学校へ向かう。比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜の関係は、あの一件で微妙に変化していた。誰かが何かを口にすれば、寸前で引っ込める。深く追求することもなく、空気は重苦しい。

 

(……むしろ、こっちが間違ってんじゃねって錯覚しそうだわ)

 

その沈鬱な空気の中、再び奉仕部に依頼が持ち込まれようとしていた。やって来たのは平塚先生だった。

 

「少し頼みたいことがあるんだが……」

 

言いながら比企谷たちを見回すが、平塚先生はすぐに首をひねった。

 

「何かあったのかね?」

 

誰も答えない。由比ヶ浜は視線を逸らし、雪ノ下は目を閉じて微動だにしない。霜月が口を開こうとした瞬間、比企谷が遮る。

 

「何もありませんよ」

 

(コイツ……)

 

また沈鬱な空気が垂れこめる。由比ヶ浜が取り繕うように尋ねる。

 

「先生、なんか用ですか?」

 

「そう、それだ……入ってきていいぞ」

 

扉が開き、柔らかな声が響く。「失礼しまーす」と入ってきたのは生徒会長のめぐり先輩。そしてその後ろには、見慣れない女子生徒が一人立っていた。

 

「ちょっと相談したいことがあって……」

 

めぐり先輩は振り返り、後ろの女子生徒に促す。その子が一歩前に出た瞬間、亜色のセミロングが揺れる。

 

彼女、一色いろは、はサッカー部のマネージャーだと、由比ヶ浜が小声で教えてくれる。霜月は一色の姿を見て、即座に理解した。

 

(……ああ、多分女子から嫌われるタイプねコイツ)

 

その一色が持ってきた依頼は、複雑だった。クラスメイトの悪ノリで生徒会長に立候補させられたが、自分は絶対にやりたくない。だからそれを阻止してほしいというものだ。

 

さらに立候補された理由を聞けば、こうだ。

 

「わたし、結構悪目立ちっていうんですか?そういうのが多かったし、サッカー部のマネージャーやってたりして、葉山先輩とか上級生とも仲良しなんで、そういうイメージついちゃって向いてるとかよく言われるんですよ~」

 

霜月の頭の中で瞬時に解釈される。

 

(……ああ、葉山先輩や上級生と仲良いのがむかつくから、憂さ晴らしにされたわけね)

 

霜月は眉をひそめず、無表情で一色を見据える。彼女は静かに息を吐き、比企谷や雪ノ下の顔をちらりと見る。

 

 

更に厄介なのは、今回の生徒会長選挙で立候補しているのが一色のみだということだった。つまり、信任投票になる。信任投票で落選するなど、彼女にとってはあまりにもカッコ悪い状況だ。

 

比企谷は早速案を出そうと考えた。しかし霜月の目には、彼の思いつきはあまり信用できるものではないように映る。

 

「最悪、信任投票になっても、一色が確実に負けて、しかもノーダメージで切り抜けられればいいんじゃないですかね。要は、誰も一色を責める理由がないことをみんなに分からせるだけでいい」

 

彼の冷静な分析に続いて、由比ヶ浜が口を開いた。

 

「そんなことできるの?」

 

比企谷は自信たっぷりに答える。

 

「応援演説が原因で不信任になるなら、誰も一色のことなんて気にしないだろ」

 

だが霜月は冷ややかに遮った。

 

「比企谷、多分無理よそれ」

 

「は?なんでだよ」

 

霜月は静かに雪ノ下の方を見据え、低い声で言った。

 

「うちの部長殿が認めないって顔してるから」

 

その茶化したような言い方に雪ノ下はムッとする。確かに事実だ。雪ノ下は心の中で考えていた。応援演説の結果が不信任に直結するとは限らないこと、もしそうなった場合、一色本人に迷惑がかかること……それを承知の上で拒否したのだ。

 

そして一色を降ろして代わりを立てるには、時間があまりにも少ない。代役を立てる案は、現実的ではなかった。霜月は静かに息をつき、いつもの冷徹な観察眼で状況を整理する。そして、思い切った提案を口にした。

 

「じゃあ……もう、一色が生徒会長になったら良いんじゃない?」

 

その言葉が投げ込まれた瞬間、部屋の空気は一瞬で凍りついた。霜月はさらに続ける。

 

「一色は葉山とかと仲良いのがむかつくから立候補させられた、ならその逆を行くってやつよ。一年から生徒会長を務めたって実績は、今後何かの役に立つかもしれない。もちろん、そこら辺は本人次第だけど」

 

しかし、この提案は雪ノ下から当然の如く批判された。霜月の言葉は、問題解決には至っていないとのことだ。比企谷は少し戸惑った表情を見せ、由比ヶ浜も黙ったまま、霜月の視線を受け止めるしかなかった。

 

 

 

結局、話し合いはまとまらなかった。互いの考えは平行線のまま、最後に残ったのは「それぞれが信じるやり方で動き、採用されたものを受け入れる」という、どこか投げやりな結論だった。

 

 

奉仕部はしばらく自由参加。そう告げた雪ノ下の表情は、決意というよりも、何かを諦めたような儚さより、むしろ悲しさを滲ませていた。

 

翌日。霜月は心底気が進まないと思いながらも、結局いつものように奉仕部の扉の前に立っていた。

 

(顔だけ出すって、この状況だとむしろ褒められていい行動なんじゃないの)

 

そんな自己弁護を胸の内で済ませ、扉を開ける。中には、すでに全員が揃っていた。一色いろはを含め、話はすでに本題に入っているらしい。

 

「どういう形であれ、一色さんには演説に立ってもらう必要があるわ」

 

静かだが、逃げ道を与えない雪ノ下の声。

 

「はぁ……まあ、そういうのは大丈夫なんですけどー」

 

「一色さんが演説をするなら、私たちが立てる候補とは違う公約を出したほうがいいと思うわ。同じ内容では、結局知名度勝負になってしまうもの。ある程度の差別化は必要よ」

 

理屈としては正しい。より人気のある人物を立てられれば理想だが、そうでなければ選挙は単なる人気投票になる。同じことを言っているなら、人は“正しいほう”ではなく、“映えるほう”を選ぶ。

 

(何を言ったかより、誰が言ったか、ね)

 

霜月は内心でそう切り捨てた。そこへ、比企谷が低い声で割り込む。

 

「……それさ、お前らが公約を考える時点で完全に傀儡候補なんだけど。それでいいのか?」

 

空気が一瞬、張り詰めた。雪ノ下の表情が、わずかに強張る。それまで浮かべていた微笑が、どこかで引き攣ったまま止まった。由比ヶ浜と一色が、説明を求めるように比企谷へ視線を向ける。

 

「お前のやり方がうまくいくなら、それでいい。現実味は薄いと思うけどな……たださ、仮に当選したとして、その後の生徒会運営はどうするんだ?その先も、ずっと手伝うのか?」

 

比企谷の口調は、次第に鋭さを帯びていく。

 

(口調が強くなってきてるわね)

 

霜月はそう感じながらも、彼の言い分が的外れだとは思わなかった。傀儡には限界がある。自分で決断できない人間は、いずれ必ず破綻する。しかし比企谷がそれを言う義理は無い。

 

「……なら、あなたは正しいやり方を知っているの?」

 

雪ノ下が、少しだけ語気を強めて問い返す。

 

「今回に限って言えば、とりあえず回避するべきだ。信任投票で不信任になった後、補選挙には手を出さない。自然の流れに任せる。それが正解だ」

 

「ハッ、まさかアンタがねぇ」

 

霜月の乾いた笑いによって空気が凍りつく。失笑とも言えるだろう。

 

「……なんだよ」

 

比企谷の腐った目が霜月を睨む。しかし彼女はその目つきに怯える様子は全く無い。むしろ堂々としている。

 

「脳内ハッピーセット野郎は戸部かと思っていたけどまさかこんな身近にいるって知って驚いただけよ、比企谷(脳内ハッピーセット野郎)

 

戸部につけたあだ名に最も相応しかったのは比企谷だと霜月は言った。

 

「言ってること自体は分かるわよ。傀儡に限界があるって点だけは、」

 

霜月は一歩も引かず、淡々と言葉を続ける。

 

「ただ、アンタは修学旅行の時に"回避”した。それは『自分の覚悟』を基準にしたものだった。そのくせ今度は『自然の流れに』ですって?同じ回避でも中身が違うのよ。都合よく意味書き換えて、よく言えたもんだなとは思ったけど」

 

視線が突き刺さる。

 

「修学旅行は『自分の覚悟』を、生徒会選挙は『現実的判断』を基準にして雪ノ下を全否定するってその頭、随分とご都合主義で出来てるんじゃないの?回避を選ぶならせめて過去も含めて同じ基準で語れっての」

  

 

容赦のない皮肉が、奉仕部の空気を震わせた。比企谷は、理解してしまっていたのだ。葉山が抱えている問題を。“壊さないために己に嘘をつく”という、あまりにも歪な選択を取らざるを得ない立場を。

 

 

関係が崩れるということの重さを、誰よりも知っていたからこそ、彼は先に自分が傷つく道を選んだ。それは確かに、彼なりの誠実さだった。

 

 

だがらその理由を、彼自身がその場に合わせて“現実的判断”や“自然の流れ”という言葉にすり替えた瞬間、それは誠実さではなく、自己正当化に変質していた。

 

守ったのは他人ではなく、「そうしなければならなかった自分」という物語だ。霜月の言葉は、その薄い膜を一枚ずつ剥がしていった。逃げではないと言い張るために歪めた理屈。覚悟だったはずの選択を、後から都合よく言い換えた事実。

 

比企谷は何も言い返せなかった。否定も肯定もできず、ただ沈黙するしかなかった。

 

その沈黙こそが、彼自身がすでに答えを理解している証拠だった。奉仕部の空気は冷え切っていた。それは決して、誰かのせいで壊れたわけではない。

 

壊れないように触れ続けた結果、歪んだ形のまま固定されてしまっただけだった。そして比企谷は、その歪みの中心に、自分が立っていることをもう、見ないふりができなくなっていた。

 

 

 

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