やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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前半はシリアスですが後半はゆる〜い展開です


奉仕部に平穏って概念を望む事自体が間違ってた

奉仕部の部室は、夕方の光に満たされていた。西日が窓から差し込み、机の輪郭を曖昧に染めている。その柔らかさとは裏腹に、室内の空気は張りつめていた。

 

比企谷が話し終えたあと、しばらく誰も口を開かなかった。沈黙を破ったのは、由比ヶ浜だった。

 

「……ゆきのん」

 

その呼びかけは、いつもより少しだけ慎重で、少しだけ震えていた。雪ノ下は顔を上げる。表情は変わらない。だが、視線は逃げなかった。

 

「由比ヶ浜さん、どうしたの?」

 

由比ヶ浜は一度、ぎゅっと手を握った。逃げ場を探す癖を、ここでは許さないと言い聞かせるように。

 

「さっきの話……ヒッキーの本音聞いてさ....」

 

一拍、息を吸う。

 

「正直、ショックだった。怖かったんだ、って……」

 

笑おうとして、やめた。

 

「でもね。私、同時に思ったんだ」

 

雪ノ下は黙って聞いている。

 

「ヒッキーが怖がるくらい、ゆきのんは“先に行こう”としてたんだな、って」

 

由比ヶ浜は視線を落とす。

 

「私は……正直、違った」

 

その言葉は、静かだった。

 

「生徒会長になろうって思ったの、奉仕部がなくなるかもしれないって分かってて、それでも選んだわけじゃない」

 

比企谷がわずかに身じろぎする。由比ヶ浜は続けた。

 

「私ね。奉仕部が好きだった。今のままが、ずっと続けばいいって……そればっかり考えてた」

 

言葉にすると、あまりに自分勝手で、幼く聞こえた。

 

「ヒッキーが誰を見てるかも、分かってた。だから……私は、そのうちいなくなろうって思ってた」

 

雪ノ下の指先が、わずかに動いた。由比ヶ浜は顔を上げ、雪ノ下を見た。

 

「ゆきのんは、違うよね」

 

問いではなかった。

 

雪ノ下は静かに息を吐いた。

 

「私は....生徒会長になろうとした。奉仕部がこれで終わらないと思って、それを選ぼうとした」

 

机の上の資料に、そっと手を置く。

 

「姉さんの背中を追うのをやめて、自分で決めたかった。誰かに守られる場所から、一歩外に出たかった」

 

由比ヶ浜は唇を噛んだ。

 

「……それ、すごいよ」

 

素直な言葉だった。

 

「私は、まだそこまで割り切れなかった。失うのが怖くて……」

 

雪ノ下は由比ヶ浜を見る。

 

「由比ヶ浜さん」

 

その声は、いつもより少しだけ柔らかい。

 

「あなたは逃げようとしていた。でも、それは卑怯でも弱さでもない」

 

由比ヶ浜が目を見開く。

 

「それは、“残したいものがある”という意思よ」

 

由比ヶ浜の喉が鳴った。

 

「……でも、それって、ゆきのんの邪魔だったんじゃない?」

 

雪ノ下は首を振る。

 

「いいえ。私が進もうとしたのは、あなたの想いを踏み越えるためじゃないわ」

 

一拍置いて、続ける。

 

「並びたかっただけなのよ.......依存でも、保護でもなく」

 

その言葉に、由比ヶ浜の目が潤む。二人の間に、言葉にならない時間が流れた。その少し離れた位置で、霜月は腕を組み、黙って見ていた。

 

介入しない。評価しない。ただ、この場が“誰かの代弁”で歪まないよう、立っている。

 

比企谷は俯いていた。自分が守ろうとした関係が、二人にとってはそれぞれ違う意味を持っていたことを、今さらながら思い知る。

 

由比ヶ浜が、小さく息を吸った。

 

「……ねえ、ゆきのん」

 

「何?」

 

「私、奉仕部を残したい。でも、それは“何も変えたくない”って意味じゃない」

 

雪ノ下は頷いた。

 

「分かっているわ」

 

由比ヶ浜は笑った。少し泣きそうで、それでも前を向いた笑顔だった。

 

「だからさ……選ばせて....誰かじゃなくて、自分たちが」

 

雪ノ下の目が、わずかに揺れる。

 

「ええ」

 

短く、だが確かに。霜月は、そのやり取りを見て、ようやく小さく息を吐いた。

 

 

奉仕部の部室には、再び沈黙が落ちた。さきほどまで交わされていた言葉の余韻が、まだ空気に残っている。

 

西日が傾き、机の影が長く伸びていく。その中で、雪ノ下がゆっくりと立ち上がった。比企谷は、はっとして顔を上げる。

 

「雪ノ下……?」

 

名前を呼ぶ声は、どこか縋るようだった。雪ノ下は、彼をまっすぐに見た。その視線には怒りも、責めもない。ただ、静かな確信があった。

 

「比企谷君」

 

一拍置く。

 

「あなたは、守ってくれたわ」

 

比企谷の喉が鳴る。

 

「一色さんの件は、あなたなりに、必死だったのは分かっている。霜月さんに色々言われたそうだけど...」

 

そこまでは、彼の想定の範囲だった。だが、次の言葉は違った。

 

「でも――」

 

雪ノ下の声が、わずかに低くなる。

 

「あなたは、信じてはくれなかった」

 

比企谷の目が見開かれる。

 

「っ……」

 

言葉が続かない。雪ノ下は続ける。

 

「私達が選ぶことを。失う可能性ごと引き受けて決めることを。あなたは“怖いだろう”と決めつけて、先に答えを用意した」

 

それは非難ではなく、事実の指摘だった。

 

「あなたが守ったのは、奉仕部という“形”よ」

 

一瞬、視線が部室を巡る。

 

「でも、私たち一人ひとりの意思までは、信じなかった」

 

比企谷は何か言おうと口を開き、閉じた。

 

言い訳は、もう役に立たないと分かってしまったからだ。

 

雪ノ下は小さく息を吐いた。

 

「……それが、あなたの優しさであり、弱さでもある」

 

由比ヶ浜が、不安そうに雪ノ下を見る。

 

「ゆきのん……?」

 

雪ノ下は、彼女にだけ微かに笑った。

 

「由比ヶ浜さん。あなたの想いも、ちゃんと受け取っているわ」

 

その声は柔らかかった。

 

「だからこそ、私は行く」

 

比企谷が、思わず立ち上がる。

 

「平塚先生に報告するだけよ」

 

雪ノ下は淡々と言った。

 

「一色さんの依頼は終わった、と」

 

それ以上でも、それ以下でもないというように。

 

霜月は、壁際で腕を組んだまま、そのやり取りを見ていた。何も言わない。止めもしない。

彼女の中では、結論は最初から変わっていなかった。

 

誰かの覚悟を代弁しない。

誰かの不安を正解にしない。

 

それが、霜月自身の自由だった。雪ノ下は、鞄を手に取る。

 

「奉仕部がどうなるかは……これから、私たちが決めることよ」

 

扉に向かい、最後に振り返る。比企谷と、目が合った。

 

「あなたが守ろうとしたものを、私は否定しないわ」

 

一拍。

 

「でも今は——————あなたを信じきれない」

 

それだけ言って、雪ノ下は部室を出た。扉が閉まる音が、やけに大きく響く。残された比企谷は、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。

 

守ったはずの関係は、確かにそこにあった。だが同時に、自分が壊してしまった“何か”の輪郭も、はっきりと見えていた。

 

霜月は、静かに踵を返す。

 

「……後は、あんた次第ね」

 

皮肉でも、慰めでもない声だった。由比ヶ浜は、閉じた扉を見つめたまま、小さく呟く。

 

「……行っちゃったね」

 

誰も答えなかった。夕暮れの奉仕部は、変わらずそこにある。けれど、その空気だけが、確実に変わってしまっていた。

 

終わりは訪れていない。ただ、元には戻れないことだけが、はっきりした。それが、この日の結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奉仕部の部室に、平穏が戻った—————そんな都合のいい展開があるなら、世の中はもっと優しい。争いなんて無くなるだろう。

 

(一色の件は終わって依頼も完了。はい解散、とはならないわよね)

 

霜月は椅子に腰掛けたまま、内心でそう毒づいた。視線の先では、比企谷が必要以上に机を見つめ、由比ヶ浜はやたらと窓の外を眺め、雪ノ下は本を読んでいるがどこか集中していない。そして霜月はアイマスクをつけて現実逃避していた。

 

3人とも、ちゃんと呼吸はしている。だが会話は死んでいた。3人の関係性が“はっきりしてしまった”後の空間は、湿度90パーセント超えの梅雨空みたいなものだ。

 

(空気が気まずいとかいう次元じゃないわね)

 

今すぐ「用事思い出した」と言ってゴーホーム(帰宅)したい衝動を、霜月は必死に抑えていた。

 

そのとき。コン、コン。

 

やけに元気なノック音が、沈黙をぶち破った。

 

「……どうぞ」

 

雪ノ下が、ほんの一瞬だけ間を置いてから答えると扉が開いた。

 

「せんぱーい!そして、しもっち先輩ー!」

 

弾けるような声と共に現れたのは、亜麻色の髪を揺らす少女、総武高校・新生徒会長、一色いろはだった。カーディガンの袖を目元まで引き上げ、いかにも「泣いてました」感を全力で演出している。

 

「……あ」

 

由比ヶ浜が、反射的に立ち上がる。

 

「い、いろはちゃん?どうしたの?とりあえず座ろっか!」

 

「えへへ、ありがとうございます結衣先輩〜」

 

そのやり取りを、霜月は半目で見ていた。案の定、一色は椅子に座った瞬間、さっきまでの半泣き顔をどこかに置き忘れたように、けろりとした表情になる。

 

(切り替え早っ。女優になれるわね、コイツ)

 

霜月の視線に気づいたのか、一色が一瞬だけニヤッと笑った。

 

確信犯である。

 

雪ノ下が咳払いをひとつして、場を仕切る。

 

「……とりあえず、話を聞きましょうか。一色さん」

 

「はいっ!それがですね〜……」

 

一色は椅子の背にもたれ、指をくるくる回しながら語り始めた。

 

「実は、先週からもう生徒会の“初仕事”が始まってましてー」

 

「え、もう?早くない?」

 

由比ヶ浜が目を丸くする。

 

「ですよねー!私もそう思いました!」

 

勢いよく同意する一色。だが、その声は次第にトーンを落としていく。

 

「……で、その仕事が、超やばいんですよ」

 

冗談めいた口調の中に、今回はちゃんと“本気の疲れ”が混じっていた。話をまとめるとこうだ。近隣の高校でもある海浜総合高校から声がかかり、クリスマスに地域合同のイベントをやることになったそうだ。

 

「海浜総合……」

 

由比ヶ浜が呟き、霜月は思い出す。

 

(あー……あそこか)

 

海浜総合高校は三校が統廃合されてできた、比較的新しい学校。校舎は無駄に広く、無駄にガラス張りが多く、無駄に開放的。設備も無駄に最新鋭で、授業の出席は無駄にIDカードで管理、電子黒板は当たり前だとか。

 

要するに。

 

(意識が無駄に高いのよねー)

 

無駄という言葉ばっか使ってる彼女がここまで詳しい理由は過去のオープンスクールで一度だけ足を踏み入れたことがあったからだ。

 

廊下ですれ違う生徒の会話が「将来」とか「社会貢献」とか「プロジェクト」とか、そういう単語で構成されていて、当時の霜月は心の中で即座に結論を出した。

 

(無理。息詰まる)

 

結果、霜月は総武高校を選んだ。校舎は古いし、風紀もそこそこだが、その分、人間関係が生々しい。綺麗事より本音が先に出る。霜月にとっては、そっちのほうがよほど性に合っていた。そんな過去を思い出している間も、一色の話は続いていた。

 

由比ヶ浜が頷く。

 

「うわぁ……それ、絶対めんどいやつだ」

 

「ですよね!?しかも向こう、プレゼン資料めっちゃ作り込んでくるんですよ!?こっち、まだ会議の議事録も怪しいのに!」

 

一色は机に突っ伏した。今度の落ち込みは、さっきよりも演技が薄い。

 

(……これは、ガチで詰まり始めてる顔ね)

 

霜月は腕を組みながら、奉仕部の三人をちらりと見る。比企谷は苦い顔で天井を見上げ、由比ヶ浜は「うわぁ……」という顔で一色を見つめ、雪ノ下は静かに目を伏せていた。

 

(なるほど....クリスマスイベント、外部校、意見の衝突…おまけに空気が死んでる奉仕部.....最悪のタイミングね)

 

霜月はタイミングの神様というものが、いるのなら全力でぶん殴っていただろう。

 

(よりにもよって、“この空気の奉仕部”に持ち込む案件じゃないでしょ)

 

だが一色は、顔を上げて言った。

 

「……それで、お願いがあって来ました!」

 

その瞬間、部室の空気がさらに一段階重くなる。

 

(あっ、奉仕部に平穏って概念を望む事自体が間違ってたわ...)

 

霜月は今更ながらこの部の真理に気付いたのだ。




原作ではモヤモヤした空気が続いて奉仕部がギスギスしますがこっちだとモヤモヤは取れますが関係がはっきりしたので結局ギスギスします。
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