やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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昨日投稿して消した内容を大幅に変えて再投稿します


一番大事な部分が驚くほど真っ白

現状で決まっていることといえば、日程と場所と目的くらいのものだった。

 

以上。

 

(……つーか、ブレストにそんな時間かける?)

 

霜月は内心で盛大に毒を吐きながら、配られた資料をぱらりとめくった。紙質だけはやけにいい。無駄に白く、無駄に滑らかで、無駄に高そうだ。いかにも「ちゃんとしてます感」だけは一流。中身が追いついていないのも含めて、完成度が高い。

 

しかし、内容はというと———真っ白だった。

 

計画も覚悟も、何ひとつ刷り込まれていない。資料というより、これはもう雰囲気だけで生きている紙だ。

 

日程はクリスマスイブ。場所はコミュニティセンターの大ホール。目的は「地域交流」「地域貢献」。対象は、近隣の保育園に通う園児たちと、デイサービスを利用している高齢者。

 

ここまで聞けば、聞こえはいい。聞こえは――ものすごくいい。善意と社会性をミキサーにかけて、温度だけ整えて提供している感じだ。

 

問題は、その先が一切存在しないことだった。何をやるのか。誰がやるのか。どこまでやるのか。一番大事な部分が、驚くほど真っ白だ。

 

(……この企画書、雰囲気だけで呼吸してない?)

 

資料を閉じ、机の上に戻す。視線を上げると、海浜総合高校の面々が視界に入った。腕を組む者。顎に手を当てる者。やたらと多い「考えてます」ポーズ。その割に、視線は揃って宙を泳いでいる。誰一人として、地面を見ていない。

 

(まあ、理想の話は浮いてる時が一番楽よね)

 

重力を考えなくていい。落ちる心配もしなくていい。だから飛ぶふりだけは、みんな上手い。そこへ、いかにも“仕切ってます”という立ち位置で玉縄が前に出た。

 

姿勢がいい。声がよく通る。無駄に自信がある。

 

姿勢はいい。まるで「自分はデキる人間です」と背骨で主張しているかのようだ。

 

声もよく通る。マイク不要、空気読解不要だ。

 

そして無駄に自信あり。中身は三流、準備は五流、それでも自己評価は常にSSランクだ。

 

(あの地雷女(相模)の会議の方がまだ千倍マシに感じるのって、ある意味才能よね)

 

霜月は遠い目をした。玉縄が満足そうに資料を示す。

 

「じゃあ、今まで出た意見を一度整理すると――」

 

整理、というより並べ直しているだけにしか見えない。言葉を整えたところで中身が増えるわけじゃない。冷蔵庫の中身が空なのに棚を拭いてドヤ顔してるのと同じだ。

 

「というわけで、ちょっと規模感を上げようと思うんだけど、どうかな?」

 

(出た)

 

“規模感”。この一言で、今後の地獄が確定する魔法の単語だ。

 

「んー、そうですねー」

 

一色が、にこぱーっと笑って曖昧に頷いた。営業スマイル百点満点。責任回避力も満点。

 

(あ、これ投げたな)

 

このまま流したら、間違いなく話は暴走する。風船にガスを足し続けて、誰も紐を持っていない状態だ。

 

霜月はそう判断し、ため息ひとつ分だけ間を置いてから、静かに手を挙げた。場の空気が、ぴたりと止まる。玉縄が「どうぞ」と、余裕ぶった笑みで頷く。

 

そして霜月は声を出す。

 

「じゃあ……その“規模を上げる”って話なんだけど」

 

霜月は笑わない。というか最初から笑う気がない。

 

「アンタら———何がしたいの?」

 

会議室の空気が凍った。玉縄は一拍置き、いかにも「想定内ですよ」みたいな顔を作る。

 

「どう考えても、これ以上規模を増やしたら人手が足りないし、時間がない。あ.....もしかして横文字じゃないと通じなかった?」

 

とてつもない毒が吐かれる。

 

「そこは、両校がシナジーを発揮して――」

 

「具体的に」

 

霜月は即斬る。

 

「“シナジー”って言葉で手足生えんの?それ人員表に載るわけ?」

 

一色が、横で小さく息を吸い込む。

 

(しもっち先輩、もうブレーキ焼き切ってる……)

 

玉縄は一瞬だけ詰まり、それでも負けじと続ける。

 

「えっと……チームビルディング的に、主体性を持った――」

 

「だから、その主体性を“誰が”持つのか聞いてんのよ」

 

霜月は、淡々と、しかし容赦なく畳みかける。

 

「総武? 海浜総合? 生徒会? 有志? それとも魔法の言葉の“みんな”?」

 

肩をすくめる。

 

「“みんな”って便利よね。責任だけ秒速で蒸発するし」

 

会議室の温度が、確実に二度は下がった。玉縄はマックブックエアをカチャ、と閉じ、軽く咳払いする。

 

「いや、そういう意味じゃなくて……理念として――」

 

「理念?あぁ、知ってる知ってる」

 

霜月は頷く。だがそれは肯定ではなく、完全な聞き流しだ。その証拠に霜月は片手をヒラヒラしている。

 

「理想とかビジョンとか、そういうのは空に浮かべといてくれる?今ここで必要なのは、地面に落ちてる話でしょ?」

 

資料を指先で、トン、と叩く。

 

「日程はイブ、場所は大ホール。対象は園児と高齢者。ここまでは、誰でも分かるわ」

 

視線を上げる。

 

「で?何すんの?」

 

沈黙。ペンが一本床に落ちる音がやけに大きく響いた。玉縄が再び口を開く。

 

「それは……ブレストで詰めていこうかなと……」

 

(はい、終了)

 

霜月の脳内で、非常ベルが鳴り響く。

 

「ブレスト、本当好きよね、アンタら」

 

声は穏やかだが、内容は完全に毒。

 

「何も決まらなくても、“やった感”だけは残る。結論出ないのに“プロセスは踏みました”って言える免罪符にも使えるし」

 

一色は必死に視線を逸らす。聞いてるだけで胃が縮む。

 

「つーか、2日目に入ってまだブレストって、アンタら昨日何してたの?明確な指標があるならともかくこの状況じゃ絶対ないだろうし...」

 

海浜側は沈黙し、霜月が露骨な舌打ちをした後、「質問変えるわ」と言ってさらにギアを上げた。

 

「園児向けと高齢者向け。どっち主軸にすんの?」

 

「え……りょ、両方……?」

 

「無理ね」

 

即答だった、慈悲はゼロ。

 

「人手も時間も足りないのに、両立とか夢見てんの?それ“できたらいいな”で終わるやつだから」

 

玉縄の額に、うっすら汗が浮かぶ。

 

「じゃあ……バランスを取りつつ……」

 

「だから」

 

霜月は、目を細める。

 

「そのバランス、誰が取んの?つか取れんの?」

 

横文字はすべて、“誰が”と“いつまでに”で粉砕されていく。玉縄は、ついに完全に沈黙した。

 

(“決める”って行為を、誰かが勝手にやってくれると思ってる顔してるわね)

 

霜月は内心でため息をつき、椅子に深くもたれ、淡々と言った。

 

「成功させたい気持ちは分かるけど」

 

一色が、びくっとする。

 

「人と時間と責任に変換できない言葉はね――」

 

霜月は、きっぱりと言い切った。

 

「会議じゃなくて、ただの雑音なのよ」

 

会議室は、完全沈黙。こうして、海浜総合高校・意識高い系会議は、霜月による具体化質問という名の公開解体ショーを受け、嫌でも「普通の会議」へと引きずり下ろされることになる。

 

なお、この時点で霜月の胸中にあった感想は、ただ一つ。

 

(……早く終われ。てか帰りたい)

 

 

会議室の空気は、さっきまでの「霜月による横文字解体ショー」を経て、だいぶ現実の重力に引きずり下ろされていた。

 

「コレ、こっち側の案ね」

 

霜月は海浜側に資料を渡す。

 

霜月がここまで海浜側をボロクソ言ったのはこちらにはちゃんと案があるからだ。何故なら一色達は、昨日の会議後、比企谷と生徒会メンバーと共に現実的なクリスマスイベントの草案をまとめていたのだ。海浜側があまりにも酷かった為。

 

だが、その肝心な最終段階で、比企谷が風邪でダウン。おまけに、絶妙なタイミングで奉仕部は微妙にギクシャクしている。

 

その中で、一色が頼れる唯一の存在、それが霜月だった。霜月に頼るということは幻想も妄想もすべて粉砕されることを意味する。出来る限りやれる範囲で一色は考えた。

 

そして、霜月と一色がコミュニティセンターに行く途中で霜月が軽く手直しし、会議の主導権を奪取したこの、絶好のタイミングで提出した。

 

派手さこそないが「これなら回る」という最低限の条件をきっちり満たしている。人員、役割分担、準備期間、当日の動線。夢もロマンも控えめだが、代わりに失敗しにくい。

 

総武の案を見た海浜側は明らかに焦っていた。

 

(あ、これ……このままだと全部持っていかれるのは困るってやつね)

 

霜月は内心、そう判断した。実際、玉縄の表情には「主導権を奪われた人」特有の微妙な引きつりがあった。ここで終われば、会議は総武高校の案で締まり海浜総合は“賑やかし要員”になる。それだけは、さすがにプライドが許さないらしい。

 

玉縄が、わざとらしく咳払いをして口を開いた。

 

「……なるほど。総武高校さんの案は、かなり現実的だと思う」

 

一瞬、場がざわついた、褒めたのだ。あの玉縄が、それだけでだいぶ追い詰められている証拠だった。

 

「ただ」

 

(来た)

 

「せっかく合同イベントなんだし、もう一段階“スケール感”を上げる余地もあるんじゃないかなって」

 

霜月は、心の中で即座に翻訳する。

 

(俺たちの案も通したいです、ね)

 

玉縄は続けた。

 

「具体的には……近隣の小学校とも連携して、地域全体を巻き込む形にする、というのはどうだろう」

 

数人の海浜総合の生徒が、待ってましたとばかりに頷く。

 

「小学生を中心にしたプログラムや音楽取り入れたものを組めば、地域貢献としてもインパクトがあるし.規模が大きい分、達成感も――」

 

霜月は、机に頬杖をついたまま聞いていた。規模をデカくしたい、存在感を出したい、合同の意味を強調したい。

 

動機は分かる。分かるが...

 

(今さら言う? それ)

 

一通り話し終えたところで、玉縄は自信ありげに霜月を見る。

 

「どうかな? 現実的に、検討の余地はあると思うんだけど」

 

一色が、ちらっと霜月を見た。その目は「どうするんですかこれ」という完全な丸投げだった。霜月は、ゆっくりと息を吐く。正直な感想はこうだ。

 

(自分で火つけといて、今さら“大きく燃やそう”って言われてもね)

 

だが、ここで即否定すれば、また無駄に拗れる。霜月は、あくまで淡々と口を開いた。

 

「……まぁ、理屈としては、分からなくもないわ」

 

玉縄の顔が、わずかに明るくなる。一色が驚いて目を見開く。だが、霜月の言葉はそこで終わらなかった。

 

「ただし」

 

一瞬で空気が締まる。霜月は、玉縄を真っ直ぐ見た。

 

「“小学校を率いる”って言うなら、それなりの覚悟と準備が必要だけど分かってるわよね?」

 

玉縄が瞬きをする。

 

「覚悟……?」

 

「当たり前でしょ」

 

霜月の声は低く、容赦がない。

 

「未成年、それも小学生を動かすのよ?安全管理、引率体制、責任者、学校側との調整、保護者への説明。どれか一つでも欠けたら即アウトでしょ。音楽だってやるなら早く打ち合わせしないとだし」

 

「質問なんだけど....それの現実的な案、もう持ってる?」

 

沈黙だった。海浜総合側の空気が露骨に固まった。さっきまで頷いていた生徒たちが、そっと視線を逸らす。

 

玉縄は、言葉を選ぶように口を開く。

 

「……まだ、アイデア段階ではあるけど――」

 

「じゃあ却下ね」

 

即答だった。

 

「“やりたい”と“できる”は別物なのよ。そこ履き違えたまま突っ走ると、後で全員まとめて地獄を見るから」

 

霜月は椅子に深く座り直す。

 

「提案自体は否定しないわ。こっちのは少し味気ないし」

 

玉縄が、わずかに息を呑む。

 

「だから」

 

霜月は、にっこりともせずに言った。

 

「それなりの案を作ってきて。人、時間、責任の所在まで全部込みで」

 

一色が小さく頷く。総武高校側の生徒会メンバーも、内心で拍手していた。

 

「それを見てから採用するかどうか決めるわ。こっちからは以上よ」

 

言い切りだった。玉縄は一瞬、反論しかけたが、霜月の目を見て、すっと言葉を飲み込んだ。プライドは保ったまま、だが確実に一歩引いた顔だった。

 

「……分かった。次の会議に、具体案をまとめるよ」

 

「よろしく」

 

霜月はそれだけ言った。

 

(自業自得だけど……まぁ、やるならちゃんとやりなさいよ)

 

そう思いながら、彼女は心の中で付け足す。

 

(でなきゃ、次は容赦しないわよ)

 

会議室の空気は、まだ張り詰めていたが、少なくとも、“話が進まない地獄”だけは、確実に抜け出していた。

 

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