やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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ようやく一つになったが、1人だけ地獄を見ている

一色が言った上、ということは、おそらく空中廊下だろう。

 

校舎と特別棟をつなぐその廊下は四階部分にあり、屋根がない。ほとんど屋上と変わらない構造で、冬場ともなれば風が容赦なく体温を奪う。この時間帯に好んで使う生徒はまずいない。比企谷たちは階段を駆け上がり、空中廊下へ続く踊り場に辿り着く。硝子戸を開けた瞬間、冷たい風が一気に流れ込んできた。

 

その先――。

 

手すりに寄りかかり、ぼんやりと外を眺めている雪ノ下雪乃の姿があった。夕暮れの光が、艶やかな黒髪と白磁のような肌を照らしている。雪ノ下の視線は、夜の気配を帯び始めたビル群へと向けられていた。

 

(……ほんと、絵になるわね)

 

少し離れた位置で立ち止まった霜月は、そんな感想を抱く。隣では一色も、場の空気を察してか黙っていた。

 

「ゆきのん!」

 

最初に声を上げたのは由比ヶ浜だった。小走りで駆け寄り、雪ノ下の背中に呼びかける。比企谷もその後に続き、ゆっくりと距離を詰める。

 

「雪ノ下……」

 

切れ切れの声で名前を呼ぶが、雪ノ下は振り向かない。代わりに、風に紛れるような、かすれた声が返ってきた。

 

「……私には、わからない」

 

髪を乱す風を気にする素振りもなく、雪ノ下はぽつりと続ける。

 

「あなたの言う“本物”って、いったい何?」

 

「それは……」

 

比企谷は言葉に詰まる。その沈黙を埋めるように、一歩前へ出たのは由比ヶ浜だった。

 

「ゆきのん、大丈夫だよ」

 

「……何が大丈夫なの?」

 

淡々と問い返す雪ノ下に、由比ヶ浜は困ったように笑う。

 

「あたしもね、正直よくわかんなかったから……」

 

誤魔化すように団子髪を撫で、いったん言葉を切る。そして笑みを引っ込めると、もう一歩踏み込み、そっと雪ノ下の肩に手を置いた。

 

「だから、話せばもっとわかるんだって思う。でも、たぶん、それでもわかんないんだよね。それで、たぶんずっとわかんないままで……でも、なんか、そういうのが“わかる”っていうか……」

 

自分でも何を言っているのかわからなくなったのか、由比ヶ浜は小さく息を吸い込む。そして。

 

「あたし、今のままじゃ……やだよ……」

 

言葉が途切れ、涙が頬を伝う。由比ヶ浜はそのまま雪ノ下の肩を引き寄せ、感情が決壊したように泣きじゃくった。

 

「……なぜ、あなたが泣くの」

 

雪ノ下はそう呟きながらも、由比ヶ浜を突き放さなかった。

 

「やっぱりあなたって、卑怯だわ」

 

そう言いながら、今度は自分から縋りつくように、由比ヶ浜の肩へ顔を埋める。静かな嗚咽が、風の音に混じって漏れ出す。二人は互いを支え合うように、その場に立ち尽くしていた。

 

やがて、雪ノ下は大きく息を吐き、顔を上げる。

 

「……比企谷くん」

 

名を呼ばれ、比企谷は背筋を伸ばす。

 

「あなたの依頼、受けるわ」

 

「……すまん」

 

短く、だが深く頭を下げる比企谷。

 

「私も、手伝う」

 

由比ヶ浜もそう言って、小さく笑った。

 

少し離れた場所でその光景を見守っていた霜月は、腕を組んだまま小さく息を吐く。

 

(……やっとね)

 

隣の一色が、ぼそっと呟く。

 

「……修羅場、終わりました?」

 

「いや」

 

霜月は即答した。

 

「本番はここからよ」

 

冷たい風が吹き抜ける空中廊下で、ようやく歯車が噛み合い始めた――そんな夕方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奉仕部は、ようやく一つになった。空中廊下での一件を経て、4人と一色は再び部室へと戻る。空気は重たいはずなのに、不思議と張り詰めた感じはなかった。むしろ「やっと同じ方向を向いた」という妙な安堵感が漂っている。霜月はカバンから資料の束を取り出し、机の上に広げた。

 

「じゃ、改めて。今までの経緯と、私と一色でまとめた現実案ね」

 

一色も横から資料を差し出す。2人は家に帰っても連絡を取り合い案を完成させたのだ。ページ数はそこそこ多いが、無駄な装飾はなく、実務一点張りだ。

 

「えっと……えっと……」

 

由比ヶ浜はページをめくりながら、目を泳がせていた。

 

「なんか……頭がこんがらがってきた……」

 

「正常な反応よ、それ」

 

霜月は即答した。

 

「雪ノ下、コレどう思う?」

 

雪ノ下は資料に視線を落とす。指先で一箇所をなぞりながら、淡々と口を開いた。

 

「そうね。本当に良く出来ていると思うし、大きく修正する点は見当たらないわ。強いて言うなら、ここの人員を二班に分けて、時間帯でローテーションすれば負担も減ると思うわ....」

 

的確であり、相変わらずの精度だ。だが霜月は気づいていた。雪ノ下の視線が定まっていないことに。

 

「比企谷、アンタもそう思う?」

 

霜月は立ち上がり、比企谷に資料を渡す。

 

「……ああ、いいと思う....」

 

歯切れは悪いが、否定はない。

 

「いやー、よかったですね、しもっち先輩」

 

一色が資料を見ながら、心底ほっとしたように言った。

 

「ほんとね。一時はどうなるかと思ったわ」

 

霜月も同意するように頷く。地獄の横文字会議、夢だらけの企画粉砕、保育園と小学校の実務打ち合わせ。夜には総武生徒会と協力して案を修正。家に帰って連絡しあい、ようやく完成。数日分の労働を詰め込んだ二人の間には、妙な戦友感が芽生えていた。

 

霜月にとって、ここまで本音で話せる後輩は珍しい。一色にとっても、ここまで遠慮なく毒を吐き合える先輩は初めてだった。

 

そんな空気を、恐る恐る遮る声がする。

 

「あ、あのさ……しもっち、いろはちゃん……」

 

由比ヶ浜だった。二人は同時に振り向く。

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

 

息の合いすぎた返事に、由比ヶ浜は一瞬たじろぐが、意を決して続けた。

 

「え、えっと……そのヒッキー、そろそろ解放してあげたら……?」

 

次の瞬間。

 

「ダメに決まってるでしょ」「ダメです」

 

一ミリの間もなく、完全一致の即答だった。

 

「あ、はい……」

 

由比ヶ浜は反射的に引き下がった。何故なら、

 

 

 

 

 

 

 

 

奉仕部の部室で、比企谷八幡は正座しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

背筋は妙に伸び、視線は床に固定。情け容赦のないフローリングが現実を突きつけており逃げ場はない。唯一の救いは霜月が座布団を持ってきてくれたことだ。ただし由比ヶ浜曰く、霜月と一色が無言で比企谷に座れという合図を出した時は怖かったらしい。

 

 

理由は、あまりにも明白だった。

 

比企谷は個人で依頼を受け、そして風邪でダウンし、結果的に代理になった霜月に仕事を殆ど丸投げし意識高い系横文字地獄に叩き込んだ。ついでに依頼主の想定を軽々と超えた実務を、一色が背負う羽目になった。

 

役満である。しかもドラも乗っている。現在進行形で行われているのはその「これまで何をやらかしたか」の共有という名の説教タイムだった。霜月と一色は立ち上がり、

 

「で?」

 

霜月が淡々と切り出す。半目、気怠げ、やさぐれ。いつもの三点セットだが今日は威力が違う。完全に“詰める側”の顔だった。

 

「あの会議、誰が行ったと思ってんの?」

 

「……霜つk「ん?」

 

「霜月澪さんです....」

 

「そうね」

 

そして、にこやかな笑顔の奥に「仕事できない奴は物理的にじゃなく社会的に殺す」圧を秘めた一年生生徒会長・一色いろはが追撃する。

 

「その後の調整と根回し、主に誰が背負ったと思ってるんですか?」

 

笑顔、敬語、圧力。

 

「……いっしk「はい?」

 

「一色いろはさんです....」

 

「ですよね」

 

にこっと笑う。逃げ道は完全に封鎖された。比企谷は喉を鳴らし、消え入りそうな声で答える。

 

「はい……俺です、全部俺のせいです....」

 

「声が小さいわね?」

「誠意が足りませんねー?」

 

即座に、左右から刺さる追撃。連携が完璧すぎる。同じ修羅場を潜り抜けたおかげで事前に打ち合わせしてたと言われても仕方ない連携プレイをしていた。

 

「俺のせいです!!すいませんでした!!」

 

叫び声は部室に虚しく反響した。魂は込め肺も使った。これ以上は出ない。

 

――が。

 

「うん、聞こえた」

「でも“反省してる”とは別ですよねー?」

 

「え、ダメ?」

 

理解と反省を分けてくるあたりが、実務担当者の恐ろしさだった。霜月は指を折りながら続ける。

 

「巨大案件を個人依頼で受けた」

「体調管理をミスった」

「代理を立てる判断が遅れた」

「事前共有ゼロ」

 

一本折るごとに、比企谷の背中が丸くなっていく。ぐうの音も出ない正論の塊だからである。

 

「これ、どれか一個でも欠けてたらここまで地獄になってないのよ」

 

「全部揃ってたから、こうなったんですよー先輩?」

 

「...はい、申し訳ないです.....」

 

一色の補足が、致命傷だった。もはや反論の余地はない。裁判なら即日結審。気づけば正座説教は10分経過していた為、足の感覚はとっくに消えている。だが誰も、止める気配がない。

 

奉仕部は、ついさっきまでギクシャクしていた。価値観も、想いも、全部すれ違っていた。それがようやく一つになったが、1人だけ地獄を見ている。由比ヶ浜はそっと雪ノ下に身を寄せ小声で囁く。

 

「……助かったけどさ、ヒッキーの犠牲、ちょっと重くない?」

 

雪ノ下は資料から目を離さず、淡々と返した。

 

「必要な工程ね」

 

冷たいだが否定できない。霜月はようやく締めに入る。

 

「まぁ安心しなさい」

 

比企谷の心に、わずかな光が差す。

 

「命までは取らないわ」

 

「……本当か?」

 

かすかな希望に縋る比企谷の問いに、一色がにこやかに答えた。

 

「イベントが終わるまでは、ですけど」

 

「.....え、冗談だよな....?」

 

「それは、アンタの行動次第ね」

 

比企谷の正座は、まだ終わりそうになかった。

 

 

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