やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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今回は早めに投稿。


奉仕部+αは誰にも気づかれないところで世界を一つ救っていた。

比企谷の説教タイムは比企谷が霜月にペプシコーラ(1.5L×2本)、一色にハーゲンダッツを買う、という妙に現実的で学生らしい和解条件で手打ちとなった。

 

金額換算すればたいしたことはない。だが精神的ダメージと屈辱値を加味すれば、ほぼ重罰である。しかも、それで終わるほど世界は優しくなかった。

 

「あと、今日1日はそのままね」

 

霜月の一言で、比企谷の未来は確定した。本日の残り時間、比企谷は座布団に正座。これは決定事項であり、再審請求も、異議申し立ても、上告も存在しない。拒否権?そんなものは最初から議題にすら上がっていなかった。

 

本人もそれを悟っているのか、比企谷は微動だにせず、背筋だけは無駄に伸ばし、視線を床に固定している。もはや反省というより、「達観」あるいは「悟り」に近い境地だった。人は、どう足掻いても無駄だと理解した時、こうなる。

 

だが、霜月達も冷酷では無い。飲み物やお茶菓子などは個別に、比企谷の近くにおいている。1人だけ食べれないという状況にはしない。トイレに行かせないという事もしない。

 

その時だった。奉仕部の扉が、ガラッとやけに景気のいい音を立てて開いた。

 

「じゃまするぞ……?」

 

顔を出したのは平塚先生。いつも通りの声、だったはずが、次の瞬間完全に動きが止まる。視界に入った光景があまりにも情報量が多かったからだ。

 

比企谷は正座しており、霜月と一色は仁王立ち。その空気は完全に説教中。三点が揃った瞬間、教師としての脳が一瞬フリーズする。平塚先生は無言で一歩引き、いったん扉を閉めかけてから、ぼそりと呟いた。

 

「いや、合ってるよな....?」

 

何が合っているのかは不明だが、少なくとも“見間違いではない”という結論には至ったらしい。改めて部室に入り平塚先生は腕を組む。

 

「一応聞くが……何があったんだ?」

 

教師としての職務意識と、単純な野次馬根性が、きれいに半々で混ざった質問だった。すると間髪入れず一色がぴしっと手を挙げる。

 

「先輩に今までの苦労を丁寧に説明しているだけです」

 

言葉遣いは丁寧で笑顔も満点。だがその裏に込められた圧は平塚先生が思わず後退りするほど重い。生徒会長になる前の彼女とは別人のように思えた。

 

「ね、しもっち先輩?」

 

「そうね」

 

霜月も即座に頷いた。声音は淡々、表情は冷静。まるで「業務進捗の共有」をしているかのようだが、対象が正座の比企谷である点が致命的におかしい。

 

「平塚先生、特に問題はありませんのでお気になさらず」

 

問題の中心人物を囲んでいる側が言う台詞ではない。平塚は軽く咳払いをし、改めて比企谷へ視線を向ける。

 

「比企谷……課題は、ちゃんとこなしたようだな」

 

「まぁ……」

 

比企谷は小さく返事をした。しかしその目には「お願い、見ないで!」という感情がこもっている。同級生と後輩に正座で説教されている所を教師に見られるというのは堪えるものだ。

 

「そのツケは……まだ払い切れてないようだが...」

 

その一言に、由比ヶ浜がきょとんと首を傾げた。

 

「え?課題?」

 

ここで比企谷は声を出した。

 

「現国に課題なんて出てませんよ....」

 

その瞬間、彼女の表情が一気に明るくなる。

 

「だよね!よかった~!超びっくりしたー!」

 

(……おそらく昨日話していたドライブの件ね)

 

と、すべてを察した様子で霜月は内心呟いた。そして雪ノ下が話題を切り替える。

 

「それで、平塚先生。今日は何かご用件が?」

 

平塚先生は一瞬、言葉を選ぶように視線を泳がせ少しだけ困ったように頭を掻いた。

 

「いや……実はな」

 

そう前置きしてから、机の上に紙袋を置く。

 

「君たちがクリスマスイベントで行き詰まったらクリスマスというものがなんなのかを学ばせようと思って、これを渡すつもりだったんだが……」

 

袋の口がわずかに開き、そこから覗いたのは、ディスティニーランドのチケット。

 

「友人の結婚式の二次会でな。成り行きで貰ってしまって...」

 

その言葉を聞いた瞬間、霜月の脳裏に一つの感想が浮かぶ。

 

(結婚式うんぬんは……平塚先生にとって劇薬よね)

 

だが、それを口に出す者はいない。この場の全員が、空気を読む力だけは無駄に高かった。平塚先生は続ける。

 

「しかし、一色と霜月が出してくる案が普通に完成度高すぎてな。正直、文句をつける隙がない」

 

教師としてそれはどうなのか、という疑問は全員の胸に浮かんだが誰も突っ込まなかった。

 

「結果、渡すタイミングを完全に失っていたんだ」

 

そう言って、肩を落とす。その一連のやり取りを、比企谷は正座のまま、ただ静かに聞いていた。なぜか自分だけ、イベントの主役でもなく、実行部隊でもなく、罰ゲーム担当になっている現実を噛み締めながら。

 

彼の正座は、まだ当分――解かれそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。会議室には妙に整った資料と、妙に落ち着いた空気があった。霜月と一色が机の上に並べたのは、奉仕部が最終調整を終えたイベント案。つまり、海浜側の「夢」と「希望」と「やりたい放題」が、きれいさっぱり削ぎ落とされた現実案である。

 

海浜側の生徒達は、資料を1枚、2枚とめくり、3枚目あたりで眉をひそめた。

 

「……あの、もう少し華やかさというか、話題性というか……」

 

その瞬間。

 

一色が、視線を落としたまま、ほんの一瞬だけ舌打ちをした。音は小さい。だが確実に「またそれか」という感情だけははっきり伝わる。

 

そして霜月が、間髪入れずに口を開く。

 

「その話題性ってのは、具体的にどの部分を指してんの?」

 

声は穏やかでは無い。表情も柔らかく無い。おまけに言葉は、逃げ道を一切許さない。

 

「安全管理上、想定来場者数を超える演出は不可能だし、予算的にも追加人員の確保は現実的じゃないのよ。仮に実施するとしても今からじゃ間に合わない」

 

淡々と幻想を事務的に容赦なく粉砕していく。海浜側が口を開こうとするたび、一色が小さく息を吐き、霜月がその先を読んだかのように、先回りして現実を突きつける。

 

まるで、舌打ちが合図で、幻想破壊が発動するコンビネーションだった。

 

その頃。

 

 

 

比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜は、それぞれ別行動に出ていた。目的は単純だが重要、保育園と小学校への最終確認である。

 

企画書の上では問題なく見えても、現場に降ろした瞬間に破綻するのがイベントという生き物だ。動線は本当に足りているか。子どもの年齢差による対応のズレはないか。先生方の負担が無駄に増えていないか。想定外の「当日あるある」を、事前に潰せるだけ潰すための地味で泥臭い作業だった。

 

比企谷は保育園を担当していた。園舎に足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。小さな靴、低い手すり、壁に貼られた色とりどりの工作。場違いな黒い制服姿の男子高校生は、それだけで若干の異物感を放っていた。

 

「……俺、ここで何してんだろ」

 

自問自答しながらも、比企谷は資料を手に保育士と淡々と確認を進めていく。時間配分、安全面、待機場所。口数は少ないが、要点は外さない。その様子を見て、保育士が内心で「思ったよりちゃんとしてる」と評価を改めたのは、彼の知るところではない。

 

そんな中、彼のズボンの裾が、くいっと引っ張られた。

 

「はーちゃん!」

 

振り返ると、そこにいたのは川崎京華だった、どうやら懐かれたらしい。

 

「けーちゃんか...」

 

京華はにこっと笑い、当然のように彼の隣に立つ。そのまま手を引かれ、園内を案内される羽目になる比企谷。結果、予定より長居することになり、最終的には「また来てね」と見送られた。

 

(……俺、将来なに向いてんだろうな)

 

謎の達成感だけを残して、彼は保育園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

一方、小学校を担当していたのは雪ノ下と由比ヶ浜だった。こちらは保育園よりも人数が多く、確認事項も多岐にわたる。

 

雪ノ下は資料を片手に、教師と理路整然と話を進めていく。無駄な感情を挟まず、問題点を洗い出し、修正案を即座に提示。教師側も思わず背筋を正すほどの切れ味だった。

 

その横で、由比ヶ浜は子どもたちの様子を観察していた。教室の雰囲気、休み時間の動き、騒がしくなりやすいポイント。感覚的だが、実はかなり重要な視点だ。

 

「ここ、混むと危ないかも……」

 

ぽつりと出た一言に、雪ノ下が即座に反応する。

 

「確かに。動線を少しずらした方がいいわね」

 

二人の連携は、以前よりもずっと自然だった。理屈と感覚が噛み合い、現場目線での修正が次々と決まっていく。

 

 

こうして、5人はそれぞれの持ち場で、黙々と「穴」を潰していった。派手さはない。だが、この地味な確認作業こそが、イベントの成否を分ける最後の砦だった。

 

そして誰も口には出さなかったが、この段階で大きな修正が出なかったこと自体が、すでに一つの成功だった。霜月と一色が、ほぼ二人で叩き上げた企画が、現場に耐えうる完成度に達している証拠でもあったのだから。

 

 

 

そして場所は戻り会議室。霜月は、相手の反応を確認しながら、内心で小さくため息をついた。

 

(今考えると……)

 

視線を一色に向ける。資料整理、調整、交渉、軌道修正。ほぼすべてを、この二人で回していた。

 

(殆ど二人で回してたって……おかしいわよね)

 

隣で一色が深く息を吐いて霜月に呟いた。

 

「しもっち先輩、イベント終わったら甘いもの食べに行きません?」

 

「……いいわね、それ」

 

二人は顔を見合わせ、どこか達成感と疲労が混じった笑みを浮かべた。こうして今日も奉仕部+αは、誰にも気づかれないところで世界を一つ救っていた。

 

なお、大々的に評価される予定はない。それが通常運転だった。

 

 

 




次回でクリスマスイベント編は終わります。
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