やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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皆様、あけましておめでとうございます。


文明レベルでは埋まらない時差が存在している

文化祭以上に酷使されたクリスマスイベントを終え、霜月は完全に燃え尽きていた。

 

比企谷から半ば賠償金のように渡された金で一色とコンビニに向かって買ったペプシコーラをテーブルに置きソファに沈み込む生活。1.5リットルのペットボトルは、もはや人生の一部。蓋を開ければ「プシュッ」と景気のいい音が鳴り、それだけで今日一日の勝利が確定する。

 

「サイコー……」

 

本人ですら後から録音を聞いたら記憶を消したくなるような、締まりのない声が漏れる。

完全に堕落していた。奉仕部のやさぐれ、実務担当、幻想破壊担当。そのどれもが、今はただのソファの一部である。

 

もっとも、その楽園は長く続かなかった。

 

「……あんた、だらけるなら家の手伝いしなさいよ」

 

母、綾の一言で霜月の楽園は音を立てて崩壊した。

 

「今……いいところなんだけど……」

 

「いいところで堕落してるのが一番タチ悪いのよ」

 

正論という名の凶器だった。霜月は一瞬だけ抵抗を試みるが現実は変わらなかった。結果、皿洗いと掃除機という名の社会復帰プログラムをフルコースで消化。炭酸の泡と一緒に、かすかな幸福感も洗い流されていった。

 

その日は働かない年末は存在しないという真理を叩き込まれて終わった。

 

そうこうしているうちに、時は流れ12月31日から1月1日へ。新年である。なお霜月家は、家族揃って「人混み=敵」という思想の持ち主だ。縁日?初詣?論外。テレビ越しのカウントダウンで十分、という人混み嫌い派閥である。

 

霜月も例に漏れず、

 

「……あけましておめでとう」

 

と最低限の儀式だけ済ませると、即ベッドにダイブ。両親も同じ行動を取っており、家全体が「正月だけど寝る」空気に包まれていた。そして、およそ8時間後。

 

ブーブーブーブーッ!

 

静寂を切り裂く、無慈悲な着信音が部屋に鳴り響く。

 

(……新年早々、うるさっ……)

 

霜月は半目のまま携帯を手探りで掴み、通話ボタンを押す。

 

「……もしもし」

 

声は小さく、低く、明らかに機嫌が悪い。寝起き特有の無気力と、叩き起こされた人間の負の感情が完璧にブレンドされていた。

 

『あけおめ、しもっち!』

 

携帯越しに叩きつけられたのは、正月という概念をそのまま声にしたような元気さだった。由比ヶ浜の声量だけで、霜月の睡眠の質が二段階ほど下がる。

 

「……なに、こんな朝っぱらから……まだ寝たいんだけど……」

 

枕に顔を埋めたまま返す霜月の声は、かろうじて言語として成立している程度だった。

 

『えー?もう日、昇ってるよ?』

 

「私の中では……今は深夜……」

 

どうやら二人の間には文明レベルでは埋まらない時差が存在しているらしい。由比ヶ浜基準の「朝」は、霜月基準では「意識が存在しない時間帯」である。

 

『あ、えっとね!これからみんなで浅間神社行こうと思って!』

 

その瞬間、霜月の脳内で警報が鳴った。

 

(浅間神社、正月、人が多い...)

 

この三語が並んだ時点で、嫌な予感しかしない。

 

『メールしたんだけど、返信来なかったから電話しちゃった』

 

「……浅間神社?」

 

その単語を復唱した瞬間、頭の中に映像が浮かぶ。ぎゅうぎゅう詰めの参道。謎の列。寒空の下で押し合う見知らぬ人間たち。そして、なぜか存在する出店の煙。

 

(人混み・行列・寒さ……最悪の三点セットじゃない)

 

霜月は天井をぼんやり見つめながら、深く息を吐いた。正月早々、胃が重い。

 

「……それ、行かなきゃダメ?」

 

布団に潜ったまま、極力期待を込めずに聞いてみる。

 

『えっ!?』

 

電話越しでも分かるほど、由比ヶ浜の声が跳ね上がる。

 

『だって新年だよ!?初詣だよ!?』

 

由比ヶ浜のツッコミが飛ぶが、霜月は気にしない。むしろ誇らしい。

 

「第一、霜月家は正月に外出しない派閥なの。伝統よ、伝統...」

 

『そんな派閥あるの!?』

 

「ある。今ここで生まれた」

 

布団の中で、霜月はゆっくりと目を閉じる。このまま通話が切れれば勝ちだと、心のどこかで思っている。霜月は再び布団を頭まで引き上げ、暗闇の中でぼそっと呟いた。

 

(……今年も、平穏とは無縁そうね)

 

脳裏をよぎるのは、奉仕部の顔ぶれ。雪ノ下の冷静な一言。比企谷の諦観。由比ヶ浜の元気な姿。嫌な予感しかしない。

 

『ね、ね、行こうよ!しもっちがいないとバランス取れないし!』

 

「……その理屈、納得したくないんだけど……」

 

だが、由比ヶ浜の声には既に“来る前提”の響きがあった。新年一発目から、霜月澪の平穏は危機に瀕している。そしてそれは、本人の意思とは無関係に静かに、しかし確実に、崩れ始めていた。

 

 

 

霜月は観念したようにベッドから這い出ると、もそもそと私服に着替えた。動作の一つ一つに覇気がない。

 

「はぁ……」

 

何度目かも分からないため息が、部屋の空気をさらに重くする。時計を見る気力もないが、体感的には「正月の朝に起きる時間」では断じてなかった。

 

居間の方は静まり返っている。正月休みを全力で満喫するという霜月家の方針により、両親はまだ夢の世界だ。

 

(……起こすのも面倒だし)

 

霜月はスマホを取り出し、簡潔極まりない文面を打つ。

 

《友達と初詣行ってくる》

 

送信。それだけで義務は果たしたと判断し、マフラーを巻いて家を出た。

 

 

浅間神社に近づくにつれ、人の密度が明らかに上がっていく。正月特有の浮かれた空気。屋台の匂い。どこからともなく聞こえる笑い声。

 

(……来るんじゃなかった)

 

霜月の中で、後悔が確信へと変わった頃、境内の一角に見知った集団が見えた。

 

奉仕部一同。そして

 

(……あ、小町いる)

 

比企谷小町、唯一の想定外だった。霜月の存在に気づいた瞬間、由比ヶ浜がこちらを見つけ、全力で手を振る。

 

「しもっち〜!こっちー!」

 

「……んな大声出さなくても聞こえてるっての……」

 

霜月は周囲の視線が集まるのを感じつつ、重たい足取りで合流する。

 

「明けましておめでとうございます!」

 

「おめでとさん」

 

次々と挨拶が飛んでくるので、とりあえず無難にまとめる。

 

「……あけおめ」

 

それで十分だと判断する。

 

「じゃあ、全員揃いましたし、お参りしましょうか」

 

雪ノ下がそう告げると、小町が先頭に立って人混みへ突入する。霜月は無言でその背中を追った。

 

 

参道は、予想通りの地獄だった。

 

人、人、人。左右には所狭しと並ぶ屋台。甘い匂いと油の匂いが混ざり合い、空腹でもないのに胃がざわつく。

 

「お祭りみたいだねー」

 

由比ヶ浜が楽しそうに言うと、小町も目を輝かせる。

 

「ですね!すごいです!」

 

(だから嫌いなのよねー祭りって……)

 

霜月は心の中で即座に反論した。

 

「なんか食べます?」

 

「いいね!あたしリンゴ飴かな〜」

 

二人は自然と参道の端へ流れていく。

 

次の瞬間。雪ノ下が二人のマフラーを同時に掴み、見事に引き戻した。

 

「先にお参りを済ませてからよ」

 

「はーい……」

 

声を揃えて不満そうに返事をし、人波へと戻される。

 

(手慣れてるわね……)

 

霜月は、奉仕部内での序列を再確認した。

 

 

どうにか参拝を終え、ようやく人の流れから解放される。押し寄せる人波に揉まれ続けていた反動か、境内の少し開けた場所に出た瞬間、霜月は思わず深く息を吐いた。冷たい空気が肺に入り、ようやく正月らしい静けさを思い出す。

 

(……人、多すぎでしょ。これで“心が洗われる”とか言われても、先に体力が削られるんだけど)

 

そんな霜月の内心などお構いなしに、場の空気を一気に明るくしたのは由比ヶ浜だった。

 

「あ! おみくじ!」

 

楽しそうな声と同時に、彼女の視線が一斉に小さな社の方へ向く。

 

「引いてくか」

 

比企谷が半ば投げやりに言うと、不思議なことに全員が特に反対もせず、そのまま列に並ぶ流れになる。

 

(……この集団、流されやすさだけは一流ね)

 

霜月は内心でそう突っ込みつつも、列に加わった。順番が回ってきて、六角形の木箱を手に取る。がらがら、と振ると、中で棒がぶつかり合う乾いた音がする。一本だけ飛び出した棒を抜き取り、番号を巫女に伝える。受け取ったおみくじを開く。

 

「……中吉。まあ、悪くないわね」

 

霜月としては、実に妥当な結果だった。そして比企谷は自分の紙をじっと見つめている。

 

「……小吉」

 

周りに聞こえないよう小さく言った。

 

「……」

 

その隣で、雪ノ下が無言のまま自分のおみくじをひらりと掲げた。

 

「……吉」

 

たった一文字。だが、その言い方と、比企谷に向けられた視線には、微妙に余裕が滲んでいた。ほんのわずかに口角が上がっているのも、見逃せない。

 

「お前はどうだった?」

 

比企谷が霜月に尋ねる。

 

「中吉」

 

「あー、まぁまぁいいんじゃねえの?」

 

「比企谷は?」

 

「小吉……」

 

そのやり取りを聞いていたのか、雪ノ下の表情がほんの一瞬だけ柔らぐ。勝った、というより“上に立った”という顔だ。

 

(……こいつ、おみくじで負けず嫌い発動させてんのよ)

 

霜月は一瞬、呆れたように目を細めたが、次の瞬間妙にムカッときた。

 

(いや、待って。なんでアンタがドヤ顔なのよ)

 

そのまま放っておけばいいのに、なぜか口が動く。

 

「気にすることないわよ、比企谷」

 

わざと少し大きめの声で言う。

 

「小吉って、吉より運が良い解釈もあるから」

 

「お、おう。そうなのか……」

 

比企谷は疑いもせず、素直に頷いた。それだけに効果は抜群だった。

 

一方で。

 

雪ノ下の目が、静かに、しかし確実に燃えていた。表情は崩れていないが、空気が一段冷えたのがはっきり分かる。霜月はそれを横目で確認し、誰にも気づかれない程度に小さく拳を握る。

 

(……よし、一勝)

 

内容はどうでもいい。勝敗も取るに足らない。だが、正月早々些細なことでマウントを取り合うこの感じ。

 

(……今年も平和じゃなさそうね)

 

そんな予感だけは、なぜかやけに当たる気がする霜月だった。

 




10巻の内容はダイジェストに進みます。
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