やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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できることなら布団に戻りたい

正月早々のおみくじバトルは、思わぬ形で幕を下ろした。霜月が雪ノ下に一矢報いた――そう思った、その直後。

 

「わっ……!」

 

由比ヶ浜が、自分の手元のおみくじを見て声を上げた。

 

「なに、どうしたの?」

 

「見てこれ……」

 

そう言って差し出された紙には、はっきりとした二文字。

 

大吉。

 

「……」

 

その場の空気が、一瞬止まった。

 

(あ、これダメなやつだ)

 

霜月は直感的に察する。

 

「すごいですね、結衣さん!」

 

小町が言うと、由比ヶ浜は照れたように笑った。

 

「えへへ……なんか、普通に嬉しいかも」

 

一方で、雪ノ下は何も言わない。言わないが、おみくじを見つめる視線が、やけに真剣だった。

 

(……まさかとは思うけど)

 

霜月の脳裏に、嫌な予感がよぎる。

 

(雪ノ下、大吉出るまで引き直す気じゃないでしょうね……?)

 

しかしその前に、別の爆弾が落ちた。

 

「……あ」

 

小町が、静かに声を漏らす。

 

「どうした?」

 

比企谷が覗き込むと、小町は紙をひらひらさせた。

 

「凶」

 

「……」

 

今度は完全に沈黙。

 

「え、だ、大丈夫だよ小町ちゃん!ほら、凶ってこれから上がるってことだし!」

 

由比ヶ浜が必死にフォローする。

 

「そっか!じゃあ今年は伸びしろしかないってことですね!」

 

小町は謎に前向きだった。

 

(……メンタル強いわね、この子)

 

霜月は内心で感心しつつ、雪ノ下が再びおみくじ箱に手を伸ばしていないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。その後は、参道の屋台を冷やかしつつ、適当に食べ歩き。

 

由比ヶ浜と小町はテンション高め。比企谷は財布の軽さに静かに絶望し、雪ノ下は人混みに若干疲れた顔をしていた。

 

霜月はというと、

 

(やっぱり祭りは人が多すぎる……)

 

という感想を胸に刻みながら、無事に解散を迎えた。

 

 

そして次の日霜月は、珍しく朝から外出の準備をしていた。と言っても、気合が入っているわけではない。むしろ逆で、できることなら布団に戻りたいという気持ちを、理性と義務感で無理やりねじ伏せている状態だった。

 

目的は一つ。雪ノ下雪乃の誕生日プレゼントを買うこと。机の上に置かれたカレンダーには、赤ペンで律儀に丸をつけられた数字がある。

 

1月3日。

 

それを一瞥してから、霜月は小さく息を吐いた。本来の予定では、一人で行くはずだった。人の少ない時間帯を狙い、動線を事前に組み、目的の店だけをピンポイントで回って、さっさと帰る。無駄な会話も、無駄な寄り道も、無駄な人混みも、極力カット。完璧な計画だった。

 

はずだったのだが。

 

「え、みんなで行こ?」

 

その一言で、すべてが崩れた。言った張本人は、もちろん由比ヶ浜。悪気ゼロ、善意100%、勢い200%の笑顔である。

 

断る間もなく話は広がり、気づけばメンバーが増殖していた。

 

結果。

 

・比企谷八幡

・比企谷小町

・由比ヶ浜結衣

・霜月澪

 

という、目的の割に編成がおかしい集団が完成する。

 

(……なにこのメンツ。買い物っていうより、引率か何か?)

 

霜月は鏡の前で自分の顔を確認しながら、静かに思う。表情はいつも通りだが、内心ではすでに若干の疲労を感じていた。

 

ちなみに――霜月の誕生日は、よく勘違いされる。理由は単純明快。名字が「霜月」だから、11月生まれ。あまりにも分かりやすい連想で、もはやテンプレですらある。

 

しかし現実は違う。実際は9月17日生まれだ。つまり文化祭準備期間中に、誕生日を迎えていたのだ。この事実を奉仕部で明かした時、最も大きなリアクションをしたのは由比ヶ浜だった。

 

「えっ!? しもっち11月じゃないの!?」

 

その声量と驚き方は、ちょっとした事件レベルだった。目を見開き、口を半開きにして、世界の理を覆された人間の顔をしていた。

 

「なんでそうなるのよ……」

 

霜月は半目で返したが、問題はそこでは終わらなかった。

 

「だって霜月って旧暦だと11月でしょ?」

 

まさかの知識量に、霜月は一瞬、言葉を失う。由比ヶ浜の口から「旧暦」という単語が出てくる未来を、誰が予想しただろうか。思わず、素直な感想が口をついた。

 

「……アンタ、そんなこと知ってたのね」

 

それが、致命傷だった。

 

「どういう意味だ!?」

 

即座に噛みつく由比ヶ浜。

 

「私がバカって言いたいの!? ねえ!? そうなの!?」

 

「言ってない、言ってないけど……」

 

「けど...?」

 

「……旧暦とか出てくると思ってなかっただけよ」

 

必死のフォローも虚しく、その後しばらく由比ヶ浜は「しもっち酷い!」と、謎の抗議運動を展開していた。結果、霜月は余計な精神的ダメージを負った。

 

(旧暦と苗字が同じだからって、その月生まれだと決めつける思考回路も大概だけど……)

 

そんなことを内心で毒づきながら、霜月は駅へと向かう。行き先は千葉駅。人が多く、音が多く、情報量が多い。彼女にとってはあまり歓迎できない場所だ。

 

これから始まるのは、雪ノ下雪乃の誕生日プレゼント探し。

 

 

(……静かに、普通に、買わせてくれればいいんだけど)

 

そんな淡い期待を胸に、霜月は改札を抜ける。

 

 

 

 

 

霜月がそんなことを考えている頃、待ち合わせ場所――千葉駅前の大型ビジョン下には、すでに3人の姿があった。

 

「しもっちー! こっちこっちー!」

 

一番に気づいた由比ヶ浜が、周囲の視線を一切気にせず手を振る。

 

「……聞こえてるから。駅全体に知らせなくていいって...」

 

霜月は小さくため息をつきながら、そちらへ歩いていく。

 

「おはようございます、澪さん!」

 

小町は相変わらず礼儀正しく、元気いっぱいだ。対照的に、比企谷は眠そうな目で片手を軽く上げただけだった。

 

「早いな」

 

「アンタらが早すぎなのよ。集合時間ぴったりよ、私は」

 

正論だった。小町は「ですよねー」という顔で兄をちらりと見て、由比ヶ浜はまったく気にせずに話を続ける。

 

「今日はゆきのんの誕生日プレゼント買うんだよね!」

 

「声量」

 

「はーい」

 

即座に注意され、即座に縮む。その切り替えの早さは、ある意味才能だった。霜月は改めてメンバーを見回し、内心で小さく呟く。

 

(……さて。どう転ぶかしらね、この買い物)

 

どう考えても、一筋縄ではいかない予感しかしなかった。霜月は改めてメンバーを見回し、内心で小さく呟いた。

 

(……やっぱり、このメンツで“静かに買い物”は無理ね)

 

比企谷はスマホを眺めながら欠伸を噛み殺していた。画面にはどうでもいいニュースが流れているが、脳はほとんど処理していない。隣では小町が完全に遠足テンションで、駅構内の案内板や売店、通行人に至るまで、視界に入るものすべてをきょろきょろと見回している。

 

由比ヶ浜に至っては、待ち合わせ開始30秒で臨戦態勢だった。目をきらきらさせ、今にもダッシュしそうな勢いである。開始前から情報量が多い。霜月は軽くこめかみを押さえた。

 

「……で、まずどこ行くの?」

 

すると由比ヶ浜は当然のように、何の疑問も持たず霜月を見る。

 

「え、しもっち考えてないの?」

 

「……なんで私なのよ?」

 

「このメンバーで一番賢そうだから!」

 

「否定しにくい...」

 

そんな霜月の横から、比企谷が面倒くさそうに口を挟む。

 

「プレゼントって言っても、雪ノ下だろ。変なもん渡したら即座に論破されるぞ」

 

「アンタはもう少し、他人に対する期待値を上げる努力をしなさい」

 

「俺に対する期待値は常に低空飛行だろ。むしろ墜落してる」

 

正論だったので、霜月は何も言わず視線を逸らした。無駄な反論は体力の浪費である。そこで小町が、空気を読まずに元気よく手を挙げる。

 

「はーい!小町的には、アクセサリーとかいいと思います!」

 

一瞬、空気が止まった。

 

「……雪ノ下に?」

 

霜月の視線が一気に冷静というか、戦略会議モードに切り替わる。

 

「え、ダメですか?」

 

「悪くはない。でも選択ミスると、“実用性に欠けるわね”って一刀両断される可能性が高いわね」

 

「あー……」

 

由比ヶ浜が苦笑いで頷く。

 

「ゆきのん、そういうとこあるかも……」

 

霜月は腕を組み、しばし考え込んだ。

 

(実用的すぎると味気ない。かといって趣味に寄せすぎると刺さらない。難易度高すぎでしょ、雪ノ下)

 

めんどくさい、という本音は胸の内にしまい込む。これは逃げられない戦いだ。

 

「……とりあえず、雑貨系から見ましょ。情報収集は大事」

 

「賛成ー!」

 

「異議なしです!」

 

「異議はないが、却下される未来しか見えない」

 

比企谷のぼやきを無視し、一行は駅ビルの中へと吸い込まれていった。

店に入った瞬間、由比ヶ浜と小町が一気に散る。

 

「かわいー!」

 

「これ絶対、雪乃さんに似合いますよ!」

 

棚という棚を漁りながら、二人はテンション高く商品を手に取っていく。そのスピードと熱量は、もはや索敵行動だった。霜月はその背中を見送り、深くため息をつく。

 

(……この二人、戦力としては心強いけど、判断基準が“かわいい”一択なのが怖い)

 

比企谷が隣に並び、同じ棚を眺めながらぼそっと言った。

 

「なんだかんだ、ちゃんと考えてるんだな」

 

「当たり前でしょ。雪ノ下に適当なもの渡したら一生覚えてるタイプよ」

 

「……それ、想像できるのが怖いな」

 

二人の間に、妙な納得と静かな共感が流れた。

 

棚の奥では由比ヶ浜が「これどう?」と叫び、小町が「却下です!」と即答している。すでに小さな攻防戦が始まっていた。霜月は小さく息を吸い、心の中で覚悟を決める。

 

(やるしかないわね)

 

こうして、雪ノ下雪乃・誕生日プレゼント選びという名の、地味で厄介で、しかし避けられない小さな戦争は、静かに幕を開けたのだった。

 

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