Wizardry Variants Daphne ~ ナナシノユーコ 作:まつだあきら
目が覚めて、僧侶の恰好をした利発そうな女の子が私をのぞき込んでいた。
私はこの顔をよく知っている。
仰向けで横たわっていた私に手を差し出すフードを被った変な仮面の男。
男というより少年と言った背格好だ。
この変な仮面もよく見知っている。
彼の手に捕まり、左手で持っていた板を落とさないように起き上がりながら、私は混乱した頭の中を整理する。
「あなた、お名前は?」
僧侶の女の子が私に問いかける。
彼女はマリアンヌだ。
貪欲な女僧侶として知られていた冒険者。
そして、私がハマっているゲーム、ウィザードリィ・ヴァリアンツ・ダフネに登場するキャラクターのはずだ。
「マリアンヌ、さん、ですよね?」
「あらやだ、私そんなに有名なんですかぁ」
マリアンヌはケタケタ笑いながら言った。
「私は、七篠優子です」
「ナナシノユーコ? あー、語られるようなふたつ名を持たない「名もなき」っていうことですか? そんなこと、自分でいうことじゃあないですよお」
マリアンヌはあいかわらずケタケタ笑っている。
「あ、いえ」
「じゃあ、ユーコさんでいいのね。その格好は、私と同じ僧侶ね! よかったあ」
何が良かったのだろう。そんなことを思いながら記憶を整理した。
確か私は、よくわからないヒト型の敵との戦闘中に呪文か何かの攻撃を受けて、その瞬間胸に痛みを感じて意識が途切れたことを思い出す。
いや、そうじゃなくて昨日の夜遅くまでいつものようにタブレットでダフネをプレイしていて、そのまま寝落ちしたような? あれ、昨日はそうじゃなかったような?
あれ? あれれ? 昨日の記憶がふたつある。
昨日だけじゃない。記憶が二人分ある。
女僧侶、ユーコとしての記憶。
日本人、七篠優子としての記憶。
うーん。これは、いわゆる、ネット小説とかアニメとかで流行りの、異世界転生、みたいなものか?
私は頭を抱えた。たしかに、異世界転生とかちょっと面白そうとは思ってたけど!
でも、よりによって、よりにもよって、ダフネの世界とかちょっとハードモードな予感しかしないのですけれど!
ふつう異世界転生ものって、生前の知識やチート能力で俺ツエーして無双するのがふつうでしょ!
ダフネの世界で無双できるイメージなんか全然湧かないんですけど!
「コルさん、良さそうな人で良かったですね!」
「ああ」
マリアンヌは仮面の男ににっこり話しかけた。
ということは、彼がダフネの主人公、仮面の冒険者、デフォルトネーム通りならメメント・コルか。
「メメント、コル、さん?」
そう呼びかけたら、仮面の男は表情こそわからないもののぎょっとした様子だった。
「なんで、コルさんの名前を知ってるんですか、コルさんってそんなに有名だったんですか!」
驚くマリアンヌを無視して、私は辺りを見まわしてみた。
金髪碧眼で青いワンピースを着た、ふわふわと空中に浮かんでいる半透明の美しい少女と目が合った。
「ルル、ナーデ」
そう私がつぶやくと、少女は目を見開いて驚いた様子だった。
「驚いた。メメント・コル以外に私のことが見える人間がいるなんて」
マジか。
私にルルナーデが見えるなんて。
「えぇ? コルさんのイマジナリーフレンドのルルナーデさん、ほんとに居るんですか!」
いるんですよ、マリアンヌさん、あなたの目の前に、悪霊が。
「ああ、ルルナーデも驚いている」
「やっぱり、マリアンヌさんにはメメント・コルさんがぶつぶつ、見えない誰かに向かって独り言言ってるようにしか見えないんですよね」
「そーなんですよー! もうみんな慣れましたけど。でも、ルルナーデがそう言ってるってコルさんが言うことはたいてい当たってるんで、本当にいるのかもとは思ってましたけど!」
仮面の男、メメント・コルは固まってる。
想定外のことで面食らっているのだろうか。
ルルナーデはそんな私たちを少し高いところから観察するように見ている。
「なんで、ルルナーデのことを知っているんだ。そもそもなんで君に見えるんだ」
仮面の男はぼそりとつぶやいた。
そりゃそうだ。
自分にしか見えない幽霊。
そこにいると言っても誰も信じてくれない幽霊。
それを初対面の人間が知っているのだ。
うーん、どう説明すればいいのか。
私にとってここはゲームの世界で、とか言っても理解できないよなぁ。
そもそも前提となる知識が違いすぎる。
何か例えるような表現で説明しないと。
私は手に持っていた板に気が付いた。
よく見ればそれはいつもダフネをプレイしているタブレット。
画面には、ダフネのゲーム画面が表示されている。
ちょうど私たちがいる廃屋の画面だった。
あ、いいこと思いついた。
私はタブレットを大事そうに抱えて、少し芝居がかった言い方で話し始めた。
「実は私、神様から死んでいた間にお告げをいただいたみたいなのです。冒険のさなか、成し遂げるべきことを成し遂げぬまま死んだ私に、来るべき十大異形に立ち向かう仮面の冒険者とその仲間たちの手助けをしろと。そしてこの神のお告げが示されるタブレットを授かったのです」
そういってタブレットの画面を見せた。
メメント・コルとマリアンヌが画面をのぞき込み、その上からルルナーデが見下ろしている。
そこには廃屋を背景にゆらゆらとルルナーデが浮かんでいる画面が表示されている。
「ル、ルルナーデ!」
「えぇぇえ! ルルナーデさんてこんな見た目なんですか! すっごい美人!」
「驚いた。この板で私の姿が見られるのか。興味深い」
三者三様で驚いている。
編成欄にはマリアンヌがいたので操作してみると「どうかされましたか」と言って画面の中にマリアンヌが現れた。
「ええ?! これ、私ですよね! どうしてこの板の中に私がいるんですか?!」
「この板、タブレットに、神様から必要な知識をこんな感じの動く絵と私にしか読めない文字でお告げをいただいているのです。これを使って仮面の冒険者たちを手助けせよと」
「すっごーい。神のお告げをもらう預言者なんて、名もなきどころか本当は伝説の冒険者なんじゃないですか?」
「いいえ。先ほども言いましたが、私は何も成し遂げることが出来ぬまま倒れた一冒険者、名もなき人間の女僧侶です。そんな私に神がなぜお告げをくださったのかわかりませんが、こうして蘇らせていただいた以上、お力になりましょう」
ここはロールプレイ、僧侶らしいロールプレイでいこう。
仮面の冒険者、メメント・コルは何か考え込むように黙っていた。
そしてルルナーデを見てから私を見て言った。
「わかった。助かる」
「面白いことになったようだね」
と言ったのはルルナーデ。私はルルナーデを見た。
「期待しているよ、ユーコ」
私の視線に気が付いたルルナーデはにんまり笑って言った。
その笑顔を見て、私は少し悪戯心を起こした。
「あなたの期待に応えられるよう頑張ります。伝説になった冒険者の一人、ルルナーデさん」
ルルナーデはぎょっとした顔で固まり、メメント・コルもぎょっとした様子で固まってから、すぐに笑い始めた。
「どうしたんですかコルさん? 何がおかしいんですか? 伝説になった冒険者?」
マリアンヌは首をかしげている。わからなくて当然だ。
伝説になった冒険者という自己紹介は、ルルナーデとメメント・コルがふたりきりの時に交わした会話で出てきた表現。
二人しか知らないはずの表現なのだ。
「私の事をどこまで知っているんだ。ユーコ」
ルルナーデは言った。
「さあ? 私にもわかりません。というか、ここはどこの廃屋ですか? それにどうしてマリアンヌさんも居るんですか?」
そう。手助けすると言っても彼らが今、ダフネの物語の中でどこまで進んでいるのかがわからなければ手助けしようがない。
まずは情報収集だ。