Wizardry Variants Daphne ~ ナナシノユーコ 作:まつだあきら
しばらくしてダニエルと上機嫌で興奮気味のマリアンヌが個室から出てきた。
「カルディアよりマナの消費少なくないですか、これ?」
「そうですな。わしは師匠に教えられた通りにしか使えませぬが、今教えられているカルディアより、マナの通し方や詠唱に師匠の工夫があるのやもしれませぬ」
そんなことを話しているのが聞こえる。
「ユーコさん。私もマカルディアを使えるようになりました!」
マリアンヌは私のそばまで来た。
「それはよかった」
私は座ったまま、マリアンヌを見上げる。
「ユーコさんのおかげですよ」
「そんなことないですよ。マリアンヌさんの日ごろの行いが認められただけです」
「そうですか、えへへ」
マリアンヌは嬉しそうに笑った。
「これも神のお導きです」
ダニエルも目を細めて嬉しそうだ。
「これでもっと探索で稼げるようになりますかね」
「きっと稼げますよ」と私。
「マリアンヌ殿は貪欲ですなあ」
ダニエルは、はっはっはと笑った。
「マリアンヌとダニエル、それとユーコ。ここにいたか」
不意に、仮面の冒険者メメント・コルに声を掛けられた。
「はい。何でしょう」
「王国騎士団の鉄靴が手に入った。これからまた奈落に潜る。ダニエルはまだ厳しいだろう?」
「はい。お気遣いありがとうございます。もう二、三日いただきたいですな」
「そうか。マリアンヌ、付き合ってもらえるか」
和やかだったマリアンヌの表情が固いものに変わる。
「はい。行けます。お金のために頑張ります」
「助かる。準備が出来次第、酒場に来てくれ」
「はい」
その返事を聞くと、メメント・コルはそそくさと他の仲間を探しに行った。
「呼び出しがかかっちゃったので、行きますね」
「マリアンヌさん」
「はい。何でしょう」
「メイスは前衛の時に、杖は後衛の時とディオスを使う時に持ち替えてください。他にもいろいろ伝えたいことはあるんですが、あと一点だけ」
「何でしょう」
「たぶん、今回の探索は順調に行くと思います。けれど順調に行き過ぎた場合か、その次の探索ぐらいで、仮面の冒険者と騎士団はまた取り返しのつかないミスをすることになると思います」
「そう、なんですか」
マリアンヌの表情が少し曇った。
「でも、その取り返しのつかないミスは取り返しがつきますから。もし仮面の冒険者が落ち込んだとしても、優しく見守って、励ましてあげてください。たぶんその時は、ルルナーデさんが行くべき場所に導いてくれると思います」
「取り返しが、つくんですね?」
「はい」
「わかりました。それを聞いて少し気が楽になりました。じゃあ、探索の準備に行きますね。宿の部屋はユーコさんが好きに使って下さい。神のご加護を」
「神のご加護を」
「神のご加護がありますよう」
三人で祝福しあって、マリアンヌは訓練室から出て行った。
「お告げ、ですかな?」
「はい。そう受け取っていただければ」
鉄靴が手に入ったということは、B3Fでヴェルナンが崩落に巻き込まれて死ぬことが回避できるということだ。
軽量な盾も多分入手して、すでに騎士団に渡しているだろう。
そうなると次に起こるイベントは、仮面の冒険者にとって転機となるエルモンの死亡だ。
一周目で一度経験していて対策したとしても、この物語の重要人物である王国騎士エルモンは二周目の途中でも死んでしまう。
このエルモンの死を経験しなければ、仮面の冒険者はカースド・ホイールに開放することができないのだ。
「前回は鉄靴が壊れていたせいでヴェルナン殿が亡くなり、次いでエルモン殿も亡くなったと伺っております。それが回避できないということですかな」
「そんなところです」
ダニエルは顎鬚をさすって考え事をしている。
「わしらは仮面の冒険者との付き合いで、彼が逆転の魔術とでもいうような不思議な力を持っていることも知っておりますが、それでも厳しいのですかな」
「ええ、こればかりは。人間は誰しも失敗を犯しますし、その失敗から学ぶことができる生き物です。仮面の冒険者はその逆転の魔術の力で、たぶん誰よりも困難な課題に立ち向かって失敗し、失敗を繰り返して克服し、未来へ進んでいく運命にあるのでしょう」
それは死んでもまたやり直し、繰り返しを強いられる道だ。
死んでしまえば終わり、ではないのだ。
「それも神のお導きですか」
「はい。お告げでは、この失敗で彼が新しい力に目覚めることができるそうです。蘇らせてもらった私にはせいぜい、その手助けをすることしかできません」
「神に与えられた試練では、どうしようもないですな」
ダニエルは、ふうむと言って顎鬚をいじるのをやめた。
「ところでユーコ殿はこの後どうされますかな」
「特に予定はないです」
正直、マリアンヌについていればなんとかなると思っていたけれど、彼女が探索の準備に行ってしまった以上、訓練室でこのまま典籍時計を読むか宿に戻るぐらいしかやることが思いつかない。
「では、マリアンヌ殿が廃屋にある売れる物とユーコ殿の僧籍登録について気にされておりましたので、僧籍登録を寺院で済ませてしまいましょう。時間が余れば、廃屋と道具屋にも寄りますかな」
「ええ。お願いします」
ダニエルからの提案を素直に受け入れる。
寺院ではシスター・クリステルがダニエルの姿を見て、体調はもう良いのかと少し心配そうに話した。
どうもダニエルは霊廟で死んだ際、逆転の右手での復活に失敗して寺院に運び込まれ、アニマの回復を待たずに蘇生を強行したために一旦灰になってしまったそうだ。
一日ほど置いてから再度復活の儀式を行ってロストは免れたものの、儀式を行ったシスタークリステルも心配するほどダニエルは弱っていたのだという。
ダニエルは、わしは頑丈なことが取柄ですからな、と笑って答えていたものの、まだメンタルが回復しきっていないことをタブレットで確認していた私は知っている。
私はシスタークリステルに挨拶して、ダニエルが新しく冒険者になった僧侶であると紹介してくれた。
さっそく書類をいくつか書かされたあと、シスタークリステルが私に簡単な儀式を施す。
私は死ぬ前にすでにこの儀式を済ませていたけれど、通常は僧籍登録を経てこの儀式を受けなければ、僧侶の呪文を使うことができないらしい。
そもそも、僧侶になるにはその素養があることが条件だ。
素養があるだけではダメで、この儀式を通じて神と契約することで、その力を授かることができる。
それがこの世界での神と人とのルールらしい。
この世界の私、七篠優子ではないもう一人のユーコは、鍛冶屋の娘に生まれたもののその素養があった。
それゆえ、火の神と鍛冶の神に仕える修行の一環として冒険者をしていたのだ。
儀式が終わってシスタークリステルが、ではこれで、と退席しようとしたところ、ダニエルが、孤児院へ?と尋ねる。
クリステルは、はいと短く答えてすたすたと歩きだし、ダニエルもそのあとに続く。
ああ、孤児院もあるんだっけ。
孤児院に着いてダニエルは中の様子を確認してからシスターに「少ないですが」といって寄付を渡していた。
「ユーコ殿。奈落が開いて以降、王都では親を失った子どもが増えておるそうです」
私は黙ってその話を聞いていた。
「わしは寺院に来るたびに孤児院の様子を見ておりますが、そのたびに孤児たちが増えているようです」
「そう、ですか」
「わしは旧市街には行ったことがありませぬが、そこにいる子どもたちより孤児院の子どもはマシ、という者もおります」
「はい」
「奈落と大異形、なんとかせねば、なりませぬな」
「はい。必ず」