Wizardry Variants Daphne ~ ナナシノユーコ 作:まつだあきら
その晩、私はマリアンヌと同じ部屋に泊まった。
マリアンヌが色々教えて欲しい、と言ったからだ。
とはいえマリアンヌは元気そうに見えていたけれどよほど疲れていたのか、身に付けていた装備品を外して「ちょっと横になりますね」と言ってベッドに横になったら、十秒もしないうちに寝息をたててしまった。
もらってきたお湯で身体も拭かずに。
私はマリアンヌに布団をかけた。
せっかくなので私は服をはだけさせて、お湯と布で自分の身体を拭き始める。
ゲームでもうすうす感じていたけれど、この世界でお湯はけっこう貴重なようだ。
現代日本では水は使い放題、お湯も蛇口をひねれば出てくるか、やかんやポットですぐに沸かせるものという感覚だけれど、ここでは水もお湯も、わざわざもらいに行かなければならないモノだ。
水道が整備されているわけでもないようだし、お湯を沸かすにしても燃料にかかる費用もあるのだろう。
日本でも江戸時代は、食事の煮炊きは日に一度だけで済ませて燃料を節約していたとか思い出した。
身体を拭きながら部屋の中を観察する。
いくつもの蝋燭で照らされた薄暗い部屋。
そう、ここは電気もない世界なのだ。
マリアンヌの荷物は少ない。たぶん倹約して最低限のモノしか持っていないのだろう。
明るくふるまっているけれど、お金を儲けるために彼女はけっこう無理をしているのかもしれない。
身体を拭き終わり少しさっぱりして、お風呂に入れるのはいつになるのだろうとか思いながら、私はタブレットをいじる。
ずっとダフネの画面だったけれど、ホーム画面に戻ってみていろいろ試したら、もともとのタブレットの機能もだいたい使えるようだった。
機内モードになっていてそれをオフにしても、さすがにネットは使えなかった。
けれどインストールしていたもろもろのアプリも入っていたし、ダフネをプレイしながらまとめていたゲームのデータや設定などのメモもしっかり入っていた。
バッテリーはどうなっているのだろうと設定を見てみたら、そこは変わっていて、どうやらバッテリーが減ったらマナを注入すればよいらしい。
注入の仕方の説明も書かれていて、端子部分に触れて念じるだけでいい。
試してみると、自分の身体から見えない何かが少し出ていく感覚がしてすぐにチャージできた。
ネットに繋がっていないせいか、バッテリーの持ち自体はいいように思う。
ネットに繋がらないのだからと機内モードに戻し、ダフネのアプリに戻る。
固いベッドに横になって、仲間のレベルやステータス、装備を確認する。
廃屋でピックアップした装備品を誰に使ってもらおうかとか考えていたら、私もいつの間にか寝落ちしていた。
翌朝、目が覚めたらマリアンヌが平謝りしてきた。
疲れているときはぐっすり寝た方がいいんですよ、と気にしていないことを告げた。
朝のお祈りをしてから私はマリアンヌに連れられて、ギルド酒場に朝食を摂りに行く。
宿屋とギルドはすぐ側なので、食事は宿屋と酒場、その他の飲食店を気分で使い分けているらしい。
朝食を摂りながらマリアンヌから、ガラクタから逆転した装備品の処分をこれからも手伝ってくれないかと提案を受けた。
そういったモノの処分は、お金に細かいからと基本的に彼女に任されているらしい。
「でも私だと武器とか全部ヴァルターさんに売っちゃうんで、もしかしたら使えるものまで売っちゃってたんじゃないかと思って」
マリアンヌの性格を考えると確かにそれはあるだろう。
自分が今使っているものが使えるなら古くても多少性能が劣っても使い続ける、新しく手に入ったモノが高く売れてお金になるならお金にする。
たぶん彼女はそういうタイプだ。
「いいですよ。私もまだ自分が戦力としてどれぐらいお役に立てるかわかりませんし、戦力としてじゃないところでお役に立てるならむしろ望むところです」
正直、私が迷宮で異形たちと戦って生き残っていける気がしないのだけれど。
「もう十分に戦力になってますよぉ。私が知らないこともいっぱい知ってますし」
「うふふ。そう言ってもらえるとうれしいです」
そんなやり取りをしてから、私たちはダニエルの部屋に行く。
彼はすでに法衣に着替えて待っていた。
法衣の彼と連れだって三人で廃屋へ向かい、ダニエルに合いそうな武器と防具を見せた。
彼は「これは良いですなあ」「これも良いですなあ」と上機嫌だった。
ダニエルが装備品の更新を終え、三人で運べるだけ処分するモノを道具屋に運んで買い取ってもらう。
元ガラクタの処分する装備品はまだまだたくさんある。
手押し台車や荷車か何かあれば運ぶのが楽なのだけれど、とか考えながら、次は冒険者ギルドへと向かう。
ギルドの訓練室に向かうと、時計が付いた変な本としか言いようがない典籍時計が私には渡され、マリアンヌとダニエルは個室に向かった。
マカルディアの継承をするのだろう。
典籍時計はどう使うのだろう?と思って、本なのだからとりあえず開いてみればいいか、と椅子に座って開いてみたら、不思議なことに自分ではない誰かの記憶や知識、経験が頭の中に入ってくるのを感じた。
もしかしてと思ってタブレットで自分のステータスを確認してみると、さっきまで0だった経験値が増えている。頁をめくると頭の中にまた経験が入ってくる感じがしたのでタブレットを確認すると、また経験値が増えている。
「すごい」
自然と感嘆の声が出てしまった。
なんて便利な。
そんな様子の私を、通りかかった髑髏の仮面を付けた冒険者が声をかけてきた。低いけれど女性の声だ。
「典籍時計か。お前がジャンの言っていた新入りの僧侶だな」
髑髏の仮面に一瞬ぎょっとしたけれど、ゲームで見慣れた姿だったのですぐにデボラだと分かった。
「ああ、デボラさん。初めまして。ユーコと申します」
私は立ち上がって挨拶する。
デボラは私のことをじっと見てから、側にいた立派な胸当てを身に付けた大柄な女性の獣人と肌の露出の多いいわゆるビキニアーマーを着た少し小柄な獣人女性と目を合わせた。
「ほんとうに俺の事も知っているのだな。ということは、こいつらのことも」
こいつらは、たぶんバルバラとクロエのことだろう。
「ええ。バルバラさんとクロエさんのことも存じております。初めまして」
「我は騎士バルバラ。これから世話になる」とバルバラ。
「あたしはクロエ。初めまして! テンセキドケイ、それおもしろいよねぇ。あたし字は読めないけど、なんかベンキョウした!っていうのかな? そういう気分になれる」
「ユーコです。初めまして。バルバラさん、クロエさん。これからよろしく」
「字なら我が教えるぞ」
「それはまた今度」
「その今度はいつになるかわからんぞ。すぐにでもバルバラに教えてもらえ」
「えー、めんどくさい」
「字が読めなくて困るのはお前だ」
「でも、読める人に読んでもらったらいいじゃん」
「読める奴がいつもおぬしのそばにいるとは限らんぞ」
「それは困る」
そんなやり取りをしている獣人たちが、なんだか微笑ましくて、ふふってなった。
「何かおかしいか」
デボラが言った。
「あ、いえ。おかしいというのではなく、みなさん仲が良いなあと」
「そう見えたか」
「はい。お気を悪くされたのなら謝ります」
「いや、それならいいんだ。邪魔したな」
「いえ。お話しできて良かったです。皆さんに神のご加護がありますよう」
「ああ、ありがとう」
「感謝する」
「ありがとね、ユーコ。またねー」
私は立ち上がって会釈をして見送った。
獣人女性のトリオが去ってからも、私は典籍時計のページをめくっては、これまでに経験したことのない、頭に直接知識や経験が入ってくる感覚を楽しんだ。
典籍時計自体は本なので字で書いてあるし、書いてある内容も読めるのだけれど、その内容が直接頭に入ってくるというのは面白い。
これはたぶんきっとそういう魔術、魔道具なのだろう。
学校の勉強もこんな感じだったら楽だったのに。