「……むっ?」
男は困惑の声を漏らしながら、冷たい石床から体を起こした。
自分は
ふと、水たまりに映った自分の姿が目に入った。その映し出された姿に男はギョッとした。
「……
男は叫びながらのた打ち回った。石壁に反響して男の悲鳴が響き渡る。
「いや、死んでない! 俺は生きている。こうして動いているわけだしな!」
と、よくわからない理屈で納得すると、男は木製の扉を開けて歩き出した。
「ふむ。ここは
独りだと独り言が増えるようで、男はブツブツと呟きながら歩を進めた。
そして数歩も進んだところで、男は気づいた。
「なにか聞こえる。これは……女の声? セイレーンか!?」
セイレーンとは美しい歌声で航海者を惑わし、遭難させる海の怪物である。なるほど、確かにこの声は美しい。
「ってここは海じゃねーし! 野郎! 正体暴いてやる!」
ちなみに歌っているわけではなく、静寂の中なのでことさらに響いているだけだ。そして、向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も届いているということである。
男は声の聞こえる方向に走り出した。途中で壁が動いたような気がしたが、お構いなしに男は走った。
その先にいたのは、蒼いドレスに身を包んだ金髪の少女だった。
「人の声がしたと思ったのに。屍人だ」
「誰が屍人や!」
「……厄介だな。自覚がないのか。うん? まって、屍人が言葉を話した?」
ゆらゆらと空中に浮遊する少女は、眉根を寄せて首を傾げた。彫りの深い凛とした顔立ち。少しくすんだ色合いの金髪。真っ白な肌に、吸い込まれるほどに美しい
男はその美しさに息を呑んだが、それをごまかすように咳払いをした。
「俺は、死んじゃいない。ちょっと心臓が止まってて、肉体が朽ちかけているだけだ」
「それを屍人というんだよ。それにしても、愉快な屍人だな。あなた、何者?」
「自分が何者かを知っている人間なんて誰もいないさ」
「そういう哲学を語りたいわけじゃないんだけど……それよりもあなた、私の姿が見えているようだね。私が誰か、わかる?」
問われて、男はジッと少女を見つめた。
「覚えてないな。キミのような美しい声は、一度聞いたら忘れないはずだが」
「……独特の感性をしているね。容姿じゃなくて、声を覚えるなんて。というか、それならなぜ私の顔をジッと見つめていたの?」
「顔じゃなくて唇を見つめていたんだ」
「よくわからない理屈だな」
少女はこめかみを押さえた。
「まあいいや。今だけは協力しよう」
「協力?」
「力を合わせて脱出しようってこと」
この幽霊じみた少女がどれほどの役に立つのかはわからないが、話し相手にくらいはなるだろうと男は思った。
「わかったよ。ひとりぼっちは寂しいもんな」
「曲解しないでくれる? それとも自分のこと?」
茶化すように言って、少女はふわりと宙返りした。
「私たちは今、閉じ込められている。道を塞ぐ
「言われてみれば、そんなものがあったような……」
「あれは忌々しい大異形の呪いだ。このフロアには、呪いを退ける守護像があったはず。それを探してきて」
「えっ、俺が行くの?」
ずいぶんと他力本願な娘だ。そう思いながらも、男は道なりに進んだ。
そして、少し進んだ辺りで、粉々に砕けた石像の残骸を見つけた。
「魔除けの守護像が砕けてる。このままじゃ出られない。修復できる?」
「おいおいお嬢さん、俺が
「……一応、訊いてみただけ。期待はしていなかったよ」
「おっと、失望するのは早いぜ。見てな、お嬢さん」
少女を押しのけるように前に出た男は、石像の残骸に向けて右手をかざした。
掌から魔力の光が溢れ、まるで時が逆行したかのように残骸は石像に戻った。
その瞬間、行く手を塞いでいた茨が音を立てて崩れ始めた。
「……面白い魔術だな。初めて見た」
「いやぁ、ホントにできるとは思わなかった」
「……
「ふっ、俺の手にかかればこんなものよ」
「今さら恰好つけても遅いよ」
呆れたように、少女はため息を落とした。
「で、その魔術はどんな原理で発動しているの?」
「目押しは得意なんだ」
「まじめに答える気はなさそうだね……いや、そうか。あなた自身も理解していないのか」
「見透かすのはやめてくれないかな」
実際、なんとなくできるような気がして使ってみただけで、詳しい原理などは知らなかった。
「そういえば、あなた名前は?」
「実は、記憶がないんだ」
「そうなんだ。あなたの場合は記憶だったのね」
「あなたの場合は? キミの場合はなんだったんだ?」
「呼ぶのに不便だな。なんて呼べばいい?」
男の質問を無視して、少女は話を続けた。
「キミの場合はなんだったんだ?」
「……あなた、モテないでしょ?」
「し、失敬だなキミは! むしろモテモテで困ってたくらい……」
「さっき記憶がないって言ってたよね」
ふたりの間に風が通り抜けた。
「なんて呼べばいい?」
「……キミが決めてくれ」
うなだれながら、男は言った。
「そうだな。じゃあ……「ムク」なんてどう?
「安直だな。却下」
「じゃあ……「ドワスレイ」はどうかな。覚えてないわけだし」
「またしても安直だな。次の名前に期待します」
「……じゃあ……「ワデホド」がいいかな。あまりない響きでしょ」
「珍しいから良いものとは限らない」
「……人の提案を却下しすぎだよ。ずいぶんと傲慢な男だな。決めた。あなたの名前は「ゴウマンダー」だよ。却下はなしね」
「なんやてっ!?」
男が驚きの声を上げる。少女は少し苛立っているようだった。
「決めた! 俺の名前はメメント・コル!」
「はいはい。行くよ、ゴウマンダー」
「メメント・コル!」
「わかったわかった。じゃあ次は私が名乗ろうか。私の名前は……」
「まて! 今度は俺がキミの名前を付ける番だ!」
メメント・コルの言葉に、少女は眉をひそめた。
「……私は名前を忘れているわけじゃない」
「いのりちゃんでどうかな?」
「イノリ? 私は神に祈るような敬虔な信徒じゃない。私はルルナーデ。伝説になった冒険者のひとりだよ」
「伝説って?」
「それはまあ、おいおい話してあげる。今は脱出することだけを考えよう」
そう言って、ルルナーデはふわりと浮き上がった。
しばらく迷宮を進んでいくと、広めの部屋に出た。そのところどころにガラクタのようなものが見える。
「ガラクタ部屋か。誰かが捨てると、みんなが捨てるようになる。……ねぇ、あなたの魔術、使えるんじゃない?」
ルルナーデがガラクタに視線を向けたまま、そう呟いた。
「ふむ。やってみよう」
ガラクタに右手を向けて、魔術を発動させる。
するとガラクタは、剣、盾、鎧に姿を変えた。
「幸運だ。すぐに装備しておくといい。いつ何に襲われるかわからないからね」
「うむ。武器や防具は持っているだけじゃ意味がない。ちゃんと装備しないとな!」
「当たり前のことをわざわざ言わなくていいよ。さっさとやる」
「はい」
言われて、メメント・コルはその武具を身に付けた。
「どうだ? 似合うか?」
「ボロがボロ着てるって感じだ」
ルルナーデは辛辣に言い放った。確かに復元された武具はお世辞にも上等とはいえず、どの武具も使い古された物だった。
「こっちにもあるよ」
「……へいへい」
メメント・コルは続けて魔術を発動させた。
「手袋か。いいものを見つけたね。ただれた手が隠れる」
「せやな」
「うん。フードをかぶれば、ひと目では屍人だと思われることはなさそうだ」
ルルナーデは満足そうに頷いた。
「うん? ねぇ、あれ見て」
「なんだ? うぇ、骸骨じゃん!」
視線の先には、古い遺骸があった。
「あなたも似たようなものでしょ。あれにも使ってみてよ」
「え? 骸骨に俺のギャラクティカファントムウルトラスーパーアサルトマグナムアルティメットハイパーライトハンドを使うのか?」
「そう……今なんて言った?」
ルルナーデは目を見開いてメメント・コルを見つめた。
「ギャラクティカファントムウルトラスーパーアサルトマグナムアルティメットハイパーライトハンド」
「あの魔術のことだと思うけど、シンプルに長い」
「そうかな?」
「あの魔術を発動する度に、あなたはギャラクティカファントムウルトラハイパーアサルトマグナムスーパーライトハンドと叫ぶつもり?」
「やぶさかではない」
「いま微妙に間違えてみたんだけど、気づいてないみたいだね」
「キミは意地が悪いな」
「あなたは頭が悪いみたいだけどね」
「口も悪い!」
憤慨するように、メメント・コルは叫んだ。
「あの魔術、修復というよりは逆行という感じだった。逆転の右手でいいでしょ」
「キミはいつもシンプルだな」
「わかりやすい方がいい。早くやって……いや、今は急いだ方がいいか。とりあえずしまっておこう」
「へいへい」
言われた通り、メメント・コルは道具袋に古い遺骸をしまった。
そして出口に向かって歩みを進めると、一匹のゴブリンが通路を塞ぐように立ち止まっていた。
こちらに気づいたゴブリンが笑みを浮かべながら向かってくる。
「笑止! 小鬼如き、俺の敵ではない!」
「戦意高いな。まあ、がんばって」
メメント・コルは片手剣を振りかぶって突撃した。稲妻のような連撃が繰り出される。しかしゴブリンはそれを嘲笑うようにスッとかわした。
「あれ? うおっ!?」
反撃の短剣を辛うじて盾で受ける。その衝撃は想像していたよりも軽く、転倒することはなかった。
「所詮は非力な小鬼よ! 死ぬがよい!」
「ギャッ!!」
首筋から鮮血が舞い、ゴブリンは倒れた。
「ふんっ、ザコがよ! 終わってみれば楽勝だったな」
「危なかっしいな。弱いなら無理に戦わなくてもいいよ」
「いのりちゃんは口が悪いな」
「私はルルナーデだ」
ルルナーデはメメント・コルを見下ろしながら、ゆらりゆらりと中空を舞った。
その瞬間、魂さえ凍てつかせるような咆哮がふたりの耳朶を震わせた。
「まずい。大異形が追手を放ったみたいだ」
「バカ野郎おまえ俺は勝つぞおまえ!」
「その意気は買うけどね。ゴブリン程度に苦戦しているあなたでは、到底無理な相手だよ」
「そうかな……そうかも……」
「急ごう」
ゴブリンの屍を踏み越えて、メメント・コルは走り出した。その先からわずかに光が漏れてくるのを感じる。
出口が近い。
「私は、奈落の外に出られない。奈落に呪われているんだ。でもあなたと一緒なら、外に出られるかもしれない。あなたは、私を見ることができたから」
「せやな」
「……軽いな。深刻になったのがバカらしく思えてきたよ。まあ試してみればわかることだけどね」
ルルナーデはため息をひとつ落とした後、外の光に視線を向けた。
「もし……外に出た時に、私がいなかったら……」
「大丈夫。うまく行くさ」
「……不覚だよ。一瞬、あなたが格好良く見えた」
「俺はいつだってカッコイイ、だろ?」
メメント・コルは決め顔でそう言った。それが彼なりの気遣いであることに、ルルナーデは気づいた。
「ふふっ、まあ、そういうことにしておいてあげるよ。うん、行こう」
ふたりは地上に向けて歩き出した。
メメント・コル。
主人公。ボケ担当。
たぶん変な電波を受信している。
ちなみに、原作でも選択肢次第で割とコミカルになる。
ルルナーデ。
ヒロイン。ツッコミ担当。
顔と声とスタイルは良いが、口が悪い。
元冒険者で、主人公の「逆転の右手」に興味を示して考察などをしているので、たぶん魔術師。
でもキービジュアルで剣を抱いているので戦士かもしれない。