ちょっとだけ愉快な仮面の冒険者   作:乾燥海藻類

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第01話 「奈落からの脱出」

「……むっ?」

 

男は困惑の声を漏らしながら、冷たい石床から体を起こした。

自分は上級悪魔(グレーターデーモン)に殺されたはず。だがその記憶はどうにも曖昧だった。

ふと、水たまりに映った自分の姿が目に入った。その映し出された姿に男はギョッとした。

 

「……屍人(しびと)? 屍人だとぉっ!? やはり俺は殺されたのか!?」

 

男は叫びながらのた打ち回った。石壁に反響して男の悲鳴が響き渡る。

 

「いや、死んでない! 俺は生きている。こうして動いているわけだしな!」

 

と、よくわからない理屈で納得すると、男は木製の扉を開けて歩き出した。

 

「ふむ。ここは迷宮(ダンジョン)か? うーん、思い出せんな。なんで俺はこんなところにいるんだ?」

 

独りだと独り言が増えるようで、男はブツブツと呟きながら歩を進めた。

そして数歩も進んだところで、男は気づいた。

 

「なにか聞こえる。これは……女の声? セイレーンか!?」

 

セイレーンとは美しい歌声で航海者を惑わし、遭難させる海の怪物である。なるほど、確かにこの声は美しい。

 

「ってここは海じゃねーし! 野郎! 正体暴いてやる!」

 

ちなみに歌っているわけではなく、静寂の中なのでことさらに響いているだけだ。そして、向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も届いているということである。

男は声の聞こえる方向に走り出した。途中で壁が動いたような気がしたが、お構いなしに男は走った。

その先にいたのは、蒼いドレスに身を包んだ金髪の少女だった。

 

「人の声がしたと思ったのに。屍人だ」

「誰が屍人や!」

「……厄介だな。自覚がないのか。うん? まって、屍人が言葉を話した?」

 

ゆらゆらと空中に浮遊する少女は、眉根を寄せて首を傾げた。彫りの深い凛とした顔立ち。少しくすんだ色合いの金髪。真っ白な肌に、吸い込まれるほどに美しい翠眼(すいがん)

男はその美しさに息を呑んだが、それをごまかすように咳払いをした。

 

「俺は、死んじゃいない。ちょっと心臓が止まってて、肉体が朽ちかけているだけだ」

「それを屍人というんだよ。それにしても、愉快な屍人だな。あなた、何者?」

「自分が何者かを知っている人間なんて誰もいないさ」

「そういう哲学を語りたいわけじゃないんだけど……それよりもあなた、私の姿が見えているようだね。私が誰か、わかる?」

 

問われて、男はジッと少女を見つめた。

 

「覚えてないな。キミのような美しい声は、一度聞いたら忘れないはずだが」

「……独特の感性をしているね。容姿じゃなくて、声を覚えるなんて。というか、それならなぜ私の顔をジッと見つめていたの?」

「顔じゃなくて唇を見つめていたんだ」

「よくわからない理屈だな」

 

少女はこめかみを押さえた。

 

「まあいいや。今だけは協力しよう」

「協力?」

「力を合わせて脱出しようってこと」

 

この幽霊じみた少女がどれほどの役に立つのかはわからないが、話し相手にくらいはなるだろうと男は思った。

 

「わかったよ。ひとりぼっちは寂しいもんな」

「曲解しないでくれる? それとも自分のこと?」

 

茶化すように言って、少女はふわりと宙返りした。

 

「私たちは今、閉じ込められている。道を塞ぐ(いばら)の呪いを見たでしょ?」

「言われてみれば、そんなものがあったような……」

「あれは忌々しい大異形の呪いだ。このフロアには、呪いを退ける守護像があったはず。それを探してきて」

「えっ、俺が行くの?」

 

ずいぶんと他力本願な娘だ。そう思いながらも、男は道なりに進んだ。

そして、少し進んだ辺りで、粉々に砕けた石像の残骸を見つけた。

 

「魔除けの守護像が砕けてる。このままじゃ出られない。修復できる?」

「おいおいお嬢さん、俺が石工(いしく)に見えるってのかい?」

「……一応、訊いてみただけ。期待はしていなかったよ」

「おっと、失望するのは早いぜ。見てな、お嬢さん」

 

少女を押しのけるように前に出た男は、石像の残骸に向けて右手をかざした。

掌から魔力の光が溢れ、まるで時が逆行したかのように残骸は石像に戻った。

その瞬間、行く手を塞いでいた茨が音を立てて崩れ始めた。

 

「……面白い魔術だな。初めて見た」

「いやぁ、ホントにできるとは思わなかった」

「……()まらない男だな」

「ふっ、俺の手にかかればこんなものよ」

「今さら恰好つけても遅いよ」

 

呆れたように、少女はため息を落とした。

 

「で、その魔術はどんな原理で発動しているの?」

「目押しは得意なんだ」

「まじめに答える気はなさそうだね……いや、そうか。あなた自身も理解していないのか」

「見透かすのはやめてくれないかな」

 

実際、なんとなくできるような気がして使ってみただけで、詳しい原理などは知らなかった。

 

「そういえば、あなた名前は?」

「実は、記憶がないんだ」

「そうなんだ。あなたの場合は記憶だったのね」

「あなたの場合は? キミの場合はなんだったんだ?」

「呼ぶのに不便だな。なんて呼べばいい?」

 

男の質問を無視して、少女は話を続けた。

 

「キミの場合はなんだったんだ?」

「……あなた、モテないでしょ?」

「し、失敬だなキミは! むしろモテモテで困ってたくらい……」

「さっき記憶がないって言ってたよね」

 

ふたりの間に風が通り抜けた。

 

「なんて呼べばいい?」

「……キミが決めてくれ」

 

うなだれながら、男は言った。

 

「そうだな。じゃあ……「ムク」なんてどう? (むくろ)みたいだし」

「安直だな。却下」

「じゃあ……「ドワスレイ」はどうかな。覚えてないわけだし」

「またしても安直だな。次の名前に期待します」

「……じゃあ……「ワデホド」がいいかな。あまりない響きでしょ」

「珍しいから良いものとは限らない」

「……人の提案を却下しすぎだよ。ずいぶんと傲慢な男だな。決めた。あなたの名前は「ゴウマンダー」だよ。却下はなしね」

「なんやてっ!?」

 

男が驚きの声を上げる。少女は少し苛立っているようだった。

 

「決めた! 俺の名前はメメント・コル!」

「はいはい。行くよ、ゴウマンダー」

「メメント・コル!」

「わかったわかった。じゃあ次は私が名乗ろうか。私の名前は……」

「まて! 今度は俺がキミの名前を付ける番だ!」

 

メメント・コルの言葉に、少女は眉をひそめた。

 

「……私は名前を忘れているわけじゃない」

「いのりちゃんでどうかな?」

「イノリ? 私は神に祈るような敬虔な信徒じゃない。私はルルナーデ。伝説になった冒険者のひとりだよ」

「伝説って?」

「それはまあ、おいおい話してあげる。今は脱出することだけを考えよう」

 

そう言って、ルルナーデはふわりと浮き上がった。

しばらく迷宮を進んでいくと、広めの部屋に出た。そのところどころにガラクタのようなものが見える。

 

「ガラクタ部屋か。誰かが捨てると、みんなが捨てるようになる。……ねぇ、あなたの魔術、使えるんじゃない?」

 

ルルナーデがガラクタに視線を向けたまま、そう呟いた。

 

「ふむ。やってみよう」

 

ガラクタに右手を向けて、魔術を発動させる。

するとガラクタは、剣、盾、鎧に姿を変えた。

 

「幸運だ。すぐに装備しておくといい。いつ何に襲われるかわからないからね」

「うむ。武器や防具は持っているだけじゃ意味がない。ちゃんと装備しないとな!」

「当たり前のことをわざわざ言わなくていいよ。さっさとやる」

「はい」

 

言われて、メメント・コルはその武具を身に付けた。

 

「どうだ? 似合うか?」

「ボロがボロ着てるって感じだ」

 

ルルナーデは辛辣に言い放った。確かに復元された武具はお世辞にも上等とはいえず、どの武具も使い古された物だった。

 

「こっちにもあるよ」

「……へいへい」

 

メメント・コルは続けて魔術を発動させた。

 

「手袋か。いいものを見つけたね。ただれた手が隠れる」

「せやな」

「うん。フードをかぶれば、ひと目では屍人だと思われることはなさそうだ」

 

ルルナーデは満足そうに頷いた。

 

「うん? ねぇ、あれ見て」

「なんだ? うぇ、骸骨じゃん!」

 

視線の先には、古い遺骸があった。

 

「あなたも似たようなものでしょ。あれにも使ってみてよ」

「え? 骸骨に俺のギャラクティカファントムウルトラスーパーアサルトマグナムアルティメットハイパーライトハンドを使うのか?」

「そう……今なんて言った?」

 

ルルナーデは目を見開いてメメント・コルを見つめた。

 

「ギャラクティカファントムウルトラスーパーアサルトマグナムアルティメットハイパーライトハンド」

「あの魔術のことだと思うけど、シンプルに長い」

「そうかな?」

「あの魔術を発動する度に、あなたはギャラクティカファントムウルトラハイパーアサルトマグナムスーパーライトハンドと叫ぶつもり?」

「やぶさかではない」

「いま微妙に間違えてみたんだけど、気づいてないみたいだね」

「キミは意地が悪いな」

「あなたは頭が悪いみたいだけどね」

「口も悪い!」

 

憤慨するように、メメント・コルは叫んだ。

 

「あの魔術、修復というよりは逆行という感じだった。逆転の右手でいいでしょ」

「キミはいつもシンプルだな」

「わかりやすい方がいい。早くやって……いや、今は急いだ方がいいか。とりあえずしまっておこう」

「へいへい」

 

言われた通り、メメント・コルは道具袋に古い遺骸をしまった。

そして出口に向かって歩みを進めると、一匹のゴブリンが通路を塞ぐように立ち止まっていた。

こちらに気づいたゴブリンが笑みを浮かべながら向かってくる。

 

「笑止! 小鬼如き、俺の敵ではない!」

「戦意高いな。まあ、がんばって」

 

メメント・コルは片手剣を振りかぶって突撃した。稲妻のような連撃が繰り出される。しかしゴブリンはそれを嘲笑うようにスッとかわした。

 

「あれ? うおっ!?」

 

反撃の短剣を辛うじて盾で受ける。その衝撃は想像していたよりも軽く、転倒することはなかった。

 

「所詮は非力な小鬼よ! 死ぬがよい!」

「ギャッ!!」

 

首筋から鮮血が舞い、ゴブリンは倒れた。

 

「ふんっ、ザコがよ! 終わってみれば楽勝だったな」

「危なかっしいな。弱いなら無理に戦わなくてもいいよ」

「いのりちゃんは口が悪いな」

「私はルルナーデだ」

 

ルルナーデはメメント・コルを見下ろしながら、ゆらりゆらりと中空を舞った。

その瞬間、魂さえ凍てつかせるような咆哮がふたりの耳朶を震わせた。

 

「まずい。大異形が追手を放ったみたいだ」

「バカ野郎おまえ俺は勝つぞおまえ!」

「その意気は買うけどね。ゴブリン程度に苦戦しているあなたでは、到底無理な相手だよ」

「そうかな……そうかも……」

「急ごう」

 

ゴブリンの屍を踏み越えて、メメント・コルは走り出した。その先からわずかに光が漏れてくるのを感じる。

出口が近い。

 

「私は、奈落の外に出られない。奈落に呪われているんだ。でもあなたと一緒なら、外に出られるかもしれない。あなたは、私を見ることができたから」

「せやな」

「……軽いな。深刻になったのがバカらしく思えてきたよ。まあ試してみればわかることだけどね」

 

ルルナーデはため息をひとつ落とした後、外の光に視線を向けた。

 

「もし……外に出た時に、私がいなかったら……」

「大丈夫。うまく行くさ」

「……不覚だよ。一瞬、あなたが格好良く見えた」

「俺はいつだってカッコイイ、だろ?」

 

メメント・コルは決め顔でそう言った。それが彼なりの気遣いであることに、ルルナーデは気づいた。

 

「ふふっ、まあ、そういうことにしておいてあげるよ。うん、行こう」

 

ふたりは地上に向けて歩き出した。

 

 

 





メメント・コル。
主人公。ボケ担当。
たぶん変な電波を受信している。
ちなみに、原作でも選択肢次第で割とコミカルになる。



ルルナーデ。
ヒロイン。ツッコミ担当。
顔と声とスタイルは良いが、口が悪い。
元冒険者で、主人公の「逆転の右手」に興味を示して考察などをしているので、たぶん魔術師。
でもキービジュアルで剣を抱いているので戦士かもしれない。
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