それは、大陸を
かつて大陸に怪物が闊歩した、混沌の時代。
ひとりの魔人が世界を支配した。
「死」を愛した魔人は人や動物を食いつくし、森や畑を枯れ果てさせ、不毛の地を広げた。
人々は種族を越えて手を結び、生き残りをかけて魔人に立ち向かった。
1000の夜を越え、人々はついに魔人を追い詰めた。
しかし、「不死」の魔人を殺すことは叶わず、奈落の奥底に封印した。
地上は平和を取り戻したかに見えた。
しかし、平穏は長くは続かなかった。
奈落の王と成った魔人は、封印がほころぶ100年目ごとに、十大異形を地上へ差し向ける。
彼らの行く先には瘴気が立ち込め、太陽は色を無くし、川は異臭を放つ。
いくつもの街は一夜にして食らいつくされた。
100年ごとに人々は大きな犠牲を出しながら、大異形を奈落に追い返し、新しい封印を施した。
つかの間の平和に、人々は安堵する。
しかし、奈落の王は決して滅びはしない。
今また、奈落が開く……。
「青い」
奈落を出ても、ルルナーデは消滅しなかった。彼女は感慨深そうに蒼穹を見上げている。
「空って、こんなに眩しかったっけ……」
「キミという太陽に比べれば、この程度の輝きは
「…………」
「無言はやめてくれる?」
「……行こうか。向こうに街が見える」
ルルナーデは嘆息しながら、ふわりと浮き上がった。
「ここから私たちの冒険が始まるんだね」
「あじまる! あじまる!」
「テンション高いな。まあ気持ちはわからなくもないけど。ああ、そうだ。確かあなた、ギルド証を持っていたよね」
「目ざといな」
古い遺骸をしまう時に目に入ったのだろう。メメント・コルは荷物袋の中からギルド証を取り出した。
「ギルド証には名前が刻んであるはずだけど、すり減ってて読めないな」
「読めるなら最初に名乗ってたさ」
「どうかな。あなた記憶がないんでしょ? ならこれを持ってることも忘れてたと思うよ」
ルルナーデは懐疑的な視線を向けた。
なんとなく居心地が悪くなったメメント・コルは、さらに荷物袋を探った。
「こんなものもあった」
「短刀か。紋章がついてる。貴族なのかな? いや、それはないか」
「秒で否定するのはやめてくれないか!」
「だってあなた、貴族っぽくないし。盗品の可能性の方が高いよ」
「人の物を盗むのは良くないって、おばあちゃんが言っていた」
「おばあちゃんがいるの?」
「たぶんな」
ルルナーデは何度目かわからないため息を落とした。
「他に何かないの?」
「そういえば……」
メメント・コルは胸のあたりに埋まっているナニカをルルナーデに見せた。
「これは……なに?」
「俺が訊きたいよ」
「あなたの体の一部みたいになってる。心臓の代替物? 魔術の核? なんにせよ、気味が悪いね」
「言い方!」
メメント・コルは非難がましく声を荒げた。
「私がこういう性格だってことは、そろそろわかってきたでしょ。ほら、行くよ」
ルルナーデが飛んだ方向には城の屋根が見えた。
そして、今まで気づかなかったが、その方向にたむろしていた男たちがいた。こちらに気づいた男たちが近づいてくる。
男たちはメメント・コルを囲むように立ちふさがった。
「おまえ、奈落から出てきた冒険者だな」
「ぷぷっ、見ろよルルちゃん。こいつら3人とも道化みたいな仮面つけてるぜ」
「あなたが言えた義理じゃないでしょ。あとルルちゃんはやめて」
「ああ? ふざけやがって! 持ち物全部置いていけ! 全部だ!」
リーダーらしき仮面の男は、剣を突きつけながら怒鳴った。
「道化じゃなくて追い剥ぎか。オラァン!」
「ぐぁっ!?」
メメント・コルは神速の勢いで剣を抜くと、仮面の男を斬り伏せた。
「先制攻撃か、やるね」
「これで2対2だな」
「私を勘定に入れるのはやめてね。私の声はあなたにしか聞こえてないし、姿はあなたにしか見えていない。物理的に干渉することも不可能だから」
「そういえばキミは幽霊だったな」
「そういうこと。離れた場所で見守っててあげるよ」
そう言い残して、ルルナーデは上昇して行った。
「独りでブツブツと……イカレ野郎め」
「兄貴はやられちまったが、それでも2対1だ。やるぞ!」
「ふはははっ、残念だったな。だんだんと体の動かし方を思い出してきたところだ」
メメント・コルは流麗な動きで、あっという間にふたりの荒くれ者を仕留めた。
「ふんっ、十年早いんだよ! ふむ。この仮面は使えそうだな」
リーダーの仮面を拾うと、メメント・コルは辺りを見回した。
「ルルナーデ、ちゃんと俺の雄姿を見てくれてた……あれ? おーいルルナーデ? ルルちゃん? いのりちゃん? ルルカスゥ!!」
大声で呼んでみるも、反応はない。メメント・コルは目を細めて周囲を注意深く探った。そこで、高台にルルナーデがいることに気づいた。
手を振って呼んでみるも、彼女は呆けたように浮かんでいるだけだった。
「しょうがないにゃあ」
メメント・コルは遺跡の階段を登り、ルルナーデに近づいていった。
ある程度まで距離が縮まると、ルルナーデは初めてこちらに気づいたように目を丸くした。
「あなた、いつの間にここに? さっきのやつらは?」
「あいつらならそこで寝てるよ」
メメント・コルが指さした場所には、3人の男が倒れていた。
「どうやら意識が飛んでいたみたいだ。……そこに立っていて。試したいことがある」
ルルナーデがゆっくりと遠ざかっていく。そしてある程度離れた後、こちらに戻ってきた。
「あなたから離れすぎると、意識が保てなくなるみたいだ。あなたの認識範囲が、私の安全な場所ってことか」
「そうか。なら俺の
「……あなたのことだから、深い意味はないんだろうけどね。まあ、そうするよ」
呆れたように言って、ルルナーデはくるりと舞った。
「ところで、こいつを見てくれ。どう思う?」
メメント・コルはフードを外し、手に持っていた仮面をかぶった。
「似合うか?」
「うん。屍人には見えないね。ただの変な仮面を着けた男だ」
「え? それ褒めてる?」
「さあ、街へ行こう」
ルルナーデは楽しそうに飛び上がった。
◇
街は騒然としていた。
人々の視線は、広場の中央に設置されている断頭台に集まっている。
「えぇ? いきなり大イベントじゃん」
「処刑は庶民の娯楽のひとつだからね。良い趣味とは言えないけれど。罪人は、魔術師みたいだね」
断頭台では、赤いローブに身を包んだ老婆が手枷をはめられて命乞いをしていた。
しかしその正面にいる貴族らしき男は、一顧だにしない。
黙れとばかりに、老婆の口にくつわが付けられた。老婆は絶望の表情を浮かべた。
貴族が罪状を読み上げる。
「この魔女は、我らが王を奈落で先導し、見失った。その結果、この国は奈落を封印できず、危機に瀕している。国への叛逆、王への不忠、その罪はあまりに重い!」
「ホントかなぁ?」
「貴族は自分たちの都合の良いように事実を捻じ曲げるからね。まあ、私たちに真相はわからないけど」
貴族が手を挙げると、刑吏が頷いた。ギロチンの刃が落ち、老婆の細首が切断された。
周囲から小さな悲鳴が漏れる。
「これより、騎士団長と王女より通達がある。心して聞くように」
「淡々としてるなぁ」
「むしろここからが本題だろうね」
体格の良い騎士がひとり、壇上に上がり、演説を始めた。
「親愛なる国民たちよ。我が声を聞け」
それは、よく通る声だった。
「話の温度差で風邪ひきそう」
「ちゃんと聞いておいた方がいいよ」
演説の内容は、要するに騎士団に随行する冒険者を募集するということだった。
「これって騎士団ではどうにもならないと公表しているようなものじゃないのか?」
「そういうことは思っていても口にしない方がいいよ」
続けて、王女が言葉を発するようだ。騎士は腕を大きく上げ、王城のバルコニーを指し示した。
バルコニーの硝子扉がゆっくりと開き、付き添い人の聖職者と公爵に左右の手を引かれ、王女が姿を現した。
「なんかあの王女さま、キミに似てないか?」
「そう? 髪色くらいしか似てないと思うけど」
「ところで後ろのふたり、悪党面だと思わない?」
「そういうことは思っていても口にしない方がいいよ。まあ同意はするけどね」
ルルナーデはくすりと笑い、バルコニーに視線を戻した。
一歩進み出た王女は、ためらいがちに民衆を見渡している。
民衆は沈黙して、王女の言葉を待った。
「こういう雰囲気は苦手だな」
「黙って」
「はい」
王女が口を開く。
「親愛なる国民たちよ。どうかあなた達の力を貸してください。王を取り戻した者には、思いのままの褒美を与えます」
「わぁ、すごい棒読み」
「黙って」
「はい」
メメント・コルが感じたように、王女の言葉には感情がこもっていなかった。おそらくは、台本通りに読んでいるだけで、言葉の内容などわかっていないのだろう。
話を聞くに、王家には奈落を封印する力があるが、王がいないことでその力の継承ができていないようだ。なので王を奪還する必要があると王女は語った。
「一刻も早く、王を取り戻すのです!」
王女の演説は終わった。民衆がまばらな拍手を送る。王女は疲れた表情で息を吐くと、城の中に消えた。
「確かにあなたが感じたように、あれは言わされているだけのようだね。あの王女様、たぶん相当の世間知らずだよ」
ルルナーデは王女に厳しい言葉を投げた。王女の姿が見えなくなると、民衆は口々に話し始めた。
「奈落へ行けって? 死にに行くようなものじゃないか」
「騎士団も頼りにならんな」
「何が王女だ。王がいなけりゃ何もできない小娘じゃないか」
「いやいや、提督と教皇が付き従っていたじゃないか」
「ふん、どれだけ力を持っていようと、王がいなければ奈落を封じる手立てがない」
騒ぎ立てる民衆の言葉に耳を傾けていると、どうやら騎士団は一度失敗したようだ。だから冒険者を集めている。
「王がいなくて情勢が不安定のようだね。私たちもギルドへ向かおう」
「そうだな」
メメント・コルは冒険者ギルドへ向かった。
「伝説が生まれる場所、ギルド酒場へようこそ!」
扉を開けると、元気な女性が出迎えてくれた。
薄暗い店内には、酒と燻製の匂いが漂っている。
「うほっ、いい女!」
「ふふっ、ありがと。私はアルナ。冒険者ギルドの受付係。みんなは酒場の看板娘って言うけどね」
「なるほど。看板に偽りなしだな」
メメント・コルはうんうんと頷いた。ルルナーデが冷たい視線を向けていることには気づいていないようだ。
「今日はどんな要件で来たの?」
メメント・コルはギルド証を取り出し、アルナに手渡した。
「すごいね。年代物だ。ずいぶん擦り切れているけど、等級は……無等級か。まだひよっこなのに貫禄あるね」
「それほどでもない」
「ちなみに、どこから来たの?」
「
「あはははっ、あんた面白いこと言うね!」
アルナは豪快に笑いながら、メメント・コルの腕をバシバシと叩いた。
「ノリのいい
少し納得したように、ルルナーデは顎に指を当てた。
「何か案内は必要?」
「そうだな……」
メメント・コルはルルナーデと相談しながら、気になることを訊いた。奈落について、王女ブルグリットについて、宿屋について、廃屋について。
「依頼を受けるなら明日の方がいいよ。依頼が一番揃っているのは午前中だからね。新しいギルド証も明日渡すよ。じゃあ、また明日」
アルナに別れを告げて、メメント・コルはギルドを後にした。
「宿屋に行く前に、廃屋に行ってみよう。奈落で拾ってきた遺骸に、あなたの魔術を試してよ」
「そうだな。ま、ものは試しだ」
ふたりは廃屋に向かった。そこに人の気配は感じられなかった。
「アルナの言っていたように、誰も近づかないみたいだね。さあ、やってみて」
ルルナーデはどこか楽しそうだった。メメント・コルは荷物袋から古い遺骸を取り出し、床に置いた。
そして右手をかざして、少し考えこんだ後、右手を遺骸から離した。
「どうしたの?」
「やっぱりやめておこう」
「なぜ? 上手くいけば、奈落を探索する仲間になってくれるかもしれないのに」
「仲間はいらない。人間強度が下がるから」
「……どういう意味?」
怪訝そうに、ルルナーデは問いかけた。
「奈落は恐ろしい場所だ。仲間を人質に取られてしまうかもしれない。仲間を思って判断を誤ってしまうかもしれない。仲間をかばって、命を落としてしまうかもしれない」
「利害関係だけの仲間を作るという方法もあるけど、そういうのは脆いし、いざという時に役に立たないからね。うーん、あなたの言うこともわからないではないけど……まあいいか。ここはあなたの意見を尊重してあげるよ」
「ありがとう、ルルナーデ」
「それに考えてみれば、
「キミは一言多いな」
メメント・コルは軽く肩をすくめた後、宿屋へ向かった。
◇
「そんなわけで俺たちは宿屋にやってきたのだ」
「誰に言ってるの?」
「おっ、開いてんじゃーん」
「そりゃ開いてるでしょ」
ドアを開けて中に入ると、恰幅の良い女主人が出迎えた。
「いらっしゃい」
「一番良い部屋を頼む」
「一番良い部屋はロイヤルスイート、一泊5000Gだけど大丈夫かい?」
「……普通の部屋を頼む」
「はいよ。階段を登って左、ふたつ目の部屋を使っておくれ。ドアに柊の葉がさしてある部屋だよ」
「私は少し情報を集めてくるよ。現代の冒険者について、知っておきたいからね」
ふわりと浮き上がったルルナーデは、天井を通り抜けて消えて行った。
女主人から鍵を受け取り、部屋へと向かう。
部屋へと入った途端、眠気が襲ってきた。
「こんな体でも眠くなるんだな」
メメント・コルはベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。
イベントを全部拾っていくと冗長になるので、適度にカットしていきます。