ちょっとだけ愉快な仮面の冒険者   作:乾燥海藻類

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第04話 「異形との戦い」

「このかび臭さ、懐かしいな。つい昨日のことのようだ」

「ようっていうか、本当に昨日のことだけどね」

「黙って進め」

 

アルバーノに促され、メメント・コルは歩みを進めた。

重みを感じるような瘴気の中、騎士団は奈落を進んでいく。

さすがに精強な騎士団だけあってか、ゴブリン程度に遅れは取っていないようだ。

 

少し進んだあたりで、騎士団は歩みを止めた。その部屋には、多数の小箱が並んでいた。

メメント・コルが小箱のふたを取ると、中には濡れたような赤黒い物体が詰まっていた。

ルルナーデが中を覗き込む。

 

「なんだろう、これ?」

「これは……香辛料の香りか?」

「ほう、おぬし鼻が良いの。これはセージとオルガノの香りじゃ」

 

横からひょいと覗き込んできたエルモンが鼻をひくひくさせながら言った。

 

「ソーセージを作る時に使うのじゃが……」

「ということはひき肉か。骨よりは新鮮だろうね。あなたの力、試してみようよ」

「マジで言ってる?」

 

ルルナーデの提案に、メメント・コルは眉をひそめた。

この世界において「死」は絶対ではない。運が良く、精神力(メンタル)があり、幾ばくかの金銭があれば、死から復活することはある。

そして、死からの復活に失敗して「灰」になっても、灰から復活することもある。それを考えれば、ルルナーデの言うように、このひき肉のような状態からでも復活することは、確かに不可能ではないのかもしれない。

 

「なんじゃ、わしの知識を疑っておるのか? 失礼なやつじゃの」

「なんの肉かは考えたくねぇなぁ」

 

隣りのヴェルナンも苦渋の表情を浮かべている。

 

「ああそうか。万が一上手くいったら、問題になるかもね。こんな状態からの蘇生は寺院の司祭でも難しい。最悪の場合、あなたは異端者として処刑される。いや、貴族に幽閉されて、一生檻の中で魔術を強要されるかもね」

「どちらも御免こうむる」

「確かにの。人の肉でも魔物の肉でも、お断りじゃ」

 

小箱を無視して、騎士団は進む。

しばらくして、風の通り道のような一本道に出た。

その入り口辺りには、ドクロで作られた装飾品のようなものが見える。それを見たヴェルナンが、何かを思い出したように呟いた。

 

「ゴブリン……じゃねぇかな。田舎でゴブリン退治に行った時、似たようなものを見たことがある。近くに大きな巣があるかもしれねぇぞ」

「ふむ。では警戒して進もう」

 

ディランハルトは騎士たちに一層の警戒を促し、見通しの良い一本道を進んだ。

 

「ずいぶんと上を警戒しているようだけど、このあたりに強敵の気配はないよ。あの追手も、今はいないみたいだね」

「たった一日で、奈落の雰囲気もずいぶんと変わったものだ」

 

メメント・コルは上級悪魔(グレーターデーモン)に襲われたことを思い出していた。あれは夢だったのか。事実だとして、いつの記憶なのか。

このメメント・コルという名前も、ふと脳裏に浮かんできただけで、本当の名前である確信はない。

一本道を抜けてしばらく進んだ先の部屋で、ルルナーデがふわりと横手に()れた。

 

「これは……壊れているけど、力の痕跡がある」

 

そこには石の破片が散乱していた。

 

「おい、そこで何をしている」

「アルベルト、これが何だかわかるか?」

「私の名はアルバーノだ! 二度と間違えるな。なんだ? ハーケンの(ほこら)の残骸じゃないか。冒険者ならハーケンくらい知っているな?」

「当たり前だ」

 

と言った後、メメント・コルは小声でルルナーデにハーケンの祠が何かを質問した。

 

「まったくあなたは……。旅の神ハーケンを祀った祠だよ。ハーケンの祠は万人に加護を与える。だからこそ教会には異端の神として扱われている」

「神同士仲良くすればいいのにな」

「利いた風な口をきくな。冒険者ふぜいが!」

 

気に障ったのか、アルバーノは声を荒げた。

 

「ハーケンのザイルには空間を飛び越える力がある。街へ一足飛びに戻ったり、別の祠に移動することもできる。この祠は砕けているけど、まだ神の気配がある。たぶん、あなたの魔術で復活できるんじゃないかな」

「やってみよう」

 

メメント・コルは祠の残骸に手をかざし、魔術を発動した。

石の破片が空中に浮かびあがり、引力を持ったようにくっついていく。修復されたハーケンは神秘的な光を放ち始めた。

 

「私の勘も捨てたものじゃないでしょ?」

 

ルルナーデは猫のような笑みを浮かべ、グッと胸を張った。

 

「どうしたメメント・コル。また独り言か? うん? それは、ハーケンの祠か。こんな重大なものを、前回は見落としていたとは……不覚だ。いや、むしろ今回の探索には加護があるということか。君のおかげで見つけられた。感謝する」

「それほどでもない」

 

ディランハルトは一度帰還するか悩んだが、まだ消耗も少ないため、進むことを決めた。

そしてしばらく進んだ先の石壁に、血で書かれた文字を見つけた。

 

『奈落の王にすべてを捧げよ』

 

ディランハルトは眉間にしわを作った。

 

「以前にこんなものはなかった。一体、何者が残したのだろうか」

「奈落が開くと、奈落を崇拝するやつらが出てくる。毎度のことじゃ」

「さすが歳の功。よくご存じですね」

「いよっ、歴史の生き証人。生き字引。博識ですなぁ、アグモン殿は」

 

ディランハルトは笑みを浮かべながらエルモンを称えた。それにメメント・コルも続く。

 

「やめんかおぬしまで。あと、わしの名前はエルモンじゃ!」

「悪魔崇拝や終末思想のようなものだね。厄介な連中……」

 

ルルナーデは途中で言葉を止めて、壁の一点を見つめた。

 

「どうした?」

「何かいたと思ったんだけど、気のせいかな」

「どうしたもこうしたもないわ! ほれ、さっさと行くぞ!」

「ええ、進みましょうか。行くぞ、おまえたち!」

 

エルモンに促され、ディランハルトは号令をかけた。

一行は奈落を進んでいく。その途中には不気味な装飾やら祭壇やらが散見された。

 

「待って、そこに何かあるよ」

 

ルルナーデがメメント・コルの視界を横切って、床の隅を指差した。そこには看板のようなものがあった。

 

「この村の名前、見覚えがある気がする」

「奈落はしばしば地上を呑み込む。崩落に巻き込まれた建物がこうして残るのじゃろう」

 

ヴェルナンの呟きに、エルモンが答えた。

 

「この文字は……大体300~400年くらい前のものかの。地上で消え失せた記録も、奈落には残っておるのかもしれん」

「歴史家や考古学者が喜びそうだな」

「……おぬし、冒険者らしからぬ視点を持っておるの。少し見直したぞ」

 

エルモンは感心したようにメメント・コルを見上げた。

 

「じゃが古いものに価値があるとは限らんさの」

「そんな! コロモン殿には十分な価値がありますよ!」

「……今わしを古いもの扱いしたか? あと、わしの名前はエルモンじゃと言っとろうが! 次に間違えたら承知せんぞ!」

 

エルモンは拳を振り上げて怒りを示した。

 

「ふたりともその辺にしておけ。何か……臭うぞ」

 

ヴェルナンが手を横に伸ばし、警戒を促す。

 

「……なんじゃこの臭いは。ひどく生臭い。獣の口の臭いのような……」

「総員、警戒しつつ前進!」

 

ディランハルトの指示で、騎士団はゆっくりと前進を始めた。

 

「――ッ!? 何か蹴った!? 罠か!?」

 

ヴェルナンは瞬時に身構えた後、足元を確認し、ホッと息をついた。

 

「違った。ガラクタが落ちていただけか」

「ガラクタか。いや、違う。これは……」

 

ヴェルナンの足元を確認したディランハルトは、ハッと目を見開いた。

 

「これは……我が騎士団の紋章だ。つまり、これは……前回ここで倒れた仲間の……」

「しっ、なにか聞こえる」

 

ヴェルナンがディランハルトの言葉を遮る。メメント・コルはわずかに聞こえる物音の方に視線を向けた。

そこには、得体のしれない化け物の姿があった。

 

「気をつけて、あれは奈落の異形だよ」

「……異形?」

「そう、奈落の住人」

「さすがに詳しいな、メメント・コル。そう、あれは奈落に住む大異形の眷属。我らの、倒すべき敵! 稲妻の陣形を取れ! 速やかに殲滅する!」

 

ディランハルトが指示を出し、騎士団が動き始める。

 

「さすが騎士団。動きが洗練されてるね。異形の一匹くらい、問題にもならなさそうだ」

 

高みの見物を決め込んだルルナーデが率直な感想を述べた。彼女の言う通り、戦闘は極めて短時間で終わった。

異形にとどめを刺したディランハルトが(きびす)を返すと、瀕死状態の異形が静かに起き上った。そして最期の力を振り絞り、ディランハルトに向かって酸を吐いた。

 

「危ない! 団長殿!」

 

そこにエルモンが割って入る。エルモンは異形が吐いた酸を切り捨て、再び異形にとどめを刺した。

 

「……くっ!」

「レディ! どこか怪我を!?」

「足に、少し当たったようじゃ。やれやれ、団長殿もまだまだじゃのう」

「すまない、気がはやった」

 

申し訳なさそうに、ディランハルトは頭を下げた。

 

「異形は殲滅しなければならない。それが、手向けでもある」

 

決意を表明し、一行はその先にある階段に向かった。

そしていざ下りようとした時、鳴き声のような音が聞こえた。

 

「何の声だ?」

「人……じゃあねぇよな。こんな場所であんな声を出す人間がいるわけがない」

 

ヴェルナンは警戒しながら階段を下りた。

 

「……いるぞ。この先だ」

「臭いもきつくなってきたの。鼻が曲がりそうじゃ」

 

通路を塞ぐように立ちふさがっているのは、先ほどの異形を巨大にしたような異形だった。

 

「……激戦になりそうだな。一体は君に任せてもいいか?」

「おう、任されて」

「頼む。アルバーノとふたりでは厳しいか。エルモンとヴェルナンも付けよう。4人で当たってくれ」

「良いのか団長殿?」

 

エルモンが不安そうに問いかけた。

 

「こちらは数で押し込む。問題ない」

「なら、良いがの」

「よし、少し様子を探るぞ」

 

一行は静かに歩を進めた。

 

「この匂い……セージとオルガノじゃ」

 

右の異形は、肉片を丁寧にこね、箱に詰めている。

左の異形は、自宅の壁に絵を飾るように、人の首を壁にかけている。

 

「あの箱は、奈落に入ってすぐの通路にあったものか?」

「あれはこいつらが作ったのか!? 本当に肉をこねておる! うえええ……キモいんじゃあ!」

 

エルモンは心底嫌そうに、端正な顔を歪めた、

 

「あの首は、アンジェロ、キース、それに、エミリアン。騎士の遺体をもてあそぶとは……許さん! 突撃!」

 

号令一下、騎士団が突き進む。

 

「チィ! 俺たちも行くぞ!」

 

ヴェルナンの合図で、メメント・コルたちも飛び出した。

激戦が始まる。

 

 

 

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