「ヴェルナンがいなくなって、隊の雰囲気が暗くなったね。元々明るいわけでもなかったけど」
地下3階、崩落地帯の先にこれといった罠は設置されていなかった。広間に残されていた"命の井戸"の残骸を修復し、一行はそこでキャンプをすることにした。
「キャンプは好きなんだ。またできるなんて思わなかった。騎士団が生き残っているから賑やかだ。懐かしいよ。彼らはすぐに全滅するかと思っていたけれど、案外やるもんだ」
「キャンプが好きなのか」
「冒険の中で得られる、約束された至福の時間でしょ?」
「詩的な言い回しだな」
「いや、メンバーによるかな」
「俺では不満かい?」
「いい加減にしろ! その独り言! 気味が悪いんだよ!」
悲鳴のような声を上げたのはアルバーノだった。
「おいおいアルフレッド、ヒステリックな男は嫌われるぜ?」
「身分のある人間には退けない時があるのだ。おまえみたいな底辺冒険者にはわからないだろうがな!」
「退いたっていいじゃないか、人間だもの。幸せはいつだって自分の心が決めるものさ」
「わかったような口を利くな! 冒険者ふぜいが!」
「なんじゃ? 楽しそうではないか。若者はこうでなくてはな」
笑みを浮かべながらも、エルモンの視線は冷ややかだった。
「どうした? 続けるが良いぞ、アルバーノ」
アルバーノは舌打ちをしてその場を去った。
「すまぬな。普段は礼儀正しい男なのじゃが」
「猫をかぶっているだけじゃないのかな? 奈落は人の本性を暴くからね」
「猫をかぶっているだけじゃないのかな? 奈落は人の本性を暴くからね」
「ぬぅ、そう言われると言葉もないが……」
「私の言葉をそのまま使うのはやめてくれないかな」
「すいません」
「いや、おぬしが謝ることではない。まあ、今日はおとなしく眠ろう。まだ先は長いからの」
そう言って、エルモンはその場を離れた。
「エルモンも少しは持ち直したみたいだね。いや、空元気かな、あれは」
立場上、いつまでもヴェルナンの喪失を引きずるわけにはいかないのだろう。
翌朝、準備を整えた一行は、その足を地下4階へと運んだ。
階段を下りて少し進んだところで、一行は何かの声を聞いて足を止めた。騎士たちは用心深く周囲を見回している。
「ねぇ、あそこ。壁に亀裂が入ってる。中を覗けそうだ」
ルルナーデの指示に従い、亀裂から中を覗く。その先の壁には、騎士がツタのようなもので捕らえられていた。
メメント・コルはディランハルトに声をかけた。
中を覗いたディランハルトの目が大きく見開かれる。
「あれはまさか……先遣隊の生き残りか!?」
騎士たちも次々と亀裂の先を確認した。
「団長殿、救出に向かおう」
「無論だ。これより生存者の救出に向かう!」
壁伝いに迂回し、部屋の扉に辿り着く。意を決して中に突入する。
「罠かもしれない。全員で近づくのは危険だ」
「俺の出番か?」
メメント・コルがずいっと前に出た。しかしディランハルトはふるふると首を横に振った。
「申し出はありがたいが、確認は先遣隊のメンバーを知る者がいい。私が行こう」
「何を言うとるのじゃ。おぬしは図体がでかくて目立つ。ここは、わしの出番じゃろう。また監視されとるかもしれんからの。こちらも隠密に動くべきじゃ」
「確かにサンモン殿は身軽ですからね。ちゃちゃっと頼んますよ」
「任せておけ。あと、わしの名前はエルモンじゃ!」
エルモンはメメント・コルの脚を軽く蹴っ飛ばした。
「まったく、年長者を敬わんか」
「お待ちください。エルモン殿のお手間を煩わせるほどの作業ではありません。私たち遊撃部隊が引き受けましょう」
「むむ、どうするのじゃ? 団長殿」
「……よし、遊撃部隊に確認を任せる」
「了解しました!」
ディランハルトは遊撃部隊に指示を出した。
とその時、捕らわれた騎士の様子を見に行っていたルルナーデが帰ってきた。
「あの騎士は死んでいる。ツタを使って生きているように見せかけているだけだ。狡猾な罠だよ」
「……ふむ。団長殿!」
メメント・コルはディランハルトを呼び寄せ、ルルナーデから聞いたことを告げた。
しかし、ディランハルトは懐疑的だった。
「なぜ君にそれがわかる?」
「そう囁くのさ、俺の
「私を自分の所有物みたいに言うのはやめてほしいな」
俺の、という部分が、ルルナーデには気に入らなかったようだ。
「冒険者としての直感のようなものか。だが死が確定していない以上、見過ごすわけにはいかん」
「団長、準備完了しました!」
「うむ。では、作戦を開始しろ」
準備を整えた遊撃部隊が、捕らわれた騎士に近づいていく。
「これは……!」
遊撃部隊は剣を抜き、騎士を拘束していたツタを切り払う。しかし、ツタが捕えていたのは騎士の上半身のみだった。ルルナーデの言ったように、ツタを操作して生きているように見せていただけだったのだ。
「彼の言った通りか。せめて遺体だけでも……!」
その声に反応したのか、ツタが大きく動いた。
「いかん! 戻れ!」
ツタが素早い動きで遊撃部隊の急所を貫いた。ツタは床に倒れて動けない彼らの遺体を絡め取ろうとしている。さらに捕らえられていた騎士が、異形の姿へと変わった。
「くっ! 我に続け!」
ディランハルトが剣を抜き、異形へと突撃した。騎士たちもそれに続く。
ディランハルトの怒りは凄まじく、あっという間に異形を斬り伏せた。
「一刻も早く王をお救いしなければ……。でなければ、なぜ彼らが命を散らしたのか、わからないではないか」
決意も新たに、一行は探索を続ける。
地下4階の探索もあらかた終わったところで、再び捕らわれた騎士を発見した。
「私の名はディランハルト・アウエンレオーネ! そこの者よ! 生きているならば返事をしろ!」
「んんー! んんんーー!!」
捕らわれた騎士からくぐもった声が聞こえてきた。
「信じられない。先遣隊の生き残りが……よく生きていてくれた」
「また罠なんじゃないかな」
「……君の懸念もわかる。だが、見過ごすわけにはいかない」
「うむ。救出に向かうぞ」
ディランハルトとエルモンは意気揚々と進みだした。
「あなたが以前に言っていた、仲間を作ると人間強度が下がるという言葉、少し理解できた気がするよ」
「キシダンノケッソクハスバラシイナ」
「そんな棒読みで言わなくてもいいよ」
道は細い一本道。大勢で救出に向かうのは危険と判断したディランハルトは、エルモンに救出を託し、他のメンバーはサポートに回ることになった。
エルモンは軽快な動きで一本道を進み、騎士のもとへと辿り着いた。
「いま助けてやるぞ」
エルモンが剣を振るい、騎士を捕えていたツタが切断された。と同時に奥の壁が崩れ、3体の異形が出現した。異形たちがエルモンと捕らわれていた騎士に襲い掛かる。
「……ぐっ!」
エルモンは異形の攻撃を剣で受けたものの、大きく体勢を崩して床に倒れた。
「エルモン様!」
「くっ、動け! わしの足よ!」
異形たちは一斉にエルモンと捕らわれていた騎士に襲いかかった。
「やめろーーーー!!」
ディランハルトが飛び出していく。
「私たちも行こう」
「おうさ」
それにメメント・コルと騎士たちも続いた。怒りに身を焦がしながらもディランハルトの指示は的確で、3体の異形は難なく討伐された。
「団長……無念です。私は、使命を果たせなかった」
「モーリス! しっかりしろ!」
捕らわれた騎士の名はモーリスというらしい。
「ちょっと、こっちに来て」
ルルナーデに呼ばれて、メメント・コルは見るも無残な姿になったエルモンの横に膝をついた。
「彼女、反応していたのに、足が思うように動いていなかった。ふくらはぎを見て。大きく肉がえぐれてる。たぶん、最初に遭った異形にやられたんだ。こんな傷を隠していたのか」
「ふむ」
「みんなの意識はあの騎士に向いている。ここでエルモンを失うのは痛い」
「遺体だけに?」
ルルナーデが冷たい視線を向ける。
「早くやって」
「はい」
エルモンの遺体に右手をかざし、魔術を発動した。しかし、エルモンの命が戻ることはなかった。
「なん……だと……?」
これにはメメント・コル自身も困惑した。
「なぜ……? あなたの右手はミイラ化した古い遺骨だって戻せたのに……。新しすぎるから? でもあの騎士は、死んだ直後でも蘇った。あの騎士が良くて、エルモンがダメな理由はなに?」
少し考えこんだあと、ルルナーデは諦めたように嘆息した。
「……今ある情報だけで判断しきるのは難しそうだ」
「レディ・エルモン! ……ダメだったか」
モーリスを看取ったディランハルトが無念そうにエルモンの遺体を抱き上げた。
「ブルグリット王女になんと申し上げればよいのだ。……しかし、我らは立ち止まるわけにはいかない! みなの者! 我らは必ずや王を奪還する!」
『おおぉーー!!』
騎士団の残りは少ない。それでも戦意は衰えていないようだった。