「地下3階ではヴェルナンと防御部隊が、地下4階ではエルモンと遊撃部隊が喪われた。こんな調子で王の救出なんてできるのかな?」
ルルナーデは一行を見下ろしながらぼそりと呟いた。
「あんなに一緒だったのに……」
「さすがのあなたも落ち込んでいるみたいだね。そういえば、うさぎが増えてきたのに気づいてる? 気をつけた方がいいよ。あいつらに隙を見せると、一瞬で殺られるからね」
「ふんっ、あの程度のうさぎ、すべて返り討ちにしてやるぺこ!」
「ぺこ? まあ調子が戻ってきたようでよかったよ」
一行は地下5階へと足を踏み入れた。
階段を下りた先では、複数の冒険者の遺体が転がっていた。
「同士討ちか。これだから下等な人間は」
吐き捨てるようにアルバーノが呟く。
「これはなんだろう?」
遺体の間に転がっている奇妙な形の石を拾い上げ、ディランハルトは疑問の声を漏らした。
「あれは奈落の遺物だね。あれをめぐって争ったというところかな。ここはもう、奈落の瘴気が強い。意識を強く持たないと、奈落に魅入られるよ」
「奈落の遺物とは?」
「奈落で生まれる石のことだよ。知らないの?」
「もちろん知っている。だがキミの美しい声で説明を聞きたいな」
ルルナーデはジト目でメメント・コルを見つめた。
「まあいいや。魔術の材料にもなるし、香りがしたり、幻を見せたり、単純に造形が面白いこともあって、好事家たちの間で高値で取引されてる」
「お宝を独り占めしたくて殺し合ったのか、醜いな」
「庶民は存在も知らないと思うけど、貴族や魔術師なら誰でも知ってるんじゃないかな」
「誰が庶民や!」
「あなた記憶がないんでしょ?」
「確かにそうだ。俺は貴族か王族だったのかもしれない。この短刀がその証だ」
「はいはい」
「君はこれが何か知っているのか?」
ディランハルトが問いかけてくる。メメント・コルは奈落の遺物について説明した。
「なるほどな。存在するだけで争いの種になる。これも奈落の呪いか。持ち帰り、教会に処分をお願いしよう」
ディランハルトは奈落の遺物を懐にしまい、前へ進み始めた。
「ん? ちょっとまて。アルバーノが異物をくすねていたよな。あれは金目当てってことか?」
「……どうだろうね」
ルルナーデは曖昧に答えた。
少し進んだ辺りで、通常の異形とは色の違う異形が現れた。異形はじっとこちらを見ている。
「色違い異形か。価値があるのかな?」
「異形に価値を求めないでよね」
「色違いか。これまでの異形より手強いかもしれん。警戒しろ!」
しかしその異形は、メメント・コルの一撃によって倒れた。
「むっ、他の異形よりも弱い? それとも君の技量か?」
「もちろん俺の……」
「本当のことを言った方がいいよ」
「技量だと言いたいが、手応えがなかったな」
「ふむ。新兵の訓練にちょうど良いかもしれないな」
「団長、異形が何かを落としたようです」
アルバーノが花のようなものを拾い上げ、ディランハルトに見せた。
「これも奈落の遺物……か?」
「とても良い匂いがする」
「匂い……?」
「これは……母が用意してくれた香り袋の匂いだ」
「アルバーノ……?」
ディランハルトは怪訝そうにアルバーノを見つめている。
「その、アルバーノ。体はなんともないのか?」
「いえ、ありますよ団長。元気が湧いてくるようです。こんな恵みが、奈落にもあるのですね」
「……そうか。ならばそれは、君が持っていてくれ」
取り上げるのはよくないと感じたのか、ディランハルトはそれをアルバーノに任せることにした。
「アルバーノの顔色がよくなってる。よくない傾向だ。気をつけて」
「よいのかよくないのか、どっちだ?」
「顔色がよいのがよくない傾向だって言ったでしょ」
「……なるほど。最高にハイってやつか」
メメント・コルは肩をゴキリと鳴らした。
探索を続ける。
進んだ先の広間に多数の遺体が散らばっていた。
「食い散らかされている。ここの主は行儀が悪いようだ」
「アソビマ……ショ……」
物陰から現れたのは、上半身が女性、下半身が大サソリの異形だった。
「上半身だけなら100点」
「言ってる場合? 来るよ」
「人語を解する魔物か。来るぞ!」
ディランハルトが剣を抜き、右に走る。メメント・コルは瞬時にディランハルトの思惑を察して、左に走った。
巨大なサソリの尾をかわし、ハサミに一撃を叩き込む。血とも体液ともわからぬ青い液体が噴き出した。
「キヤアアァァッ!!」
サソリ女が悲鳴を上げる。
「その剣、よく切れるみたいだね」
「そのようだ」
地下5階の宝箱から入手した「そよ風の剣」は、サソリ女に有効のようだ。
風が渦巻いている。サソリ女の生み出した風が吹き抜けた。
サソリの尾がピンと逆立ち、メメント・コルに狙いを定めている。
「力を溜めているみたいだ。攻撃の瞬間を見逃さないで」
「ああ」
爛々と輝く紫の瞳が、メメント・コルを見た。
「来るよ!」
高速の尾撃を、メメント・コルは身をかがめてかわした。そのまま床を滑るように距離を詰め、風の刃を叩き込む。
「グギャアッ!!」
「沈め!」
跳躍したディランハルトの一撃が、サソリ女の胴体に深々と突き刺さった。
「コンニ……チ……ワ……?」
巨体が力を失い、音を立てて倒れた。それでもなお、サソリ女は何事が呟いていた。
「人間をエサとする魔物は言葉を使うことがある。でもその言葉に意味なんてないよ。獲物を油断させるための生存戦略なのだろう」
「確かに、自分たちと同じ言葉を使う相手とは、戦いにくいかもな」
「狡猾な魔物だ。先に進むぞ」
ディランハルトは剣に付着した体液を振り払い、先へ続く扉へと視線を向けた。
◇
扉の先の階段を下りる。地下6階は、これまでとは変わった階層だった。
空は開けているが、地上が見えるわけではない。空には巨岩が浮いている。
「この空は一体……。果てが見えないが、どうなっているのだろうか。わかるのは、この場所が人の世と隔たれているということだけだな」
ディランハルトは目を細めて空を眺めている。
「私もこの景色は初めて見る。奈落は時折、姿を変える。奈落の王の気分だとも言われているよ。深部に行くほど、その影響は大きいのかもしれないね」
「つまり、最下層が近いということか」
「……むっ。確かに、君の言う通りかもしれないな。気を引き締めて行こう」
地下6階層の魔物は、それまでとは違っていた。不死族が多いのだ。
「不死族には魔力の核がある。お腹の辺りに見えるでしょ。そこを狙って。魔術師か僧侶がいれば、少しは楽なんだけどね」
「ないものねだりをしても仕方ないさ」
立ちはだかる不死族を退け、転移の
「やれやれ、ずいぶんと趣向を凝らした階層だったね」
ルルナーデは辟易したように呟いた。
「骸骨どもは厄介だったが、強敵と呼べるほどの魔物はいなかったな。進もう」
階段を下りる。
次は地下7階。
奈落は混沌とした世界へと変貌しつつあった。