地下7階を中ほどまで進んだ辺りで、イヴェール王の外套を見つけた。
「間違いない。我らは王に近づいている」
ディランハルトは振り返り、仲間を見渡した。
「勇敢なる騎士たちよ。よくぞここまで生き延びた。大異形との決戦は近い。覚悟を決めろ!」
「もちろんです。王を救わねば、死んでいった仲間に顔向けできません」
アルバーノの返答に、ディランハルトは満足そうに頷いた。
その後、ディランハルトは騎士ひとり一人に言葉を投げかけている。
「アルバーノの様子がおかしい」
アルバーノは壁に向かって何かを呟いているようだ。ルルナーデはふわりと浮き上がると、アルバーノの隣りに移動した。そしてしばらくすると、眉をしかめながら戻ってきた。
「死にたくない死にたくないと、うわ言みたいに呟いてたよ。そんなに死にたくないなら、帰ればいいのにね」
「貴族だからな。庶民にはわからない苦労や悩みがあるんだろう」
「根に持ってるの? 面倒くさい男だな、あなたも」
「キミほどではない」
「私が面倒くさい女であることは認めるけどね」
「認めるのか?」
「自己分析くらいはできるよ」
そう言って、ルルナーデは肩をすくめた。
「ヒッ!」
小さな悲鳴が聞こえ、メメント・コルは声の方向に視線を向けた。どうやらアルバーノが瓦礫を踏んで転倒したようだ。近くの騎士が駆け寄り、容体を確認している。
「これは、骨を痛めているかもしれませんね」
「立つことも難しいのならば、大異形と対峙するのは難しいだろう。近くにハーケンがあったな。そこから帰そう。誰か付き添って――」
「ふざけるな!」
ディランハルトが近くの騎士に指示を出そうとしたところ、アルバーノが大声でそれを遮った。
「ここまで来て手ぶらで帰れるか! オレは絶対、王様を救った英雄になるんだ! こんな手柄、二度と手にする機会はない!」
「アルバーノ……。しかしその傷では無理だ。強大な大異形に立ち向かうのだ。無駄に命を散らしてほしくない」
「先遣隊の命を無駄に散らしたあんたが言うな!」
「……っ!」
「アルバーノ! 口がすぎるぞ!」
騎士団員が止めに入る。だがアルバーノはその団員を殴り飛ばし、すっくと立ちあがった。
「どいつもこいつも! オレに偉そうに指図をするな! 何が貴族だ! クソみたいな爵位のせいで序列を押し付けられる! 自分より強いやつに搾取されるのはもううんざりだ!」
「庶民から搾取しているのが貴族なんじゃないのか?」
「すべての貴族がそうとは限らないけど、茶化すような雰囲気でもないからあなたは黙っておいた方がいいよ」
「はい」
メメント・コルは素直にルルナーデに従った。
「それよりも、あいつはもうダメだ。気をつけて」
アルバーノは懐から異物を取り出し、愛おしそうにそれを撫でた。
「温かい……。ああ、ここにあったのか。やっと……取り戻した」
アルバーノの瞳から大粒の涙が零れた。異物が妖しく輝き、アルバーノの姿を変容させる。
「これデダイじょうブ! アンシン……おかエリ。ヤッタ、騎士ダンチョー、バンざい」
「団長! アルバーノが……異形に!」
「なんということだ……。異形は、人間の成れの果て……?」
ディランハルトは呆然とアルバーノだったものを眺めている。
「気づいてなかったのか。地下2階の、猟師の異形で察していると思っていたけど……」
「キミとは違うさ。事前知識がなかったのと、認めたくなかったのだろうな。知らんけど」
「……最後の一言がなければ、素直に納得できたのだけどね」
いつもと変わらぬ様子のメメント・コルに、ルルナーデはむしろ安心感を覚えていた。
「一応訊くが、元に戻す方法はあるか?」
「無理だね。少なくとも、私は知らない」
「……そうか。団長殿! 呆けている場合ではないぞ! 斬り伏せる!」
「だ、だが、先ほどまではアルバーノだったのだ! アルバーノだったのだぞ!」
「今はもうアルバーノじゃない! 覚悟を決めろ!」
アルバーノだったものが、工作部隊に襲いかかった。事態を飲み込めない騎士たちは、その攻撃をまともに喰らってしまった。
「――ッ!? 心……得た……。すまない、アルバーノ。せめて私の手で、介錯してやる!」
ディランハルトは剣を抜き、一撃でアルバーノを斬り伏せた。
「あァ……この香りは……母さん……」
異形の中から異物が零れ落ち、それと同時にアルバーノは人の姿を取り戻した。しかし、すぐにどちらも塵となって消滅した。
「オイ、戻ったじゃねぇか。戻す方法あったんじゃないのか?」
「死んだから戻ったんだよ。異物と完全に同化してしまったら、生命活動を停止させるしか戻す方法はない」
「死ぬ間際に戻るわけか」
メメント・コルは小さくため息を落とした。
床に倒れ伏した工作部隊に目を向ける。どうやらすでにこと切れているようだ。
「すまない。私の迷いが……甘さが……おまえたちを殺してしまった。結局、最後に残ったのは私と君だけか」
「一度退いて体勢を整えるか?」
「……いや、大異形は近い。付き合ってくれるか?」
ディランハルトは真摯な眼差しでメメント・コルを見つめた。
「どうも、騎士団には人的余裕がないみたいだね。冒険者の集まりも悪いみたいだし、このまま帰ったら奈落の攻略は
メメント・コルは逡巡のあと、答えを出した。
「……行こう」
「助かる!」
ディランハルトはがっしりとメメント・コルの両手を掴んだ。
「やれやれ。仕方ない、私も微力ながら力を貸すよ」
小さく笑みを浮かべながら、ルルナーデは宙を舞った。
◇
地下8階。奈落の瘴気は最大まで高まっていた。
「間違いない。この階層に奈落の王がいる」
ルルナーデが緊張した声で告げた。
地下8階は複雑な構造ではなかった。ふたりはほとんど迷うことなく進んでいく。
「敵が強くなっている。おそらく、大異形ヘルムートが近い。王よ、今お救いします」
「大丈夫かな。かなり気負っているみたいだけど」
「そりゃあ、騎士団は彼以外全滅したんだからな。辛いだろうよ」
「あなたの軽口も減ってきたみたいだね」
「寂しい思いをさせてごめんよ」
メメント・コルはそっとルルナーデの肩に触れようとしたが、彼女はくるりと舞ってそれをかわした。
「調子に乗らないで」
「はい」
ディランハルトは彼らを気にする余裕もなさそうだった。
しばらく進むと、巨大な異形が2体待ち構えている場所に出た。
「さながら王の護衛といったところか。どうする? 1対1で戦うか。ふたりがかりで1体に集中攻撃して、順番に倒すか」
「自信があるなら、1対1でもいいけど、集中攻撃した方が確実だろうね。まあ、邪魔は入るだろうけど」
「……1体ずつ、確実に仕留めよう」
「了解だ。巨体の割に脚が細い。脚を狙おう」
メメント・コルは小さく頷いた。
奈落の王の前の前哨戦。それでも軽い相手ではなさそうだった。