見た目幼女な提督と付き添う艦娘の情景   作:葉洩陽透

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幼女提督、霞む霞と

 空が霞んでいる。しかし、雲一つない快晴。何故なのだろうか。

 

 そんな現実逃避を彼女はしてしまう。

 

 壁に手を衝く。表面だけ赤レンガなSRC造、つまり鉄筋鉄骨コンクリート造の建物が高く聳えている。深海棲艦の空襲に備えるため、頑丈かつ二階までしかない建物。地下が幾分か広い。赤レンガ壁は一棟だけで、空襲に備えた空の誘導標的。そのため、一般的には低い部類の建物。それでも彼女からしたら高く見える。

 彼女はこの鎮守府の提督だ。長い黒髪、黒い瞳、日本人的に健康的な白い肌は、現在不健康的に真っ青。少しばかり眼つきが悪いが、本人は特に気にしていない。背丈も駆逐艦娘の殆どと比べて低い。それも彼女は気にしていない。ただし、子供扱いする相手には容赦がない。

 

 はぁぁぁあああっ、と提督は溜息を吐く。視線を下げる。小さい陰の中に、黒い点が複数コンピュータウィルスのようにランダムに動く。何か、と思って目を凝らすと、複数の点は一つになる。そして、蟻が一匹這っていることを知る。蟻が近付いて提督の足元へ来る。提督は足を除けてやる。それだけで少しよろける。蟻は何事もなく通り過ぎる。提督は壁にしがみ付く。

 波の音がする。右肩から覗くように水平線を見る。霞が棚引くように、視界が悪い。霧が出るには気象条件が違う。浪飛沫か、と思うが、海面の変化はない。天気予報でも、晴天視界良好波穏やか、と報告があった。

 

「—れ————」

 

 呼ばれた気がして、後ろを振り向く。ぼやけて見える。誰だ。服装はグレーの吊りスカート。つまり、朝潮型の誰かだ。

 波打つように振り返ると、世界がぐるぐると回る。平衡感覚がなくなる。気持ち悪い。胃がせり出してきそうだ。喉が熱い。

 

「司令官!?」

 

 抱き止められた。顔を上げる。駆逐艦娘の霞がいた。右サイドテールの銀青色の髪。琥珀色の瞳。勝気そうな眼つき。

 

「か、霞……?」

 

 今にも消え入りそうな声。提督は顔を青くしたまま霞の存在を問う。

 

「そうよ。時間になっても執務室に帰って来ないから見に来たら……さっきから何度も声を掛けたのに気がつかないし」

「ご、ごめん……」

 

 絞り出すように言うと、呆れるように霞が溜息を吐く。

 

「後の仕事は私がやっておくわ。司令官は寝てなさい」

「で、でも……」

「いいから!」

「……わかった」

 

 そうして限界が来る。提督は目を閉じた。耳に霞の呟きが聴こえた。

 

「まったくこれだから……飲み過ぎよ」

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 昨日は新造艦が編入したため、鎮守府総出でパーティーを開いた。いつもすることだ。歓迎パーティー。そこで自由に飲食を楽しむ中、その艦娘は近付いて来た。

 

「提督ぅ~」

 

 席に座って、メロンソーダを飲んでいた提督。そこに横から寄りかかるように絡まれた。提督は嫌そうな顔をして、左肩を見る。赤紫の長髪に鳶色の瞳。白いブラウスと赤袴を模したスカート。軽空母娘の隼鷹であった。明らかに酒臭い。

 

「なに? 隼鷹」

 

 提督が端的に訊く。鈴のような、それでいて芯の入った声。今は迷惑そうな色が見える。顔色は良好。

 

「どうだぃ~? ちゃんと飲んでるかぁ~」

「飲んでるよ。ほら、メロンソーダ」

 

 隼鷹は、ひゃっはっはっは、と特徴的な笑いを上げる。何人かこちらを見たが、パーティーのため、会場自体が煩い。いつもの賑やかな食堂らしく、隼鷹の笑いは他の騒ぎに消える。

 

「ジュースじゃねぇって! 飲むってったら、酒だろぉ~?」

 

 隼鷹はそこそこ長くこの鎮守府にいる。そのため、提督に容赦がない艦娘でもあった。

 提督はメロンジュースを一口啜り、鼻で息を吐く。

 

「私は提督。一応、無礼講にしているけど、この後も執務があるから、酔う訳にはいかないのよ」

 

 こう見えて提督、成人している。見た目は幼女、外見ロリ。それに反して酒も煙草ものめるし、いける。ただ、身体に悪いとか、駆逐艦の()達に害があるだとか、諸々雑多な理由で公には摂取していない。

 

 そこで隼鷹がにやりと笑う。

 

「いやぁ~、そう言うけどよ、提督ぅ? 少しくらいならぁ、いいんじゃねぇーか?」

「ダメなものはダメ。駆逐艦の娘達にも悪い影響があるわ」

「ま、そう言わず。提督も吞みてぇんだろ?」

「飲みたいのは否定しないけど、ダメ。歯止めが利かなくなるわ」

 

 隼鷹が酒瓶を呷る。ラッパ飲みでぐいぐいと。一気に飲んで、ばはっ、と未婚女性がしてはいけない息を吐き、新しい酒瓶をテーブルから取り出す。

 

「提督ぅ~、酒、ホントに飲まねぇーのか?」

「飲みません」

「どうしてもかぁ~?」

「どうしてもです」

 

 隼鷹はつまらなさそうに口を尖らせる。

 

「ええぇ~、いいじゃねぇーかよ! あたしは提督と飲みたいんだよ! パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

 提督は隼鷹と反対席を見る。そこには霞がいる。右サイドテールのいつもの格好。この後、一緒に執務が待っている。

 その霞だが、提督のSOSアイコンタクトに、自分で解決しなさい、と目で睨む。提督は悲しくなる。

 

「霞。あっちでゲームしてるんだけど、一緒にやらない?」

 

 駆逐艦娘の陽炎が霞を呼びに来た。霞は無情にも、わかったわ、と席を立って提督の側を離れる。提督は取り残された。助けの綱が今叩き切られた。冷酷に。しかも、突き放すように。獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言うが霞の場合はお察しだ。

 隼鷹が提督に抱き着く。

 

「どぉーしてもダメか?」

「どうしても飲みません。というか、酒臭い」

「いいじゃねぇーかよぉ~」

「無理なものは無理です」

 

 隼鷹は酒気と共に大きな溜息を吐いて、ふらふらと立ち上がる。

 

「まったく、これだからおこちゃまはよぉ~」

 

 その声が異様に響いた。食堂が一瞬でシーンとなった。その言葉が木霊する程に。誰もが固唾を飲んだ。メロンソーダが置かれる音。そして、提督がキレた。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 提督が目を覚ました。最初に目に入ったのは白い天井。数回しか運ばれた事がない程健康的な身体だが、そこが医務室であると悟る。

 身体を起こす。がんがんする頭を押さえる。

 

 隼鷹に激怒して、口論になり、冷静さを欠いた所で、今度は那智も参戦して飲み比べに発展したのは覚えている。その後、霞に連れられて、執務室で仕事をしていたが、気分が悪く、外の空気を吸いに出て、それからの記憶が曖昧だ。

 ベッドを見渡す。白いシーツに、仕切りの淡いピンクのカーテンが引かれている。ベッド脇の小さい机。そこの上に、トレーに載った水差しと引っ繰り返して置かれたガラスコップ、そして錠剤と一枚の紙。

 白いシーツの掛布団をゆっくりと剥ぎ取り、紙を手に取る。霞の字であった。

 

クズ司令官

さっさと二日酔い治しなさい

寝ている間の仕事はこっちでやっておくわ

中途半端にこっち来られても迷惑だからちゃんと治しなさい

霞より

 

 提督は痛い頭を押さえながら、苦笑い。薬を、ぽーん、と口に放り込み、水で一気に流し込む。そして、また布団に潜り込むのであった。

 

 

 

 次に目を覚ますと、夕方であった。病室のガラス窓から夕陽が見える。雲も多少出ており、白い綿のような体にほんのりと朱色が色づいていた。

 霞の情景。日出や日没に雲が美しく彩られることを、朝霞・晩霞と呼ぶ。朝と晩に風景という形で、側にいる霞。まるで我が鎮守府の秘書艦殿と一緒だな、と提督は思うのであった。

 ベッドから起き上がって、椅子に畳まれた軍服上着を羽織る。体調も完全に治ったようだ。少し強めの酔い止めだったのだろう。医務室の引き戸を開け、執務室へと向かう。

 

 廊下を渡る景色も橙色に染まっている。窓枠状の陰が哀愁を投げかけて来た。台形状の明かりが廊下の奥まで続いている。

 階段を上がると、執務室前で隼鷹が正座していた。傍らには、木刀を持った新造艦の朝潮がいる。昨日のパーティーの主役。

 

「あっ、提督ぅ~」

 

 隼鷹が気付いて立ち上がろうとするが、朝潮が木刀で床を叩く。それにびくりとして正座に戻る隼鷹。少し気の毒になる光景。

 

「おはよ。というか、もう夕方だから、おそよ?」

 

 そう声を掛けると、朝潮が長い黒髪を背中で波立たせ、青みがかった瞳で提督に挙手注目の敬礼をする。

 

「司令官! おはようございます!」

「おはよ。朝潮。昨日は寝れた? 新しい布団で不便はなかった?」

「はいっ! いつも通りマルゴーマルマルに起床いたしました! 布団も快適で体調管理も問題ありません!」

 

 そう、と提督は微笑む。背丈が提督の方が低いので、自ずと見上げる形。見下ろす朝潮は若干戸惑っている様子だ。慣れかな、と提督は思い、横に正座している隼鷹をちらりと見る。

 

「えっと……霞はなんて?」

 

「はいっ! か、……秘書艦殿は隼鷹さんを見張っておけ、と私にご命令を下さりました! 司令官にお酒を勧めた罰ということです!」

 

 理由はわかった。隼鷹はこのまま放っておこう。それよりも気になることがあった。

 

「朝潮。姉妹なんだから、秘書艦殿って言わなくてもいいんだよ? 普通に、呼び捨てで大丈夫」

 

 朝潮がさらに戸惑った顔をした。

 

「し、しかし、ここは軍施設です」

「そうね、ここは軍施設。軍施設であると同時に、私の鎮守府でもある。ここでは私がルール。私が良い、と言えば良いの。霞も、秘書艦殿、なんて他人行儀な呼び方は悲しむでしょ」

 

 朝潮は何か言いたそうに口籠る。そして、大人しく頷く。

 

「わかりました。司令官のご命令とあらば」

「ま、強制はしないけどね」

 

 提督は肩を竦ませてから、執務室の扉を開けた。

 

「霞いる?」

 

 執務室の扉の脇、秘書艦机がある。そこに、仏頂面の霞がいた。

 

「やっっっと、起きて来たのね。早くしてちょうだい。司令官しかできない仕事が一杯残ってるんだから」

 

 司令官は苦笑い。

 

「そうだね。そう言えば、薬ありがと」

「当たり前の対応よ。司令官には馬車馬のように働いてもらうんだから」

 

 霞の言葉に笑いながら、提督は司令官机に座る。そうして、窓のある方を見る。

 

 晩霞。霞という日本語は、情緒がある。俳句でも春の季語。野山に漂う靄。それと同時に、朝霞といった意味も存在する。

 日本海軍が、そう言った情緒や地名、大和言葉を艦艇や軍艦に名付けたのは、賛否があるらしい。賛否あると雖も、雅な心は戦場でも忘れてはいけない、という訓示だったのかもしれない。そう提督は思うのであった。

 

 一方で、うちの鎮守府にいる霞は武人のようだ。カスミという音の響きは可愛らしい娘を想起させる。が、実際には、百戦錬磨の軍人も尻込みするような性格。男勝りな強気の発言を幾度もする。以前は、上官である提督や、提督の上司、それ以上の階級の将校にも罵倒を浴びせたこともあった。情緒があったものではない。

 

 情景の霞と、艦娘の霞。名前は同じでも、感じ取る雰囲気は正反対。それでも、似ている所を探せば、朝霞と晩霞のように、朝や晩にも共にある、というくらいか。

 

「司令官。手が止まってるわよ」

 

 霞に指摘され、提督は慌てて窓から目を離す。そして、書類に噛り付くのであった。

 

 

 

 

 

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