見た目幼女な提督と付き添う艦娘の情景   作:葉洩陽透

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幼女提督、加賀と加賀国を臨む

 加賀国とは、律令制の定める行政区分のひとつであった。

 律令制は元々中国唐朝の律令に基づく制度。律(刑法)と令(刑法以外の主に行政法)からなる東亜細亜(アジア)の法体系と解説される。

 

 日本の律令制は主に五つの事から成り立つ。

 一つ、豪族らの私有地と人民所有の廃止。一つ、中央集権的な地方統治制度。一つ、戸籍・計帳・班田収授法。一つ、租税制度。一つ、中央政府の大規模軍。

 律令国とは昔の地方行政区分である。

 

 律令国のひとつである加賀国。加賀国は現在の北陸道石川県南部を指す。律令制の中で最後に建てられた国として有名である。

 もともと689年から692年の間に越国から越前国・越中国・越後国の3国に分立し、718年に越前国から能登国が分離。さらに823年に越前国から加賀国が誕生した。加賀国成立の背景には、越前守・(きの)末成(すえなり)の提案がある。

 当時の越前国にある加賀郡は国府から遠く往来困難であった。そのため郡司や郷長が不法を働いたとしても民の訴えが届くことはない。圧政を強いることになる。そう想い彼は言ったのである。

 国の体裁として、民の安全安心を護るのは義務。実際には民の反乱や逃散を防ぐために加賀国は施行されたかもしれない。しかし、民の思慮を想像できた紀末成の提言はまさしく思いやりのほかないだろう。つまり、加賀国は優しさで産まれたのだ。

 

 

 

「加賀、ありがとね。付き添い」

「問題ないわ。そもそもあなたは上官なんだから、もう少し堂々としていた方が良いわ。部下に命じる時も傲然屹立(ゴウゼンキツリツ)としておいた方がいい」

 

 加賀に言われ提督は頭を掻く。見た目黒長髪の幼女。幼い子供が白軍服のコスプレをしているように見える。が、すでに成人してお酒も煙草も呑める。身長が低い事で舐められる事もままあるが本人はあまり気にしない。それでも子供扱いされると怒る所はやはり不満なのかもしれない。それは本人しか知りようがない。黒い瞳が綺麗である。

 その傍をひとりの艦娘が並ぶ。加賀。赤墨(あかすみ)色のミディアムヘアーを左へサイドテールにした娘。正規空母娘に特徴の弓道着は袴が青、襟も青、白衣と黒の胸当て。

 提督が言う。

 

「まぁ、上官とは言えまだ若いからね。歴戦の軍艦であったあなた達と比べると、命令する立場でいいのか時々迷うのよ」

「それこそ余計よ。上官と部下の関係は年齢では語れないわ。必要なのは能力と気質よ」

 

 確かに、と提督は思って軍帽を被り直す。

 

「今後気を付けます」

「そう。……それがいいわ」

 

 少し沈黙しながら金沢市の街道を歩く。商店街は朝の陽射しに起き出す頃でまだ店はやっていない。商品や荷物の搬入で忙しく行ったり来たりしている。平和な光景。金箔ソフトなるアイスクリームが目に入る。

 

 そういえば、と加賀が口を開く。

 

「今日はどうして私を随伴艦として任命したのかしら?」

「? それは、今日の金沢大学で行われる学会のテーマが航空機攻撃による建築物の被害に関するものだからよ。行く前にも言ったでしょ?」

「それはわかっているのだけど……航空攻撃なら赤城さんでも良かったのでは? 正規空母では赤城さんが一番出撃回数が多いし、鎮守府としては龍驤や鳳翔さんが一番長く戦っているわ」

「あーー……まぁ、そうなんだけど…………」

 

 提督が口籠る。加賀は首を傾げた。躊躇(ためら)うような質問だったのか疑わしかったのだ。

 提督は諦めた様に口を開く。

 

「前に加賀が石川県に行った事がないって言っているのを聞いてね……それでここに連れて行こうと思ったの。ちょうど金沢は加賀国があった場所にあるから」

 

 加賀は、そういえば、と思い出す。前に霞か誰かに呟いたような気がする。

 

「……それだけ?」

「それだけって、結構大事だよ? 自分の名前のルーツである場所に行った事がないって、戦争中とはいえ、……寂しくない? 興味ないなら別にいいだろうけど、加賀はそうでもないのでしょ?」

 

 加賀は溜息を吐いて呆れたようだった。提督は慌てる。

 

「え! え!? もしかして迷惑だった?」

「……………………いえ、心遣いは感謝するわ。確かに気になっていたのは事実だから」

 

 そうよかった、と提督は胸を撫で下ろす。加賀は呆れつつも提督の戦争中と思えない心遣いに何とも言えないものを感じた。

 

「学会が終わったら観光でもする? 金箔ソフトクリームとかあるよ? 近くにお城とか兼六園とかあるし」

「そこまでしなくてもいいわ」

「じゃ、私がしたいので観光しよっか。最近働き詰めだから加賀も私も。久し振りに羽根を伸ばして罰当たらないでしょ」

 

 大学に着いた。

 金沢大学は1862年創立1949年大学設置の国立大学。本州日本海側を代表する学府。太平洋戦争後に金沢市所在に旧制諸学校を包括してひとつの大学を形成している。深海棲艦が現れてからは主に防災・減災の研究に力を入れている。

 本日は建築学会。特に話し合われるのは深海棲艦による建造物への被害をどうするかや災害に強い街造りなどがテーマだ。鎮守府を任されているいくつかの提督も参加する。艦娘も組織・個人を問わず来ている。軍服と艦娘がアカデミックな場に何人か混じっている。

 

「とりあえず、論文発表する講義室へ行きましょう」

「はい」

 

 大学構内を歩くと視線がきつい。見た目子供が軍服を纏い傍に艦娘を侍らしている。注目されるはずだ。加賀は女性にしては背が高い方で提督の低さを強調していた。

 物珍しそうな眼、疑わしそうな眼、侮る眼、嫌悪の眼。添えるようなひそひそ声。悪意。

 加賀が睨む。塊が怯えて散る。それでも周りには嫌な空気がある。

 

「加賀、ダメだよ」

「そうは言っても提督。舐められたままではいけないわ」

「いや逆だよ。舐められているからこそ相手への奇襲が効くんだ」

 

 加賀は眉根を寄せた。それは戦闘の話であって学会では意味がない。そう加賀は思う。

 すると加賀達に近付いて来る軍人がいた。片手を挙げてこちらに手を振る。

 

「茅野大佐、直接会うのは久し振りだな」

「日比野中将。いえ、今は大将でしたか、お久し振りです」

 

 白い軍服の老人。しかし体格はどっしりとしており鍛え抜かれた肉体が服越しにも判る。蓄えた白髭を撫で、後ろにSPや秘書と思われる人がぞろぞろ。

 

「大将もいらっしゃったんですね。まだ時間は早いですよね?」

「ああ、午後の討論会にはまだな。討論者としては時間がある。しかし、君が来ていると思ってね。今日の発表、期待しているよ」

「そんなそんな。本場の研究者には一歩劣ります」

「いやいや、そんな事はないだろ。君の研究内容を高く評価している研究者も幾らか知っている。今日は建築物の色と深海棲艦、特に空母ヲ級の標的に関するものだったね?」

「はい」

要約(アブストラクト)の話が正しいのなら深海棲艦に対する被害をかなり抑える事ができるだろう、軍施設だけでなく一般にも、ね」

「ありがとうございます」

 

 ん? と大将が加賀に目をやる。加賀は会釈。

 

「今日は秘書艦ではないのか?」

「はい、本日は空母娘の加賀に来てもらいました。学会の目的にも沿っているので」

「加賀か……彼女はこういった場には?」

「初めてですね。私の鎮守府で建造されて、それからあまり本土に足を運ぶこともなかったですから。ね? 加賀」

「はい、数回ほど寄港した事はありますが、一時的なものでした」

 

 そうか、と大将がにこりと加賀に笑いかける。

 

「ま、こういった場が初めてなら良い機会だと思う。戦いも今の時代重要だが、それ以外の道も知っておいた方がいい。……いつまでも戦えるとは限らないからな」

 

 加賀が背筋を伸ばす。厳しい言葉だ。それと、と大将が続ける。

 

「今日の茅野大佐の発表は〝面白いモノ〟が見られるから期待しておくといい」

 

 加賀は首を傾げる。秘書と思われる者が大将に耳打ちをする。そうか、と言って大将が提督に向く。

 

「それじゃ、わしは他にも予定があるから行く。君の発表の時間になれば聴きに行くからな」

「失礼のないものをお出しできればと思っております」

 

 提督と加賀が敬礼して見送った。大将が肩越しに手を挙げて去った。

 

 

 

 講義室に着いた。人がそこそこいる。まだ最初の論文発表プレゼンテーションすら始まっていない。前の席左端を選んで提督と加賀は座った。

 

「提督。先程日比野大将が仰られた〝面白いモノ〟とは?」

「ん? いや、別に面白いモノなんてないよ。……いつも通り、ほら? 鎮守府でもみんなに作戦のプレゼンとかしたりするでしょ? あんな感じ」

「はぁ……?」

 

 加賀は腑に落ちないものを感じた。

 確かに作戦立案や鎮守府運営での変更・改革で提督はよくみんなにプレゼンテーションを行う。その内容はこれといって目立つモノではなく、みんなと一緒に意見交換など交えながら進む。他のみんなも提督に教えられたようにプレゼンをしたり質疑応答も熟す日常。大将が言っていた〝面白いモノ〟になる予感など思い付かなかった。

 

 訝しがりながら加賀は提督とともに発表を待つ。

 講義室でも視線が気になった。悪意。ちらちらと見る眼。聴こえない陰口。加賀は機嫌が悪くなる。しかし提督に止められたため睨むこともできない。情けなくも顔を背ける。壁に貼られたポスターが目に付く。爽やかそうな大人が笑顔で写っていた。飯野宗忠と書かれていた。

 

「なんだと!? なぜ俺が昼前の時間じゃないんだ!?」

 

 怒鳴り声。振り向くと軍服の青年が学会スタッフへ顔真っ赤に食い付いていた。

 

「で、ですから、発表は申請順となっておりますので、あなたは午後からとなります」

「ふざけるな!? 午後だと人が減るだろ!! 俺の発表に誰も来なくなるだろうが!! それとも何か? 貴様、軍人を舐めているのか?」

 

 係の人に緊張が走った。提督がさっと腰を上げて二人の所へ加賀も慌てて立ち上がる。

 

「おや? どうかされたのですか?」

 

 提督が声を掛ける前に、男の大人が二人の間に入る。先程ポスターに写っていた飯野宗忠だ。

 スーツ姿の爽やかな笑顔。軍服の青年が感激していた。

 

「も、もしかして飯野(いいの)宗忠(むねただ)先生ですか!?」

「ん? そうだよ。iinoコーポレーションの社長をしていますね」

 

 先生ということは否定しないのか、と加賀はつい思った。

 

「飯野先生! 俺! 先生の大ファンなんです!」

「おや? それは嬉しいね。……君も僕のファンかな?」

 

 そう言い提督に目を向ける飯野。提督は首を振る。加賀が傍に控える。

 

「先程、そちらの軍人と学会スタッフが揉めていたので仲裁しようと思っただけです」

「ああ、そういえばそうだったね。君、どうかしたのかい?」

「はい! 俺のプレゼンが午後になっていたので変更を要求していたのです!」

「午後? 午後じゃいけないのかい?」

「だって! 午後は飯野先生が出演される討論会が行われるじゃないですか!」

「お、嬉しい事言ってくれるね~。それじゃ僕がどうにかしよう」

 

 なんとも見当違いな会話。加賀は眉根を険しくさせた。飯野が提督に顔を移す。

 

「君は発表者かい?」

「私ですか? そうですが……」

「はぁ? 嘘を吐け。子どもが学会に出るなど聞いた事がない」

 

 軍服青年が吐き捨てる。瞬間、加賀は背筋に冷たいものを感じる。提督をそっと伺うと、笑顔であった。怖い。

 

「第138鎮守府の提督をしております。こう見えて二十歳は超えております。茅野いろはと申します」

「いろは提督は午後に発表かい? それとも午前?」

 

 いきなり下の名前。加賀はどうも好きになれない男だと思った。提督が答える。

 

「午前ですね」

「それはいい。こちらの青年と時間を交代してくれないかね? 彼は困っているようだから」

「いいですよ」

 

 なっ、と加賀は叫びそうになる。飯野の提案もおかしいが、それに即答する提督もどうかしている。

 

「それじゃ、スタッフの方もそう言う方向で。私は用事があるので失礼しますね」

「はい! ありがとうございました! 飯野先生!」

 

 飯野が完全に見えなくなって、軍服青年もその場を去ろうとする。加賀は道を塞ぐ。

 

「? なんだ?」

「加賀」

「……提督へは何もなんですか?」

 

 加賀は怒りを一所懸命に抑えていた。軍服青年が鼻で笑う。

 

「そこのチビはただ時間を交換しただけだろ。提案したのは飯野先生だ。先生が言うまで思い付かなかっただろ?」

 

 加賀が顔を上げる。提督が間に入る。加賀を強い目で見る。

 

「加賀……問題を起こさないで」

「!? ……申し訳、ありません、でした」

 

 提督が軍服青年に笑いかける。

 

「午前のあなたの発表、楽しみにしていますね」

「はっ、チビじゃ思い付かない内容だからな。期待しとけ」

 

 そう言って立ち去った。学会スタッフもいつの間にか消えていた。加賀は怒りを呑み込む。

 

「…………………………提督、よろしかったのですか?」

「ん? 何も問題ないよ。……ただ、日比野大将には申し訳ない事しちゃったな」

「……ふぅ、そうですね。大将も提督のプレゼンを楽しみにしていたようですし」

「ああぁ~~っ…………()()()()だね」

 

 加賀は首を傾げた。提督が話を変える。

 

「そうだ、加賀。日比野大将に時間が変更になった事を報告してきて」

「わかったわ。大将はどこにいるのかしら?」

「たぶん、第1講義室だと思うよ。討論会はそこで行われるから。おそらく関係者の控室にいると思う。その時に私の名前を出せば入れてもらえるよ」

 

 

 

 加賀が第1講義室に着いて控室を伺ったが大将はいなかった。困った加賀はとりあえず校内地図を頼りに大将が居そうな場所を探した。しかし加賀自身が大将と会ったのは今日が初めて。見当もつかない。

 加賀は諦めて提督の元へ引き返すのであった。

 

 講義室の扉を開けるとプレゼンが始まっていた。聴講者は静まり、発表者は一所懸命に何かを解説している。席はちらほらと空席が目立つ。

 加賀はそっと提督の元へ行き、隣に座った。提督が小声で訊く。

 

「大将に連絡した?」

「いえ、第1講義室にはおられなかったからお伝えする事ができなかったわ」

「そっか……あ、いや、それもそうだ。今は大将の知人が発表している時間だったわ。ごめんね。それなら次は私の元々の発表時間だからここに来るかも」

 

 学生らしき人物のプレゼンが終わった。プレゼン自体は10分でその後の質疑応答が15分となる。それも終わって次はあの軍服青年。偉そうに肩肘張って教壇に上がる。そうしてマイクを調節してプレゼンを開始した。

 

 加賀は驚いた。あそこまで喚いていた割にプレゼンの酷い事。

 速く捲し立てるように言ったかと思えば急にじれったいような遅さで話す。抑揚もちぐはぐで聴き辛い。

 抑揚を付けるのは大事だと提督から習ったがこれは抑揚のタイミングが悪過ぎる。内容が頭に入って来ない。

 周りを伺うと寝て居る者、スマホを見つめている者、講義室から出て行く者。酷い内容なのに当人は知ってから知らずか発表を続ける。聴く者にとっては地獄。自己満足のプレゼン。やっとの事で10分が終わった。終了時間を告げるチャイムが鳴る。しかし気にせず続ける男。その後10分延長してプレゼンを終えた。地獄の20分であった。

 

「何か質問はありませんか?」

 

 司会の人がマイクで会場に訊く。誰も手を挙げない。それも当然だ。内容が頭に入るようなプレゼンでなかったのだ。一応発表の要約は配られているが、それでも良く分からない内容が書かれていた。

 しかし提督が挙手した。マイクがティーチングアシストから手渡される。男が嫌そうな顔をした。

 

「第138鎮守府の茅野と申します。先程のプレゼンの結論が全ての建造物はSRC造でなければならない、というものでしたが、エビデンスがひと棟だけの実験結果だけで他の根拠がありません。そこの所はどうお考えでしょうか?」

 

 SRC造とはSteel Reinforced Concreteの略で日本語訳は鉄骨鉄筋コンクリート。行く前に提督からある程度用語の解説を受けた。ついでにRCは鉄筋コンクリート、S造は鉄骨造、W造はWoodで木造建築を意味する。

 男がふんっとマイクを手に取る。

 

「ひと棟だけなのは、SRC造が本質的に最高の建築構造だから、他のエビデンスはいらないと判断したまでだ。そんな事もわからないのか?」

 

 加賀はいらっとした。提督は続ける。

 

「ですが、SRC造では鉄骨と鉄筋とコンクリートでの建造なので工程が複雑化しやすくまた材料費もかかり費用が嵩みます。施行も業者によって完成度が違い、ひと棟だけのデータでは危険だと思われます。また、深海棲艦の空襲では強度面での減災・防災は望めないと思われます。その点も考えてお答えください」

「だから! それも全てSRC造が解決する!! ガキは黙ってろ!!」

 

 提督は溜息を吐いて、わかりましたありがとうございます、と席に座る。その後聴講者から質問はなかった。

 

 

 

「提督、抗議した方がいいんじゃないかしら?」

「? 何に対して?」

 

 食堂で食券購入後並んでいる時に加賀が言った。提督は首を傾げた。

 

「先程のあの男よ。あんな態度はあり得ないわ」

「ああ……まぁ、確かにアカデミックな対応ではなかったね。けど抗議するまでないよ」

「良くないわ。舐められたままはこちらに不利に働くはずよ」

 

 そうかなぁ、と提督はカレーを受け取って席へと向かう。加賀も提督と同じものを受け取って続く。

 いくつもあるテーブル。その奥で日比野大将が手を挙げた。

 

「二人とも、こっちだ。こっちが空いておるぞ」

 

 加賀は驚く。SPに囲まれて一般人に混じる重要人物。大将という階級にいながら学生食堂でお茶をする姿。普通におかしい。けれど提督はいつものように呼ばれた方へ。

 加賀も戸惑いながらお言葉に甘えて大将のテーブルに座る。大将が提督に話しかけた。

 

「時間変更の件は聞いた。変な者に巻き込まれたな」

「すみません。討論会には途中参加になりそうです」

「よいよい、気にするな。途中参加でも問題はない」

 

 ありがとうございます、と言って提督はカレーライスを口に頬張る。大将はすでに食事を終えたようだ。食器を部下が片付けていた。

 

「加賀君。君は他の人の発表を聴いたかね?」

「はい、聴きました。二人ほど。一人はほとんど終わりかけでしたが、二人目は最初から最後まで」

「そうか。どう思った?」

 

 加賀は躊躇う。提督はカレーを食べ続けている。上官かつ目上を前にしてかなり豪胆だ。正直あり得ない。

 

「素直に言っていいぞ。どうだった? 茅野大佐以外のプレゼンは」

「えっと……正直、つまらないプレゼンだったと思います。提督、茅野が鎮守府で行っているプレゼンと比べたら、という話ですが」

 

 大将は豪快に笑う。

 

「はっはっはっ! ダメだぞ? 茅野提督と比べたら他が可哀そうだ」

「プレゼンは日比野大将から学んだのでその言葉は自画自賛ですよ?」

 

 それもそうだな、と大将は笑いながら告げる。

 

「とりあえず楽しみにするといい。プレゼンと質疑応答、それと〝面白いモノ〟もな。正直今日一日だけでは足りないくらいだ」

 

 

 

 午後のプレゼンが始まった。大将も軍服青年も飯野とか言う社長もいない。それでも提督のプレゼンが始まる。人はまばらで、午前よりやはり少ない。講義室にいるのは余った時間を潰そうとしているろくでなしばかり。討論会が始まるまでの時間潰しだ。

 討論会にはそんなに有名な人が出るのだろうか。大将は提督の知人として名前だけは知っていた。軍内部では有名人かもしれないが、学会となると不明だ。違う人で有名人。想像もつかない。

 

 もやもやしたものを抱えていると提督が登壇した。やはりというか視線や失笑が聴講席から洩れる。加賀は怒りを我慢する。

 しかし、提督のプレゼンが始まった。

 

「みなさんは深海棲艦に対してどのような感情を抱いていますか?」

 

 質問。それだけで会場の全てが顔を上げた。全員が直感した。先程迄行わてれ来た発表と違う、と。

 

「家族を殺された憎しみ、家を焼かれた悲しみ、迫り来る恐怖、戦うべき敵、滅ぶべき対象、消えて欲しい不安の種」

 

 しかし、と続ける。

 

「深海棲艦は私達をどう見ているのでしょうか? どういった感情で私達に敵対するのでしょうか? それには数々の仮説が積み上げられています。その一環として、私は〝色〟に着目しました」

 

 言葉だけではない。話す速度、抑揚、間。原稿を見ない瞳は全てを吸い込む。適格なタイミングで表示されるスクリーン。どれもが完璧。

 加賀も驚いた。いつもと同じ。それなのに場所が違うだけ、聴講者が違うだけ、話す内容が違うだけ。それだけなのに引き込まれ方が違った。おそらく同じ内容を同じように他の人が発表してもこうはならない。

 提督のプレゼンが続く。内容は空母ヲ級や軽母ヌ級が空襲で標的にする家屋の特徴と他の家屋との被害レベル比較。また深海棲艦出現予想ポイントでの色付き標的物の観察。深海棲艦が色によって様々な対応を取る事が判って来る。

 

「————という訳で、深海棲艦は色に反応する事が判ります。まだまだ研究段階で論議や考察が必要ではありますが、色と深海棲艦の関係性、これは検討すべき研究対象だ、と結論付けて私の発表は終わります。ご清聴ありがとうございました」

 

 提督がお辞儀をして司会の人にパス。ジャスト10分。途中で残り1分のベルが鳴ったくらい。みな集中して聴いていた。

 司会が質疑応答の時間を告げる。いくつかの人が挙手。空席があまり気にならないくらい。司会の人が指名する。

 

「兵庫県立大学の柏木と申します。全国だけでなく世界中の被害状況から分析しているため信憑性のある発表だと思いました。ただW造の例が多かったのですが、それは何故ですか?」

「ご質問ありがとうございます。W造が多いのは、他の建築構造と比較して費用が安くまた一般にも普及されているため母数が多い事と、こちらでも実験として作るのが簡単だったためです。その代わり大抵の木属建築はその強度から全損している家屋がほとんどで指標になりにくいという欠陥がありますが、対照実験としては参考になると思い紹介させて頂きました」

「なるほど、ありがとうございました」

「次の方」

「東京工業大学の木村です。波長が長い色ほど被害を受けやすいというのはデータから示されていますが、他の波長、たとえば赤外線や紫外線を反射する色であればどのような結果になるか考えをお聞かせ下さい」

「ご質問ありがとうございます。今の所、エビデンスとしては可視光を反射する色での研究しか行っておりませんので、確かな事は言えません。ですが、おそらく赤外線と紫外線では被害が増えると予想されます。グラフ3に戻りますが、見てもらえると判りますように、可視光線の範囲で波長が大きくなるほど被害も増えています。注目は波長が小さくなるところで紫と藍色の境界を見ると紫の方が若干ですが、被害が増えています。コンピューターシミュレーションの結果、紫外線は青色の被害と同じくらいになると予測できました。そのデータは今回提示しておりません。その上実験では可視光線の範囲なので正確な事は言えません。ですが、私は不可視光線で被害が大きくなると思います。深海棲艦は私達に見えないモノを見ている可能性があります」

「すばらしい! これが本当ならかなりの被害が防げると思います! デザイン学への影響もあり大変興味深い内容でした。ありがとうございます」

 

 終わらない質問。答える提督。司会の人が止めるまで提督の質疑応答は続いた。始まる前と講義室の空気が違った。みんなが提督の名を記憶に刻んだ。そう思った。

 教壇から提督が下りると人に囲まれる。

 

「初めまして茅野さん。わたくし、大阪大学工学部の富野と申します」

「初めまして、富野さん。富野さんの研究は確か建築素材のリサイクルでしたよね?」

「はい、わたくしも茅野さんの論文は読ませて頂きました。学会は今回が初めてでしたね? 論文も多数書かれておりお会いするのを楽しみにしていました」

「ありがとうございます」

「茅野さん、私は九州大学の久田と申します! ぜひお話を!」

「僕は東北大学修士生菅野です! 今回の発表、大変わくわくしました! こんなこと初めてです!」

 

 名刺交換やら自己紹介やらで提督が潰れそうになる。そこを加賀はひょいっと救い出す。

 

「申し訳ありません。茅野はこの後討論会に参加する予定ですので、お話は次の機会にお願い致します。それでは」

 

 鋭い眼光で学者がたじろぐ。その隙に加賀は提督を抱えて外へと出た。

 

「あはは……加賀、ありがとね」

「あれは仕方ないわ。気にしないで。討論会、聴講するのでしょ?」

「まぁ、ね」

 

 そのまま第1講義室へ向かう。提督が言う。

 

「加賀はとりあえず討論会、楽しんで行ってね。色々あるけど」

「?」

 

 第1講義室に着いた。扉を開けるとすでに討論は始まっていた。急いで二人して空いている席に座る。

 加賀は眉を撥ね上げた。右斜めに提督とプレゼン時間を交代した男がいた。不機嫌になる。男は熱心に討論を聴いている。

 加賀は落ち着かせるように討論者を見る。日比野大将がいた。それと、驚くべきことにあの飯野とか言った男もいた。相変わらず爽やかそうにパイプ椅子から立ち上がっている。ちょうどマイクを持って話していた。

 

「つまり! SRC造は完璧な建築様式なんですよ! どうしてあなた達にそれが判らないのか! 残念でなりません!」

 

 加賀はどこかで聞いたような台詞に顔を顰める。提督が小声で言う。

 

「あの人、アイドルみたいな顔してるから、学会でも広告塔として扱われるんだ。本人もiinoコーポレーションって建築会社の社長。話す内容はSRC造主義」

「……SRC造主義?」

「うん。過剰にSRC造を推すって事だね。SRC造自体は良い建築構造なんだ。鉄骨と鉄筋とコンクリートで固めるから丈夫なのは事実だし。しかし、全ての建築物をSRC造にするべきって主張は極端だね。やっぱり材料費もかかるけど工程が複雑で時間も費用も重なる。それに他にも色々問題がある感じだね」

「つまり、航空機が主流になりつつある戦場で、大艦巨砲主義や艦隊決戦思想を持ち込むようなものかしら?」

「う~~ん。建築様式としては新しい方だからちょっと違うけど、言いたいことは判るよ。その通り、現実に則していない」

 

 日比野大将と目が合った。そして隣の提督に気が付いたようだ。

 大将が立ち上がる。マイクを取る。

 

「飯野さん、ちょっと割り込むが、スペシャルゲストを紹介しても宜しいかな?」

「スペシャルゲスト? 僕は聞いてませんよ?」

「飯野さんが控室に来るのが遅くて言えなかったからな。紹介しよう、茅野いろは大佐だ。壇上に上がってくれ」

 

 大将が拍手。多くはないが少なくない拍手が後ろからある。

 提督は立ち上がって「行ってくるね」と加賀に伝える。加賀は唖然とする。聞いていなかった。右前の軍服青年もぎょっとしている。

 

 壇上に毅然と立つ提督。SRC造の男、飯野はその容貌背丈から困惑顔。

 提督がマイクを渡される。

 

「第138鎮守府で指揮を執っております。茅野いろはと申します。本日はSRC造についての政府報告書を発表する場を頂き、ありがとうございます」

 

 飯野が首を傾げる。何をしても絵になる男だ。

 

「なぜ軍の方が政府の報告書を? それも建築学会に? ちょっと理解に苦しみます」

「軍とは言っても、シビリアンコントロール下では軍も政府です。それにこの報告書は私が纏めました。建築学会、特に今回のテーマに沿う内容なので日比野大将から発表して欲しいとお願いされて壇上にいます」

「………………なるほど。とりあえず、内容を聴きましょう」

 

 飯野が爽やかな笑みで席に座る。寛容な男を演出している。提督は準備をする。

 スクリーンが現れ報告書が映る。

 

「SRC造は確かに現在で考えられる建築方法としては堅牢な造りになります。これは深海棲艦に対する被害状況を建築構造別で比較したグラフになります。明らかにSRC造の被害が少ない事が判るでしょう」

「当然ですね。SRC造は最強の建築ですから」

「ですが、こちらの資料を見ていただきます」

 

 次に出された資料。円グラフが三つ。

 

「これは現在の建築補助金、特に深海棲艦に対する防災・減災への政府支出金が国庫に占める割合が左です。中央は建造されたSRC造の企業割合です。ここからSRC造はお金が掛かる事が判ります」

「それは仕方ない。最強を備えるにはそれなりの代償がいる。政府はどんどんお金を出すべきだ。被害を抑えるにはそれが一番だ」

「……ここで注目して欲しいのは右の円グラフです。何のグラフだと思いますか?」

「……さぁ? 話の流れから金額に関するものかな?」

 

 提督が他の討論者にも目を配る。しかし誰も答えない。提督は答える。

 

「iinoコーポレーションがSRC造で申請した補助金の割合です。他の企業と比べると異様に高いです」

 

 会場がざわつく。明らかに比率がおかしい。

 

「…………………………それで?」

「続いて、他企業とiinoコーポレーションのSRC造にかかる費用を坪単位で比較したグラフです。どの企業と比較してもiinoコーポレーションの方が安いです。これは同じ補助金を貰っている企業と比較しても、です」

「……」

「さらに興味深いのは、他企業のRC造とiinoコーポレーションがSRC造の建築費用が同じということです」

「まぁ、うちは特殊なルートで価格を抑えることに成功しているんですよ。特に材料費でね。詳細は企業秘密ですが」

「材料費。確かにそうですね。それ以外に考えられません」

「……何が言いたい?」

 

 能面な顔を晒す飯野。底冷えする声。余裕の表情はない。

 

「iinoコーポレーションはRC造建築をSRC造だと謳って建造しているのではありませんか?」

 

 飯野が立ち上がる。

 

「はっ! 何を根拠に! どうしてそんなことが判る? 証拠は? 収支計算書を見なかったのか? どこもおかしい所はない。これ以上侮辱するなら訴えるぞ」

「証拠ならあります」

「ふんっ。言っておくが、内部告発は証拠にならない。嘘を言っている可能性があるからな。裁判ではこちらが勝つ」

「そんなあやふやなものは当てにしない主義です。今からお見せします」

 

 飯野が険しい顔をする。提督はスライドを進める。すると写真画像が現れた。破壊された建造物。前に加賀が航空機で撮った写真。深海棲艦に襲われた都市。

 

「この建築物は深海棲艦によって破壊された軍施設とその周辺のものです。本来は映像ですが、一部を画像として切り抜いております。そして脇にあるのは一部を拡大した画像です。良く見てください。この壊れているRC造。そしてこのロゴ。……iinoと書かれています」

 

 赤いペンライトが示す先。拡大された画像、『IINO』と真ん中に書かれたロゴ。鉄骨はなく鉄筋だけが覗くビル。飯野は崩れ落ちた。

 

「後で調べた所、この建物はSRC造として依頼されたものでした。結論として、iinoコーポレーションは商品偽造を行っております。ご清聴ありがとうございました」

 

 

 

~~~~~

 

 

 

「しかし、大将は趣味が悪いですね。こんな大衆の前でああいう形で暴露するとは。警察や公正取引委員会に任せれば良かったじゃないですか?」

「趣味じゃないわ。警察やらは賄賂が渡されている可能性があった。カリスマ性もあって、騙される人間も多かったからな。特に学生に人気。学会での地位はあれで落ちただろう。物事を大きくすればメディアも黙っていない。そうすれば正しい裁判が行われなくても、世間の目は厳しくなる。それだけだ」

 

 学会が終わり、誰もいなくなった食堂で大将と話す提督。SPが忙しそうに移動している。予定外の話なのだろう。加賀は落ち着かない。借りた猫のように脇の席に座る。

 

「しかし、商品偽造のために、SRC造主義を掲げていたとは驚きです」

「色々な数値の偏りも全て思想のせいにすればいいからな。バカの浅知恵だ」

「それでも政府も軍もだいぶ騙されていました。おそらくかなりの額のお金が裏で動いていると思います」

「賄賂は戦時中、特に利くからな。ただでさえ経済不況で市井は混乱。金が欲しくなる。一部の人間に渡すのなら金額もそれほどかからない」

 

 加賀はおそるおそる二人に声をかける。

 

「お聞きしたいことがあります。このことは二人が計画したことですか?」

「そうだね。前に加賀が撮ってくれた映像を見ていると違和感を覚えてね。詳しく調べたら偽造していた形跡が結構あったの。なんで今まで誰も気がつかないんだって思ったけど、賄賂かぁってなった」

「被災場所に入れるのは警察と軍、それと破壊された建築物を片付ける建築関係者だけだ。一部メディアも入れるがある程度隠したり処理した後だ。わかるまい」

「もしかして学会に来た理由も?」

「そだよー。そもそも学会に来る理由が私にはあまりないからね。論文でいいし、論議はネットで充分。私はそう思う派。でも今回は軍の予算にも関わって来る話だったから大将に相談したら、こうなった」

「iinoコーポレーションにはかなり多くの建物を造らせた。カリスマ性と賄賂の二刀流でな。前々から怪しいとは思っていたが、尻尾を出す間抜けで良かった所だな」

「……私に黙っていたのは?」

「敵を騙すには味方から。一応霞には言ってるけどね」

「なんと?」

「学会で大暴れして来るって。呆れてたよ」

 

 学会初日は終わった。昼という時間には遅く、夕には速い時間帯。iinoコーポレーションはこれから監査が入るらしい。急いで帰って行ったがもう遅いだろう。すでにこちらの手続は終わっている。

 提督が伸びをした。

 

「さ・て・と! 学会も終わったし、金沢市を観光でもしますか?」

「提督は……凄いのね」

「ん? 何が?」

 

 加賀が呆れる。

 

「あんな事があった後で、観光する胆力が凄いわ。いえ、最初から告発も観光も計画していたのだから、もう理解できないわ」

「え? ほめてる? けなしてる?」

「どっちもよ」

 

 えー、と唸る提督に大将は微笑みを浮かべている。

 

「まぁ、加賀君。こんな茅野君だが、これからもよろしくな。わしの孫みたいなもんだからな」

 

 加賀は背筋を伸ばして、はい、と答えた。それじゃ観光ー、と立ち上がる提督。すると提督のスマートフォンが鳴った。取り出して電話に出る。

 

「もしもし? 霞? 何かあったの?」

『学会でお疲れのところ申し訳ないけど、今すぐ帰って来られる?』

「え? えーっと、今から船をチャーターすれば、なんとか? 日比野大将、舞鶴の提督がいるからすぐできると思うけど、どうかした?」

『輸送任務に就いていた天龍さん達の水雷戦隊から、シーレーン上の島に深海棲艦の拠点を見つけたらしい。まだ確かな事は確認できていないけど、今すぐ帰って来て作戦会議を開きましょう。幸い拠点はまだ小規模らしいから今の内に対処すれば被害を最小限に抑えられるわ』

「アー…………わかった、どうにかするよ。そっちも、準備、よろしく、ね。……それじゃ」

 

 提督が電話を切って溜息。加賀が訊く。

 

「霞からはなんと?」

「敵拠点を見つけたから帰って来てって。今すぐに対処した方が被害も抑えられるから、今日中に指揮へ戻らないと……観光はお預けだね」

「仕方ないわ。私達は軍人よ。……金沢にはまた来られるから問題ないわ」

 

 提督は少し黙って、それもそっか、と背筋を伸ばす。軍帽を被り直す。

 

「日比野大将、今出せる船ってありますか?」

「あるぞ。手配しておく」

「ありがとうございます」

「なに、君とわしとの仲じゃ」

 

 二人がそんな遣り取りをしながら動き出した。加賀も席を立つ。二人の後に続く。空は晴れている。きっと未来は明るいものだ。加賀は覚悟を決める。もう一度提督とこの金沢の地に降り立つために。

 

 




これで供養とさせていただきます
また何かあれば更新したいと思いますので、その時はよろしくお願いいたします
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