頭ハッピーな悪魔が全員をハッピーにする 作:よくメガネを無くす海月のーれん
「恐竜・
ゼツが手の平を上へと掲げる。それに呼応するようにガパり、間抜けにも聞こえるような音を持って、口腔が最大限開かれる。牙が生え散らかした恐竜の顎から黄色く光る双眸、そして主たるゼツの命を遂行せんと最も有名であろう恐竜が降り注ぐ。
T・レックス。またの名をティラノサウルス。史上最大級の肉食恐竜。百竜の王。最大全長約13m、体重約9トンという巨体をもってしてアメリカ大陸の生態系頂点に立ったかつての偉大なる支配者だ。
その咬合力は常軌を逸しており、3トン~6トン。最大値で10トンほどあったと言われている。骨すら砕いて栄養にするその牙と顎は例え銃の悪魔であっても容易にかみ砕くだろう。
しかし、銃の悪魔がその程度で倒れるわけがない。これで倒れるならば銃の名は世界を恐怖させていない。偉大なる発明であり人類の大罪。他者を容易に殺害出来る弱者の武器は、その銃口をかつての王者に向ける。
バラララララッ
疎らに撃たれる銃弾がティラノサウルスを穴だらけにしていく。しかし、その巨体、その分厚い血肉が多少の傷をないものとして扱う。大した効果がないとわかると銃の悪魔は銃口を束ね、変形させ、長大な砲身と化す。巨大、しかし見る者が見ればわかるだろう。アンチマテリアルライフル、対物、対戦車ライフルと呼ばれる銃を巨大に、長大にした姿はまさしく対恐竜ライフルだ。
そして、一射。
世界が吹き飛ぶような暴風と衝撃、ティラノサウルスの破砕音がそのまま、恐竜の悪魔、その顎へと突き刺さる。特大の銃弾が貫こうとする恐竜の悪魔は、その顎を持って受け止めるが、その牙が砕け、口腔内を荒らしまわる。その奥にある脳髄を粉砕しようと直進する…すんでのところで虚空に消された。
「危ないですねぇ~~~。危うく可愛い眷属を殺されかけるところでした。全く、ちょっとは手加減してもよろしいのですよ?銃の悪魔」
手の平を握りしめることで顕現をやめさせたのだろう、少しだけ眉を落として問いかける。しかし、銃の悪魔は消えた恐竜の悪魔、代わりにゼツを殺害せんと一斉射撃を開始する。
「あっぶなーい!いやぁ、危ない危ない。本気にさせてくださいよ~」
ダイナミック回避を持って銃撃を避けたゼツはのほほんとそんなことを宣いながら本気なのだろう形が定まらなくなっている左腕を振るう。その左腕はまるで
「どうですかねぇ~~~。これ、最近絶滅した奴なんですよ~。いやぁ~人間の業がたっぷり詰まった歴史を持っていて私としてもうれしい限りです」
先端に行くにつれ速く、速く振るわれるソレが確かに銃の悪魔の身体を掠った。
ついでと言わんばかりに弓の武器人間も掠めていった。
掠めたところで大したダメージはない。柔らかく、それはぬるりと不快な感触しかなかった。
その瞬間、二体の体がボコボコと泡立ち、お腹に当たる部分がどんどん膨れていく。まるで子供でも出来たようにぶくぶく、ぶくぶくと膨れていき、破裂する直前、弓の武器人間は自身のトリガーを引いた。
パァンッ!
肉体の破裂。身体から水があふれていく。恐ろしい病が加速度的に悪魔を、武器人間を壊し尽くす。
それは1980年代を機に絶滅した生物。とある虫の中間宿主であり、かつて地方病として日本に甚大な被害を与えたもの。
尊い犠牲、そして人の手による撲滅の果てに種として絶滅した恐怖の象徴。皮膚炎、高熱、消化器官への症状、最終的に黄疸、腹水を発症して死に至る病を持つもの。
日本が成し遂げた偉業であり、一部地域にしか存在しなかった風土病の根絶は、この生物の絶滅をもって終了した。
「ミヤイリガイの悪魔、わたくしの新たな眷属でございます。」
絶滅の悪魔、その能力。絶滅した生き物や悪魔を眷属として扱うことができる。それは滅びの悪魔の系譜であり、絶大な力だ。チェンソーマンの食べたものの存在を消す力。しかし、滅びの悪魔は記憶している。滅んだ者達を覚えている。その一端を使うことができる。マブダチというのはそのためだ。チェンソーマンが悪魔を食えば食うほど、それは滅びの悪魔の力となる。
その滅びの悪魔、力の一端として絶滅の悪魔は生物のみに限定されているものの、絶滅した生き物や悪魔を自らのものとするのだ。
そして、もう一つの能力がゼツの肉体に現れる。右手を突き出すとその右手が歪に砕け、長く枝分かれし、植物のように育っていく。そうして枝先が様々な殺意に変化した。
火炎放射器、巨大な手の形、メスやハサミの解剖道具、そして、女性の手により握りしめられた紙束。
絶滅の悪魔、生物の絶滅の要因となった事象を引き起こすことができる。
ミヤイリガイの悪魔にとって絶滅の要因は人類そのものだ。人類の偉業、日本が成し遂げた偉大なる業、医師達の努力、治療・根絶の為に自らの解剖を申し出た女性の献身、多くの人間が小さく、しかし着実に進み続けてきた歩みそのものがミヤイリガイを絶滅させた。
だからこそ、内容は多種多様でありながら自然にはない殺意がある。明確に根絶を目的とした悪意が、銃の悪魔と弓の武器人間へと襲い掛かる。
巨大な手は二体を握り潰さんとした。ミヤイリガイの卵が人の手により潰されたからだ。
武器人間は弓の力により手を撃ち貫き、銃の悪魔もまた銃撃によって対応する。
火炎放射器が全てを燃やさんとした。ミヤイリガイを焼却した火力が尊大に振るわれる。
加速して避けた武器人間とは裏腹に、銃の悪魔はまろびでる血肉をものともせず火炎放射器を破壊しにいく。
メスやハサミが切り刻んとした。解剖により暴かれた正体、病の根源を逆に植え付ける。
避けきれず被弾した武器人間は再度、病に罹患する…しかし、再生のトリガーを予め引き、対応した。一方、銃の悪魔は全てを銃撃により撃ち落とし破砕する。
握りしめた紙束が広げられる。それは自分自身を切り開くことを許す献身の呪いだ。その約定により動きを止められる。
「恐竜・脚。強制足止めと質量攻撃のクソコンボでございます」
再び呼ばれるは恐竜の脚。顎を粉砕された怒りからか恐竜の悪魔本体の脚が顕現する。爪を伴い、地面に突き立てようと下ろされる。それらが動きを止めた者達を強烈に打ち据えた。踏みつぶすのではなく、踏み均す。まるで靴底にこびりついたガムを擦りつけるような執拗さがあった。
「チィッ、…はぁはぁ。割に合わないな」
果たして弓の武器人間は生きていた。辛うじてといった具合だがそれでもしぶとく生きていた。対照的に銃の悪魔はその質量攻撃を真正面から受け止めたのか血肉が溢れ、死にかけの様相だった。
そんな惨たらしい状態を作り出したゼツはある種、優しさを持って問いかけた。銃の悪魔ではなく武器人間へ。それは遠い昔に親しくした仲間への恩返しでもあった。…あと武器人間が何の武器人間なのかようやく気付いたというのもある。
「貴女、弓ですか…。なんというかまぁ…それが貴方の選択ならわたくしは止めませんが…一言くらい言ってもよかったでしょうに」
「…知っているのか?」
「古い友人のようなものです」
懐かしさに浸るゼツが思い出すのは、遠い昔のことであった。弓、あるいは銃、人間が獲得した遠距離攻撃というものは多くの種を死に追いやった。それをずっと見ていたのだ。種が減るたびに自らの力が増大していく。その感覚に身を浸らせながら、恋する乙女のようにそれらを見ていた記憶だ。
それは人間でいうところの青春を懐かしむものであった。悍ましい悪魔の記憶が弓の武器人間に慈悲を与える。
「貴女、逃げるなら今ですよ。わたくしの準備が整った今、此処に居たところで無為に死体を晒すだけです」
「悪魔が逃がすのか?気まぐれか?」
「えぇ。その心臓に感謝しなさい……悪魔の気まぐれが変わらないうちに、どうぞ」
「
その言葉と共に高速移動によって飛び去って行く弓の武器人間、その後ろ姿を見送ったゼツは、改めて銃の悪魔に相対する。
銃の悪魔はその剥き出しの筋繊維を撚り合わせて編み合わせて銃口を作り出す。一斉掃射された銃弾、人を容易に孔だらけにするソレ。しかし、ゼツは何をするでもなく
「
それは理不尽な埋葬。その土壌でしか根付かない植物はしかし、近代化の波に飲まれていった。その具現化。液状化したコンクリートが銃弾を飲み込む。灰色の津波が木々をなぎ倒し、植物を粉砕する。植物特攻の性質は、それのみならず銃の悪魔を生き埋めにせんと迫る。
銃の悪魔はそれに対して突撃を選択する。コンクリート程度の硬度なら粉砕できると踏んだからだ。銃弾のような速度を持って直線状のものを破壊する一射。回避しようとしたが須臾の判断遅れが致命的な傷を招く。
掠った。しかし大きな代償を支払う。左腕を掠めていった突進とその衝撃、余波により引き飛ばされ引き延ばされる。左腕が根元から千切れ飛んだ。すんでのところでミヤイリガイを引っ込めたのは英断だった。もし顕現のままであれば銃の悪魔に持ってかれていた。最近の悪魔の中では強く手札も多いミヤイリガイを失うことは避けたかった。
ドクドクと流れ出る血を右手で抑える。
「ミニミニ
止血を終えたゼツは、掠っただけなのに引き起こされた自身の惨状に引き攣るような声を出しながら、それでも勝ち誇った。
「わ、わたた…う゛ん゛、わたくしの勝ちです。銃の悪魔。貴方は私に準備の時間を与えました。それが敗因です」
銃の悪魔は向き直り、ゼツに掃射される銃撃。それは全身に突き刺さる。死んだ。誰もがそう思う有様。しかし
「火薬臭い…何とも火薬臭いですねぇ…」
生きている。たとえ絶滅の悪魔であろうと必死の一撃のはずだった。銃の悪魔による射撃がたかだか人型の悪魔程度を殺せないわけがない。
「これが私の
尚も撃たれるが効いている様子はない。それどころか自らに撃たれた銃弾をほじくり弄ぶ余裕さえあった。
「私は絶滅した生き物を絶滅させた要因と組み合わせて呼ぶことができます。それを殺さない限り、私にダメージは通りません」
銃の悪魔とゼツの間に一羽の鳥が飛んだ。それは異形の鳥だった。頭部が銃口に挿げ代わっている。空飛ぶ銃口が鳴き声の代わりに発砲音を慣らす。標的は銃の悪魔だった。しかし、銃の悪魔の表面に穴を一つ開けただけ。大したダメージはなかった。
「…まぁ良いでしょう。猟銃、わたくしの好きな物の一つです。人の娯楽によって絶滅した動物は多く存在していますからねぇ」
バサバサ、鳥の羽ばたく音がする。木々に茂みにひっそりと、しかしたくさん居る。こちらを覗いている。銃口の奥に瞳が見える。それらは決して許さない。自らを滅ぼすものを許さない。
「リョコウバト。かつて最も多くの数が居たとされていますが…乱獲によって絶滅しました。それは貴方、銃の悪魔もとい銃の普及によるものとされております」
「さぞ恨んでいるようで。まぁパトスキーの虐殺なんてこともしたんですから当然ですよねぇ」
無数の目が銃の悪魔を射抜く。絶滅の恨みは深く、根強く、ソレが滅んだ今も昏く残っている。
「少しばかり手加減してあげましょうとも…それに…もう手遅れな匂いがします。あぁなんと悲しいことでしょう。わたくしは失敗したのかもしれません」
「それでも、向かわないことにはまだわかりません。人は希望を持つものでしょう?なら私も希望を持ちましょう」
空が唐突に暗くなる。雲か夜か?いや違う。それは鳥の群れだ。頭が銃口に挿げ代わった異形の鳥の群れ。己を、子を、子々孫々を殺しつくしたものを許さないと地の底から這い上がって来た怨念。
たかだか体表に一つの穴しか開けられないのなら、無数の穴を開ければいい。百?千?足りないだろう。では万?いや、それでも足りない。ならば…
リョコウバトはかつて最も多く生きていた鳥と言われていた。正確な数は不明だが18世紀にはアメリカ全土で約50億羽が棲息したと考えられている。それほどまでに繁栄した鳥はしかし、人の欲の為に滅んだ。
数えきれない異形の鳥が銃の悪魔に視線を巡らす。それらは待っていた。主の命令を待っていた。自らを滅ぼした欲の象徴たる銃の悪魔を殺す命を。
「覚悟はいいですか? 銃の悪魔 目には目を…
世界を埋める銃口が一斉に鳴き声を上げた。
実は頑張って時間稼ぎをしていたのはこのリョコウバトを必死に裏で召喚しているからだったり…