転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
フロディがLv.2にランクアップしてから一か月ほど経過した。
その間、アルベイム王国とその関係する国々で色々なことが起きたので説明していこう。
まず、アルベイム王国はある決断を下した。
その決断とは、簡潔にまとめると限定的鎖国である。精霊が睨みを利かしているとはいえ、アルベイム王国に【
これにより、アルベイム王国の政府機関は、ほぼ毎日行われた議論の末、アルベイム王国の外交および貿易関係の全面的な見直しを決定した。これ以上、【
その結果、取引関係のある国から批判が噴出したが、そうは言ってられないのが国内の情勢なので無視することとなった。それはオラリオといえど例外ではない。
この鎖国と同時に、1年ほどの所要期間でランクアップしたフロディのことも知られた。大方、彼のランクアップを聞きつけたエルフ連中が自慢げに語っているであろうことは容易に想像できた。
これに対する反応は驚愕していた者が多くおり、中にはそのことに疑念を抱いたり、イカサマをしているのではないかという者たち(特に冒険者)がいたが、その成し遂げた偉業を聞くと【闇派閥】の影響がそこまで及んでいることに畏怖の念を抱いた者たちもまた多くいた。
そして王妃の死去も同時に知れ渡ると、世界中のエルフたちが発狂することとなった。
アルベイム王国に在住するエルフはもちろん、オラリオや『アルヴの王森』を筆頭としたエルフの里にいる者たちが、【闇派閥】に対する怒りと憎しみが沸きあがっており、もはやだれにも止められない有様となった。
* * *
その知らせは、オラリオにいるハイエルフの一人、リヴェリア・リヨス・アールヴにも届いていた。
「まさかフロディがランクアップとは………。ロキ、それは本当なのか?」
「何度も言うとるが全部ホンマのことやで、リヴェリア。まぁ、ダンジョンのない都市の外で最速ランクアップってのは、にわかに信じられへんけどなぁ~」
【ロキ・ファミリア】の本拠地である『黄昏の館』にて、アルベイム王国王妃の死去と、フロディの最速ランクアップを耳にしたエルフたちは、王妃の死去に対して悲しみと同時に怒りを抱いたり、その後に出たフロディのランクアップに喜んでいたりと、傍から見て忙しなく表情を変えていた。特に、フロディのランクアップには、世界最速の1年ということもあってか、【ロキ・ファミリア】どころか他の派閥に所属するエルフもまた、同様の反応を見せていた。
だが喜びの声がある一方、まだ7歳であるフロディがランクアップしたことに、エルフたちは、王子の周囲にいる者たちは何をしているんだという声も上がっていた。特に、フロディに戦わせていたという根拠不明の言いがかりを、顔も声も分かっていない
そんな喧騒とは離れて、リヴェリアはあくまでも冷静さを保とうとしていた。
「ロキ、フロディの主神……、たしかネメシスだったか、彼女はどんな女神か知っているか?」
「ネメシスかぁ。あいつが天界にいた頃は、色々悪さしとった神々を断罪していくような女神でなぁ。真面目というか、とにかく頑固な性格しとったやつや」
「真面目で頑固、か……。そんな神が、幼子に無理やり戦わせるようなことはすることは?」
「あいつに限って、それはない。他の連中とはまた違った形の『正義』を司ってるから、そんな酷い真似はせぇへんと思う。せやから、そのフロディという少年が自ら望んだことやと、ウチは思うでぇ」
ロキから見たネメシスの評価を聞いたリヴェリアは、今回のことはフロディが進んで行っていたことだと分かると、安心したかのように息を吐く。
まだ7歳の彼に無理やりにでも戦わせるようなろくでもない女神であったのなら、周囲から反対の声が上がろうとフロディを自派閥で保護することを決めていたリヴェリアは、彼の気持ちを尊重することにした。ロキから『ママ』と揶揄されることもある彼女の世話焼きな性質は、同じハイエルフのフロディ相手にも発揮していた。
「それにしても………、ネメシスが下界に降りてくるとはわえんかったわ………」
「どういう意味だ?」
「いや、あのな。ネメシスはどっちかというと下界で娯楽を楽しむようなタイプやないねん。他の神々のように娯楽目的で降りるようなやつやないんや。そんなやつが下界に降りてくるわ、ピンポイントでハイエルフを眷属にするわで、なんか裏があると思うんや」
「つまり………、フロディとネメシスには、何か秘密を抱えている、と?」
そこまで聞いたリヴェリアは、同族のフロディの抱えている秘密について気になってきた。だが、今の彼にそんなことをしてしまえば、彼からの心証を悪くしてしまう可能性もなくはないので自重することにしたリヴェリアは、彼がこの先、どのような道を進むのか思考に耽っていった。
* * *
そんな話題の中心となっている当のフロディは、王城内にある会議室へと足を踏み入れていた。
長卓の上には無数の文書と地図が並び、その中央にアルベイム王国にいる精霊の長スノーリが座している。彼の傍らには、契約しているニヨルドもおり、今さっき足を踏み入れてきたフロディに目を向けている。
「フロディ、お前が我々を呼びつけた理由を聞こう」
スノーリが厳粛な声音で問いかける。彼の左右には重臣たちが並び、すでに議場の空気は張り詰めていた。
ここ一か月、アルベイム王国は外部との関係を大幅に制限する制限的鎖国の方針を取り、その具体的運用を巡って連日議論が行われてきた。
国境管理、交易の縮小、希少金属の輸出の停止……。
外に広がる不穏な影――【闇派閥】の影響を考えれば、やむを得ない決断だった。
しかし、今日の議題はそれらと少し異なる。
フロディは主神ネメシスと並び立ち、一礼して口を開いた。
「本日の提案は、アルベイム王国の外交窓口についてです。限定的な鎖国とはいえ、外界を完全に断つわけには参りません。特にオラリオとは、闇派閥の動向を共有するため、最低限の連絡が必要となります」
スノーリは重く頷く。
「そこまでは理解している。だが、お前がわざわざ呼び付けた理由は?」
フロディは一呼吸置き、言った。
「――その窓口を、私が担いたいのです。外交大使として、オラリオへ赴きたい」
議場がざわりと揺れた。
「王子、それは……! オラリオは【闇派閥】が潜む土地ですぞ」
「鎖国を決めた矢先に、王族を外へ? 危険すぎる!」
大臣の声が次々と上がる。フロディはそのすべてを受け止めるように視線を上げた。
「皆の懸念は理解しています。しかし、アルベイムが鎖国に踏み切ったことで、周辺諸国は我らに不信感を抱き始めている。特にオラリオには、事実上の決別とさえ曲解されつつあるのです」
実際、これまで友好関係を築いていた国々からも不満の声が届いていた。突然の制限措置は、どうしても『拒絶』に見えてしまう。
「誤解を放置すれば、【闇派閥】に利用されかねません。彼らは国々の対立を喜びます。だからこそ、こちらの真意を伝える役目が必要なのです」
スノーリは眉間に皺を寄せた。
「外交の必要性は認めよう。しかし、なぜ王子自ら行く? 他の者を遣わせてもよかろう」
フロディはその問いを待っていたように、静かに答えた。
「先日の闇派閥幹部――アルディとスキュールンの討伐により、彼らは私の存在を確実に警戒しています。ならば、その敵視を逆手に取り、現地で情報を得る方が効率的です」
大臣たちが再びざわめく。
そのとき、フロディの隣でネメシスが歩み出た。
「もちろん、彼を単独で行かせるつもりはありません」
女神の声は静謐で、しかし凛として響いた。
「【闇派閥】は平和に亀裂を入れる存在。『義憤』を司る女神として、私にも相応の責務があります。外交交渉はフロディが担い、私は補佐として同行する――そういう形であれば、王国の負担は最小限に抑えられるはずです」
その物言いは、あくまで国家のためになる提案であることを示していた。
「あなた方が“外交断絶”を選ぶのであれば、それでも構いません。ただ、私たち二人だけは、【闇派閥】の脅威に向き合うため、彼らを食い止めるために動かなければならない。それが、この提案に込めた我々の想いです」
議場に静寂が落ちた。
会議に出席している者たちは互いに目を合わせ、慎重に思考を巡らせる。
スノーリさえも、女神の言葉に反論することはできず、やがて深い息を吐いた。
「……急な提案ではあるが、無視すべきではない。本日の議題として、丁寧に検討していこうではないか」
司会役のニヨルドが静かに目を揺らし、会議は続行された。
こうして、この日の会議は夜更けまで行われることとなった。
最終的に、アルベイム王国の外交方針を左右する大きな決断が下されることになるのだった。
* * *
「上手くいけたね、ネメシス」
「えぇ。さっそく準備に取り掛かりましょう」
そう言って資料や武器などを確認しながらまとめているのは、フロディとネメシスであった。
この二人が提案してきたものは、二人で考えたもので、合法的にオラリオに行けることを押し通すものでもあった。
もちろん、あの提案に出てきた言葉に、嘘偽りはないが、比重としてみてみると、【闇派閥】の撲滅という気持ちが大きかったのもまた事実だ。だが、そんなことを正直に言ってしまうと、オラリオにいる冒険者に丸投げするような結論になるのは火を見るより明らかであった。
そこで、これから限定的鎖国を進めていく彼らを説得するために、二人で意見を出し合って最終的にまとめられたのが、外交大使としてオラリオに行くというものであった。提案の中にあったように、国の利益のためになることもあり、その提案は検討された。
時に紛糾しながら進められて、長い時間をかけていった結果、フロディとネメシスの提案が条件付きで通った。
その条件とは、死なないことというシンプルなもので、第一王子であるフロディが死ぬと王位継承を巡って国が荒れることを推察したことで、このような条件を出したのだ。
とにかく、身の安全を最優先にしろというもので、スキルのこともあってか何とも言えない気持ちになったフロディであるが、相手の言い分も十分に理解しているので、大人しく従うこととなった。
「オラリオでの拠点は、アルベイム王国の大使館ということになるね」
「えぇ。ですがそのままですと不便なこともあるので、オラリオに着いてから知り合いの神々に相談していきます。それ次第で、大幅に改築するのかもしれません」
「リフォームってこと?じゃあ、建築ができるファミリアというか、業者も探さなきゃいけないね」
今後について話し合っていく二人は、準備を進めていき、具体的な日程も決めていったことでしばらくの静養に入った。
* * *
「あれがオラリオか…………」
会議が終わってからしばらくの日々が経過し、オラリオに着いたフロディとネメシスは、オラリオへと向かっていった。
そしてようやくその都市を視界に収めると、どこか緊張した面持ちでいるフロディにネメシスは軽く微笑んだ。
「そんな顔をしないでくださいよ。これからがスタートと言えるのですから」
「けど、何かいやーな予感がするんだよな~」
そう言ったフロディは、緊張を誤魔化すかのように握りこぶしを作って力を籠めるが、不意に頭をなでられたため、ネメシスを見上げる。
「最初から緊張していると、これから起こるであろう心労がさらに降りかかってきますから、最初は気楽に構えた方が精神的な負担が軽くなりますよ」
「うん………。気楽に、か………」
アルベイム王国で起きたこともあってか、【闇派閥】の脅威に向き合うことに使命感に似たものを抱いているフロディとしては、気楽に行こうというのはやりづらいものであるが、ネメシスの言い分に理解を示したことで、心を新たにしてそびえたつオラリオの外壁に向き合っていく。
あくまでも外交大使としてオラリオに在住することになるが、この先、どのような未来が起きるのか、フロディは一抹の不安を抱きながらも、歩みを止めなかった。
ここに、フロディの新たな戦いが始まろうとしていた。