転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
ペイルこと板東巧斗が、フロディを誘拐したのとほぼ同時の出来事であった。
ペイルによって気絶させられたトリウィアは、妙な風に包まれながら、彼女にとっては見慣れた神殿の中で目覚めた。
「私は、一体………」
「目覚めたか?」
状況を把握しようとしたトリウィアに対し、神殿における玉座ともいえる上座に座っている男神がいた。厳かな声音で質問するその男神は、どこか不機嫌であった。
「ケツァルコアトルじゃないか。どうしてそんなに機嫌が悪いんだい?」
「お前のために力を使ったのかと思うと、何をやらかしているんだと呆れている。今回はもちろん、7年前もだ。」
心底不愉快という表情をしながらも、トリウィアのことをしっかりと救出しているあたり、面倒見がいいというか、甘いというべきか、仲間意識が根底に存在するケツァルコアトルは、トリウィアに目を向ける。
「して、お前がやられることになったあの男は―――」
「えぇ、7年前に出会ったどす黒い魂の子ね。なんで彼がこの世界に…………?」
トリウィアからしてみれば、手を下した覚えのない男が次元の壁を越えて異世界にやってきたことになるので、彼女自身も頭の中に疑問を浮かべて戸惑っていた。
「せっかく
トリウィアは、心の底から不愉快と言わんばかりの表情をして拳を握り締めるが、一方のケツァルコアトルは思考に耽っていた。
(異世界からの転移…………。厄介極まりないものが増えたな…………)
ケツァルコアトルは、一応心当たりはあることからそれを確かめることを決める。それと同時に予想通りであった場合、自分の手で八つ裂きにしてしまうほど怒り狂うことも予想してしまう。
「奴については我が対処しよう」
「そんなこと言っておいて、どうせ下界にいるあなたの
ケツァルコアトルの性質を理解しているトリウィアは、どこか呆れた目を向ける。
得物の鎌を担いでその場を去るトリウィアの背を見送りながら、ケツァルコアトルは一人ため息をつく。だが、その後には何か思いついたかのように、満面の笑みを浮かべた。
* * *
一方のオラリオでは、都市の憲兵である【ガネーシャ・ファミリア】、派閥の垣根を越えて結集したエルフたちが、都市の中を縦横無尽に駆け回っていた。
エルフたちは、目を血走らせながらフロディのことを探しており、その表情からは焦りがにじみ出ている。そんな彼らの鬼気迫る雰囲気に気圧されているのか、都市に住まう恩恵を持たない一般人はもちろんのこと、いくつかの冒険者でさえも恐怖を覚えていた。
「少しでも怪しいところは隈なく探せ!」
「【
このように、フロディのいた大使館を襲撃して誘拐した【
その中で、当然というべきか、旗頭ともいえる役割を担っている人物が、フロディと同じハイエルフのリヴェリアであった。
「フロディ………、あの子は無事だろうか………」
「少しは落ち着かんか、リヴェリア。女神ネメシスも、恩恵は途切れておらんと言っておる」
「うん。その上、誘拐したということは、何かしらの理由でまだ生かしてるということだ。当分の間は、まだ大丈夫だと思うよ」
焦りがあるように見えるリヴェリアを、彼女と同じ【ロキ・ファミリア】の『三首領』と目されているフィン・ディムナとガレス・ランドロックが宥めるように諭す。
フロディが誘拐されてから2日ほど経過しても、フロディの足取りはもちろん、【
リヴェリアも例外ではない。彼女の場合、同じ王族ということもあって気にかけており、断られても無理やり一緒にいるべきだったと後悔している。
「ニヨルド国王も、今回の事態を重く見てオラリオにやってきたそうだ」
「ニヨルドが……?あいつがやってくるとは予想もしていなかったが………」
フィンの報告にリヴェリアは、王国の国王であるニヨルドがわざわざやってきたことに驚きながらも、息子への愛情を知っていることから、そういう行動を起こしてもおかしくはないだろうと納得する。
「一緒にいた【ガネーシャ・ファミリア】の
「それを待てるまで、あの子が無事なのか分からない。一刻も早く、救い出さなければ………!!」
ガレスの言葉に、またもや焦りを示すリヴェリアを宥めながら、フィンは頭の中で思考する。
(そもそも、どうして彼は襲撃されたんだ………?人質なら、すでに何かしらの牽制がされてもおかしくはないのに…………)
2日ほど経過しても、【闇派閥】の方から脅しに該当する声明がなされていないことから、単純に人質をとっての牽制が目的ではないと考えてしまう。それこそ、向こうに考えがあってまだされていないということもあるが、どうにもフィンには違和感があった。
結局、このフィンの違和感は当たってはいるのだが、今は目の前のハイエルフを落ち着かせることにした。
一方、フロディの主神であるネメシスは、襲撃により壊れた大使館にいた。傍らには、フロディの父・ニヨルドもいて、大使館の周辺には護衛のためにやってきたアルベイム王国の兵士、そしてオラリオにいるエルフの冒険者がいた。
「女神ネメシス、フロディは無事なんでしょうね!?」
「えぇ。まだ彼に刻んだ恩恵は消えていません。少なくとも命はあります」
「そ、そうか………。【闇派閥】に狙われることは覚悟していたが、まさかこんなに早くだとは思いもしなかった…………」
憔悴しきった声でいうニヨルドに、ネメシスは無理もないと思っていた。愛息子かつ唯一の家族が危険な連中に誘拐されたのだ、そういう思いになっても仕方のないことだ。
何より、ネメシス自身も、
「彼らはどのようにここに来たんだ?しかも、女神ネメシスが不在だったのをどうして知っていたんだ…………?」
ニヨルドが当然の疑問を思い浮かばせるが、ネメシスには薄々見当がついていた。
(ギルドの内通者…………、その者が情報を齎していたのは間違いありませんが…………、どうして誘拐したのでしょうか………?)
目的については分からないが、情報を漏らした人物については察しがついているネメシスは、大使館の中を見渡してどこか違和感を覚える。
そして、やがてたどり着いたのは、フロディが戦っていたところに行きつくと、妙な気配を感じ取った。
(これは………、魔力とは別の何か………、それに、この傷跡は………!?)
フロディの戦っていた場所には多くの傷跡が存在する。床はもちろん、壁にもいくつか存在しており、なぜかそこから妙な風を感じ取ることができた。そして、その壁につけられた痕跡を見て、ある存在に気付く。
(これは、トリウィアの持つあの鎌………?まさか、ヘルメスの言っていたことが当たっていたとは…………)
フロディが誘拐されたのとほぼ同時に、トリウィアもその場にいたことに行きついたネメシスは、いつでもどこでも現れかねないケツァルコアトルに対して警戒の念を抱く。
* * *
オラリオにおける騒動の渦中にいるフロディは、手錠をかけられている状態で【闇派閥】の隠れ家にいるが、どこか快適さも窺える環境で過ごしていた。
「それで?君は本当に倉本清剛であってるのかい?」
「だからそうだと言ってるでしょ?巧斗も、『先生』だのペイルだの言われてるけど、一体どうしたんだ?」
そこには、片や眼鏡をかけたヒューマンの大人、片や手錠をかけらてるハイエルフの少年が向かい合って話し合っている。
その場には、つい2日前まで敵同士であったのに、どこか旧友のような雰囲気を醸し出しながら会話を続いていくことに、違和感を覚えているが、それは二人にとってどうでもいいことであった。
「まあ、僕の名前を知っているのは、この世界にいるのはあまりいないから納得するけど、よく気づいたね、清剛ちゃん………。何がどうしてそうなったの?」
「それは俺も分かってない。トリウィアとかいう精霊が原因で死んだら、ハイエルフに転生したとしか言えないよ」
「なるほど、転生ね………。というか、あの女ってトリウィアって名前なんだ…………」
大体の事情について理解はした巧斗は、眼鏡を右手で直しそのまま小指で眉毛をかくと、次の質問に移っていく。
「それで?清剛ちゃんは今、アルベイム王国の第一王子ってことになってるけど、それが何でオラリオにやってきたの?君がわざわざここに来る理由は思いつかないけど…………」
「嘘つけ、お前なら分かるだろ。…………言ってみれば、【闇派閥】への落とし前だ」
「はぁ…………、やっぱそうなるかぁ…………」
「なぁ巧斗、どうしてお前はこの世界にやってきたんだ?しかも、元の姿のままで…………」
フロディは巧斗のその姿を見て、疑問を投げた。
巧斗の姿は、フロディの前世の頃からあまり変わっていない。7年の時を経ていることで、大人っぽい雰囲気があるという変化だけで、声はもちろん全体的な容姿も変わっていない。一度死んだということもないように見えるので、フロディがそんな疑問を投げるのは仕方のないことであった。
「あぁ。それは君みたいに転生ではなく、転移したからだよ。君を追ってね」
「は?」
「そんなリアクションになるのも無理はないよ、清剛ちゃん。少しずつ説明していくから……」
そういって二人分の紅茶を準備していく巧斗に、フロディは席に座って待つ。手錠が邪魔になるが、それを気にすることなく巧斗を待った。
「まず、君が死んだ後のことだ。例の鎌を持った女………確かトリウィアだったかい?トリウィアがまだ君が死んだ現場にいたのを、後から僕も追ってたどり着いたのとほぼ同時に見つけたんだ。そしたらさ…………、トリウィアは変な風に包まれながら消えたんだ」
「変な風?」
「うん、変な風。それで、トリウィアは去り際、こんなことを言っていたんだ。『また異世界に向かうか。よろしく、ケツァルコアトル』って」
「ケツァルコアトル…………!!」
つい先日聞いた男神の名前に、フロディは驚く。巧斗の説明は続いていく。
「それで、僕はケツァルコアトルについて徹底的に調べた。彼の男神は、アステカ神話に登場する神であることが分かったんだ。その神話の中で、彼は第2の太陽とまで呼ばれるほどのすごい神だった」
「太陽?じゃあ、それがどうして異世界を行き来できるんだよ?」
「彼は神話の中で人類創造にも関わっていてね。その過程でミクトランという冥府にも現れたんだ。推測でしかないけど、彼の異世界転移能力は、神話で冥府に行ったのとほぼ同じ原理なのかもしれないね」
巧斗によるケツァルコアトルについての説明を聞いたフロディは、納得しながらも根本的な疑問を改めて突き付けていく。
「ケツァルコアトルについては、俺も理解した。けどお前のその転移は、ケツァルコアトルとどういう関係があんの?」
「ケツァルコアトルについて徹底的に調べたって言ったでしょ?それで、色々なところを調べ回ったらさ、見つけちゃったんだよ。遺跡をね………」
どこか自慢するかのように話す巧斗に、フロディは続きの言葉を待つ。
「その遺跡にはさ、ケツァルコアトルの原初の異世界転移の方法が記されていたんだ。考古学を学んだおかげでそれが分かった僕は、遺跡に書かれた通りの手順でやったらさ、すごい風が吹いて、気づいたらこの世界に来たってわけさ」
『何を言ってるんだ、こいつ』と言わんばかりの戸惑いの表情をするフロディに、巧斗はそんな反応も想定できていたのか、紅茶をすすりながら苦笑する。
「そういうわけで、僕は今、ここにいるんだ。理解できたかい?」
「頭を冷やさせてくれ、頼む………」
頭を抱えながらそういうフロディは、少しずつ情報を整理していく。ひとまず、落ち着かせてから、再度巧斗に向き合う。
「ケツァルコアトルについて、何か知ってることはないか?こっちでも、ヘルメスからいくつか聞いたくらいで、それ以外は全くと言ってもいいほど情報をつかめていないんだ」
「それは僕も同じさ、清剛ちゃん。ケツァルコアトルがそもそも下界にいるのかさえ、全く分からないんだ。だから、君の期待に応えられるものはない」
そう言い放った巧斗に、フロディはそのまま飲み込む。
「それにしても、君がハイエルフに転生だなんて………、随分似合わないじゃないか」
「そんなに言う?」
「言うさ。だって戦い方が昔と同じステゴロだし、こうやってアクティブに活動してる時点で王族らしくもないさ。まあ、前世に関しても異常だけど」
「前世に関しては、まあ、施設育ち以外は普通だろ?」
「身分とかはね。けど、いじめから僕を守ってくれた時、君随分と相手をぼこぼこにしたじゃん」
前世について談笑していく二人の間には、先ほどまでとは異なり、どこか温かみのある雰囲気が醸し出されていった。紅茶をたしなんでいることもあり、どこかお茶会を彷彿とさせる。
「あれは、お前が傷ついてしまうかもって、思わず………」
「それは感謝するけど、結構驚いたんだからね。真っ当に生活してたら、人を殴ることはできないし、それを差し引いても1年生で6年生をぼこぼこにするなんて聞いたことないよ」
呆れた目を向ける巧斗に、フロディは苦笑いするしかなかった。
* * *
こうして、どこか柔らかい雰囲気を醸し出しながら続けられた談笑は終わると、フロディは手錠付きながらも、巧斗に与えられた部屋で過ごしていた。
そして、フロディは部屋の中で妙な違和感を覚えていた。
(巧斗がこの世界にやってきたのはいいが…………、そもそも、遺跡に書かれた手順ってなんだ?あいつ魔法とか使えないよな…………?)
その日のうちに説明された巧斗の異世界転移について、改めて疑問に思うことを整理していく。
(それに、あいつはどんな目的でこの世界に………、ていうか、あいつがいた驚きで忘れてたけど、あいつが【闇派閥】にいる理由はなんだ?)
考えれば考えるほど疑問が湧いて出てくることに、フロディは頭を抱えていく。
そして、頭を抱えていた手をどけて、一度机に頭を思いっきり―――それも血が出るほど、打ち付けていく。
ドンッ!!!
結構大き目な音が響き渡ると、フロディはその場にうつぶせで倒れる。音を聞きつけたのか、見張りの男がやってきて、倒れているフロディを見ると慌てて近寄ってくる。
「おい、ハイエルフ!!何してるんだ、一体………。ペイル様から死なせないようにって、言われているのに…………」
どこか愚痴を零しながらやってくるその男は、フロディを起こそうとするが、次の瞬間、フロディに組敷かれることになる。
「なっ………!?」
「悪いね」
見張りが戸惑うのを間髪入れずに首を絞めていくフロディは、その手に力を込めていく。無論、相手の男も抵抗するが、やがて力を失い、意識を失っていった。
「君が間抜けで助かったよ」
そう言いながら、見張りの男の服を漁っていき、鍵を手に入れると、自分に掛けられていた手錠を外し、見張りの男が持っていた槍を携える。
(すまないが、巧斗………。お前のこと、どうにも疑ってしまうよ…………)
心の中で謝りながら、かつての幼馴染が隠しているであろう秘密を探りに行くフロディであるが、その秘密が原因で完全に決裂し、血で血を洗う殺し合いが起きるとは思いもしなかった。