転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
前世追憶
東京都内 某所
夏が過ぎ去り、これから秋に移行しようとする季節の中、どこか涼し気な、しかし夏の暑さが残っている天気の日だ。
そんな中、両手いっぱいに荷物を抱えて歩いている男がいた。
「牛乳、卵、トマト、キャベツ……、もう買うものはないな。」
荷物の中身は大量の食材で、複数のスーパーを回りながら買っていたことが分かる。その様は目立っており、すれ違う人が二度見していた。そんな彼も大量の荷物を抱えていることから腕に疲労感が蓄積されてくる。
そんな疲れた顔をする高校生の彼―倉本清剛は、今一度買ったものを確認しながら帰路に就く。そして見えてくるのは彼にとっての家―『児童養護施設アジサイ』である。
倉本清剛は孤児である。両親は、彼が生まれて間もない頃に事故で亡くなってしまい、一時期は親戚の元をたらい回しにされて生活したが、やがてこの施設に移り住むことになったのだ。
彼が今、こうやって多くの多くの荷物を抱えているのは、買い出しのためである。『アジサイ』は、大舎制という大人数の子供たちが住んでいることもあり、施設長を始めとした職員だけでは手が回らなくなることが多い。そんな中、清剛は自ら名乗り出て、小学生の頃から率先的に手伝うようになった。その時の様子を見続けている施設長の長岡慶次は、心底申し訳なさそうな顔をしていた。清剛からしてみれば、自分を拾ってくれた長岡さんに恩返ししたいというものであるが、その他にも清剛自身の、生来の優しさもあるのかもしれない。
とにかく、孤児で施設育ちという点以外では、倉本清剛は平凡な生活を送っている高校生であった。
* * *
『アジサイ』に帰り、皆が集まる大広間に行くと、すでに晩御飯を食べている子供たちが大勢いた。そのような光景を見ていると、満面の笑顔で子供たちに帰ってきたことを知らせてあいさつを交わす。買い出しで手に入れた食料を職員に渡した後、運ばれてきた夕ご飯を食べながら、子供たちと今日一日起きたことを話していく。
「清剛兄ちゃん!今日学校のテストで一番だったよ!!」
「おぉ!一番を取ったのか!順平はすごいな!!」
「お兄ちゃん、私、今日のごはん作ったんだよ!!」
「里香が作ってくれたのか!じゃあ、おいしくいただくよ!」
「にいちゃん!おれ、かけっこでいちばんとれた!」
「この中でも一番足が速いもんな、亮は。運動会おれも行きたかったよ!」
清剛は同じ高校の友人は少ない方ではあるが、こういった子供との触れ合いは心地よく感じていることもあり、施設にいる子供たちとは結構な頻度で交流を重ねていた。子供たちの方も、そんな清剛によく懐いており、今もこうやって会話をしている。
会話がひと段落したところで、清剛は夕ご飯を食べながら参考書を読んでいる。そんな清剛に近づいてくるのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の男だ。
「やぁ清剛ちゃん。今日もお疲れ様」
「巧斗か。ちょうどよかったよ。この問題の解説を読んだけどあんま分かんなくてさ、教えてくれない?」
「あぁ、この問題ね。ここはこの公式を展開させて……」
見た目に違わぬ優秀な成績を誇っている巧斗が、紙に公式を書き、数式を次々に展開させて教えていく。
彼――桐原巧斗は、清剛と同じ孤児である。彼が5歳だった頃、父親が病気で亡くなり、残された母親が巧斗のために育児と仕事をしていった結果、巧斗が8歳になったときに過労死することとなった。その後、親戚も頼れることができないので『アジサイ』へと住むことになった。その際、同い年で同じ時期に『アジサイ』に入った清剛と知り合ってからの付き合いとなっている。
一通り教えた巧斗は、右手で眼鏡を直し、そのまま小指で眉毛をかく。彼の昔からの癖だ。
「それにしても、ほぼ毎日学校終わりに手伝いって中々疲れるスケジュールじゃない?そんで終わればすぐに勉強は、さすがに根を詰めすぎだと思うよ」
「その手伝いもしばらくはやらないようにって長岡さんにも言われたよ。受験もあるからね」
「あぁ、それを聞いて安心したけど……やっぱり、教師になりたいんだったか?」
「あぁ、変える気はないよ。」
「でも激務な上に給料も低いってよく聞くぞ。私立の方はあんま詳しくないけど、国公立の方はそうだって事実認定されてるし……」
「俺は金のために働くんだったら、もっと別の職に就くよ。けど、人の成長に思いっきり関わる教師って道は俺がやりがいをもって働けるからな。施設長みたいな人になりたいし」
現在の施設内では、清剛が一番長岡のことを慕っている。親身になって金のことや進路のことについて相談に応じてくれたり、どんな選択をしても背中を押してくれた彼に感謝している人は、すでに自立して施設を出た人を含めて数多く存在している。
そんな長岡の前職は教師であったことから、清剛も彼に憧れて教師になることを決めたのだ。
「そうだった。清剛ちゃんは昔からそんな感じだったな」
「おう、俺の意志は固いぜ~」
「そんなに言われたら何も言えねえよ、これ以上は。コーヒーでも淹れてくるよ」
「お、ありがとね」
そう言って席を外した巧斗。
その後ろ姿を見た清剛は、初めて出会ったことを思い出していた。
二人は今では親友となっているが、最初からではない。
出会った頃の巧斗はどこか交流を断絶していた。そんな彼を懸命に話しかけていたのが清剛であり、巧斗から鬱陶しく思われながらも、会話のキャッチボールはできていた。
巧斗がいじめられていたときは清剛がやり返し、清剛が困っているときは巧斗が助言して解決させるなど、お互いに助け合うことが当たり前のようになってきたのだ。
「はい、コーヒー……、ってなんだその顔?」
戻ってきた巧斗が怪訝な表情をする。
「別に?何でもないよ」
「誤魔化したって無駄だぞ。てっきり初めて会ったころのことを思い出してるでしょ」
巧斗には見抜かれてた。
「やっぱり分かるか~」
「何年の付き合いだと思ってんの?考えてることくらいわかるって」
コーヒーを受け取った清剛は苦笑していた。
「やっぱりお前には敵わないよ。」
「はぁ、僕は部屋に戻って本でも読むよ」
「うん。俺はもう少し勉強してから寝るわ」
「じゃあ、おやすみ」
「また明日~」
そう言って、巧斗は寝室に向かい、清剛はそのまま残る。
しかし、清剛の言った「また明日」という言葉はその言葉通りにはならなかった。
数時間後に、自分が死ぬことになろうとは微塵も思いもしなかった……
* * *
『アジサイ』から少し距離の離れた、新築マンションの工事現場にて、その屋上に佇んでいるのは、全身が黒いローブに包まれている者だった。
「あの魂…、相変わらず、目を見張る輝きを放っているわね……」
その者は、声と体格から女であることは推測できるが、それ以外のことは分かりづらい。ローブの隙間からわかる肌の色は青白く、細めの体格をしていたので人によっては、死神と思われていても仕方ない風貌だ。
そんな女の目線の先は、件の『アジサイ』に向けられていた。いや、正確には、『アジサイ』の住民の一人といった方がいい。清剛のことだ。
「あの魂の輝きを……この手に……」
そう言って得物であろう鎌を取り出した。
妙な気配のするこの鎌だが、これは魂を刈り取ることができる
恍惚な表情をして鎌を肩にかけた女は、その魂、つまり清剛を手に入れるために、屋上からその身を投げ出し、行動を開始した。
* * *
「よし、これでキリがついたな」
夜遅くまで勉強をしていた清剛は、勉強に使っていた筆記具や参考書といったものを片付けていった。
これから風呂に入って寝ようとしたところに―
パリィン!!
ガラスが割れたような音が響き、思わずを動きを止めてしまった。
髪を耳にかけながら、恐る恐る音の発生源へと向かっていく。施設の構造を考えて、大広間から出た廊下あたりから音がしたのだと目星をつけて移動する。
「清剛ちゃん……」
大広間を出ようとしたところで後ろから巧斗の声がして振り返ると、寝間着姿をした巧斗が箒を持ちながら立っていた。
「今の音って、多分窓が割れた音だよね?……てことは泥棒か?」
「その可能性があるからこれを持ってきたんだよ」
「何か起きるのかもしれない。さっさと行こ……」
泥棒かいたずらか、何が起きるのか分からない状況であるからか、恐怖を押し殺していくが、次の瞬間―
『キャァアアア!!!』
『イヤァアアアー!!!』
悲鳴が鳴り響いてきた。
「巧斗!!」
「うん!!」
もはやなりふり構っていられない。躊躇することはないと判断してさっさと向かう。今の悲鳴を聞いてしまえば、他の子どもたちは起きて何が起きたのか心配してしまう。その結果、今度はその子供たちが次なる犠牲者となってしまうことが十分に考えられるのだ。
そんなことがあってたまるか!!
そういう思いで、清剛は一気に駆け出していく。その悲鳴の発生源に着くと、異様な光景が見えた。
まず、全身をローブで包まれている人間がいた。その人は、右手で自分よりも長さの大きい鎌を携えていた。体格は大き目で、成人男性の平均身長に近い清剛や巧斗と比べてもあまり変わらないことがわかる。
そして、その人の足元を注視すると――血みどろになった女性職員がうつぶせで倒れ伏し、彼女の背中には鎌で切られたであろう大きな傷が確認された。その鎌を持った人の左手をよく見てみると、一緒にお話をしていた少女――里香が首を掴まれていた。彼女の顔には殴られた痕跡が見受けられ、息をしているのかどうか怪しい。
状況を理解し、唖然としてしまう清剛だが、次の瞬間には恐怖といったものがなくなっていた。
「何をしてるんだぁああ!!!」
二人の命を手にかけたであろう下手人に向かって、清剛は思わずそう叫んだ。
すると、その下手人は清剛の方に顔を向けて、
「あら?まあ♡」
彼の顔を見るや否や、まるで恋する乙女のような弾んだ声を漏らした。
声と口調から女性であることがはっきり分かるが、そんなことを頭の中に入れようとしない清剛は、その女に駆け出して行った。
「清剛ちゃん!!行くな!!」
後ろから巧斗が止めようとするが、それに構わず近づいていく。
「初めまして、かしら?私の名は……」
自己紹介をしようとした女を気にも留めず、清剛は――
「うぉおりゃっ!!」
ボキッ!!
彼女の顔に向かってパンチを繰り出した。
清剛の躊躇のないパンチを顔に受けた女は、怪我をしていそうなものだが、彼女は一切けがを負っていない。さっきの音は、彼女の顔から発生したものではなく、清剛の拳から発生したものだからだ。
「なかなかいいパンチね♡興奮するわ♡」
次の瞬間、鎌を捨て去り、鎌を持っていた右手で清剛の胸倉をつかんで頭突きを繰り出した。パンチを繰り出したときに岩のような固さを持っていた彼女の頭部から、繰り出される頭突きは常人の繰り出す頭突きとは比べ物にならない。それは、さながら鉄パイプや金属バットを始めとした鈍器で殴られるのと変わりない衝撃が彼を襲う。
「ぐおっ!?」
脳が揺れるような感覚を味わい、意識がぐらついてしまうような感覚に陥るが、何とか理性を保って相手を睨む。
その眼光に相手の女は、さらに興奮するような息遣いをしていた。
「えぇ、えぇ、その調子だわ!その調子で私を満たしてちょうだい!!」
もう一度殴りかかろうとした瞬間、箒をもって突きを繰り出した巧斗が清剛と女を引きはがそうとする。しかし、岩を彷彿とさせる強固さを持っている彼女にそんなものは何ひとつ意味がなかった。
「うっとおしいわね」
ハエでも払うかのような手つきで巧斗を攻撃し、攻撃を受けた箇所である腹をおさえながら苦悶の表情をする。
「巧斗っ!!」
その光景を見た清剛はさらに怒り具合が増していった。
胸倉をつかまれている状態であるが、そこから両足を上げて片足が首にかかるようにする。素人ということもあり不慣れだが三角締めを決めたのだ。
バランスを崩させるのに成功させた清剛は、拘束が緩むのと同時に女と距離を取り、巧斗の元へと駆け寄る。
「大丈夫か、巧斗!?」
「うぅ……、痛い……。」
腹をおさえながらそう漏らす巧斗は、冷静に状況を見極めようとした。
「清剛ちゃん、さっさと逃げよう。僕たちだけでも」
「えっ?」
「あの化け物から、俺たちだけでも逃げるんだよ!あんなのに殺されて終わる人生なんてまっぴらごめんだ!!」
「他の子たちはどうするんだよ!?」
「見捨てるしかないだろう!あいつが犯人であることを誰が証明するんだ!?」
清剛と巧斗の二人の間で言い争いが勃発した。
こういう状況の下、あくまでも自分たちの命を優先する巧斗と、施設の皆を守ることを優先する清剛の間には、考えが見事に食い違う。
「それに……ここから逃げても、どんな劣悪な環境にいても……、清剛、お前とならいつだって生きていけるんだ……。だから……」
「だから皆を見捨てようってことか!?長岡さんたちへの恩を忘れたのか!?」
「忘れてるわけじゃない。だが、もうこれでは……」
「そろそろお時間いいかしら?」
さっきから無言だった女が尋ねてきた。
その声に二人はバッと振り返る。
「なら、我慢できないわ!!!」
瞬間移動のように目の前に近づけられ、認識する頃にはもう、清剛は抱き着かれたかのような態勢で連れていかれた。
* * *
「は、離せ!!」
「いや、離さないわ、清剛♡」
耳元で囁かれるような、甘ったるい声音をしているこの女に、心底気持ち悪いと感じた清剛は、気づけば廃ビルの最上階に連れていかれた。
「ここなら、誰にも邪魔されないわ」
そう言って清剛を仰向けに組み敷いて、彼の腹の上に馬乗りになる。逃れようとするも、肩を押さえつけられて身動きが取れず、やがて眼前に女の顔が広がっていた。
「お前は一体誰なんだ!?なんで彼女たちを殺したんだ!?」
「あらあら、そんな乱暴に言われると悲しいわ……。けど教えてあげる。私の名はトリウィア。そして私の目的はあなたで、彼女たちを殺したのは成り行きよ」
その台詞を聞いて、暫し思考停止状態となった。そして、さらに疑問が生まれる。
「目的が俺だとしたら、なんで俺だけを狙わなかった!?どうして!?」
「そんな質問ばかりだとつまらない会話になるわ」
そう言って頭部に掛かっていたローブをはぎ取り、その顔の全貌が明らかにされる。まず、目を引くのは彼女の銀色のショートヘアーであった。そして、顔をよく見ると、不健康と形容してもいい青白い色合いをした肌をしていたが、彼女の顔立ちそのものは整っていて、もし何も知らない状態であったのなら、彼女に見惚れていてもおかしくはない美人であった。
「さっき、あなたがいたところ……、たしか『アジサイ』だったかしら?そこで急に窓ガラスを割って侵入したけど、どうして誰も起きなかったのかしら?」
それを言われて「言われてみれば……」と清剛は思った。部屋で読書していた巧斗はいいとして、大抵あの音を聞けば誰かしら目を覚ましてもよいだろう。その答えになるものを、
「それはね、私の能力ともいえるの。すでに眠っている者は私がなにをしても起きることはないわ。けどあなたやあの女の子たちみたいに、起きている人はさすがにバレてしまうの。そして彼女たちは私に気付いたの。そういうのを見られたら、殺すしかないじゃない?」
おそらく、里香と職員の女性は、トイレか仕事かで起きていたのかもしれない。そしてトリウィアに気付き、証拠隠滅のために鎌で殺された。ところどころ、何を言ってるのか分からないものもあるが、大まかにまとめるとそんな感じだと整理できた。
そういうことを理解した清剛は、怒りの炎がまた燃え上がった。
「ふざけるのも大概にしろ!!そもそも、なんで俺を狙おうと……」
「なんで?それはね、あなたの魂にあるの」
どこか湿度の高い声質をしたトリウィアに思わず息を呑み、彼女から両頬を包まれて顔を近づけられる。少し顔を動かしたらキスしても不思議ではない距離感だ。
「最初はね、私自身何一つ意図していなかったの。これは本当よ。だって、人間の魂はどれもこれも同じもの。ちょっときれいなものもあれば、どす黒いものもある。あなたの友人である、さっきの……巧斗だったっけ?彼もどこかどす黒い魂をしていたのよ。今までもどす黒い魂を見てきたけど彼のような年齢であんなにもどす黒い魂を見たのは初めてだわ。だから最初、私は彼に興味を持っていたけど、その後すぐにあなたを見つけ出したわ。翡翠色で光り輝く魂をもったあなたに。確かあなたが13歳くらいのことかしら。あなたの持つ魂は人間の中ではもちろんのこと、精霊や神々の中でも見かけることは滅多にないようなとても珍しいものなのよ。あなたの魂を見た瞬間、私の中が弾けるような感覚に陥った。眩しすぎて、美しすぎて、自分の理性が確実に壊れるような音がしたという錯覚もしたわ。あなたの魂は美しく、透明で、けど、何かあれば壊れてしまいそうな脆弱さもあるあなたの魂を見て思ったの。『欲しい』って。それが私の中に埋め尽くされたの。あなたのお友達のどす黒い魂は興味があるけど、それ以上にあなたのことが頭から離れることができなくなってしまったの。私の瞳はあなたの魂に縫い付けられたかのように離れられない。『私たち』は魂を選り好みすることはご法度ともいえるような体制だけど、そんなものなんてどうでもいいと思えるほど、あなたの魂は、私の理性を奪っていったの。あなたの魂を見て以来、他の魂はどこか魅力に欠けててどうしようもないものが多かったからあなたの魂が唯一にして絶対の、至上のものであることを確信して言えるわ。もう一度あなたのことを見た時、あなたは微笑んでいた。人のことを思いやり、時には泣くことになっても、痛みを背負っても、あなたは前を向くことを諦めていなかったわ。その姿が目に焼き付いて、同時に怖くなってしまったの……。美しいあなたの魂が、他のどす黒い魂になり果ててしまうことが可能性としてあるから。汚される前に手を打ちたかった。だから私は行動に出たの。『守るために、殺してしまおう』。そう決断したときは今でも覚えているわ。そのことを察した連中は口々に猛反発したわ。『一体何を考えているんだ。』、『壊れている。』、『狂っている』ってね。中には『お前のそれは愛ではない』と断言する者もいたけど、そんなものはどうでもいいと思うの。あなたの魂をこの身で抱きしめて、夜が明けても、闇が訪れてもあなたの色が……魂がわたしの中を埋め尽くすことが幸せに満ちているものであることが、想像するだけでもわかるのよ。『救うために殺す』、『愛するために奪う』。一見矛盾しているように思うかもしれないけれど、そんな罪悪感でさえも愛おしく思うの。罪悪感を感じれば感じるほど、あなたのことを愛していることを確信できるから。どうか私に殺されてちょうだい。私の鎌に掛かって死んでくれないかしら?あなたの手で私を抱きしめて、触れあって、私のことを名前で呼んでちょうだい。その時の私は、ただの一人の女として共に歩むかもしれない。もう二度と戻れない状態で後悔に苛まれるのかもしれないけど、願いが成就しているのなら……、私は世界で一番幸せであることを、自信をもって言えるわ」
そんな清剛を見て、トリウィアは得物である鎌を右手に出現させた。
「死んで一緒に幸せになりましょう?清剛♡」
逃げ場もなく、身動きの取れない状況で導き出されたのは―、『死』。
それが眼前に迫ってきそうと思うと、次の瞬間―
キイィンッ!!
「そこまでだ、トリウィア」
金属同士がぶつかり合うような音がして、その発生源へと目を向けると、死神を彷彿とさせる外套をまとった者がいた。がっしりとした体格や声質から男であることが分かり、トリウィアの繰り出した鎌を槍で防いでいた。
「ちっ、ハデスの手先か!」
苛立ちながら、男の繰り出す攻撃を迎撃していくトリウィアは、今度は男に攻めかかった。
しばらくの間、鎌と槍がぶつかり合う金属音が鳴り響いていく。
男の得物である槍から繰り出される連続の突きを、トリウィアは冷静に見極めながら最低限の動きで避けていく。そして、その動きが急に止まったかと思うと、鎌で大振りに振って牽制しながらさらに近づいていき、脚を狙いに行く。それを察した男はジャンプして回避するも、その先にはトリウィアの鎌があった。
だが、それを察していた男は難なく鎌を槍で防ぐと、下にいるトリウィアの顔に蹴りを入れる。それを慌てて防いだトリウィアは一度距離を取ると、また男に攻めかかる。
清剛は経験のない素人目からして接戦であることを察して、やられた分をやり返したい衝動に駆られる。だが、自分がしゃしゃり出る余地はないと判断し、急いで『アジサイ』に戻ろうとする。そして、それを見逃すはずのないトリウィアは―
「逃がさないわ!清剛ぉ!!」
「させるか!!」
後ろから急いで追いかけてきたトリウィアに押さえつけられそうになるも、助けてくれた男が妨害する。トリウィアに首根っこを掴まれて、男がトリウィアに槍を向けながら掴みかかり、その男にトリウィアは鎌を向けていた。
3人のもみ合いとなり、何か魔力を込めたかのような鎌と槍がぶつかり合うと―――悲劇は起きた。
一度ここで確認すると、ここは廃ビルの最上階で、3人がいるところは窓際であった。
そこで先ほどの鎌と槍のぶつかり合いにより、近くにいた清剛が巻き込まれることとなり、崩れた窓際から彼が放り出されることとなったのだ。しかも頭から、だ。
「っ!!まずい!!!」
「待ってぇ!清剛ぉお!!!」
それに焦ったのは、助けてくれた男はそうだが、なぜか、トリウィアの方も焦っていた。どちらも必死に手を伸ばそうとしたが、時すでに遅し。
重力に従って、清剛の身体は真下に落下して頭を打った。地上10階建ての廃ビルからのそれは到底無事でいられるものではない。
「この、野、郎……」
トリウィアに何か言いたいことがあったが、意識が朦朧とする中では、その台詞が出てくることはなかったのだ。
こうして、倉本清剛の人生は幕を閉じた。
享年17歳。
彼のことを慕っていた者は、彼の死を悲しみ、そして、どうして死ぬことになったのか分からないままになってしまった。
* * *
場所は変わって、とある王宮
華美な服装をした中年の男性が腕を組みながら、落ち着きがないように部屋をうろうろしていた。服装と被っている王冠から、王族であることがわかる。翡翠色の髪を編み込み、長い耳は少し元気がないようにも見える。
「あの、陛下……。もう少し、落ち着いてはいかがでしょう……」
「落ち着いていられるか!もう1時間以上経っている!」
臣下と思われる男が宥めようとするも、陛下と呼ばれた男は苛立ったように声を荒げる。それはどこか無力であることの八つ当たりともいえるのかもしれない。
しばらくして―――
「陛下!!ご子息様が……!無事に生まれました!!母子ともに安全です!!」
そういって、女中が報告する。
その後はもう、てんやわんやの騒ぎだ。
「ご子息様が生まれましたぞ!!アルベイム王国の王子が誕生なさったぞー!!」
「名前は?名前はどのように!?」
赤ん坊が生まれたことで、騒いでいる中、当の赤ん坊は茫然としていた。
(一体何なんだ、この耳長族……)
そう思いながら、今度は何が起きたのか、何一つ分かっていない
そう、前世で亡くなった倉本清剛は、アルベイム王国の王子に転生していたのだ。
トリウィアの独白と途中の戦闘描写は個人的に難しかったです。