転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
真実は単純じゃない
ペイルとの交戦から一夜明けたその日、フロディは【ディアンケト・ファミリア】の治療院にいた。
「いくらなんでも、ここに来すぎだ」という担当した
フロディがここにいるのは自分の治療もあるが、それ以外にも、ペイルたち【
あの時に救出した奴隷たちは、すでに『
(俺はもともとこの世界の人間?この世界に転生したのは必然なのか?)
ペイルの去り際、言い放った自分の前々世がこの世界の人間だという発言に、内心動揺していた。それに、
一緒に聞いていたリヴェリアは、自分を相手にどのように接することがベストなのか考えていた様子だった。アレンに関しては、恐らく主神に報告しているだろう。ダンジョンから出て以来、一度も顔を合わせていない。
治療院にいる間は奴隷たちの様子を見ているが、フロディが気になっていたのは、ルビウスだった。
「チビ助じゃねぇか。よく来るなあ、暇なのか?」
元気に食べ物を貪るその姿は、健康優良児といっても差し支えないが、ダンジョンの中で起きた出来事を考えると、フロディは戸惑いを隠せずにいた。
「ルビウスって…、今どんな状態なんだ?」
まるで生きているかのように振る舞うルビウスを見て、フロディは撤退以降ずっと一緒にいたブランズに質問する。ギルスに関しては、奴隷たちの今後の身の振り方について【ガネーシャ・ファミリア】と相談中だ。
「これについては私も分からないのです。私もギルスも、彼は死んでしまったものだと思い込んでいたのですが、こうして生きていることに驚いているのです」
「ちなみに、【ディアンケト・ファミリア】の診断ではどうなってんの?」
「ルビウス殿の脈は正常ですし、呼吸もしっかりしているとのことです。また、体内で出血した後が多くみられたが、それも治っていると………」
意味が分からないと言いたげな表情をするブランズに、フロディも似たような表情をしてルビウスの顔を見る。
二人の間で話の中心になっている当のルビウスは、食事に夢中でこっちの話には聞く耳を持とうとしていなかった。
「とにかく、ルビウスについては追々考えるとしよう………」
ペイルとの戦いからまだ疲れが取れていないこともあり、しばらくは静養することにしたフロディに、ブランズは同意を示すかのように息を吐く。
「ところで、ルビウス………。その大量の食事は
フロディの質問にルビウスは、手に持っているチキンを口に運ぶのを止める。
ルビウスが今食べているのは、脂っこいものが多く、健康を重視する治療院の食事としては不可解なメニューの食べ物だ。
「これか?なんか変な奴に食べていいよって言われたんだよな~」
「変なやつ?」
「それは俺のことかい?ルビウス君?」
フロディたちのいる病室に聞きなれない声がする。
入口に目を向けると、そこに立っていたのは不信感を募らせる顔をしたネメシスと―――
「あなたは………?」
「あぁ、自己紹介が遅れたね。俺はケツァルコアトル。よろしくね」
片手にビニール袋を持った人間――正確には男神の分身ともいえるが――ケツァルコアトルが立っていた。
「ケツァルコアトル………!?」
ネメシスからこいつが怪しいと見なされていたケツァルコアトルが、目の前に立っていることにフロディは驚愕していた。
事情を知らされているのが断片的なブランズと、何も知らないルビウスは、フロディの動揺を見て、戸惑いを隠せずにいた。
「まあまあ、聞きたいことはたくさんあるだろうけど、フロディ君もっとリラックス、リラックス~」
軽薄な印象を与えかねないその振る舞いに、ネメシスは拳を突き付けたい衝動に駆られるが、そんな様子を知ってか知らずか、ケツァルコアトルはその態度を崩すことなく口を開く。
「懐かしの故郷の味だよ~、フロディ君。あっ、けどこれは、君が住んでた国とは別の国のものだから、故郷の味とは言えないか~」
ケツァルコアトルがビニール袋を差し出して言い放つ。
「さて、おふざけはこの辺りにして、じっくりと話し合おうじゃないか、
* * *
「待て、愚猫」
最強派閥である【フレイヤ・ファミリア】の
そんなアレンに声をかけたのは、『
「何だぁ?」
「貴様はフレイヤ様から密命を受け、高貴なるフロディ様を尾行したと聞いたが、なぜ、あの方は治療院にいるのだ?」
ヘディンの言葉を聞いたアレンは盛大に舌打ちする。
アレンは面倒なことだと頭の中で毒づきながら、ヘディンの質問に答える。
「どうもこうもねぇ。【
苛立ちを隠すことなく吐き捨てたアレンは、そのまま『洗礼』に参加していく。
アレンに真っ先に突っ込んだのは、槍、大鎚、大斧、大剣をそれぞれ構えた4人の
そんな彼らの様子をみたヘディンは、一人思考する。
(フロディ様にまたしても【
以前、アルベイム王国の王妃を殺害したことを機に生じた【
ヘディンもその一人である。だが、怒りにとらわれても尚、どこか冷静に物事を判断できるヘディンにしてみれば、フロディがオラリオに来てからの騒動に、何か裏があるのではないかと推察している。
(フレイヤ様が何も仰らなかったことも関係あるのかもしれない………)
フロディの抱える秘密に、ヘディンもまた、一歩ずつ近づこうとしていた。
* * *
【ディアンケト・ファミリア】の治療院から退院したのは、騒動があってから1週間後のことだ。
無事に退院したことから、【ネメシス・ファミリア】のホームである大使館へと帰ったフロディたちは、会議室の一角でケツァルコアトルと対面していた。
フロディが座っている席とケツァルコアトルの席の間には大きい楕円形のテーブルがあり、その目の前に食べ物をおいて食べるケツァルコアトルの相変わらずな態度にフロディは辟易する。今度はイニシャルがMで有名なファストフード店のハンバーガーだ。丁度フロディの左側に座っているネメシスは、今にも殴りに行ってもおかしくないほど怒りを露にする。
そして、フロディから見て右側にいるのは――
「ロキ、この男がケツァルコアトルなのか?」
「あぁ。神威は感じないが、ケツァルコアトルで間違いあらへん。けど、こいつに神威がない理由を言えば、リヴェリアもネメシスと同じように怒るやろ」
フロディと同じハイエルフの姫たるリヴェリアと、彼女の主神のロキであった。
リヴェリアの場合は、同じハイエルフの者として知る権利があるということ、ロキは、ネメシスと色々相談に乗ってもらったことへの礼ということで、フロディの出自を聞くことが決められた。これはネメシスの判断であり、フロディも納得している。
「そんな態度を取られていると、こっちの気が削がれるなぁ……」
「神というのはそういうものです。諦めましょう」
そんな言葉がフロディの後方に立っているギルスとブランズの口から出される。
同じ派閥かつトリウィアに関する一件に知ってる二人も、同席している。
「さて、どこから話そうか………」
ハンバーガーを食べ終えたケツァルコアトルは、表情を切り替えてフロディたちを見回す。
「その前に、お前は嘘をつかない保障がどこにあるんだ?」
皆の懸念を代弁するかのようにギルスが口を挟む。情報通としても知られるギルスの経験に基づいた発言にケツァルコアトルは安心させるかのように微笑んだ。
「それについては問題ないさ。神同士では嘘をつくことができるが、この身体は下界に降りるために作られた分身さ。だから、今の俺は人間と言い換えられる。神々に人間の嘘は通じないだろ?」
そう言い切ったケツァルコアトルに対して、ネメシスは天界にいるであろう本体のケツァルコアトルに毒づきそうになった。
だが、フロディに隠された真実に向き合うことができるので、自分に言い聞かせながら我慢した。それは、ロキの言葉と今の話の中から、命を冒涜する行為を行っていることを推察したリヴェリアも同様であった。
「まずは、
眼前にいる男神の言葉に、フロディに対して視線が集まる。
その視線を一身に集めた
フロディは順を追うように説明した。
前世では『倉本清剛』という男だったこと。長岡さんの運営する養護施設育ちで、同じ施設にペイルこと板東巧斗と一緒に育ったこと。いかにしてトリウィアが関わり、最終的には死んだのかということ。
このように前世について話す最中、所々から息を呑むような音が聞こえたが、フロディは構うことなく前世について説明する。
次に、この世界に転生してからのことを話す。
アルベイム王国での日々やネメシスとの出会い、オラリオへやってきた経緯やペイルとの関わりなど、今までのことについて話していく。
それらは、別の人間も同じように経験した部分があるので、単なる事実の再確認ともいえるのかもしれない。
一通り話したフロディに、リヴェリアはその重い口を開く。
「そうか………。君は今まで、そのような辛い経験を………」
中身がヒューマンと言えども、王族としての責任から逃げることなく務めてきたことに、リヴェリアは内心驚嘆し、別世界の人間という孤独を味わっていることに同情ともいえる感情を抱いている。
リヴェリアの傍らにいるロキは、フロディの説明を聞いていろいろなことについて納得したのと同時に、異世界転生を果たしたフロディに興味津々であった。だが、今の状況でそのようなことは許されないので、ぐっとこらえてはいるが。
後ろに控えているギルスとブランズは、フロディから断片的な情報を知らされているが、その詳細な経緯については初めて知ったので、新たな事実の発見に驚いた。ギルスに関しては、元は
フロディのことを最初からすべて知っているネメシスは、フロディの話が終わり、目の前に座っているケツァルコアトルに対して、眼光を鋭くさせる。
「フロディの説明はこれで以上になりますが、これについて、貴方からは何か説明が……?」
「うん。だが事実を言う前にいくらか質問させてくれ。」
鷹揚に構えるケツァルコアトルは、フロディに真剣な表情を向ける。
「フロディ君、まだ魔法を発現していないにも関わらず、
派閥内でしか知りえないフロディのステイタスについてあっさり言い当てたケツァルコアトルに一同は驚愕する。
「なぜそれを……!?」
「その反応だと、合ってるみたいだね。次の質問だ。君は剣を得物にした前衛をしているけど、どうして後衛じゃないんだい?」
驚愕するフロディに構うことなく質問するケツァルコアトルに、フロディは気を取り直して答える。
「なぜ剣、か………。俺に馴染んでいるから、かな………?前世の頃から、近接戦闘の基礎は出来ていたから………」
主にいじめに遭っていた
「それじゃあ、最後の質問だ。今までの行動を振り返って、君、どこか切り替えが異常に早いなと思ったことはあるかい?傍から見て冷静すぎる、とか………」
ケツァルコアトルの質問に、フロディは過去を振り返ってみる。
確かに、ペイルが一緒にいた施設の子供たちを生贄していたことはショックだったが、それでもその場で反撃に転じていた。それに、ペイルからの新たな情報を得た時は、すぐさまリヴェリアとアレンと一緒に撤退するという状況判断もできていた。
「確かに、あなたの言う通り、フロディは瞬時に状況把握できる頭脳を持っているが、それが一体………」
間に入るように、ギルスが口を開く。混乱するフロディを守るかのようにケツァルコアトルに言うギルスの姿は忠臣といえる。
「おかしいとは思わないか?いくら前世の記憶を持ってるとはいえ、文明レベルも文化も違う異世界で、これといった苦も無く適応できていることに………。それに、スキルの影響もあるのだろうが、格上に善戦できるほどの能力もあるんだぞ?」
ケツァルコアトルがそういうと、どこか納得している部分があるとフロディは感じた。
「それで?ペイルからは『前々世』があるとか言ってたよね?」
「えぇ………」
そこまで聞いたフロディは、思考を深めようとするが、リヴェリアがある答えを示す。
「まさか………、神ケツァルコアトル、フロディの前々世が、今のフロディに関わっていると?」
「う~ん、正確には違うが、大体は当たっているよ、リヴェリア」
そういったケツァルコアトルの口から、フロディの出自について答えを示す。
「フロディ君、君はおおよそで100回以上も輪廻転生を繰り返しているんだ。そして、君の持つ魂の大元――まだ君が転生することのなかったずっとずっと前の人間は、アルベイム王国の初代国王、フーレンだ」
ケツァルコアトルの口から明かされたフロディの出自に、リヴェリアたちはもちろん、神々であるロキやネメシスも驚く。
フロディは衝撃を受け、しばらくは硬直してしまう。
「ま、そうやって驚くのも無理はないよ。これについて知ってるのは、俺と、俺と契約した冥府の精霊ぐらいさ。」
そう言って話を続けるケツァルコアトルは、フロディたちの衝撃を見ても躊躇しない。
「それで、『なぜ君は異世界にいるのか?』という新たな疑問もあるね?それについても話そうか………」
ケツァルコアトルはそう言って机に肘をつく。
「アルベイム王国の初代国王、フーレンは死力を尽くして戦った。精霊との契約があっても、その命は失われつつあった。それを気に病んだフーレンの契約精霊は、フーレンの魂を持ち去ることにした。俺と契約して異なる世界に渡り、フーレンが幸せに暮らせるように………」
一息ついてケツァルコアトルは、フロディに確認する。
「前世の君が死ぬ直前、トリウィアとハデスの精霊が戦っていたのは覚えているかい?そのハデスの精霊こそが、かつてフーレンと契約し、共に戦い、あの世界に転生させた男だ。冥府の精霊としての権能をフルに使って、寿命が来たらまた転生させる。フーレンが死んでから君がこのアルベイム王国のある世界に戻って転生するまで、そうやって過ごしてきたのさ」
そう言い放ったケツァルコアトルは、フロディの目を見据える。だが、当のフロディはそれどころではなかった。
フロディが覚えているのは、前世である『倉本清剛』としての記憶と、今の『フロディ・リヨス・アールヴ』としての記憶だ。
それが今、実は100回以上も転生を繰り返していました、などの言われたら、自分が何者なのか分からなくなってしまうからだ。
躊躇なく多くの情報を齎したケツァルコアトルは、そんなフロディの様子を見てどこか満足気に笑みを浮かべるのであった。