転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
ケツァルコアトルの口から出てきた真実に、フロディは混乱した。
だが、それでも頭を回転させて何とか理解をしようとする。
「ケツァルコアトル………、こっちからも聞いていいか?」
「何だい?」
フロディからの逆質問に、ケツァルコアトルは手を組んで見据える。先ほどまでの軽薄とも言える振る舞いはポーズであることを認識する。
「俺の魂の起源が、フーレンであるのは分かった。色々と辻褄があうからな………」
その言葉に、ネメシスもまた納得していた。同時に、目の前にいるケツァルコアトルの意図についても、分からなくなっていた。
「聞きたいのが、お前自身はフーレンの転生に関わってるのか?」
ケツァルコアトルの関与を疑うかのように問うフロディに対し、ケツァルコアトルは首を横に振る。
「俺はそこまで関わっている訳じゃない。ハデスの精霊――真名はプルトンだったな。あいつが俺と取引したのは、あくまで異なる世界の移動だけだ。俺も、人類創造に関わったとはいえ、冥府の精霊という
あくまで、異世界転移能力が自身の権能であるケツァルコアトルは、フロディの転生には関わっていないことを強調する。
次に、リヴェリアが口をはさんでいく。
「神ケツァルコアトル、お前はプルトンとの間で、異世界転移ができるような内容の契約を交わしたと言ったが、そのプルトン本人は今どうしてる?」
フーレンが死亡した後、彼の魂を輪廻転生させることになったプルトンは、フロディにとっての前世である『倉本清剛』への転生に至るまで生きていることが分かる。
リヴェリアの疑問に、ケツァルコアトルは答える。
「あいつは今の今まで、ずっとフロディ君のことを見てきたよ。トリウィアの強襲に駆けつけることができたのがその証拠だ。今どうしているのかは、本人の口から打ち明けるといったから、俺からは何も言えない」
そう言ったケツァルコアトルは、次にネメシスに目を向けた。
「ネメシス、お前も頭の中では、いろいろ聞きたいことがあるんじゃないか?」
「あなたに言われずとも、疑問を投げるつもりです」
山ほどある疑問を全部ぶつける勢いで、ネメシスはケツァルコアトルに質問していく。
「まず、今までは清剛がいた世界で転生が行われてきたと言いますが、どうして今回は元いた世界に戻ることになったのですか?」
「あぁ、それについては、通常の輪廻に戻ったといった方がいい。今まではお前の言う通りの転生をしてきたが、それはプルトンの介入あってのものだ。プルトンの介入がないまま死んでしまった以上、フーレンの魂は元いた世界に戻って、最終的にはフロディ君として生まれ変わったということさ」
よりにもよってハイエルフに生まれかわったのは、偶然であることに気付いたネメシスは、次の質問に移る。
「トリウィアが『倉本清剛』、ひいてはフロディの魂をつけ狙っていたのは、100回以上の輪廻転生をしたからか?」
「そうだな。100回以上の転生といっても、俺がプルトン本人から聞いた限り、世界を救ってるような英雄になってるわけじゃない。それでも、フーレンを始め、今のフロディ君の魂が辿ってた100以上もの人生が、魂をより強い輝きにさせた。トリウィアが目を付ける理由は、お答えしかねるがな」
ケツァルコアトルの答えに、ブランズやギルスはフロディの今までの戦いで感じていた頼もしさは、100以上の人生で得られていた経験にあることを理解する。
「フロディ君は、今まで転生するたびにプルトンの介入で記憶が失くしてしまうが、その魂に刻まれているものまでは消えないものさ」
その結果が付与魔法の強化という【
納得したネメシスは、最後に聞くことがあった。
「あなたの最終的な目的は、『
他にも候補がいる中で、フロディを気にかける理由についてまだ釈然としていなかった。
「確かに、『俺のやってきたことは『
会議室に備えられているグラスに水差しから水を入れ、口に含んで喉を潤したケツァルコアトルは、一呼吸おいて説明する。
「まず、フロディ君を選んだ理由だが、これはトリウィアの襲撃がきっかけさ。彼女が君の魂を手に入れようとして、そのゴタゴタで死亡。プルトンの手によらない転生は、結果的に元の世界たるこの世界に戻った」
ここで一区切りしたケツァルコアトルは、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
「その時点では、俺もフロディ君に戦わせることはしないさ。だってそんな事すれば、フーレンを幸せにしたいというプルトンの願いを無視することになる。魂については興味を引いたが、プルトンの意思を尊重してトリウィアを抑えていたよ。けど、そうは言ってられないことが起きたんだ。手段が選べられないことが」
「手段が選べられないことやと……?」
ケツァルコアトルの言葉に、ロキがかみつく。ことと次第によっては敵になりかねないケツァルコアトルに警戒をしながらも、彼に続きを促す。
「ゼウスとヘラによる黒竜討伐の失敗、それに伴う追放さ」
その言葉に、追放の当事者であるロキとリヴェリアは目を見開く。自分たちの行動が、思わぬところでフロディに影響を与えたことが理由だろう。
直接かかわりはなくとも、その時すでに【ガネーシャ・ファミリア】にいたギルスと、ギルド職員であったブランズは、対岸の火事とも言える出来事が自分たちに関わっていることに驚いていた。フロディとネメシスは言わずもがなだ。
「かの最強の派閥が負けてしまったことで、俺も打てる手は全部打つ方針に変えたのさ。古代のハイエルフ、フーレンに由来する力を持つフロディ君に目を付けたのはそれが理由さ。多分、俺と似た
「おい、それは聞き捨てならんぞ、ケツァルコアトルぅ……!」
自分たちを馬鹿にされたことで怒り心頭なロキは、ケツァルコアトルに食って掛かるが、リヴェリアは彼の言葉に、不快ながらも納得していた。
ゼウスとヘラが健在だった頃、かの眷属によって幾度とない洗礼をこの身で受けてきたからだ。魔法が詠唱できるまでに何度も気絶させられ、ようやく詠唱が完成したかと思えば無効化される。そんな強者が蔓延るオラリオにおいて、【ロキ・ファミリア】は後塵を拝していた。
自分たちよりも強いゼウスとヘラの英雄たちが黒竜に負けたというのに、そんな弱い自分たちが黒竜に勝てる根拠はない。ケツァルコアトルはそう言いたいのだろうと理解していた。
「怒っていても事実は変わらないぞ、ロキ。お前らを負け続けさせたゼウスとヘラができなかったことを、どうしてお前たちができると言える?ゼウスと付き合いの長いヘルメスも、オラリオの外にいる英雄候補を探し回っていることがいい証拠じゃないか」
「ヘルメスが?」
旅好きな性分をしているのは知っているが、その目的については知らなかったネメシスは目を見開く。
「プルトンと真っ向から対立するけど、フロディ君には
そう言ったケツァルコアトルは、フロディの目を見てはっきりと言った。
「そのために、俺もいろいろと仕込みをしたんだ。フロディ君が更なる高みに至らせるために、アルベイム王国からオラリオに行かせるのは苦労したよ」
その言葉に、フロディとネメシスは目を見開く。
「その反応は、どうやら気づいていなかったね」
「どういうことですか、ケツァルコアトル!?私たちがオラリオに行くことは、あなたの思惑通りであったと………!?」
自分たちの知らない所で、ケツァルコアトルが関わっていることにネメシスは驚く。
「そうだよ」
ケツァルコアトルはネメシスの質問に肯定する。
「冷静に考えて王族を、しかも唯一の王位継承者を、危険だとわかってるオラリオに行かせることがあるか?もちろん、外交という側面からしてみれば重要なのかもしれないけど、主神と二人だけで行かせるのはどうかと思うぞ。さすがに誰かが止めるさ」
「けど、それでも俺たちがいるってことは………」
フロディは、自分たちがオラリオに行くことが決まった会議を思い返す。確かに、反対意見が出たのは当然だとして、賛成意見が複数出たことも覚えている。
「そう。彼らは俺が仕込んだ人形さ。共通点としては新参者であることかな」
フロディは思い出した。
賛成意見を出していた者たちは、ゼウスとヘラが失脚したのと少ししてから会議に出るような要職に就いた人たちだ。ケツァルコアトルの話と矛盾していない。
「スキュールンを倒し、それでものさばっている【
自分たちの行動が、目の前にいるケツァルコアトルの掌の上であることに、フロディはショックを受ける。自分の起こしてきた行動が、ケツァルコアトルの思惑通りに事が進んだのだ。
「いいじゃないか、
ケツァルコアトルの口からでた賞賛は、今のフロディからしてみればただの皮肉にしか聞こえなかった。
* * *
「なるほど………。まさかそのようなことに………」
ケツァルコアトルとの会談が終わった日の夜、【ロキ・ファミリア】の
今日起きた出来事を共有している【ロキ・ファミリア】の三首領は、深夜に近い時間帯にも関わらず、眠れそうにならないほど頭が冴えていた。
「あの小童が異常な強さを持っておるのは、そのフーレンという古代のハイエルフに由来しておるのか………」
「あぁ。確かに、フロディは
フーレンのそのような伝承があるからこそ、フロディは幼いころから剣を使った訓練をしているのかもしれない。【
「ゼウスとヘラが追放されたことで、フロディが戦うことになるとは……」
「リヴェリア、そやつの様子はどうだ?」
「自分が誰なのかについて衝撃を受けていた。しばらくは、まともに戦える状態ではない」
リヴェリアの言う通り、フロディは自身のアイデンティティの危険とも言える状態に陥っている。ケツァルコアトルの話が終わると、自室に引きこもっていった。
「君はどうなんだい、リヴェリア?
「言うまでもなく、フロディはフロディだ」
フィンの疑問に対して、時間を置くことなくそう答えたリヴェリアは、堂々とした面持ちであった。
「確かに、前世が極東のヒューマンであったし、その上何度も生まれ変わっていると言われたときは困惑した。だが、あの子はそんな境遇に身を置いても、決して逃げることはなかった。出奔した私が言うのもおかしい話だが、王族としての責務を全うしている彼を、これでも高く買っているんだぞ」
きっぱりと答えたリヴェリアに、フィンとガレスは目を見開くが、すぐに納得するような表情をする。
「フロディがどのように判断するのかは分からないが、あの子ならきっと、乗り越えられると私は信じている」
* * *
【ネメシス・ファミリア】の
ギルスは奴隷として捕らえられていた人たちの今後の身の振り方に関する資料に目を通し、ブランズはアルベイム王国から輸送されてくる物資について金額を算出していた。
ペンから発せられる音が静かに響くその部屋に、会話はあまりないが、ギルスの方から静寂が裂かれる。
「なあ、ブランズ。今日の話についてどう思う?」
「どう、というと?」
「フロディが何回も生まれ変わっているって話だよ。しかも、強い理由も、あの神に英雄に選ばれたことも、全部フロディだからじゃなくてフーレンの生まれ変わりだからって……」
ギルスは今後、フロディとどのように付き合えばいいのか分からずにいた。いきなり異世界の人間ですと言われ、その上、偉大な英雄の生まれ変わりだと言われる。そして、今までの行動はケツァルコアトルの思惑通りなどとされていたら、頭が混乱してきたのだ。
ブランズも同様である。
ブランズの場合、エルフということもあってか、ギルスと同等かそれ以上に混乱してきた。そう言った感情を表に出さないのは、ゼウスとヘラの失脚に伴う大混乱をギルド職員として乗り越えたが故なのかもしれない。
「何か事情があるだろうとは思っていたけど、これは………」
「それでも、殿下は殿下です」
きっぱりと言い切ったブランズに、ギルスは目を見開く。
「前世がどうだの、魂がどうだの、そういったことは関係ありません。私はなにがあろうと、殿下を見る目が変わることはありません。貴方もそうでしょう?ギルス」
元からエルフらしからぬ性質の持ち主だが、ますますエルフなのか疑わしくなったギルスは、ブランズの言葉に首を縦に振る。
「そうだな………。確かに、ケツァルコアトルの思惑があったのかもしれないけど、あいつの行動は全部本心からのものだったな」
今まで、フロディが随所で見せていた義憤の感情を目の当たりにしてきたギルスは、そう言った感情が本心からくるものであるのは理解していた。
少なくとも、フロディが善人であることは疑いようもない。それは【ガネーシャ・ファミリア】に所属していた人物として、密かにお墨付きを与えていた。
「さて、フロディの負担を減らせるように、少しでも事務処理しますか」
「えぇ。では早速ですが………」
ギルスとブランズは、そう言って仕事に戻る。
結局仕事を終えたのは、翌日の朝にまでなったのは知る由もない。
* * *
一方、大使館内のフロディの自室では、フロディはベッドにうつ伏せで寝転がっていた。
何か思考をしているのは、フロディを知る者なら分かるが、当のフロディは色々考え込んでいた。
(俺はフーレンの生まれ変わりで、フーレンを幸せにしたいプルトンによって転生されてきた、か………。それで、肝心のプルトンは、今まで俺のことを見守ってきた、ということだが………、それらしい人間は一体………?)
フーレンから度重なる転生を繰り返してきたことは、自分の今までの言動に繋がっていることから受け入れはしたが、自分のアイデンティティについてはまだ答えを決めかねていた、その上、また新しい疑問が浮かび上がってきたことから、フロディの頭の中は大混乱に陥っていた。
「どうして、こんなことになっちまったんだろうな………」
フロディは柄にもなくそう呟いた。
そんなフロディの部屋に、3回ノックしてきて入室してきたのはネメシスであった。
「フロディ。まだ起きていますか?」
「ネメシスか………。うん、俺は大丈夫だよ」
ネメシスはフロディを心配する声音で語り掛けるが、当のフロディはどこか強がるかのように振る舞っている。
それがネメシスの琴線に触れた。
「ほら、考え事は後にして、とにかく寝なさい」
「えっ?けど、考えることはまだ――」
「――寝なさい」
そう言ったネメシスは、うつ伏せの状態から起き上がろうとしているフロディに近づき、自身もベッドに座ると、そのままフロディを膝枕の状態で寝かせる。そして、抵抗しようとしてフロディの肩を押さえつけて無理やりに寝かせようとした。
「今回のケツァルコアトルの話、流石にショックを受けたでしょう?そのままでは、ペイルもケツァルコアトルもトリウィアも、何もかも上手く事が運ばないでしょうに」
「けど、俺がやらないと……」
「そういうところが、ケツァルコアトルからフーレンと見なされている理由でしょうね……」
ケツァルコアトルの話が終わってから、ネメシスも彼女なりにフーレンについて調べていた。性格に関してはフロディとあまり大差のないものだ。不気味なくらいに共通点が多く見つかった。
「何でもかんでも背負うのは、あなたの性質であると諦めましょう。ケツァルコアトルの言い分を考える限り、転生してもなお治ることはなかったのですから……」
「うぐっ……」
「ですから、もっと周りを頼ってみてください。それが難しいなら、一度自己犠牲が正しいのか、立ち止まって考え直してください。私の持論ですが、自己犠牲は立派だけど、必ずしも正しいとは限らないものです」
ネメシスの言葉は、今のフロディに対して心配するかのような声音であった。
これは、ネメシスはフロディをフロディとして見ていることに他ならない。
「しばらくは、仕事の方は私やブランズに任せて、あなたは心の安寧を保つようにしてください」
「分かった。そうするよ………」
いろいろ言いたいことはあるが、ネメシスの助言を素直に聞き入れることにしたフロディは、そのままネメシスの膝枕で眠ろうとする。
「お休みなさい、フロディ」
『ゆっくり休んでね、■■■■』
『君もね、■■■■■』
「………えっ?」
ネメシスの言葉に従おうとしたフロディであるが、突如聞こえた会話に跳び起きる。
「フロディ?どうしたのですか………?」
「いや、今、誰かの声が………」
「声?ここには私とあなたしかいないのですが………」
フロディの様子に只ならぬことを察したネメシス。
初めて聞くはずの声なのに、どこか懐かしさを感じさせる。
フロディは、必死になって思い出そうとするが、その時はただ時間を浪費するだけだった。
* * *
「あ~あ。あれはちょっと複雑なことになりそうだ」
双眼鏡を通してフロディの様子を窺っているのは、ケツァルコアトルだ。
フロディの様子を見て、ケツァルコアトルはとある可能性にたどり着く。だが、それは決してフロディに伝えるようなことはしないだろう。
「戦い方や性格だけでなく、まさか『記憶』までもが影響するとは………。これは、いい方向に転びそ――」
――ザシュッ!!
満足するかのように息を吐いたケツァルコアトルの心臓を、背後から槍が貫いていた。
「この槍は………、プルトンじゃないか。なんでこんなことをするんだ?」
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ!ケツァルコアトル!」
振り返ることなくそう質問したケツァルコアトルに、プルトンは槍を引き抜くことなく怒りを露にする。
死神を彷彿とさせる外套を纏っているその男は、射殺さんばかりに眼光を鋭くさせる。
「真実を教えるのはまだ許容できる。だが、なぜあの子を巻き込むんだ!?」
「そうは言うけど、プルトン。この世界はお前の故郷でもあるんだぜ?それに、お前の介入なしに死んだ結果、フーレンの魂はこの世界に戻ってきたんだから、これはもう、運命としかいいようがないだろう?」
「ふざけるな!末期ともいえるこの世界で、あの子が幸せになれるとでも!?ましてやお前が介入するのは、契約違反もいいところだ!!」
怒りを滲ませたプルトンの声には、ケツァルコアトルへの批判、そしてフーレンの救済を諦めない覚悟が含まれていた。
「少なくとも、お前が介入するのはここまでだ!」
そう言って、プルトンはケツァルコアトルの身体を貫いている槍を引き抜くと、ケツァルコアトルを倒れさせて滅多刺しにする。
「おいおい、こういうことして大丈夫か?神殺しに――」
「ならないだろう?
人形といえる目の前のケツァルコアトルを殺しても、ケツァルコアトル本人は天界にいるために神殺しには値しないことは、プルトンも知っていた。
そのまま、プルトンの気が済むまで、槍で滅多刺しにされたケツァルコアトルの身体は、見るも無残な姿へと変貌していた。
返り血を浴びていても顔を顰めることなく、プルトンは改めて決意する。
「待ってろ、フーレン。俺が必ず、お前に幸せな人生を送らせるからな」
何百回転生させても、幸せにすることのできなかった