新運命「愚弄」の行人「マネモブ」 作:異常猿愛者
悪魔の王子様
「アヘアヘアヘ…」
「マネモブ、休暇中ダカラッテ飲ミ過ギヤンケ。」
期限のないバカンスを満喫しているマネモブとトダーは、酒と妖艶な香りが充満する”パブ”に訪れていた。刹那的で愉しさを追求するロクデナシの多い”愉悦”の行人、煩悩に支配された男共にそいつらから金を巻き上げてやろうという淫売のクソ女の溜まり場である。
低音が腹に響くファンク・ミュージック、喧騒と混ざり合う、女たちの甲高い嬌声と男たちの下卑た笑い、グラスやビンの当たるけたたましい音。
マネモブは適当な給仕の女を侍らせ、アルコールで脳を溶かしながら愉しんでいた。
「トダーちゃんって変わった見た目してるわね~♡」
「ヤンケ…」AIロボットである彼は酒など飲めないし、性欲もないからこの場を愉しむ事が出来ない。その人工知能はただ早く帰りたいと演算した。
「………。」妖流残気、強き格闘家が放つ残留思念のようなもの。その異様な”気”を放ちながら無言でパブを練り歩く額に傷のついた男。
「そこのカッコイイおにーさん♡」「背高いわね~」
客引き目当ての女が目ざとく声を掛ける。白いフード付きコートを身に纏っているが、垣間見える顔は”均衡”が取れており実際男前である。一瞬無表情に女達を見据えた後、
ニッ「ごめんねお姉さん達。今日俺が会いたい人はもう決まってるんだ。」
優男のような表情をしながら軽く受け流す男。
「ああ、邪魔しちゃってごめんね…」「チッ、先客がいたのかよ…」
イケメンと金を引っ張れなかったと舌打ちしながら去って行く。
男は険しい顔付きに戻り再び歩き出す。彼が向かう先には…
「ヤンケ?」一番最初に異変に気付いたのはトダーだった。
「ようマネモブ。」男が会いたかったのは”愚弄”の行人だったらしい。
「マネモブちゃん、このお兄さんは知り合いなのん?」
「え~?」完全に酔っ払っているマネモブは思考が正常に機能していない。侍らせている女に返答できていない。
「悪魔王子ヤンケ。」トダーの電気回路には彼の情報がしっかりと記録されている。
悪魔を超えた悪魔”宮沢鬼龍”のクローン、”ガルシア”の11体目。突然変異の心臓”ガルシア・ハート”という人間を超人に変貌させる奇跡の心臓を持った被検体。紆余曲折ありアメリカ、日本、ロシアから指名手配されている大犯罪者だ。音速パンチを撃ち込む準備をするトダー。
「落ち着けよゴア博士のおもちゃ。」今日は戦いに来た訳じゃないという悪魔王子。
「しかしな」スタスタとマネモブに近付く王子、
「これが宇宙を駆け回り地球に貢献するエージェントの姿かい?」皮肉を述べながらソファに背もたれるマネモブの胸倉を掴む。
「お、お兄さん!」暴力沙汰はここではよくある事だが、それでも面倒事は勘弁してよと周りにいた女は文句を言う。
「お前等の事なんてどうでもいいんだよ…」淫売共に冷徹な目を向ける王子、その冷たさに気圧された女達はもう行こうと去ってしまった。
その様子を見ていたマネモブは冷静になってきたようで、酔っ払ったアへ顔から真顔へと変貌する。
ドンッ 胸倉を掴む彼を突き飛ばすマネモブ。
「あーあ、あのメスブタ共には高いチップ払ったのになあ。」お前のせいで無駄になったと小言を述べる。さっきまでの酔いは嘘のように平常だ。
「腐っても灘の使い手だね。」総身退毒、灘神影流を修めた者にとって血中操作などお手の者、酔いを醒ます事は造作もない。
「今日は酔いたい気分だったのになあ…」やろうと思えば酒飲みの大会でも簡単に優勝できるマネモブだが、態とアルコールに溺れる悦楽を貪っていたという。
「女に優しくしろってパパに教わらなかったかい?」君のお父さんはフェミニズムを掲げる男だったよと皮肉を言うマネモブ。
「…僕はパパ程女にキョーミはないのさ。」実際彼の遺伝子上の父である鬼龍はとんでもなく女癖が悪い。そんな男を手本にしない方が健全かもしれないが、マネモブの父親煽りに一瞬目元がピクついた。彼は生い立ちの悲惨さからそんな父親にも未練がある、ようはファザコンなのだ。
「指名手配サレテルオマエガ何ノ用ヤンケ。」こっちは2対1だ、悪魔王子がいくら強者でも分が悪い。大人しく投降する事を勧める。
「さっきも言っただろ。別に戦いに来た訳じゃ…」
ヒュンッ 悪魔王子が言い終わる前にマネモブが殴り掛かった。悪魔王子は優れた反射神経により最小限の動きでかわす。
「酷いなマネモブは、ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいのに。」軽口を叩きながらマネモブのラッシュを捌く。
「なんだ喧嘩かあ?」「良いぞもっとやれーっ」
酔っ払いの男共がこれも愉悦の醍醐味だと囃し立てる。動画撮影し”スターピースチューブ”に載せようという者までいる。
「お前になくても、俺には闘う理由があるんだよおーっ」
「フッあの女達がそんなに名残惜しかったのかい?」
パァンッ 悪魔王子の拳がマネモブの顔に直撃し吹き飛んだ。
「うぐぅ…」やっぱりガルシアの肉体性能は凄い、単純なパワーなら地球人類最強だろうと身をもって実感する。それだけではない、
”灘神影流” ”幻魔拳” 悪魔王子は拳に”気”を混ぜ込んでマネモブの脳に顔面崩壊のイメージと共に流し込んだのだ。外部からは分からないが、マネモブは自分の顔が欠損したように感じている。
「マネモブ、手伝ウヤンケ?」二人の攻防に割って入ったらマネモブも巻き込んでしまうかもと考えたトダーは一度静観していた。場合によってはマネモブの代わりにワシやゴア博士の秘密兵器を投入した方がいいと進言する。
「悪いのォトダー、悪魔王子とはワシ自身が闘いたいんじゃ。」そう言ってマネモブは頭に意識を集中させる。
「!」お前も幻魔の抜き方を知っているのかと驚愕する王子。頭部の”気”を整え、幻覚を完全に取り除く。
「ワシは嫌われ者のお前と違って静虎さんから直接幻魔の指南を受けてるんや。」そういうと悪魔王子に瞬間移動のような速さで接近し胸に向かって強烈な掌底撃ちを喰らわせる。
「はうっ…」
”灘神影流” ”破心掌” 記念すべきタフシリーズの必殺技第一号だが、相手を心肺停止に追い込む危険すぎる技なんだ。こんなの初っ端から出すべきではないと考えられるが…
「お、おい…人が倒れたぞ。」地に伏せる悪魔王子を見て、流石にパブとはいえ死人が出たら嗤えないぞと焦る野次馬たち。だがマネモブは落ち着いていた。
「お前が本気になるのはここからやろ。」死んでも生き返る。それが悪魔と呼ばれる所以…
心臓が再び鼓動を刻み始め、ガルシアが覚醒する。
「ハーッ!!」小型なのにポンプとしての性能が極めて高い奇跡の心臓は、全身に目まぐるしく血潮と酸素を供給し、肉体を活性化させる。
「やっぱりお前は強いで…」目の前の悪魔を見て冷や汗をかきながらも戦いの"愉悦"に高揚するマネモブ。
「俺の話も聞かずに喧嘩を売った事を後悔させてやるよッ」スピードもパワーも段違いに上がって突っ込んでくる。
元からバケモノのような膂力を誇るガルシアの肉体に突然変異の心臓まである、肉体性能ではマネモブが遥かに負けている。ならばどうするか。体で勝てないのなら、技で戦うのみだ。
”幽幻真影流” ”朦朧拳” ”霧霞”
残像を残しながら瞬間移動して相手を錯乱する、朦朧拳を更に発展させた技だ。
「逃げるのは上手だね。」回避に徹したのは地力で負けてる証拠だと嘲笑う。
瞬間移動したマネモブは彼の後ろにいた。首にチョークを決めて意識を落としに行く。
”幽幻真影流” ”象塊”
ただのチョークでは悪魔王子は抜け出すだろう。そう考えたマネモブは更に幽幻の技を引き出す。自身の体重を蝶のように軽くすることも象のように重くすることも可能な質量操作技である。
「いけーっマネモブーッそんな奴ぶっ殺せーッ」マネモブはこのパブに度々入り浸っているのか、彼を応援する者もチラホラいる。
(なんて重さだ。)怪力自慢の悪魔王子も流石にこの重量は堪える。だが…
「俺に締め技を選んだのは悪手だったね。」「!」
悪魔王子の上半身が常人ではあり得ない方向に捻じ曲がり首絞めから脱出してしまった。
「”ボーン・コントロール”…」
「知ってたんだ?お勉強だけは出来るみたいだね。」米軍の資料で見た事がある。ガルシア・シリーズは関節の可動域を上げる為、機械に固定した体を無理矢理捻る地獄のような訓練を受けていたと。その果てに得た特性がこの”ボーン・コントロール”だ。
「すげぇなあの二人…」最初は野次を飛ばしていた愉悦集団も高度な技の応酬に口を噤んで魅せられていた。
「そろそろ終わりにしようか?ギャラリーも沸いてきたし。」そして俺が勝ったら、話を聞いてもらうぞと悪魔王子は言う。
「ハッ、望む所や。」お互い構えを取る。一体彼等はどんな技を繰り出すのか。
ダッ 両者同時に動いた。拳打のモーションに入る。
(幻魔はお互い抜き方を知っているから決め手にならない。奴の関節技はボーン・コントロールで逃げられるから恐るるに足りない、唯一面倒なのは幽幻とやらで逃げられる事のみ…)
米軍の病院から逃亡する直前、ロシアに亡命していた彼は”ホワイト・ナイト・バトル”という大会で灘の後継者であり自身と同じく突然変異の心臓を持つ男、”長岡龍星”に大敗を喫した事を思い出す。
(このマネモブ、龍星より技のバリエーションは多いが…)
基本性能で自身や龍星と比べたら二段階ほど劣っている。今度こそ負ける事はないと悪魔王子の戦闘IQは答えを導き出す。
ビュンッ 彼が選択したのはシンプルなパンチ。最速の拳を最大限の威力でぶつけてマネモブを一気にノックアウトする、幽幻の技でも避けきれないように。
自身の父親が最も得意とした”霞突き”をより突き詰めた技だ。
大してマネモブも彼と同じように拳を突き出した。
(フッ、万策尽きたんだな。パワー比べで俺に勝てる訳がないのに。)両者の拳がお互いの顔に叩き込まれた。
「あががっ」当然力負けしたマネモブが倒れ込む。意識も飛んでいる。
「俺の勝ちだな。」地面とキスをしたマネモブを見下ろす悪魔王子、目が覚めたら言う事を聞かせてやろうと思った時、
グラッ…「えっ」急に眩暈がして王子も彼の後を追うようにして倒れた。
”幽幻真影流” ”陰陽互根の術”マネモブは戦いの中でしっかりと悪魔王子の心の影を掴んでいた。残酷で悲惨な痛み分け、悪魔王子の放った攻撃は彼にも跳ね返される。
「…分けか。」「いや、プロレスのルールだったら先に落ちた方の負けだろ。」
「喧嘩はルール無用だろ。」いいものが見れたとワイワイガヤガヤ盛り上がるギャラリー達。
「ハイハイ、ドイテヤンケ。」マネモブと悪魔王子を担いで客を掻き分けるトダー。
「店主サン、コノ二人ヲ介抱スル場所貸シテヤンケ。」このパブのオーナーは素晴らしい試合で上等な”愉悦”を提供してくれた彼等にタダで広い席を使わせてくれると言った。
………
兄弟達の屍がゴミとして廃棄場に捨てられた中、一人息を吹き返した男。俺達は人間共に都合よく利用される兵器ではない。この世への憎悪を産声とし、俺は悪魔として新生するのだ。
同じ心臓を持つ血を分けた異母兄弟への敗北、亡命したロシアからも用済みだと狙撃され死の淵を彷徨った。
二度の臨死体験を経て、彼は”黒い太陽”を見た。あれはブラックホールだろうか?全身を吸い込まれてしまいそうだ…
「ここはお前が来るところではない…」
誰…?紫色の衣装を身に纏った女の剣士だ。こんな女に会った覚えはない。だが彼女から敵意は感じない。ただ俺をこの場所から追い出したいようだ。
「ハッ」ガバッと起き上がる王子。そうだ、俺はマネモブに話したい事があって彼を追い掛けて…マネモブが闘いを望んだことで死合いをして、相打ちになったんだ。
「偉くうなされてたのォ。」隣を見ると先に目覚めたらしいマネモブがソファに座りながらスポーツドリンクを飲んでいた。
「イヤな"記憶"でも思い出したんか?」王子は答えない。
「マネモブ、コイツドウスルヤンケ?」自分達は一応米軍所属だ。アメリカが指名手配している彼を逮捕するのが筋だろう。
「別にィ…」マネモブは自身の目的の為に米軍を利用しているだけだ。スペンサーは悪魔王子を何とか捕まえてほしいみたいな事を宣っていたが、知った事ではない。
「俺を捕まえないのか?」
「捕まえたら、お前ともう戦えないやん。」どこか爽やかなマネモブはふと笑みを零す。
「熹一さんも言ってたわ。」一度拳を交えた者同士は皆戦友、どうやら話を聞く気になったらしい。
「だったら単刀直入に言う、俺の”生存保障”をして欲しい。」マネモブは静かに微笑みながら彼の話に耳を傾ける。
◇次回、マネモブは悪魔王子をどうするー?
マネモブと悪魔王子に近付いてくる胡散臭い男と小柄な女。
「お二人さん、さっきの喧嘩は実に見事でしたよ!どうです?ここは僕と一緒に興行でも組んで一儲けしませんか?」先程の戦いが既にStar Peace Tubeに無断投稿され、凄まじい反響を得ているとスマホ画面を見せつけて来る。
「もうっサンポちゃんったら。すぐお金儲けの話始めるんだから。」
「お前等誰ヤンケ。」
「俺の戦闘技術は見世物じゃない。」
「興行かあ…ワシ等の星だと格闘技ブームなんてとっくの昔に終わってるで。」