新運命「愚弄」の行人「マネモブ」 作:異常猿愛者
かつて”オクヘイマ”のあった荒野に建てられた簡易的なテント。その中に黒いシャツとジーパンを身に付けた大男と空のような蒼い髪の少女が向き合っている。子供の横には彼女の一番の腹心である”剣旗卿”と呼ばれる歴戦の戦士だけが立つ事を許されている。他の臣下達は皆立ち入ることを許されず、テントから相当離れた位置で待機を命じられていた。
「まずはこうやって話の場を設けてくれた事、感謝する。」
「あのぅカイザーさんさっさと終わらせませんか?私はこれからオクヘイマを元に戻す大事な結界の儀をやらなきゃいけないんですよ。」
「………」
(カイザーがショックを受けている………珍しい。)
彼女が”強さ”を追い求める指針となった男は、強くならなければ他者に与えられるようにはならないという世の真理をかつて賢しさだけが取り柄だった物乞いの子供に教えた。
………
皇帝になる前の彼女は、常に強くなる方法を考えていた。彼女には武も力も財もない。見渡す限り広がるのは不毛な大地と食うに困った同じ物乞い達…そんな非力な自分に何が出来るのか…?
『賢い子供と話すのは悪くない。』
『小僧、この星に来て久々に愉しいと思えたぞ。』
強さという価値を教えた男は自分を賢いと言っていた。自分の武器はその頭だけ………
「ならば僕は、人を指揮、統率して導く人間に…」
それが最適解だと思った。その為に彼女は、ダメ元ではあるが故郷の官僚にでも雇って貰えないかと、議会の近くをうろつき、どんな謳い文句で取り入ろうか考えていたのだが…
「ううっ………」
酷い寒さで、まともに防寒具も身に付けられない弱者の手足はひび割れ、白い雪を”黄金”の血で染めていた。そんな折、物乞いであった彼女に、人生初の天運が訪れる。
「この髪色、そして黄金の血は………」
北の帝国の有力者、貴族の男が彼女の髪色と黄金の血に興味関心を抱いた。
北の帝国”ヒュペルボレイオス”の凍てつく国土には、薄汚い欲望が燃え盛っていた。
世継ぎのいない君主の死後、王位は空席となり、帝国内部で熾烈な権力争い、醜い同士討ちが繰り広げられていた。
『タレンタムの祝福を受けた王族のみが、炎のように揺らめく空色の髪を持つのだ。そして選ばれし者には、黄金の血が流れている……』
出世欲や名誉欲の強い貴族は、彼女の稀有な色彩は利用できると考えた。そして彼女自身、自分を用立ててくれと願ったので、それらしい神話を捏造し、彼女を仮初の王にすることにした。
「王に名前がないというのはな…」
「今日からお前は”ケリュドラ”だ。この北の帝国ヒュペルボレイオスの新しい王女となる………」
「ケリュドラ…」
彼女は名前と、”強き者”になるチャンスを与えられた。
(あの天外から来た神を騙る男に肩を並べる存在になる………)
一番野心の炎が燃え盛っていたのは彼女だったかもしれない。
彼女には常に姿勢制御のコルセットが身に付けられ、帝王学や宮廷での礼儀作法、オンパロスの歴史や弁論学など、凡人なら投げ出してしまうようなキツイ教育が施された。
貴族というのもその実楽ではないのだが、彼女は全く苦痛を感じなかった。寧ろ、より強さが欲しいと貪欲に知識を吸収していき、拾った貴族でさえもあまりの勤勉さを気味悪く感じる程であった。
強き僭主を求めていた民衆は、彼女の演説に乗せられ、王にまで押し上げた。しかし、彼女が幼かった事を理由に、後見人であった貴族が摂政につく事となった。
「最初は神輿に使えるやもしれぬくらいの気持ちで拾ったが…いやはや、彼女の人心掌握術は中々のもの。元が物乞いだったなどこの私にも信じられぬよ。」
新たな摂政は、彼女の事を天からの贈り物だとほくそ笑んだ。
人の心を掴む方法はあの男が教えてくれた。幸い、偽りとはいえ王位を得た事で与える財はある。
彼女が目を付けたのは宮女と衛兵にだった。地位や権力こそないが、彼らは宮廷の隅々まで目を光らせる密偵として使える。
新しい王女から与えられた臣下は次々と味方に付き、新王に反発を持つ者を炙り出し、始末する駒として役立った。
「陛下、この地は南のように暖かくありません。北に留まっていては、ヒュペルボレイオスは必ず滅びてしまうでしょう。大陸一の傭兵とは話を付けてあります。此度の出征には王女様に、ぜひともお出ましいただきたく……」
「王女ケリュドラよ。我々は”離”の段階にいるようだ。永久凍土を飛び出し、新天地を探す時だ。」
彼女が王位につき、内紛も収まってきたころ、将校や摂政がそんな事を言ってきた。人の欲とは留まる事を知らない。臣下達の野望は国内では留まらないようだ。
宮殿から見下ろした土地には、今日も家を失った物乞いが彷徨っている。かつての自分のように。この弱者達に与えるには、より多くの資源や領土が必要だろう。
「うむ…僕もこの国をより”強く”繁栄させる為には、他国を征服する事が必要不可欠だと考えていた。」
(ここから南下していけば、いずれは”オクヘイマ”に………)
今、”トリスビアス”は"ケファレ"の麓にある聖都を拠点にしているという。ならば、彼女を支援している天外から来た”まやかしの神”も自ずと…
そこからのカイザーは早かった。立場を問わずに民衆を徴兵して大規模な遠征軍を創設した。
「ここ”ヒュペルボレイオス”から始まる征途は、必ずや”オンパロス”を制し、銀河の群星へと至るだろう!」
光暦3851年、現代まで16年にも及ぶ、各都市国家を陥落させていく征服戦争の始まりだった。
………
「長っ…何言ってんのか頭に入らねぇよコイツ………」
マネモブとカイザーのたった一度の邂逅から既に40年近くは経っている。積もる話もあっただろうが………オンパロスに来てはや100年以上、年齢は130歳程の高齢者には少々キツかったようだ。
「………。」
「要約すると、カイザーはお前の教えに憧れて強き皇帝になり、帝国を築くことを目指したらしい…」
またもショックを受けたカイザーの代わりに腹心の剣使いが代わりに答えた。
「俺が教えた………?」
故郷でいう後期高齢者など優に超える年齢であるマネモブの”記憶”容量はとっくに限界であり、記憶障害はかなり前から患っている。そんな彼がたった一度会った物乞いの一人など覚えてる訳もなく…
「本当に覚えてないのか!?」
「ああ。」
またも絶句するカイザー。彼のように弱者に与えられる強き者になりたかった。強きをくじき、弱気を助ける。征服しても決して犯さず、支配下に置いた国々では私腹を肥やす悪名高き僭主を次々と処刑し、搾取されていた弱者達に与える政治を行っていた。
「少なくとも………俺は他国に侵攻して民に食い扶持を与えるなんて悪魔のようなあの男のような方法は絶対に教えないと思われるが………」
強き者との”格闘”は好きだが、”戦争”や”殺し”に忌避感のあるマネモブは彼女に軽蔑の眼を向けていた。
「僕が”弱者”に与えられる”強者”になる方法は、それしかなかった………」
冷めた目から逸らすように俯いた彼女はそう零した。
「しかし黒色の大魚よ。」「魚?」
「すまない、美しい海の国”スティコシア”出身でね。もう滅んでいるが…海洋生物の名前であだ名を付けるのが私の癖なんだ。」
カイザーの腹心はそう言いながら忌憚のない意見を続ける。
「お前が全面的に支援している”トリスビアス”は神殺しの神託を受けたと100年近く前から広めているが…それについてはどう思っているのだ。」
戦争や血をえらく嫌っているようだが、神託に乗っ取るなら、いつかは”タイタン”を殺す為の遠征が必要になるだろうと。
「………タイタンはメッチャ強いこの星の地母神だろ。俺達はより強き者を集めるべきだと、まだ神と闘う時期ではないと考えているが。」
「そうだ………僕が今宵オクヘイマまで遠征したのも、全ては………」
『ボクもいつか!お前に肩を並べられるような強き者になる!』
かつて一食の恩と”与えられるのは強き者”だけという哲学を教えてくれた彼のようになりなかった。彼と共に戦えるまでになりたかった。
「カイザーには”火追い”に協力する意思があったんだ。此度の遠征も、”ルキア”、”イカリア”、”コリンス”が”オクヘイマ”に対して不穏な動きを見せているという情報があればこそ、馳せ参じた。神と闘うなら、私達は頼もしい戦力になると思わないか?」
ただ、マネモブが三国同盟を血を流さずに追い返してしまったと聞いた時は驚いたと、剣旗卿は苦笑するが。
「えっ、さっきは殺しに来たのに最初から協力関係を結ぶ気だったなんて言うんですか?」
「………僕や臣下が強くなった所をお前に見せたかったんだ。仮に勝ったとしても、生きたまま捕縛させるつもりだった。」
最も、カイザーの首が危うく斬られかけた事で、剣旗卿は焦って彼を殺そうとしたが。
「ふうん、ああそう…お前らと協力するかどうかは、俺の一存では決められませんね。」
マネモブが運営しているのはあくまで宗教、オクヘイマの政治は”元老院”に任せている。
”心眼”で尊敬の念や協力関係の申し出に偽りの意思がないのは分かるが…
「ま、態々オクヘイマに来たお前達が今後どうするのかは、元老院の議員たちとよく話し合って下さいよ。」
しがらみを増やしたくないから、政治や戦争に俺達を巻き込むなと、マネモブは言った。
「………僕達を友軍として認めてくれるのか?」
「ああ、”心の陰”や”匂い”で嘘はなかった事は分かったからね。知り合いの議員に進言するくらいはしてやるよ。戦力はあるに越したことはないしなヌッ。ただ………」
「殺す力があっても殺さず。殺す術を知っているからこそ人を活かす事が出来る。」
「殺法すなわち活法なり。」「闘わずして場を収める。」
「これが俺の尊敬する師の一人の信条や。他国を征服して領土を広げる、それも”強さ”の在り方の一つかもしれないが…」
”お前の強さは俺とは相入れない…お前なんか認めない”
血と争いを嫌悪する男はそう言い残して、オクヘイマを猿空間から帰還させる結界を貼りに行ってしまった。
「………。」「カイザー…?」
ただ二人取り残され、沈黙するケリュドラに恐れ恐れと言った感じで声を掛ける腹心。
「”剣旗卿” ”セイレンス”…」
「僕の考えた”強さ”…”オンパロス”を制する”覇道”は間違っていたのか…?」
マネモブからの拒絶で、彼女の中の正義や哲学が揺らぐ。
「…これだけは言っておく。私はカイザーの覇道に焦がれて臣下となったんだ。」
セイレンスは思い悩む君主を励まそうとするが、ケリュドラは上の空のように見えた。
◇言葉で野望の火が揺らぐ……
哀しいけど、オンパロスで戦争や血を嫌うようになったマネモブは強いだけのカイザーを受け入れられなかったんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ。