夜になり、義勇は一冊の本を読み終えた。傷を庇うようにゆっくりと立ち上がる。療養期間中に随分と本を読んだ。おかげで人の気持ちとやらを考え、鬼の気持ちとやらに少しだけ寄り添ってみた。
悲鳴嶼からの手紙が転がっている。
-任務を投げ出し手傷を負ったお前を本当は謹慎処分にしたいが、人手不足な上に煉獄を助けようとした情状酌量の余地があるということで今回は見逃す。お館様にお礼を言うように。
悲鳴嶼さんは強いのに寛大だ。自分も同じように優しくなれるだろうか。
義勇が本を棚に戻そうと手を伸ばした時、隣に栗花落カナヲが立っていることに気がついた。
「人の屋敷に勝手に入るな」と義勇は驚いて言った。
「戸締りはしっかりしておくことね。それとも、誰かお世話する人が必要かしら?無惨戦の後のように」とカナヲ。
「何の用だ」
「私、知ってる。あなたが何に恐れているのか」とカナヲは言った。「歴史が変わらないことが怖いんでしょう?師範が死ぬのが怖いんでしょう」
義勇は本を震える手で棚の中に押し込むと、カナヲに向かい合うと、腰元に手を当てた。もちろん、刀はそこにない。義勇は刀のない腰元を見つめることしかできなかった。
「わかりやすい人。ほら手が震えている。私を手打ちにするならすればいい」
「もっとも不法侵入は責められるべきだが、理由なくお前を手打ちになどするわけないだろう」と義勇は声を絞るようにして言った。
満月の輝きが、障子を通って部屋に差し込んだ。カナヲの髪飾りが怪しく光った。カナヲの腕に傷がある。
「お前は隠れて何をしている。お前が夜中に鬼に血を与えているところを見た」と義勇。
「あなただって禰豆子さんを助けたじゃない」
「それとこれとは……」
「何が違うって言うの?」とカナヲ。「あの鬼は死んだ。勝手に、自殺した。私が一週目の時に殺した鬼よ。あとで人間の時に貧しい身のうちだったと知って同情したの。でも何をやっても鬼になるし何をやっても死ぬの」
「何が言いたい」
「そんなことはどうでもいい。その話をしに来たわけではない。私はあなたの話をしに来た」
「俺の話だと」
「あなた、生前私に言ったこと覚えてる?あなたこう言ったのよ。俺は、こち……」
「言うな……」
「あら覚えているのね」
「それは無惨戦後の定期検診の時にお前に聞かれたから答えたまでだ」
「本を読んだ成果はあったのかしら?いえ、なさそうね。人の気持ちなんて何もわかっていないもの。妻帯者のくせに」とカナヲは冷たく言い放った。義勇は心臓の音が大きく鳴っていることに気がついた。
「それは一周目の話だ」
「一周目のあなたはこんなに話したりはしなかった。それでいて、まるで一周目かのように振る舞う筋がどこにあるっていうの?」
「妻はいない。今は。ここが現実だ」
「今が現実だって保証はどこにあるの?それにあなた、妻がその後どうなったか聞きもしないのね」
「……。」
「師範の死目のことは聞いてきたのに。あなたが25歳になって、もういつ死ぬかもわからない頃、あなたの奥さんが私の元を訪ねたのよ。奥さん泣いていた。あなたが死にそうだからではないわ。あなたが私を見てくれない。意識を失ったあなたが私の名前を呼ばないって泣いていたのよ!朦朧としたあなたが叫ぶ名前は……」
「それ以上言うな!!!」と義勇は叫んだ。
「あなたどこを見ているの!!あなたは誰も幸せにしていない!!!」
そういうとカナヲは去って行った。