鬼舞辻無惨になった男が生き抜く話 作:野生の生蛇
無惨の機嫌は実によかった。
ウキウキしているといっていい。まるで猿のようだが猿ではなく鬼だ。
何せ、目下最大の敵である継国緑壱がどうにかなったのだ。
何故か原作では確執があった黒死牟となんか仲良くなり、週二ぐらいのペースで稽古する様になったのだ。
これには無惨も大笑い。最大の敵が最大戦力に成りうる状況だ。
そうして無惨は適当に鬼を増やしたり減らしたりしていた。
■
無惨はある夜、漁村を歩いていた。
漁村を訪ねた理由は単純で、奇妙な男が居ると噂を聞いたからだ。
その男は魚の死体を使ってオブジェを作るという奇妙な男だ。
その話を聞いた無惨はこう思った。そいつ玉壺じゃね? と。
かくして無惨は人だった頃の玉壺に遭遇した。
「何者ですかな?」
玉壺の家に押し入った無惨は人並みの感性を持っている為玉壺が作った醜悪な作品を前に眉を顰める。
「私は鬼舞辻無惨。鬼だ」
「鬼……? 妖怪の類ですかな」
「そうだ。その作品は完成品か?」
「いえ。いまだ未完成品です」
玉壺は家に押し入られているにもかかわらず、無惨と会話を繰り広げる。
無惨は玉壺が作っている作品をまじまじと──いやだが──観察する。
魚の死体を集めてくっ付けた物を壺にいれたという、腐臭漂う作品だ。
真面な感性の者なら創ろうとさえ思わない物である。
「そうか……参考までに、それは何を表現しようとしているんだ?」
「死を表現しようと」
「死体を使えば死を表現するなど猿でも出来るではないか」
青天の霹靂だった。
無惨の言葉は玉壺にこれ以上ない衝撃を与えた。
「嗚呼、嗚、ああ確かに! 死を表現するのに死者を使うのは余りにも単純! 馬鹿でも出来る事だ!」
無惨は急に喜びだした玉壺になんだこいつという目を向ける。
「あぁ。貴方のいう鬼とやらも気になる! それは私の作品に新たなる境地を目覚めさせてくれるのか?! 鬼舞辻殿!」
「なんだ?」
「感謝いたします! 私は新たな境地に至れそうだ!」
「そうか──ところでお前も鬼にならないか?」
かくして無惨の勧誘は成功し、玉壺は鬼となった。
■
「鬼を作った覚えのないところで、鬼が出たとの大騒ぎ。気になって来てみれば……ただの人間とはな」
無惨はある町に訪れていた。
三日月の夜、橋の上で無惨と男──狛治が対峙する。
「どけ……殺すぞ……」
ふらふらと幽鬼のような足取りで狛治は無惨に近づき、殴り掛かる。
無惨は狛治の拳を受け止め、左手を変形させ首筋に打ち込む。
「鬼となり、全てを忘れ私の配下となるがいい。人としてのお前は死に、鬼の猗窩座となるのだ」
こうして狛治は猗窩座となった。
■
「ここは……なんだ?」
狛治──猗窩座は目を覚ました。
彼の視界に入ったのは無限城の天井だ。天井と言っても無限に広がる為浮遊する和室等が目に入る。
どうやら仰向けで眠っていたらしい、と猗窩座は立ち上がる。
「目が覚めたか、新入り!」
そんな猗窩座に話しかける者が居た。
歳は三十代後半程。身長は百七十五センチ程の黒髪黒目の男だ。
「あんた、誰だ?」
「聞いて驚け、儂は織田信長だ!」
その名乗りに猗窩座は驚く。
「織田……織田信長?! 戦国時代の?」
「その通り、本人だ。無惨様に鬼にしてもらったのだ」
がっはっは、と信長は笑う。
「さぁ、この無限城を案内してやろう。ここが今日からお前の職場だ!」
「……そうか、よろしく頼む。自己紹介をしよう。俺は──猗窩座だ」
「猗窩座か、よろしくな」
という訳で、猗窩座は信長の案内の元無限城を案内される。
「この無限城には幾つかの施設がある。畜産場に農耕区は元農家などの鬼が運営している」
「城の中で農業をしているのか……凄いな」
「なんでも、無惨様の『この城だけで完結できるように』という考えの元らしい」
二人は会話しながら歩いて行く。
歩いて行くと広い場所に出てくる。
机と椅子がところせましと並んでおり、肉を焼いたいい匂いがする。
「ここは……食堂か?」
「そうだ。献立は日替わりで三種ある。基本二十四時間やってて鬼なら無料で食えるぞ」
「飯をただで食わせてくれるのか……」
「無惨様の役に立つなら、てのが前提だがな」
次に案内されるのは修練場だ。
一言で言えば、グラウンドに近い。
砂の大地に的や人形が置かれていたりする。
中には何人かの鬼が模擬戦をしていたりする。
「ここが修練場だ。ここも常時開放されるからいつでも鍛錬出来るぞ。基本誰かいるからそいつと模擬戦するのもありだ」
「ほう。それはありがたい。俺は強くなりたいんだ」
「向上心あるやつは好きだぜ。次は──」
猗窩座と信長は無限城を見て回り、猗窩座は十二鬼月入りを目指し鍛錬をすることを決めた。
■
時は流れた。
黒船が来訪し、元号が慶応、明治、大正と移り変わったころ。
日本のとある村で、炭焼きの少年が村に降りてきていた。
黒髪赤目の少年だ。背には炭を背負っている。
竈門炭治郎という少年である。
鼻の利く少年は嗅いだことのない、だけど懐かしい臭いを前に混乱していた。
はてなんだろうか、と臭いの元まで歩くと、そこには男が居た。
その男に炭治郎は見覚えがあった。あった事も無いのに。
黒髪青目の眉目秀麗な男だ。この時代にしては背が高い。
「──炭治郎。覚えているか?」
瞬間、炭治郎の脳内に溢れ出す存在した記憶。
──禰豆子が鬼にされ、最初に戦った冨岡義勇。
日輪刀を手にする前の鍛錬の日々。鬼狩りの毎日。
そして──鬼舞辻無惨との決戦。
「義勇さん!」
炭治郎は駆け出す。兄弟子にして戦友である義勇の元へ。
■
「鬼殺隊に入ってたんですね。ここには任務で?」
村の休憩所で炭治郎と義勇は座って話をする。
話題は当然、前世での職場である鬼殺隊についてだ。
「それなんだが……鬼が居ない」
炭治郎は義勇の言葉に目を見開く。
鬼が居ないとはどういう意味だろうか。鬼関連で来た訳ではないという事か?
「任務ではないと?」
「いや、そうではなく……この世界に、鬼は居ないのかもしれない」
「それは……!」
──どういう事なのだろうか。
鬼とは鬼舞辻無惨が作り出す眷属にして先兵の事だ。
鬼が居ないとは、つまり鬼舞辻無惨が居ないという事になる。
それは素晴らしい事だ。悪鬼滅殺が心情の鬼殺隊にとっては鬼が居なくては商売あがったりだが、鬼なんて言う可哀そうな生き物は居ない方が良いに決まっている。
「だが、お館様は呪われたままだ」
お館様とは今代の産屋敷の当主の事だ。
産屋敷家は代々呪われている。一族から鬼舞辻無惨という鬼を輩出したことにより天罰を受けたのだとされている。
それが事実だとするならば、鬼舞辻無惨は生きている事になる。
「それは……鬼舞辻無惨は生きていて、だけど鬼を作っていない?」
炭治郎は最悪の予想をする。
それは、鬼舞辻無惨は既に日光を克服していて、鬼を作る必要が無いという可能性。
千年かけて太陽を克服した鬼が禰豆子しかいなかったが、今回は違うのかもしれない。
或いは単純に産屋敷は呪いを受けたのではなく、遺伝病だったというオチかもしれないが。
「主要な者達は、前の記憶を受け継いでいるらしい。一部持ってない者もいるが……炭治郎、お前はどうしたい?」
義勇は炭治郎に問いかける。
炭治郎は元は鬼になった妹を人に戻す為に鬼殺隊に入った。
だが今はまだ妹は鬼になっておらず、そも鬼の被害が存在しない。
炭治郎が鬼殺隊に入る動機というのは今のところないのだ。
「……一度、浅草に行って見ようと思います。そこになら、無惨か──そうでなくとも珠世さんがいるかもしれませんから」
「そうか……お前は珠世という鬼の隠れ家を知っているんだったな」
「はい。前と同じかはわかりませんが、それでも行って見る価値はあるかと」
「……行って来るといい。その間、この村と──お前の家族は俺が守ろう」
「義勇さん……! ありがとうございます!」
かくして、炭治郎の旅が再び始まる。
■
(やっぱいつ来ても人が多いなぁ~!)
東京、浅草。
夜だというのに、灯りが灯り人は多い。
大正時代だが時代の最先端を行く都市の一つである為に、スーツを着た者等もいる。
(お、あのうどん屋さんあった!)
炭治郎は歩いているとかつて禰豆子と共に訪れた屋台のうどん屋を見つける。
(そうそう、ここで無惨の匂いを──)
そして。かつてと同じように、無惨の匂いを嗅ぎ取った。
忘れる訳が無い、忘れようがない宿敵の匂い。
炭治郎は全集中の呼吸を以て走り出す。
人ごみをかき分けながら──ついに無惨を見つけ出した。
かつてと同じようにペイズリー柄のスーツを着用し、白い帽子を被った百七十八センチ程の青年。
「鬼舞辻、無惨!」
無惨は炭治郎の叫びに振り向いた。
そして、顔を顰めた。
「……申し訳ありませんが、誰でしょうか? 見覚えが無いのですが……」
炭治郎は無惨の反応を見てこう思った。
(覚えて、いない?)
"前"について覚えていない。そう考えればこの反応は納得できる。
だが、隣から漂うこの匂いは──
「無惨様? どうされたのですか?」
無惨の隣にいたのは女性だ。
美しい女性だ。微笑む姿は絵画の美女にも負けない。
かつて妹を人に戻してくれた恩人──珠世だ。
「珠世。私の記憶には無いのだが、この少年を知っているか?」
無惨は顎で炭治郎にしゃくる。
その様を見て、珠世も炭治郎を見て──
憎悪に塗れた顔で、無惨の顔を睨みつけた。
そのことにまたも無惨は怪訝な顔をする。なんだこれ、と。
すぐさま珠世は顔を元に戻す。
「…………無惨様、少々離れてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ。私は先に予定地に行っている」
「少年。行きましょう」
珠世は炭治郎の手を取り、走り出した。