第六惑星の決戦〜土星沖、燃ゆ〜   作:くコ:彡の本棚

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後編

 重力震を伴う揺らめきが大口を開け、プラズマの流が宙空を奔る。その奥に恒星があると錯覚しそうな熱波だ。

 

 小マゼランにてメダルーサ級戦艦と交戦したヤマトの戦訓から、重力震の反応より出現宙点を予測する火焔直撃砲対策が確立している。各艦が十分な間隔を取って熱線を回避しながら、敵を射程に収めるまで前進する。

 

 どのような戦術も言葉にするのは簡単だ。ただでさえ波動砲を上回る連射性能を有する高火力兵器。それを積んだ敵艦が、三隻もこちらを狙っている。

 絶え間なく噴き出し続ける灼熱の間久泉が宇宙を煮え立たせ、吹き荒れる熱風が“アンドロメダ"の船体を揺るがした。

 

「"アンドロメダ"でこれなら他の連中の苦労は一人だな」

 

 山南が引き連れているのは速力と電子戦能力に長けた護衛艦とパシフィック級パトロール艦が大半で、全長は200m未満と小柄だ。超高熱の暴風に煽られ、舵取りも一筋縄ではいかないだろう。

 

 三隻一体で襲いかかってくるメダルーサ級は眼前のものだけではない。殊に後方に控えている一隊は、明らかに右翼からの切り崩しを阻止するための布石であり、こちらは右翼を突こうとしたら左方を撃たれる状態になる。

 

 常に散開することを強いられる。火力を集中して一挙に勝負を決めるという戦い方ができず、長期戦となるだろう。長い孤闘にどこまで精神が保つものか、耐え忍ぶことが全てだった。この期に及んでは、各艦の底力をじるしかない。

 

 メダルーサ級三隻を射界に収めた。散々撃ち込まれた熱戦の主と初めて顔を合わせる。火焔直撃砲発射の隙に砲撃できれば何よりだったが、敵もさる者で、既に通常兵装での迎撃に切り替えていた。

 神話の大蛇が鎌首をもたげるようにして、大口径の五連装砲がこちらに狙いを定めてくる。

 

 空間を震わせて撃ち出されるビームは、エネルギー量からして回転砲塔のそれとは比較にもならない。緑の光条が一直線に“アンドロメダ"を目指し、艦尾に擦過して波動防壁の青い電光を散らした。

 

「主砲一番、二番。並びに艦首魚雷、用意」

 

 敵の三隻は一見、単艦に見えるほど間隔を置いて布陣している。その内の一隻とアンドロメダ"は正面から向き合っており、一対一で引きつけるつもりだ。

 

 相手になるぞ、とショックカノンを撃ちかけ、魚雷を投げつけた。

 

 500m超えの大型艦と思えない、機敏な回避である。スラスターを吹かして右手に青の光線を流す。艦後部の輪胴砲塔が目まぐるしく回転してビームの針を吐き出し、魚雷も砕け散った。

 艦首に穿たれた九つの発射管から飛び出した魚雷が、“アンドロメダ"に迫る。

 

「対空、ショックフィールド」

 

 艦橋下のショックフィールド砲が光球を放ち、爆ぜた光球はエネルギーの波紋となって魚雷を爆砕する。続け様の主砲斉射。敵の五連装砲も、鏡合わせのように発砲してくる。

 互いに細かく位置をずらしながら回避と反撃を繰り返す様は、撃ち合いならぬ太刀合いのようでもある。

 

 砲火と砲火、噴射煙と噴射煙が交叉して宇宙を切り裂く。至近をすれ違う光条が自らに致命傷を与えうることを知りながら、怯懦を忘れたように応射を続けるのだ。

 

 他二隻のメダルーサ級にはそれぞれ数十の護衛艦、パトロール艦が当たっていたが、散開しているために数の差を活かしきれない。砲を指向できないために誘導兵器での攻撃を続ける艦が多いが、回転砲塔に大半を落とされている。

 

 9字に重力震反応。各艦の操舵手が一斉に操縦桿を倒す音が山南には聞こえた。

 

 後方のメダルーサ三隻が動き始めた。横合いから迫るプラズマの荒波に飲み込まれぬよう、生き残るためだけに必死に舵を切る。立て続けに飛び込んでくる炎の柱は十二を算えた。

 

 耐え忍んで後も味方は減っていない、そう思った瞬間、左手前方の護衛艦を緑の軌跡が折り砕く。熱線を完璧に避け損なって波動防壁を剥がされたところに、メダルーサ級が牙を剥いたのだ。

 過貫通したビームは、さらに奥のパトロール艦の艦尾を抉っていた。

 

 続けざま、量子魚雷が赤い流星となって左右を横切る。火焔直撃砲を回避して息が切れた瞬間を狙って温存していたと見え、投射量にもまるで躊躇いが無い。

 戦場のあちらこちらで咲く巨大な衝撃波の下に、僚艦の骸が横たわっている。

 

「防壁局所制御、右舷!」

 

 2時方向から飛来した量子魚雷に回避不能域まで潜り込まれた時の"アンドロメダ"の反応がこれだった。手動で右舷の波動防壁の出力を上昇させ、厚みを増した光の盾は間一髪で船体を守り通した。

 

 反撃のために砲門を向けようとするも、図ったような重力震の急報。プラズマ流の襲撃を苦心して耐え抜けば、目の前のメダルーサ級による執拗な攻撃。それは、終わることのない艱難とも思えた。

 

 すでに三十隻近くが沈んでいた。五連装砲のビームが、量子魚雷の輝きが宙を走る度、かつて僚艦だった残骸が増えてゆく。

 

「司令!」

「まだだ」

 

 山南の意識は半瞬、三年前の冥王星に遡行した。

 圧倒的な技術レベルの差を見せつけてくる敵の艦隊、火球と共に次々と消え散る戦友。ひたすら撃たれながら、来るかも分からない異星の使者を待ち続けるのだ。

 

 あの時、山南の隣には偉大な先達がいた。敵に勝てる艦も、率いる艦隊も次々と失われながら、最後まで宇宙に在り続けた不屈の男。

 その心中に燻っていた真の苦悩と重圧を、山南は今一部なりとも理解しようとしていた。

 

「戦闘宙域にワープアウト反応!」山南は目を見開いた。

 

 ────────

 

 前方に次元跳躍の兆候あり。エネルギー量、きわめて大。

 

「来おったか!」

 

 バルゼーの声には勝利を確信する響きがあった。

 ついに地球の主力艦隊がやって来る。それを撃滅すれば大勢は決し、これまでしてやられた事実は全て覆る。残存する機動部隊、そして大戦艦による総攻撃だ。

 

 敵の最大にして最後の戦力を引き摺り出した以上、堅守に拘る理由もない。

 

「増上慢の報いをくれてやるのだ!イーター全機出撃、カタパルト旋回」

 

 陣地と称するに足る規模の巨大空母が、白い船体で宇宙を塗り潰す。上下一対の甲板には全長100mを超える自滅型攻撃艦イーターが、単分子の刃に鈍い光を湛えて並び、発艦を待っていた。

 

 艦橋から戦場を見るバルゼーの視界が転回する。艦載機が発艦する際の衝突を防ぐためであり、敵の狙撃を躱すためでもある。

 城塞規模の構造物が空間を圧しながら回る光景は壮観きわまるもので、ガトランティスに相応しい威容だとバルゼーは思った。

 

 螺旋状に射出されたイーターは見る間に増速し、汚名返上を期する機動部隊と並航しながら前へと突き進む。それに続く、紡錘陣形を取った大戦艦の群れ。鴨緑色の波濤が土星沖を揺るがす。

 

 行手に現れたさざめきは、次元跳躍による空間の歪みだった。新たな星が生まれたように、視界が光点に埋め尽くされる。数え切れない氷柱が突き出すように見えたのは、船体に氷を纏っていたためだった。

 

「敵主力艦隊。千、千二百……千五百隻!」

 

 待ちに待った、敵主力のお出ましである。想定を超える数だが、どうということはない。地球の決戦兵力を業火の坩に突き落として、ガトランティス栄光の旗を翻させる。

 バルゼーは腕を振り上げ、交戦距離までの急速前進を命じた。

 

 新鋭艦の在処を探らせた。前線の旗艦か、あるいは“大砲”を軸とした切り札か。いずれにしても、イーターをそちらに集中させる。

 

「敵新鋭艦、三隻を確認」

 

 バルゼーは固まった。会心の笑顔が引き攣る。こいつは何を言っているのだ?

 

 右翼で重戦艦と交戦している一隻と合して、現宙域には地球の新鋭艦が四隻いる。進宙したのは五隻ではなかったのか。この危急の秋、待機などさせる余裕が地球にあるだろうか。

 

「もう一隻はどこにいる」

 

 急報。背後に次元跳躍反応。規模としては、前面の敵主力の一割にすら満たない程度。だが、バルゼーは谷へと突き落とされたような気分に囚われた。

 

 あるはずのないものが、来ている。五十隻からなる地球の小艦隊。先陣を切るのは、青い船体の新鋭艦。飛行甲板らしき構造物がある。

 二十隻以上の艦が纏まって動いている報告など、これまで上がっていなかったはずだ。だがその敵は確かな実体を持ち、何かを目掛け加速を続けている。

 

 重戦艦がその先に在った。敵の先遣隊を横合いから火焔直撃砲で甚振り、分断している。背後からの攻撃など想像の埒外にあっただろう、艦後部の輪胴砲塔も沈黙を保っている。

 

 新鋭艦が艦首から放った光弾が爆ぜ、重力子の突風が重戦艦を飲み込む。竜巻に飲み込まれたように激しく態勢を崩した重戦艦が無防備な腹を曝け出し、砲撃の青い光が幾つも突き刺さった。

 

 ────────

 

"アポロノーム"率いる別働隊が、後背のメダルーサ隊を急襲して壊滅させた。自由になったと悟ってからの僚艦の反撃は、山南すら舌を巻く程に迅速、そして潡烈だった。

 

 数十の護衛艦とパトロール艦が勇躍し、メダルーサ級に群がりかかってビームと魚雷を浴びせかける。火焔直撃砲の軛から解き放たれた以上、小型艦ならではの運動性能を思うままに発揮できる。

 

 量子魚雷の閃光をしざま、四方から飛ぶショックカノンの光条がメダルーサ級の飛行甲板に突き刺さり、内部の格納庫で破壊力を解き放った。連鎖する誘爆に耐えかね、一隻が艦尾から崩れ落ちてゆく。

 もう一隻は艦橋構造物に数十の魚雷を叩き込まれ、爆散したそれ以外は艦の原型を保つ棺桶となり、宇宙を漂い始めた。

 

"アンドロメダ"のショックカノンが、残る一隻の五連装砲を吹き飛ばす。船体の六箇所から火を噴き、魚雷発射管を潰されてなお、メダルーサ級は近距離で火焔直撃砲を稼働させてまで抗おうとする。"アンドロメダ"が疾駆した。

 

 メダルーサ級の右弦に回り始める。輪胴砲塔が射掛けてくるビームを波動防壁で受け止めながら、"アンドロメダ"の右舷六連装砲が煌めく。一瞬の反航戦。

 艦橋基部に撃ち込まれた光がメダルーサ級を内部から打ち砕き、殺意と、執念とかない混ぜになった火球へと変えた。

 

 地球艦隊別働隊の突然の参戦から、瞬く間に六隻のメダルーサ級が宇宙の塵と消えた。残る三隻は敵本隊の対向側で共に移動を始めており、こちらでの戦闘には加われていない。

 別働隊が光学観測可能な距離まで合流してきた。通信回線を開くことなく、山南は満足げに呟く。

 

「やったな、安田」

 

 山南の発案したその作戦は、合理を存在の柱とする人工知能には発想しようのないものだった。

 

 惑星間砲撃システム完成までの時を稼ぐべく、敵は土星近傍で堅陣を敷くだろう。それに抗するには、別働隊を向かわせて背後から一角を崩す他ない。

 しかし、白色彗星の侵攻に際し、ガトランティスの小艦隊の目が太陽系各処で光っていた。纏まった数の別働隊の移動は、当然露見することだろう。

 

 故に、単艦で行動させる。敵の侵入に対しての移動、或いは撤収を装って、少しずつ、少しずつ集結地点に近づくのだ。監視を怠っていないからこそ、ガトランティスは別働隊の存在を悟ることはない。

 

 憂慮すべきは、作戦が始まれば別働隊に具体的な指示を伝達する機会がないということだ。ガトランティスの布陣は友軍全てにという形で共有できるが、ここを攻撃せよとの通信を送ることは許されない。

 傍受されれば全てが破綻する。既に交戦中の味方と息を合わせ、最適なポイントを狙えるか。別働隊の指揮官に託すしかないのだ。

 

 総司令部、特に副長官である芹沢の説得には時を要するかと思ったが、詳細なプランを説明すると、拍子抜けするほどスムーズに話は進んだ。思えば再建された艦隊の訓練状況について、各隊司令が辟易するほど細かい報告を上げさせた芹沢だった。

 想定される行動の難度と、事態の緊急性を鑑み、この案を最も現実的なものと見たのだろう。

 

 別働隊の指揮官の人選に希望はあるか問われ、山南は"アポロノーム"艦長の安田の名を挙げた。再先任の"アルデバラン"艦長・谷には、自分に万一があれば総指揮を引き継いでもらいたい。それを抜きにしても、安田は沈着と果敢の均衡が取れている、得難い存在だった。

 

 何より、安田は山南が士官候補生だった頃からの戦友だ。互いの呼吸は嫌でも知り尽くしている。最も望ましい時、最も効果的なポイントに、攻撃をかけてくれるだろう。

 

 安田は課せられた任務を、山南が期待した以上に成し遂げてみせた。メダルーサ級を排除し終えた敵右翼は無人の野も同然となっており、主力が十分に展開できる安全宙域が確保されている。波動砲の一斉射も、土星に悪影響を与えない形で行えるだろう。

 

 決戦宙域に駆け付けた主力は"アルデバラン"の陣頭指揮によって、敵右翼側への移動と展開を始めている。

 前進していた敵機動部隊を2時から3時の位置に捉え、艦載砲の威力を発揮するには最良だった。右方に旋回した数千の砲塔が、立て続けに轟く。

 

 交錯する青い火線が三次元空間を灼熱させ、囚われたガトランティス艦は生存を許されず次々と砕け散ってゆく。

 移動を続ける中で地球主力は偃月の形を取り、敵機動部隊を右から半包囲する態勢となった。理想的な十字砲火の様相である。

 

 鴨緑色の占める領域が見る間に小さくなり、赤と黒が取って代わった。

 

「エンケラドゥス隊より入電、マグネトロン・プローブの打ち込み作業完了」

「よろしい。アンドロメダ"とアポロノーム"指揮下の艦は移動を開始。主力の左翼を固める」

 

 山南の心中に去来するのは、作戦が成功を収めたことによる安堵でも、次に来襲する敵の牙城に対する脅威でもなく、目の前の戦いを完遂するという意志に他ならなかった。

 

 ────────

 

 微かに目を血走らせてバルゼーは声を張り上げる。

 

「重戦艦の損害に構うな!右だ、とにかく機動部隊とイーターを右に向けよ。大戦艦も回頭!」

 

 命ずる間にも、正面から敵を直撃するはずだった機動部隊が側面を取られ、次々と敵主力の砲撃の前に沈んでいく。

 

 イーターを出すのが遅すぎた。そして、早すぎた。出し惜しみせず、先遣隊に投入して壊滅させていれば、重戦艦は十分に戦線を維持できた。

 あるいは敵の手の内を全て見切るまで温存し、移動する敵主力を機動部隊と挟撃していれば。最も中途半端な時を狙って、出したようなものだ。

 

「氷塊が」

 

 曖昧に過ぎる報告に眉を探めてスクリーンを見、バルゼーは唖然とする。

 砲撃に曝されてなお態勢を立て直そうとする機動部隊の背後に、惑星のリングを構成する氷塊が次々と飛来してきた。ただの氷でも、加速をつければ質量兵器に足る威力を見せる。

 エンジンノズルを穿たれた駆逐艦、艦橋を押し潰された巡洋艦、氷塊を避けようと隙を曝し、ビームに貫かれたイーター……。

 

 惑星そのものが意思を持ち、侵入者を追い払おうとしているようにすら見えた。

 そんなことがある訳もない。何者が仕掛けた、ということに考えを巡らした時、緒戦で横撃を仕掛けてきた奇襲隊を思い出して、バルゼーは小さく呻いた。

 

 機動部隊は敵主力の攻撃、拘束に失敗した。既にガトランティス艦隊の右後方に回り込み、幾重もの重厚な横陣を敷いて艦首を向けている。

 

"大砲”が来る。

 

「インフェルノ=カノーネの陣を敷けい!」

 

 ヴィルホが目を剥いて驚倒した。それはそうだろう。バルゼーが艦隊を率いてここまで来たことの意味そのものに反する命令である。

 

 必死に翻意を求めてくるヴィルホの言葉が正論だと知ってはいたが、バルゼーはそれに返事すらしない。"大砲"を撃たれる前に先手を打って沈める他ないのだ。大戦艦など、その後で幾らでも建造できる。

 帯電する雷撃ビットの輝きが円を描き、船体そのものを砲身とした砲撃システムが、咆哮するまでの秒読みを始める。

 

 赤熱した光点が横合いから飛び込んで、一隻の大戦艦を貫いた。

 通常ならば中破になるかという程度の損害だが、膨大なエネルギー供給により機関が過負荷状態となっている今、それだけで致命傷となりうる。動力の逆流が起こって、船体各部の伝導ラインが暴走するのだ。

 

 陣を構成する一隻が沈むと、他の艦に伝わるエネルギーの均衡が僅かに崩れる。赤い閃光はその傷を広げるように次々と飛来して、陣の各処を食い破っていくのだ。雷撃ビットの輝きが、空しく掻き消えた。

 

 先遣隊と、背後から現れた部隊を指揮していた、新鋭艦二隻。それらの放った砲弾だった。地を這いずっていた頃の遺物としか思えない、金属と火薬の弾体。

 

 敵の砲口に火が点る度、大戦艦の骸が奈落に沈んでゆく。砲撃を終えて去ってゆく二隻の新鋭艦を、バルゼーはもはや一瞥もできない。

 敵主力各艦の艦首に黄金の粒子が集い、光の脈動を呼び寄せている。余剰次元へ通ずる扉。何者も抗し得ない膨大で理不尽な力が、ごくごく小さな宙点に結集していた。

 

 解き放たれる。

 

 光の海嘯が、爆ぜる宇宙そのものが、押し寄せてくる。声にならない己の絶叫を、バルゼーは聞いた。

 

 ────────

 

 青白く塗り潰された視界が回復した時、静かだとバルゼーは思った。ありうべき静けさではない。

 

 麾下の艦隊は何処へ行った。千隻の大戦艦が、紡錘陣を取って敵と向き合っていたというのに。目の前には荒涼とした宇宙の闇と、こちらを睨め付けてくる敵の姿があるだけだ。

 

 赤黒いものが目の前を横切る。"大砲"の余波にあおられ、塗装を剥がされた大戦艦の惨状。力なく漂いながら消えてゆき、炎と共に呆気なく崩れた。

 

 大戦艦が、一隻残らず沈められた。大戦艦を示す識別信号は全て消失しているし、それ以上に、バルゼーはこの目でそれを確かめたのだ。

 後方に在ったメダルーサ級三隻と、必死に逃走を図った機動部隊、そしてバルゼーの座乗する巨大空母のみが生き残っている。

 

 大戦艦を盾としていた巨大空母すら、船体の内外に異常が続発していた。動力系統が寸断され、立て続けの小爆発が装甲を蝕む。砲熕兵器も使用不能だ。

 

『……バルゼー』

 

 遠雷の響きが艦橋に沈黙を呼ぶ。ふらつく足をどうにかバルゼーは踏みしめた。

 

 艦橋の天井に据えられたスクリーンに映る偉丈夫。全てのガトランティスが跪くべき、全能の王。

 

『随分としてやられたものだ』

「ははっ……」

 

 弁明のしようもない大敗に、頭を垂れるしかない。大帝はガトランティスの全てを「視て」いる。数で劣る地球艦隊にいいように叩きのめされたことも、つぶさに把握していたことだろう。慨嘆と屈辱がバルゼーを灼く。

 

『このうえは彗星帝国の威をもって奴らを踏み潰す。お前は残る艦を連れて戻り、ゲーニッツの指示を待て』

「しかし、それでは私に課せられた使命は」

 

 その後の展望とてまるで無く、哀願するようにバルゼーは喚いた。冷たい双眸が敗者の姿を見下ろす。

 

『下がれ、バルゼー』

 

 力なく、項垂れた。戦って死ね。ここにいるのは、死ぬことも許されず生き恥をす、惨めな負け犬に他ならなかった。敗残の無念を背中に張り付けたまま、バルゼーは何も映らないスクリーンに頭を下げ続ける。

 

 巨大空母と残存する艦艇が、一斉に次元跳躍の態勢に入った。その背後では、五隻の新鋭艦が率いる地球艦隊が、陣を組み直している。

 

 これから来るものに対して、一歩も退かない構えだった。

 

 

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