ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
第1話 ラスボスが女性特効能力持ちなのに主人公が女体化して詰んだ件
──俺はこの世界が「男は射精すると弱くなる(レベル・経験値が減る)世界」であることを知っている。
……すまん。自分でも何を言ってんだっていう自覚はある。
ただ、信じてほしい。俺は自分で見たこと、体験したことを伝えただけだ。
──俺はこの世界が「特別な才能を持った男主人公がいないと救われない」ことを知っている。
……俺はいわゆる転生者だ。もともとは、日本人で学生だった。
なんの因果か、昔攻略したゲームと似た世界に、俺は主人公以外の男として転生してしまった。
この世界に詳しいってのもそんなんが理由だ。
──俺は
……どうしてこうなっちゃったんだろうな? 俺も知りたい。
これから語るのは半分、俺の愚痴みたいな話だ。
原作知識を持ったただの男である俺が、どう生きあがいて、どんな目に遭わされたのか。
ちょっと前まで自慰が日課だった俺が、禁欲に喘ぎながら、どう原作ヒロインたちやTSした主人公の
それを、語らせてもらいたい。
◆□◆
十五歳の夏。
俺──佐藤
「おぉ、よしよし……いい子だ……」
(……どなた?)
気づけば、俺は
目の前の女性が何かを口にした次の瞬間、指先から水が湧く。
俺は思わず目をかっぴらいた。なんだその謎パワー。
どうやら俺は異世界転生したらしい──言葉を話す頃には、俺はこの世界がとあるゲーム世界と似てるのを理解した。
(男は射精で弱くなる世界? はあ? どんなエロゲ脳だよ……。間違いない、これ、やりこんでたゲームの世界だ)
元・成人向けタクティカルRPG 〈あべこべ世界で成り上がり!〉──ダンジョン×トレハン×逆転世界の怪作。
生前やりこんだゲームに似た世界と知った瞬間、俺は歓喜した。原作知識を使って人生バラ色、きっと楽しい人生を送れるに違いない。おまけに貞操逆転世界。きれいな女性らに求愛される自分をルンルン気分で妄想してしまう。
けど、すぐに自分の名前を思い出し、俺は枕を涙で濡らした。
俺が転生した人物は、モブ・アイカータ。
物語開始直後に呪われて、
◆□◆
十八歳を迎えた俺は、原作どおり上級冒険者学校に入学した。
「おはようございます!」
胸元で軽く右手を上げ、俺は用務員の女性に元気よくあいさつした。あいさつは基本。
花壇の水まきをしていた女性は、面食らったように振り向く。
「あ、お、おはよう」
彼女は顔を赤くする。控えめな会釈を返してきた。
『わ、私にあいさつ?』とでも言いたげに、彼女は目をまたたかせている。会釈を返しながら、俺はその脇を通り抜けた。みんなもしよう、あいさつ。
春先の冷たい空気に俺は肩を震わせる。
周りと比べ、頭ひとつ分ほど高い視線から、俺は広い前庭を見渡した。
石畳で舗装された道を十数名の生徒たちが先を行く。
群青のジャケットにプリーツスカート、タイツ──見渡す限り女子の制服ばかりだ。
濃紺ジャケットでズボンを
女子たちは談笑の輪を崩さない。それでいて視線だけが、俺に吸い寄せられている。
「でっかぁ……♡」
「胸板、太ももすごっ……。エロすぎんでしょ……♡」
モテっぷりたまんね~。「今夜どう?」と情熱的に返したいが、そうもいかない。
原作で俺──モブ・アイカータは童貞だった。
もし俺が童貞を卒業したことで未来が変わってしまおうもんなら、この世界の人々に申し訳が立たない。
なので俺はひんぱんにお誘いされるものの、律儀に
浅黒く分厚い手で、俺は頭をひとかきした。
目元を隠していた黒の前髪が風に合わせて跳ねる。
俺はひと息ついて、歩みを進めた。
(主人公様はどんな姿をしてることやら。俺みたいな筋肉マンだったり? どんな相手にべた惚れすることになってるんだ、俺? あーあ……。
主人公についてわかっているのは、和国出身者であることだけ。原作では、容姿や名前を自由に設定できた。
原作どおりなら俺は今夜そいつと同じ寮室で寝て、目が覚めたら女体化している。
(原作展開守るんなら、
物語は主人公が水の王国にある上級冒険者学校に入学する日から始まり、三年後に
(この世界の命運は、主人公にかかってる。協力してやらんとな)
俺は革鞄のストラップを強く握り直した。
大きな靴底が石畳を軽く打つたび、乾いた音が跳ね返った。
□
「お~」「また男子来た!」「かなりよくない?」
俺が教室に入ると、好奇の視線が肌をなぞった。あーきもちいい。
様々な香料が俺の鼻をかすめていく。
(え~。確か、窓側だったよな?)
教室の入口に貼ってあった座席表を思い出しながら、俺は自席を探す。
自席の後ろに座る人物を見て──俺は息を呑んだ。
銀糸のような髪。ガラス戸から差す陽光を、髪は照り返す。
銀の束はあざやかな朱と白の絹ひもによって、蝶結びで
髪は馬の尾のように垂れては、床をかすめそうであった。
(……きれいだな)
彼は太ももに拳を置き、藍の瞳を前へと向ける。
その凛とした姿に、俺は思わず見入った。
息を整え、俺は自身の髪を撫でつける。
胸の鼓動を抑えてから、銀髪の彼に歩み寄った。
「や、初めまして」
軽く手を上げ、俺は声をかけた。
銀髪の彼が、俺を見上げる。
背丈は俺より頭ひとつ低い。
男子用の濃紺ジャケットを身に着け、彼はぴんと背筋を伸ばしていた。
銀ボタンが窓の光を跳ね、胸の“波と歯車”の校章がわずかにきらめいている。
とがめるような声を、彼は発した。
「──お、遅い。待ちくたびれたぞ。我ひとりかと思った」
「すまんすまん」
俺は苦笑し、謝りながら席に着く。
かわいいなこいつという言葉は内心に秘める。
彼のほうへ体を向け、あいさつを続けた。
「俺は、モブ・アイカータ。この街、ミカの商家出身。君は?」
「──我はカナメ・ビゼン」
「ビゼンって、和国将軍家の?」
「おおっ、いかにも! 我は将軍家子息、和国一の快男児とは我のこと──どうだ驚いたか?」
「驚いた」
ふんすと胸を張るカナメを、俺は見つめる。
遠巻きで会話を盗み聞きしていた女子たちが、「いいとこの子なんだ……!?」「かわいいし、顔いい♡」などとざわめいていた。最後の意見には、俺もおおむね賛成である。──胸のドキドキが過去一激しくなるのが、自分でもわかった。
カナメは俺たちの反応に大いに満足したようであった。
喜色を浮かべ、彼は胸をさらに反らした。
(……一応、確かめとくか)
俺は念のため、特殊技能を使う。
こめかみが脈打つ。一瞬だけ、俺は視界を赤に染める。
その一瞬で
「お前、アイカータと言ったな? ……でかいな。もしかして寮の相部屋の者か?」
「そうですかね。訳あって今日から入寮ですけど」
「やはりそうか! これからよろしく頼むぞ。そ、それと、そうかしこまらずともよい。いまの我はこの国ではただのボーケンシャというやつだ。共に肩を並べて戦う者同士、仲良くしてくれ」
「……わかった。こちらこそよろしく」
「うむ!」
俺たちは握手した。
カナメの小柄な手のひらに刻まれた剣だこが、こそばゆい。
触れただけで、長年の鍛錬のあとを感じ取った。
俺は片眉を上げて、目を見張る。
途中、驚いた様子のカナメと目が合った。
厚みを感じたのはお互い様だったようだ。
俺たちははにかみ合い、さらに固く相手の手を握った。
そのことで周囲から「混じりたい」だの、「男と男、いい……!」といった言葉が漏れたが、俺は無視する。
(ため息の出るほどの美人。俺、
いまの状態でも心奪われ──どころか
こんなきれいでかわいいイケメン様に勝てるわけがない。原作どおり、俺は主人公にべた惚れすることになりそうである。強すぎんだろこの生き物。周りの乙女の気持ちがいまならわかる。
ほんとうは女体化なんてしたくない。
体が変わるのも怖いが、それ以上に、主人公ひとりに世界の命運を背負わせるのがたまらなく嫌だと、俺は思っている。
とある理由で、女性はラスボス戦に参加することができない。原作知識として、俺はそのことをよく知っている。
俺は途中で投げ出すのは嫌いだ。
中途半端なところで降りるのは性に合わない。巻き込まれたなら、最後まで付き合いたい。
転生しても、その根っこの部分は変わらなかった。
(──なんだよ、寮の空き部屋が実は呪われていて、たまたま主人公と同部屋の生徒が
ふざけた原作設定に、俺は
明日の朝の出来事を空想し、俺は深くため息をついた。
◆□◆
──そして、翌朝。
「お、お、女の胸ぇっ!?」
俺は目の前の出来事が、悪い冗談であることを祈った。
(主人公が女体化? え? はあ?)
寮室の隣のベッドで銀髪の彼──いや彼女が、
「──も、モブ、これっ!? わ、我の胸にふくらみがぁっ!?」
薄暗がりの中、響く高い声。
まるで異物を確かめるように、彼女──カナメ・ビゼンは胸を触る。
生まれたばかりのふくらみと俺を、彼女は怯えた目で交互に見つめていた。
(マジか、マジなのか!?)
俺は跳ね起き、汗ばむ手で目元をぬぐう。
本来たどるはずの歴史を外れ、原作主人公が
(主人公が女体化ぁ!? マジで言ってんのか!?)
原作ゲーム内で、
女になった時点で、カナメは最後の戦いに立つことができない。
もう一度、隣のベッドの上を直視する。
やはり変わらない。カナメの女体化姿を、口を開けたまま俺は見つめ続ける。
「~~っ! そ、そんな見るな、痴れ者ぉっ……!」
ちょっと前まで胸を揉みしだいていたカナメが、急に身をよじる。
頬を茹で上がらせ、俺から隠れるように背を向けた。
それどころではなかった。
(なんで!? 俺が女体化するはずだったろ!?)
俺が異世界転生をしてからずっと備えてきたオープニングイベントが、原作から大きく
背に冷汗が伝う。指先の震えは止まらない。
男性じゃないと、ラスボスの前に立つことができない。
だが、世の男性は、
(ただひとり、
三年後、誰がラスボスの前に立つ?
心臓の音が跳ねる。
自身の戦う姿が脳裏によぎる。
……俺か?
シーツに落ちた汗が、ぽつ、と染みを広げた。