ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第一週の四日目、放課後。
交易都市ミカの〈鋼爪武具店〉を出ても、カナメはまだ一金の値札に打ちのめされたままだった。
ふたりで街の通りを歩く。俺は学生服のままの格好。隣では、和装姿のカナメが石畳をどすどす踏み鳴らしている。腰に差した小太刀の鞘まで、不機嫌そうに鳴っていた。
すれ違う者たちが物騒な足音に振り返る。都度、和装の銀髪少女を見て二度見していく。
当のカナメは気づきもしない。
彼女の頭の中は、あの鉄刀のことでいっぱいらしい。
「あそこ、ギルドの提携店だから、良心的なほうだぞ? 和国の刀剣はあんま普及してないから、たけーのはしゃーないって」
「それにしても高すぎであろう! あの程度の鉄刀、和国なら三十銀で買えるぞ! それが三倍強の一金!?」
「──今日のレートだと、一水金で和銀百四十三枚だったか? 両替手数料と関税を入れれば百六十五枚だから、五.五倍だな」
「も、もっと高いではないかあっ!? ぬぐぐっ……! 魔物より懐に刺さるわ!」
一金は百銀。俺たちが先日の死闘で稼いだ七十五銀を全部突っ込んでも、鉄刀一本すら買えない。
和国の刀剣は原作ゲームでも入手経路は限られており、物語開始時点で店売りではろくな刀がそろっていなかった。
俺は歩きながら考える。
この時点でカナメが主武器を失うことは、俺にとっても計算外である。原作ゲームで遊んだ時に、物語序盤で主人公の武器を買い替えた記憶はない。
原作崩壊の影響がこんなところにも出ているのか?
うっすら汗ばんだ額を布で拭い、俺は考えを巡らせる。
「一金……」と、隣でうなだれているカナメを、俺はちらと見下ろした。
(刀も買えずへこんでるやつに、『約束だから〈瞑想〉教えろ』とは、言いづらいな……。それにしても、鉄刀に一金かぁ……もう少し探すかぁ? 実家経由で和国からいい刀を取り寄せるにも、時間も金もかかるけども……)
西日が通りの石畳を赤く染める。
道の両側に並ぶ街灯に、淡い青の魔光がぽつぽつと灯り始めた。
冒険者通りと呼ばれるこの通りは、いまも冒険者ギルド関係者や買い物客でごった返している。
俺とカナメは、荷袋や剣の鞘を避けながら人波を縫った。
ふと、俺の鼻はぴくりとうごく。甘く焦げた匂いが、雑踏の中でも鼻先に届いた。
斜め前の食材店の軒先へ目を向ける。軒先の鉄板の上で、火晶トカゲの尾肉が音を立て、脂を弾かせていた。
ぐう。腹が正直に鳴る。
生まれた世界が変わっても、俺がうまい飯に弱いのは変わっていない。
(刀は無理でも、せめて飯で気を晴らさせるか)
趣味と交流を兼ねた完璧な作戦だ。
俺は火晶トカゲの尾肉から、隣でうなだれるカナメへ視線を移した。
「せっかくだからなんか食って帰るか?」
「おお! それはよいな!」
カナメがぱっと顔を上げる。
それから、カナメは片手を腹に当てた。
「おすすめはなんだ? ――こう、すかっと気が晴れる食事がよい!」
「難しい注文だな。この辺だと金星楼かぁ? あっこの魔獣肉ステーキうまいんだよなぁ――高いけど。出費抑えるなら、旧市街に行って月桂館で水稔粥とつまみ七種も捨てがたい……」
「ふむふむ」
「──お悩み?」
「ああ。──って」
俺たちは同級生に声を掛けられた。
昨日、校内換金所で会った商会令嬢が体を傾けながら、俺たちの顔を覗き込んでいる。
彼女が近づいてきたことには、気づいていた。だが、この場で話しかけてくるとまでは俺は思っていなかった。
俺とカナメが足を止めると、彼女も隣で歩みを止めた。
(……アリス・マーケッタ)
原作ヒロインのひとりにして、水の王国が誇る大商会──マーケッタ商会の次女が、そこにいた。
虎金色──虎の虹彩を思わせる黄金の瞳が、俺を見つめている。
両の目端の下に泣きぼくろ。
ひと目で火の帝国にルーツがあるとわかる、つややかな褐色の肌。
学校指定の群青のジャケットと、水紋刺繍のプリーツスカートを彼女は身につけている。
「こんばんは、カナメ、モブ」
彼女は上体を起こす。
すらりと伸びた手で金糸のような髪を梳いた。併せて、耳たぶの鷲の家紋入りピアスが夕陽を受けて星のように瞬く。
彼女の金髪が風にはためくと、薔薇の香りがただよった。尾肉の焦げ香が、押しのけられる。
「こんばんは」
「お前は、確か……。アリスと言ったか?」
「ええ。──同じクラスの、アリス・マーケッタ。よろしくね。買い物帰りにあなたたちを見かけたから、つい声掛けさせてもらったわ」
(いけしゃあしゃあと……)
あなた教室から俺たちを尾行してましたよね?
そう言いたくなるも、口に出すのは止めておく。
アリスは一歩、カナメの間合いへ踏み込んだ。
俺へ流し目を寄越したのも一瞬。
虎金色の瞳は、すぐカナメへ戻る。
その瞳に金の光が灯り、すぐ消えた。
俺の首筋はわずかに粟立つ。
(……いま、カナメを
アリスがにんまりと笑った。
それから、左腕を持ち上げて、アリスは金であつらえた風晶時計の蓋を開く。蓋の裏には〈鷲の家紋〉が透かし彫りされていた。
時刻を
「どう? お近づきも兼ねて、あそこで食事でも。もちろん、私が持つわ」
アリスが褐色の指先で示したのは、上級冒険者宿〈フレイムリット亭〉。
ゴールドランク以上の冒険者が使う、一泊一金の高級店である。
長姉であるコーデリア
マジで? 奢ってくれんの? 俺は少しばかりテンションが上がる。
「──あなたの探し物の刀剣についても、私なら相談に乗れるわよ?」
「なんと!?」
「おい、アリス」
「ふふっ。話は中で、ね」
アリスの提案を受け、カナメが
原作展開とすでにかけ離れた状況。知らないイベント。
何を提案されたものか――不安を覚えながらも、俺の舌はかつてこの店で食べた竜種の尾肉を思い出していた。
よだれを飲み込みつつ、俺はアリスとカナメの背を追った。
□
アリスが〈フレイムリット亭〉の両開きの扉を片手で押し開ける。
温かな空気と、ウイスキーの甘い香りが、俺の鼻をかすめた。
彼女の背越しに、見覚えのある黒曜石の床が見える。燭台の火を映す店内では、客たちも声を落として言葉を交わしていた。
客の多くは、魔物革の上着や、魔導糸で術式を刺繍したローブを身につけている。使い込まれてはいるが、留め具ひとつまで一級品だとわかった。
ミカの冒険者ギルド支部で見かけた顔もいくつかある。
学生の三人連れが珍しいのか。和国衣装の人間が珍しいのか。
談話の合間から、視線がひとつ、またひとつとこちらへ流れてきた。
先頭のアリスを認めるとすぐ会話へ戻ったが、一度向けられた視線は妙に肌に残った。
(……着替えてくりゃよかったな)
どうにも落ち着かず、俺は反射的に襟を正す。
この厳粛な静けさのなかでは、学生服は居心地が悪い。
隣のカナメも、そろそろと足を運んでいる。さっきまで石畳を強く踏み鳴らしていたのが嘘のようだった。
ほどなく、黒服の男性給仕が足音もなく歩み寄ってきた。
アリスは慣れた手つきで、ゴールドランクの冒険者証を差し出す。
証を確かめた給仕が、深く一礼した。
「マーケッタ様。こちらへどうぞ」
俺たちは給仕に続き、奥の個室へ向かった。
「サラマンダーの間でございます」
男性給仕が深紅のベルベットカーテンを引いた。
香炉からシナモンの甘い香りが流れ出す。彼が指を鳴らすと、壁に埋め込まれた火晶ランタンがひとつずつ灯った。魔力を送っての点灯。オレンジ色の光が、白亜のテーブルを照らし出した。
卓を囲む四脚の椅子は、肘掛けまで鱗革張りだった。
腰を下ろした途端、身体が予想以上に深く沈み込む。
「おおっ」
隣でカナメも小さく声を漏らす。座った拍子に、腰の小太刀が肘掛けに当たっていた。
カナメは慌てて鞘ごと帯から外す。椅子脇の武器掛けへ、小太刀を差した。
(……刀の相談だけにしちゃ、ずいぶん大層な席だな)
「いつもの料理を、三人分お願い」
「かしこまりました」
アリスが慣れた調子で注文を済ませると、男性給仕は一礼して退室した。
アリスはスカートの裾を整え、俺の対面へ悠然と腰を下ろした。椅子をわずかに斜めへ向け、長い脚を卓の脇へ流して組む。プリーツの裾が、するりと持ち上がった。
頼むから見せつけないで欲しい。今日の朝の出来事を思い出し、俺は身震いする。
下へ落ちかけた視線を、俺は無理やり虎金色の瞳へ戻した。
まもなくドアが開き、先ほどの男性給仕が銀盆を胸の高さで捧げて戻ってきた。助かる。俺の意識は、アリスの脚から料理へあっさりさらわれた。
盆の上では、ひと口大に切り分けられた〈レッドワイバーンの尾肉〉が、三つの皿に盛られている。じゅうと
昔食べた高級肉を前に、俺は心を奪われる。い、いかん。よだれが出て来た。ほんとにタダで食っていいんスかこれ?
男性給仕は一礼し、尾肉の皿と銀のフォークを俺たちの前へそれぞれ置いた。続けて、琥珀色の火酒を満たした水晶の小瓶を三本並べる。
その脇に置かれた銀の受け皿には、三つの火晶片。ときおり橙の火花を、ぱちりと散らしていた。
「こちらは〈サラマンダー火酒〉でございます。火酒を杯へ注ぎ、火晶片をひとつ落としていただきますと、瞬時に温まり、香りが開きます」
男性給仕は耐熱水晶杯と、尾肉用の香草を収めた蓋付きの小皿を、ひとり分ずつ並べていく。
最後に男性給仕は部屋の奥へ向かった。
彼は、木台に据えられた銀盤へ指を触れる。刻まれた魔法陣が淡い青に灯り、軽やかなリュートと笛の二重奏が流れ出した。
演奏者の姿は、どこにもない。
「ただいま流しておりますのは、風の王国で流行中の〈
男性給仕は深く一礼して退室した。
厚い扉が閉じると、外の喧騒がぷつりと途切れる。残ったのは銀盤の二重奏と、火晶片が弾ける小さな音だけだった。
「……いくらぐらいするんだ、ここ?」
「個室代込みで、三人合わせて二金とちょっと。──気にしなくていいわ」
「に、に、に、二金!?」
「大丈夫なのか?」
「ええ。最近個人で商会向けの資金融資をやってて、懐には余裕があるの。家業も順調だしね。まずは気楽に歓談でもしましょ? それから商談を、ね」
アリスは小瓶の栓を抜き、耐熱水晶杯へ火酒を注いだ。そこへ火晶片をひとつ落とすと、琥珀色の酒から温かな湯気が立ちのぼる。
カナメもおそるおそる同じ手順をなぞる。俺も火酒を注ぎ、最後の火晶片を沈めた。
俺たちは杯を合わせる。
待ちきれず、カナメは銀のフォークを箸のようにつまみ持ち、尾肉をひと切れ刺した。ぎこちない手つきで、そのまま口へ運ぶ。
藍の目がぱっと輝いた。
「う、うまぁい!!」
「あら、気に入ってくれたみたいね♪」
カナメの眉間からしわが消える。満面の笑みが浮かんでいた。
そうだろうそうだろう、うまいよな? わかるよ? 俺は内心で腕組みしてうなずく。
俺も尾肉をひと切れ口へ運ぶ。香ばしい表面に歯を立てた途端、焼き目の塩気が舌を打った。内側から熱い脂がほどける。肉に絡んだ、火酒と赤葡萄を煮詰めたソースは甘酸っぱく、脂の重さをすっと切った。
うんめぇ~~~~~っ! あまりのうまさに、俺は危うく女神に感謝しかけた。
アリスはアリスで、グラスを片手に微笑んでいる。おいしそうに頬張るカナメに、ねっとりとした視線を送っていた。
「……」
俺は火酒に口をつけながら、原作でのアリスの
ご馳走を前にするも、少しばかり警戒を強めた。
(……商談、ね)
俺は杯をテーブルにそっと置く。
指を固く組んで、楽しげなアリスの横顔を見つめた。