ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第11話 商会令嬢との食事

 

 

 

 春シーズン第一週の四日目、放課後。

 交易都市ミカの〈鋼爪武具店〉を出ても、カナメはまだ一金の値札に打ちのめされたままだった。

 

 

 ふたりで街の通りを歩く。俺は学生服のままの格好。隣では、和装姿のカナメが石畳をどすどす踏み鳴らしている。腰に差した小太刀の鞘まで、不機嫌そうに鳴っていた。

 

 

 すれ違う者たちが物騒な足音に振り返る。都度、和装の銀髪少女を見て二度見していく。

 当のカナメは気づきもしない。

 彼女の頭の中は、あの鉄刀のことでいっぱいらしい。

 

 

「あそこ、ギルドの提携店だから、良心的なほうだぞ? 和国の刀剣はあんま普及してないから、たけーのはしゃーないって」

 

 

「それにしても高すぎであろう! あの程度の鉄刀、和国なら三十銀で買えるぞ! それが三倍強の一金!?」

 

 

「──今日のレートだと、一水金で和銀百四十三枚だったか? 両替手数料と関税を入れれば百六十五枚だから、五.五倍だな」

 

 

「も、もっと高いではないかあっ!? ぬぐぐっ……! 魔物より懐に刺さるわ!」

 

 

 一金は百銀。俺たちが先日の死闘で稼いだ七十五銀を全部突っ込んでも、鉄刀一本すら買えない。

 和国の刀剣は原作ゲームでも入手経路は限られており、物語開始時点で店売りではろくな刀がそろっていなかった。

 

 

 俺は歩きながら考える。

 この時点でカナメが主武器を失うことは、俺にとっても計算外である。原作ゲームで遊んだ時に、物語序盤で主人公の武器を買い替えた記憶はない。

 

 

 原作崩壊の影響がこんなところにも出ているのか?

 うっすら汗ばんだ額を布で拭い、俺は考えを巡らせる。

 「一金……」と、隣でうなだれているカナメを、俺はちらと見下ろした。

 

 

(刀も買えずへこんでるやつに、『約束だから〈瞑想〉教えろ』とは、言いづらいな……。それにしても、鉄刀に一金かぁ……もう少し探すかぁ? 実家経由で和国からいい刀を取り寄せるにも、時間も金もかかるけども……)

 

 

 西日が通りの石畳を赤く染める。

 道の両側に並ぶ街灯に、淡い青の魔光がぽつぽつと灯り始めた。

 冒険者通りと呼ばれるこの通りは、いまも冒険者ギルド関係者や買い物客でごった返している。

 俺とカナメは、荷袋や剣の鞘を避けながら人波を縫った。

 

 

 ふと、俺の鼻はぴくりとうごく。甘く焦げた匂いが、雑踏の中でも鼻先に届いた。

 斜め前の食材店の軒先へ目を向ける。軒先の鉄板の上で、火晶トカゲの尾肉が音を立て、脂を弾かせていた。

 

 

 ぐう。腹が正直に鳴る。

 生まれた世界が変わっても、俺がうまい飯に弱いのは変わっていない。

 

 

(刀は無理でも、せめて飯で気を晴らさせるか)

 

 

 趣味と交流を兼ねた完璧な作戦だ。

 俺は火晶トカゲの尾肉から、隣でうなだれるカナメへ視線を移した。

 

 

「せっかくだからなんか食って帰るか?」

 

 

「おお! それはよいな!」

 

 

 カナメがぱっと顔を上げる。

 それから、カナメは片手を腹に当てた。

 

 

「おすすめはなんだ? ――こう、すかっと気が晴れる食事がよい!」

 

 

「難しい注文だな。この辺だと金星楼かぁ? あっこの魔獣肉ステーキうまいんだよなぁ――高いけど。出費抑えるなら、旧市街に行って月桂館で水稔粥とつまみ七種も捨てがたい……」

 

 

「ふむふむ」

 

 

「──お悩み?」

 

 

「ああ。──って」

 

 

 俺たちは同級生に声を掛けられた。

 昨日、校内換金所で会った商会令嬢が体を傾けながら、俺たちの顔を覗き込んでいる。

 

 

 彼女が近づいてきたことには、気づいていた。だが、この場で話しかけてくるとまでは俺は思っていなかった。

 俺とカナメが足を止めると、彼女も隣で歩みを止めた。

 

 

(……アリス・マーケッタ)

 

 

 原作ヒロインのひとりにして、水の王国が誇る大商会──マーケッタ商会の次女が、そこにいた。

 

 

 虎金色──虎の虹彩を思わせる黄金の瞳が、俺を見つめている。

 両の目端の下に泣きぼくろ。

 ひと目で火の帝国にルーツがあるとわかる、つややかな褐色の肌。

 学校指定の群青のジャケットと、水紋刺繍のプリーツスカートを彼女は身につけている。

 

 

「こんばんは、カナメ、モブ」

 

 

 彼女は上体を起こす。

 すらりと伸びた手で金糸のような髪を梳いた。併せて、耳たぶの鷲の家紋入りピアスが夕陽を受けて星のように瞬く。

 彼女の金髪が風にはためくと、薔薇の香りがただよった。尾肉の焦げ香が、押しのけられる。

 

 

「こんばんは」

 

 

「お前は、確か……。アリスと言ったか?」

 

 

「ええ。──同じクラスの、アリス・マーケッタ。よろしくね。買い物帰りにあなたたちを見かけたから、つい声掛けさせてもらったわ」

 

 

(いけしゃあしゃあと……)

 

 

 あなた教室から俺たちを尾行してましたよね?

 そう言いたくなるも、口に出すのは止めておく。

 

 

 アリスは一歩、カナメの間合いへ踏み込んだ。

 俺へ流し目を寄越したのも一瞬。

 虎金色の瞳は、すぐカナメへ戻る。

 

 

 その瞳に金の光が灯り、すぐ消えた。

 俺の首筋はわずかに粟立つ。

 

 

(……いま、カナメを才能(タレント)で値踏みしたな)

 

 

 アリスがにんまりと笑った。

 それから、左腕を持ち上げて、アリスは金であつらえた風晶時計の蓋を開く。蓋の裏には〈鷲の家紋〉が透かし彫りされていた。

 時刻を一瞥(いちべつ)し、アリスは切り出す。

 

 

「どう? お近づきも兼ねて、あそこで食事でも。もちろん、私が持つわ」

 

 

 アリスが褐色の指先で示したのは、上級冒険者宿〈フレイムリット亭〉。

 ゴールドランク以上の冒険者が使う、一泊一金の高級店である。

 

 

 長姉であるコーデリア(ねえ)に連れられ、何度か食事で利用したことがある。奢ってもらうのが申し訳なくなるような値段であった。同級生がさらりと代金を持つような店じゃない。

 マジで? 奢ってくれんの? 俺は少しばかりテンションが上がる。

 

 

「──あなたの探し物の刀剣についても、私なら相談に乗れるわよ?」

 

 

「なんと!?」

 

 

「おい、アリス」

 

 

「ふふっ。話は中で、ね」

 

 

 アリスの提案を受け、カナメが(らん)と藍の瞳を輝かせる。

 原作展開とすでにかけ離れた状況。知らないイベント。

 何を提案されたものか――不安を覚えながらも、俺の舌はかつてこの店で食べた竜種の尾肉を思い出していた。

 よだれを飲み込みつつ、俺はアリスとカナメの背を追った。

 

 

 

 

 アリスが〈フレイムリット亭〉の両開きの扉を片手で押し開ける。

 温かな空気と、ウイスキーの甘い香りが、俺の鼻をかすめた。

 彼女の背越しに、見覚えのある黒曜石の床が見える。燭台の火を映す店内では、客たちも声を落として言葉を交わしていた。

 

 

 客の多くは、魔物革の上着や、魔導糸で術式を刺繍したローブを身につけている。使い込まれてはいるが、留め具ひとつまで一級品だとわかった。

 

 

 ミカの冒険者ギルド支部で見かけた顔もいくつかある。

 学生の三人連れが珍しいのか。和国衣装の人間が珍しいのか。

 談話の合間から、視線がひとつ、またひとつとこちらへ流れてきた。

 先頭のアリスを認めるとすぐ会話へ戻ったが、一度向けられた視線は妙に肌に残った。

 

 

(……着替えてくりゃよかったな)

 

 

 どうにも落ち着かず、俺は反射的に襟を正す。

 この厳粛な静けさのなかでは、学生服は居心地が悪い。

 隣のカナメも、そろそろと足を運んでいる。さっきまで石畳を強く踏み鳴らしていたのが嘘のようだった。

 

 

 ほどなく、黒服の男性給仕が足音もなく歩み寄ってきた。

 アリスは慣れた手つきで、ゴールドランクの冒険者証を差し出す。

 証を確かめた給仕が、深く一礼した。

 

 

「マーケッタ様。こちらへどうぞ」

 

 

 俺たちは給仕に続き、奥の個室へ向かった。

 

 

「サラマンダーの間でございます」

 

 

 男性給仕が深紅のベルベットカーテンを引いた。

 香炉からシナモンの甘い香りが流れ出す。彼が指を鳴らすと、壁に埋め込まれた火晶ランタンがひとつずつ灯った。魔力を送っての点灯。オレンジ色の光が、白亜のテーブルを照らし出した。

 

 

 卓を囲む四脚の椅子は、肘掛けまで鱗革張りだった。

 腰を下ろした途端、身体が予想以上に深く沈み込む。

 

 

「おおっ」

 

 

 隣でカナメも小さく声を漏らす。座った拍子に、腰の小太刀が肘掛けに当たっていた。

 カナメは慌てて鞘ごと帯から外す。椅子脇の武器掛けへ、小太刀を差した。

 

 

(……刀の相談だけにしちゃ、ずいぶん大層な席だな)

 

 

「いつもの料理を、三人分お願い」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 アリスが慣れた調子で注文を済ませると、男性給仕は一礼して退室した。

 

 

 アリスはスカートの裾を整え、俺の対面へ悠然と腰を下ろした。椅子をわずかに斜めへ向け、長い脚を卓の脇へ流して組む。プリーツの裾が、するりと持ち上がった。

 女神様(ガッデス)

 頼むから見せつけないで欲しい。今日の朝の出来事を思い出し、俺は身震いする。

 下へ落ちかけた視線を、俺は無理やり虎金色の瞳へ戻した。

 

 

 まもなくドアが開き、先ほどの男性給仕が銀盆を胸の高さで捧げて戻ってきた。助かる。俺の意識は、アリスの脚から料理へあっさりさらわれた。

 

 

 盆の上では、ひと口大に切り分けられた〈レッドワイバーンの尾肉〉が、三つの皿に盛られている。じゅうと(あぶら)を弾かせていた。燃えるように赤い肉から、火酒で炙った甘い焦げ香が立ちのぼり、鼻をくすぐる。

 昔食べた高級肉を前に、俺は心を奪われる。い、いかん。よだれが出て来た。ほんとにタダで食っていいんスかこれ?

 

 

 男性給仕は一礼し、尾肉の皿と銀のフォークを俺たちの前へそれぞれ置いた。続けて、琥珀色の火酒を満たした水晶の小瓶を三本並べる。

 その脇に置かれた銀の受け皿には、三つの火晶片。ときおり橙の火花を、ぱちりと散らしていた。

 

 

「こちらは〈サラマンダー火酒〉でございます。火酒を杯へ注ぎ、火晶片をひとつ落としていただきますと、瞬時に温まり、香りが開きます」

 

 

 男性給仕は耐熱水晶杯と、尾肉用の香草を収めた蓋付きの小皿を、ひとり分ずつ並べていく。

 

 

 最後に男性給仕は部屋の奥へ向かった。

 彼は、木台に据えられた銀盤へ指を触れる。刻まれた魔法陣が淡い青に灯り、軽やかなリュートと笛の二重奏が流れ出した。

 演奏者の姿は、どこにもない。

 

 

「ただいま流しておりますのは、風の王国で流行中の〈魔音銀盤(フォノスレート)〉でございます。魔法で封じた音を流すことができる代物だとか。ミカでお楽しみいただけるのは当亭のみ――どうぞごゆるりと」

 

 

 男性給仕は深く一礼して退室した。

 厚い扉が閉じると、外の喧騒がぷつりと途切れる。残ったのは銀盤の二重奏と、火晶片が弾ける小さな音だけだった。

 

 

「……いくらぐらいするんだ、ここ?」

 

 

「個室代込みで、三人合わせて二金とちょっと。──気にしなくていいわ」

 

 

「に、に、に、二金!?」

 

 

「大丈夫なのか?」

 

 

「ええ。最近個人で商会向けの資金融資をやってて、懐には余裕があるの。家業も順調だしね。まずは気楽に歓談でもしましょ? それから商談を、ね」

 

 

 アリスは小瓶の栓を抜き、耐熱水晶杯へ火酒を注いだ。そこへ火晶片をひとつ落とすと、琥珀色の酒から温かな湯気が立ちのぼる。

 カナメもおそるおそる同じ手順をなぞる。俺も火酒を注ぎ、最後の火晶片を沈めた。

 

 

 俺たちは杯を合わせる。

 待ちきれず、カナメは銀のフォークを箸のようにつまみ持ち、尾肉をひと切れ刺した。ぎこちない手つきで、そのまま口へ運ぶ。

 藍の目がぱっと輝いた。

 

 

「う、うまぁい!!」

 

 

「あら、気に入ってくれたみたいね♪」

 

 

 カナメの眉間からしわが消える。満面の笑みが浮かんでいた。

 そうだろうそうだろう、うまいよな? わかるよ? 俺は内心で腕組みしてうなずく。

 

 

 俺も尾肉をひと切れ口へ運ぶ。香ばしい表面に歯を立てた途端、焼き目の塩気が舌を打った。内側から熱い脂がほどける。肉に絡んだ、火酒と赤葡萄を煮詰めたソースは甘酸っぱく、脂の重さをすっと切った。

 うんめぇ~~~~~っ! あまりのうまさに、俺は危うく女神に感謝しかけた。

 

 

 アリスはアリスで、グラスを片手に微笑んでいる。おいしそうに頬張るカナメに、ねっとりとした視線を送っていた。

 

 

「……」

 

 

 俺は火酒に口をつけながら、原作でのアリスの(へき)を思い起こす。

 ご馳走を前にするも、少しばかり警戒を強めた。

 

 

(……商談、ね)

 

 

 俺は杯をテーブルにそっと置く。

 指を固く組んで、楽しげなアリスの横顔を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

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