ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す― 作:つくもいつき
春シーズン第一週の四日目、夜。
〈フレイムリット亭〉での食事を終え、俺たちはそのまま歓談を続けていた。
「──あら、カナメも十七歳だったんだ? 私も一緒よ?」
「なんと! モブ、お前は十七歳か?」
「ふふっ。彼はねえ、いくつに見える?」
「おいおい」
「うーむ……三十!」
「おい! 誰が老け顔じゃい! ぴちぴちの十八歳じゃ、たわけ!!」
「ひ、ひとつ上だったのか、お前!? みな同じ年だと思っておったぞ?」
「あはっ。大人びて見えるって、素敵なことじゃない。なんだったら、同じクラスのレン・リーダなんて、十五歳よ?」
「な、なにぃ!? あやつふたつ下だったのか!? どうりで幼く……」
「あとは、シモン・アウクシルが十六歳で、クラスの他の子は、だいたい十八歳ね。若い者同士、仲良くしましょ?」
「うむ! よろしくな、アリス!」
「うふふっ」
皿がすべて下げられ、白亜のテーブルに残るのは水晶杯と小瓶、和国産の白陶盃だけになった。
歓談の途中、男性給仕が壁際の〈
男性給仕が一礼して退室する。それを見送ってから、アリスが杯を置いた。
室内から、笑いの余韻が消える。
虎金色の瞳が、まっすぐカナメを捉えた。
「──ねえ、カナメ。あなた、新しい刀を探してるのよね?」
「む?」
「そして今日、冒険者ギルド提携店で目当てのものを見つけるも、資金が足りず引き下がってきた。──新しいあては、あるのかしら?」
「そ、それは……!」
どうやら店でのやり取りまで見届けていたらしい。
俺は杯を口元で止めた。アリスの狙いをなんとなく察する。
(んー……。口を挟みたいところ、だけれども)
下手な割り込みは、アリスの怒りを買う。俺は機会を待つことにした。
右隣のカナメが、白陶盃へ視線を落とす。伏せた横顔の下、酒面には火晶ランタンの橙光が細く揺れていた。その輝きはどことなく、黄金を彷彿させる。カナメの目には、一金の値札のように映っているかもしれない。
やがてカナメは
「あ、あてならある。小太刀はまだ健在、幾度か迷宮に潜ればきっと資金は貯まろう」
「なるほどね。でも、あなたたちの報酬七十五銀は強敵を倒したから得られたもの。大事な武器がない間、同じような稼ぎは難しいでしょうね」
「う……。って、なぜ我らの報酬を知っている! 盗み聞いたか!?」
「なぜ、って? ──それはね。『視た』から」
アリスが目尻へ小麦色の人差し指を添えた。
虎金色の虹彩が、内側から淡い金光を帯びる。
カナメは面食らう。わずかに開いた唇から、遅れて声をこぼした。
「その光、モブの目と……」
「私は、価値を測ることができる
一瞬だけ、アリスが俺を見る。
すぐさま視線を外して、カナメに向き直った。
「──そして、あなたの
アリスが身を乗り出し、カナメに顔を近づける。
輝きを帯びた目が、密室に残光を残す。
獰猛な獣のような笑みを、アリスはたたえた。
「私の目が告げている。あなたは最高の数字を持つと。昨日ダンジョンから帰ってきたあなたを『視て』確信した。──ねえ、カナメ。私と後援契約を結ばない? 手始めに、あなたの装備費として毎月十金の支援金を出すわ」
「じゅっ、十金!?」
(おいおい……。職人が一年汗水流して四金だぞ? ひと月でそれの二.五倍かよ……)
か、金持ちが過ぎる。さすがはマーケッタ商会の令嬢といったところだ。
ただ、商人であるアリスが慈善だけで十金を出すはずがない。出す以上は、それを上回る利益を回収する算段があるはずだ。俺だってそうする。
口を挟むならここだろう。本格的な交渉の前に、アリスの狙いをカナメに伝えておくべきだ。
俺は杯を卓へ戻す。思ったより硬い音が、個室に響いた。
「──いや、カナメはそれに匹敵する価値はあると思うぞ?」
「む?」
「なんたって和国の天才剣士だからな。美人だし、話題性もあって、広告の看板にもってこいだ」
「び、美っ!?」
「……」
「マーケッタ商会は、最近和国からの輸入品を扱うようになったって聞く。将軍家子息のカナメは、広告にうってつけってわけさ。だから後援契約を結びたい。だろ?」
「──ええ。そのとおり。耳も早いし、理解も速いわね。でも……」
アリスへ顔を向けると、目を細めた彼女と視線がぶつかった。
次の瞬間、テーブルの下で、俺はすねに衝撃を受けた。
い、痛ってぇ!!
「~~っ」
「自分の立場、わかってる? 私を前に、その振る舞いは感心しないわね。レベルが1からひとつ上がって、生意気さも増したのかしら?」
一瞬だけ、アリスの視線はカナメの方に流れる。
卓の下で受けた痛みに、俺は少しばかり顔をしかめた。どうやら、無事、怒りを買ったようである。チキショー。
冷たい虎金色の瞳を、俺はにらみ返した。
(こんのガキャァ~~~~! 生意気なのはどっちだっつーの! 人のすねをつま先で小突きよってからに……!! 男は口を出すなってか? ……はたから見れば、知識をひけらかしていい気になってる寒い男に見えたかもしれんけども!)
たぶん、それだけではないだろう。
蹴られたほうの足を反対の足でさすりながら、俺は考えを巡らせる。
(力関係も事情もすべて踏まえて、振る舞えって言いたげだな……)
金髪を手で払うアリスを見て、俺はそう判断する。
アリスはマーケッタ商会の次女。
マーケッタ商会は各国での水道建設を基幹事業とする大商会で、悔しいことに、うちの商会とはまるで規模が違った。
また、うちとマーケッタ商会は現時点で複雑な関係にあり、俺にとってアリスは、面倒な立ち位置の人間でもある。
俺は肩をすくめ、ひょうひょうと答えることにした。
「はいはい、調子乗り過ぎました。大人しくするよ。……でも、カナメに不利な条件なら、遠慮なく止めるぞ?」
「不利になるようなら、ね?」
互いの視線が絡みつく。間に、稲妻が走っているように俺は錯覚した。
アリスがカナメに向き直る。それから、ずずいとカナメに顔を近づけた。
いつの間にやら頬を赤くしていたカナメの顔が、さらに赤くなる。
「カナメ、あなたには十金に匹敵する価値はある。希代の英雄候補といまのうちに繋がりを結んでおくのは、有意義な投資よ。後援契約を結ぶに値する」
カナメの眼前で、アリスはくすりと笑う。
かすかに身を引きながら、カナメは尋ねた。
「こ、後援契約とはなんだ?」
「簡単な話よ? 支援の対価として、ふたつの条件を守ってもらう。ひとつ。あなたの武勇と名声を、うちの和国製品の広告に独占で使わせてもらう。契約中は、他商会の刀剣や装備品を使ったり、その広告に出たりするのはなし。新しい刀も、こちらで手配するからそれを使って欲しい。そして──」
アリスが二本目の指を立てた。
「ふたつ。私と固定パーティを組んでもらう」
「!」
「お前と?」
「ええ。私は
アリスの視線が、ほんの一瞬だけ俺をかすめた。
彼女がレベル3を強調したのも、不敵な笑みを浮かべたのも気のせいではない。
すぐに彼女はカナメに向き直った。
「私は、自身の価値をさらに高めたいの。だから価値のある人間とパーティを組みたい。──今後、ダンジョンを効率よく攻略するためにね」
「む……。月に十金も出せるお前が、ダンジョンに向かう必要はあるのか? 安泰ではないのか?」
カナメの疑問に対し、アリスははにかむ。
金糸のような髪を梳きながら、彼女は答えた。
「ええ、必要よ。人の上に立つ者には、相応のレベルが求められる。一定の武力もね。うちの商会でも一緒。和国でも、高位の者ほど高レベルだったんじゃない?」
「た、たしかに。
この世界では、レベルは強さだけでなく信用の数字でもある──原作設定資料に記載されていた内容を、俺は思い起こす。
レベルに応じてステータスが底上げされるため、レベルの高い者は、おのずと社会的信用を得やすくなる傾向にあった。
(だからこそ、誰もが学校や師のもとで技を磨き、危険なダンジョンへ潜ってでもレベルを上げようとする……)
アリスのレベル3は世間では中堅止まりだが、十七歳としては十分に早い。
命を懸けて戦ってきた証拠だ。
少なくともアリスが、金だけ出して後ろに隠れるつもりの令嬢ではないことを示していた。
「お互い、悪い話じゃないはずよ」
アリスは指先で自身のまつ毛をそっと撫で、それから肩をすくめてみせた。
「私は月々十金と広告用の装備を、あなたに提供する。代わりにあなたには、契約中、他商会の刀剣や装備品は使わず、うちが扱う和国製品を使ってもらう。和国将軍家の人間が愛用しているとなれば、それ以上の宣伝はない。あなたが名声を得るほど、商品の売れ行きも跳ね上がるわ」
「な、なるほど」
「そして、私と固定パーティを組んでもらう。安心して。きっと満足のいく案内役を務めてみせるわ。──契約期間や細かな条件は、後で詰めましょう。あなたの活躍次第で、さらに金額を上乗せしていいわ」
俺を差し置いての、カナメとの固定パーティ結成。
これが真の狙いかと、俺は悟る。
後援契約を餌にした、実にいい誘いであった。
(いまのアリスじゃあ、俺とパーティを組まないだろうな……。役割は同じスカウトで被るし。原作でも、主人公が男だって理由だけで、序盤は反目していた)
アリスはカナメに気づかれぬよう、俺に舌の先端を見せる。
こちらに、ウインクまでよこした。
心中がざわつく。
(て、てめぇ……! 原作だと、女体化したモブに欲情してたくせによぉ……!)
残念ながら、いまの俺は男であった。
いまからスカウト辞めたほうがいいのか? ……正直悩む。転向時期が早すぎるが、四の五の言ってられなそうな状況になってきている。
俺の脳裏に、経験値稼ぎの相方を失う未来がよぎった。俺はかぶりを振る。卓の下で、静かに拳を固めた。
「さあ、どうするの、カナメ? 私は即断即決が好みよ?」
アリスはようやく身体を引き、酒のグラスを揺らした。
グラスの中の琥珀色の火酒が、虎金色の瞳に映る。
黄金の光はすでに消えていたが、値踏みするような視線は変わらない。
俺はちらりと、カナメを見やった。
うつむく彼女の額に、鮮やかな銀髪がはらりと垂れている。
「我は──」
藍の瞳が
俺は目を細め、カナメの次の言葉を待った。