ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第14話 商会令嬢との対決

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、早朝。

 上級冒険者学校敷地内を俺は散歩する。

 霧雨に滲む青灯りが石畳を濃紺に濡らし、靴裏が静かな水輪を刻んだ。

 

 

『──モブの阿呆っ! 頑固者っ!!』

 

 

 昨日の罵声が耳奥で再生されるたび、胃の底に渋い火種がくすぶる。

 亜麻色のウールセーターに緑の外套を重ねたが、雨粒は容赦なく体温を奪っていく。

 

 

 無人の大通りを抜け、校長リンダ邸の脇を通る。

 雨の幕を割って邸宅の扉が静かに開いた。

 

 

 翡翠色の髪の男子生徒が姿を現す。

 夜会用ローブの裾からブーツがのぞき、その隣で深緑の髪を首後ろで束ねた男子が大ぶりのこうもり傘を差し出した。

 

 

 レン・リーダとシモン・アウクシル。

 見知った二人がリンダ邸の扉から出てきたのを、俺は見つめた。

 

 

 

 

「アイカータ……」

 

 

「レン、シモン」

 

 

 シモン・アウクシルが差した傘の(もと)、レン・リーダが俺に声をかけてくる。

 黒革手袋が大きなこうもり傘を支え、二人を小雨から守っている。

 

 

 扉の前でレンとシモンが立ち尽くす。

 俺は二人の背後に建つ平屋に目を向けた。

 

 

「おはよう。朝帰りか?」

 

 

 半歩だけ二人に近づく。

 顔色を窺いながら、俺は相手との距離を測った。

 

 

 レンが右腕に着けた革バンドの風晶時計を、ちらと眺める。

 

 

「──どうでもいい。貴様こそ何してる?」

 

 

「散歩だよ、散歩」

 

 

「傘も差さず、雨除けの結界魔法もなしで、か?」

 

 

「そんな気分の朝もあるさ――頭を冷やしたくてな」

 

 

「──男子が一人……。危険ですよ?」

 

 

 二人が俺の近くに寄ってくる。

 歩く方角は男子寮兼職員寮に向けてだったが、どことなくこちらへ近づいてくる。

 

 

 二人は靴音を止める。

 雨だまりの縁で静かに俺たちは対峙した。

 レンの翡翠色の瞳が、こちらをじっと見上げている。

 

 

「どした?」

 

 

「──ふん、どうなるか楽しみだな。行くぞ、シモン」

 

 

「はい。アイカータ様、帰り道にはお気をつけて」

 

 

「? ああ、またな」

 

 

 シモンが去り際に会釈して通り過ぎる。

 肩を竦め、俺は二人の背を眺めた。

 ついでに、レンとシモンの好感度を『チラ見する』。

 

 

「!」

 

 

 赤に染まった視界の中。

 想像以上に柔らいだ二人の顔アイコンが俺の目に映し出された。

 

 

 目をぱちくりする。

 思わず二度見してしまった。

 二人が俺に興味を抱いていることを、初めて知る。

 首を傾げ、俺は二人の背を消えるまで、目で追い続けた。

 

 

 講義棟の屋上から指定の時刻を示す鐘の音が届く。

 七回鳴ったのち、雨天に静けさが戻ってくる。

 

 

 俺はふと天を見上げる。

 朝日はいまだ雨雲に隠れている。

 わずかに弱まった雨脚の中――俺は来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、朝。

 教室に着いた俺は、挨拶をしながら自席へ向かう。

 

 

「おはよう、レン、シモン」

 

 

「おはようございます、アイカータ様」

 

 

「……」

 

 

 男子二人の席を通りすがり、俺は自席の前で足を止める。

 まっすぐと黒板を見つめる藍の瞳を、俺は見つめた。

 

 

「おはよう」

 

 

「──おはよう」

 

 

 カナメはわずかに頷くだけで視線を戻した。

 朝日を受けたまつげが震え、かえって距離を強調する。

 

 

 喉の奥に酸っぱいものがせり上がる。

 席に滑り込むと同時に、俺は体半分カナメのほうを向く。

 低い声音をあげた。

 

 

「……昨日は言葉が過ぎた。悪かったよ」

 

 

「──」

 

 

 目は合わさないまま。

 唇を結んでは、カナメは机上の影を見つめている。

 

 

『……モブが忙しかったから、我は……』

 

 

「──俺のことを、労わってくれて、ありがとう。その心を、無下にするべきじゃなかった」

 

 

 俺は素直に右手を差し出した。

 手のひらに汗が滲むのを誤魔化すため、指を強く伸ばす。

 差し出されたものを見て、カナメはようやく俺と目を合わせてくれた。

 

 

「刀の件は、また一緒に――」

 

 

「朝会始めるぞー」

 

 

 担任のメイリーナの声が背後から届く。

 伸ばしかけた手は宙で固まり、そっと膝へ落ちる。

 俺はしぶしぶと前を向いた。

 

 

「う……」

 

 

 その途中、カナメが指先を一拍宙に漂わせているのを、俺は見つけた。

 咳払いで誤魔化すように彼女は拳を軽く握る。

 

 

 なんて間の悪い。

 もう少し早めにくればよかったと胸中で嘆く。

 

 

 俺は大きく息を吐いた。

 カナメが歩み寄ってくれたことに安堵する。

 緊張が和らぎ、喉が急に乾いたかのように感じる。

 

 

 教壇に立つメイリーナに視線を向けると、彼女は腕を組み、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「──ふっふっふ。〈適正人数を超えた際のモンスター側の強化〉の授業前に、貴様らに楽しみを与えてやろう……。おい、ヴェスター!」

 

 

「うえぇ!? な、なんです?」

 

 

「楽しみとはなんだ?」

 

 

「ええ……?」

 

 

 赤毛の隻眼剣士がもったいぶって、生徒に問いかける。

 教室に囁きが広がっていく。

 最前列右端、水色おさげの〈直情槍娘〉──エレナ・ヴェスターは目を白黒させているようだった。

 

 

「え~、遠征の話?」

 

 

「そうだ! 察しがいいなヴェスター。貴様らの大好物だ! これより、〈試しの山〉に向かう班構成を発表する! まずは第一班!」

 

 

 一呼吸置き、メイリーナが名前を呼び上げた。

 

 

「モブ・アイカータ、カーラ・ソードマン、レン・リーダ、シモン・アウクシル!」

 

 

「──はああ!?」

 

 

「なんで!?」

 

 

 教室がざわめきに揺れた。

 俺も思わず耳を疑う。同じ班に男子が二人どころか三人まで詰め込まれている。

 原作ゲームの裏設定〈男子学生は女子学生の慰労要員〉を知る身としては、到底ありえない組み合わせだった。

 

 

 俺は目の前の男子二人の背を見る。

 微動だにせず無反応――その静けさで俺は仕込みがあったと悟る。

 朝の校長邸宅での出来事を、思い起こした。

 

 

「他の班男子なし!?」

 

 

「こ、こんなことが許されていいんスか!?」

 

 

「──やかましい! 決定事項だ! 次、第二班! マリー・バッドガール、ルールルー・プルン、アリス・マーケッタ、──そして」

 

 

 女生徒の悲鳴を打ち消すようにメイリーナが声を荒げる。

 第二班に読み上げられた名前を聞いて、俺は瞬時に戦力の偏りを感じ取った。

 原作準拠なら強すぎる構成。

 残り一枠は、バランスを取るべきではと俺が思っていた矢先。

  

 

「カナメ・ビゼン!」

 

 

 最後に呼ばれた名前を聞いて、俺は腰を抜かした。

 

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、午前。

 一限目の授業が終わるや否や、後ろの席のカナメに近づく影があった。

 

 

「カナメ! よろしくね!」

 

 

「う、うむ。──って」

 

 

 アリス・マーケッタがカナメの机へ手を置き、身をかがめる。

 虎金色の瞳が刃のような光を孕み、目と鼻の先でカナメを覗いていた。

 不意の接近に頬を染めたカナメは、窓際へ椅子を引く。

 

 

「近い、近いぞお前!」

 

 

「あらそう? 別にいいじゃない?」

 

 

「構う! 何の用だ!? 挨拶だけか?」

 

 

「ええ、もちろん違うわ――」

 

 

 アリスは赤い舌先で唇をぬぐい、ゆっくりと上体を起こす。

 腕を組んだまま、今度は俺を見下ろした。

 

 

「実力を披露する機会を得られた――。私がカナメの一番だって、次の遠征で証明するわ」

 

 

「……何する気だよ?」

 

 

「勝負よ、モブ。どちらが優れたパートナーか決めましょう。――ダンジョン奥のヌシ※1の元にたどり着き、先に撃退した方が勝ち。道案内と狩りの速度で競うの。それでどう?」

 

 

 アリスは獰猛な笑みを浮かべ、細めたまなこを差し向ける。

 俺も視線を逸らさず応えた。

 

 

 男子と女子――本来競わぬ立場の勝負。

 教室中に期待と好奇の気配が、一気に膨れ上がっていった。

 

 

「終わったら、後援契約を正式に結びましょ? カナメ」

 

 

「は!? な、なにを勝手に――!?」

 

 

「まずはお試しで、刀と五金を渡すわ。ふふっ、同じパーティですもの。悪い話ではないでしょ?」

 

 

 聴衆の熱は上がり続ける。

 アリスとカナメの契約に対する囁きが水面の波紋のように広がり、木机の天板がわずかに揺れた。

 

 

 不意に、乾いた衝撃が床を通じて俺の背筋を叩く。

 振り返ると、翡翠色の髪を揺らしたレンが席を蹴って立ち上がっていた。

 

 

「──おい、マーケッタ」

 

 

「あら?」

 

 

 アリスは黄金の瞳を細め、レンと目線を交わらせる。

 教室の喧騒は熱を孕んだまま、次の言葉を待って膨張していく。

 

 

「公平じゃないだろう。──そっちはレベル3の精鋭揃い、こっちはレベル2ばかりだ。勝負を挑むなら、場を改めろ」

 

 

 レンは真っ直ぐアリスへ指を突きつけた。

 足元の黒革ブーツがわずかに震え、差し出した指先もかすかに揺れる。その震えに潜む悔いを、俺は見逃さなかった。

 

 

 軽い気持ちでレンは俺と同じ班を望んだのだろう。

 だが、アリスとの対決話が持ち上がり、自分の判断が重荷になった――レンの表情に漂う自責の影が、そう語っていた。

 

 

「自信がないの? 風の王国の子は、レベルが絶対だものね」

 

 

「──っ、うるさい! 勝負するなら条件をそろえるべきだろう! アイカータ、お前も嫌ならはっきり言え!」

 

 

 潤んだ翡翠の瞳で、レンが俺を見つめる。

 無謀な勝負から守ろうとする真っ直ぐな思いが、その視線ににじんでいた。

 

 

 俺は椅子を押し、ゆっくりと立ち上がる。戸惑うレンと、不敵な笑みを浮かべるアリスを交互に見下ろし、低く告げた。

 

 

「勝負は受ける」

 

 

「──ッ!?」

 

 

「モブ!?」

 

 

 驚くレンとカナメを横目に、俺ははっきりと言った。

 

 

「俺たちのパーティが、必ず勝つ。──俺が先導するからな」

 

 

「へえ……」

 

 

 アリスの口端がわずかに吊り上がる。金糸のような前髪が頬に落ち、虎金色の瞳が俺を舐めるように測った。

 窓の外では霧雨がまだ細く降り続き、雲越しの陽がガラスに冷たい光を散らしていた。

 

 

「男子が三人もいて、私に勝てると?」

 

 

「勝てるよ。うちは優秀な奴ばかりだ。そっちも優秀だけど、アリス、君のせいで負ける。スカウトの差で、負けることになる」

 

 

 言った瞬間、空気が凍りつく。

 教室の誰もが呼吸さえ忘れているように、俺には見えた。

 

 

 それもそうだろう。

 国一番の大商会の令嬢に挑む男子――正気の沙汰ではない。

 

 

 アリスは掌を返し、艶やかな金髪を肩で払う。

 机上の指先で天板を二度、軽く叩いた。

 コツ……コツ……。乾いた号砲が静寂を裂き、俺の鼓動が一拍跳ね上がる。

 

 

「──そこまで吠えるなら、さらに賭けない?」

 

 

 囁く声は甘く、それでいて鋼の刃の冷たさを含んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

〈用語解説〉

 

※1 ヌシ=生命体としてのダンジョンの機能の一つ。

 

ダンジョンの核の周辺を縄張りとする、ダンジョンのボス的存在。

固有素材や高品質素材、固有品を稀にドロップするため、冒険者は彼らの討伐に夢を見る。

 

 

ダンジョンは定期的にスタンピードと呼ばれる事象を引き起こし、ダンジョン内モンスターを近隣集落に襲撃させる。

スタンピードを止めるには、ダンジョン内部のヌシを討伐する他ない。

冒険者ギルドの調査によると、討伐後四十八時間サイクルでヌシは復活する。

 

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