ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

17 / 99
第14話 商会令嬢との対決

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、早朝。

 

 

『──モブの阿呆っ! 頑固者っ!!』

 

 

 昨日の叫びと、そのあとに届いた嗚咽が重なるたび、胃の底が重く沈んだ。

 朝、教室でまずカナメに謝る。その前に頭を冷やそうと、俺は傘も差さず、霧雨の校内を歩いていた。

 

 

 歩道脇の魔導灯の青い光が霧雨に滲み、濡れた石畳を濃紺に染めていた。

 歩くたび、靴裏から小さな水輪が広がる。

 緑の外套へ染み込む冷たさが、火照った頬にはちょうどよかった。

 

 

(ああくそ。なんであんなこと言っちまったんだか。……『なびく』だなんて、お前は何様だってんだモブ・アイカータ?)

 

 

 足を止めて、手のひらで顔を覆った。

 俺は大きく息を吐いて、火照った頬が冷めるのを待つ。

 なぜ、言ってしまったのか。

 ひと晩考えて、俺はすでに答えにたどり着いていた。

 

 

(『一番の案内役』って言われて、頼られて、舞い上がった。──ほんっと、ダサい男だよお前は……。カナメに、俺にだけ頼ってほしいって思うだなんて……)

 

 

 俺はかぶりを振る。その拍子に、濡れた髪から雨粒が数滴こぼれた。

 再び歩き出し、無人の大通りを抜ける。

 校長リンダ邸の脇へ差しかかったとき、重厚そうな扉が静かに開いた。 

 

 

 先に出てきたのは、翡翠色の髪の男子生徒。夜会用ローブの裾から黒革のブーツがのぞく。

 その後ろでは、深緑の髪を首の後ろで束ね、黒革手袋をはめた男子が、大ぶりのこうもり傘を開いていた。

 

 

 レン・リーダとシモン・アウクシル。

 見知ったふたりの、どう見ても朝帰りの姿を見て、俺は足を止めた。

 

 

「レン、シモン。……おはよう。朝帰りか?」

 

 

「アイカータ……」

 

 

 俺はふたりに近づきながら、声をかけた。顔色を窺いつつ、距離を測る。

 彼らの背後に建つ校長リンダ邸をちらと見上げた。

 

 

(校長の家、だよな? 何してたんだ? 一緒の朝食か?)

 

 

 ふたりはなおも扉の前に立ったまま。

 レンが、細く鋭いまなざしを俺へ向ける。

 

 

「──どうでもいい。貴様こそ、こんな早くに何をしている?」

 

 

「散歩だよ、散歩」

 

 

「傘も差さず、雨除けの結界魔法もなしで、か?」

 

 

「そんな気分の朝もあるさ──頭を冷やしたくてな」

 

 

「──男子がひとり……。危険ですよ?」

 

 

 ふたりは数歩だけこちらへ寄り、雨だまりの向こうで足を止めた。

 シモンの視線が、雨に濡れた俺の髪から外套へ落ちる。

 黒革手袋の指が、こうもり傘の柄をわずかに握り直した。

 

 

 雨だまりを挟んだまま、俺たちは向かい合う。

 レンの翡翠色の瞳が、五歩先から俺をじっと見上げていた。

 

 

「どした?」

 

 

「──ふん。……今日の班発表を楽しみにしていろ。行くぞ、シモン」

 

 

「はい。アイカータ様、帰り道にはお気をつけて」

 

 

「? ああ、またな」

 

 

 シモンは去り際に会釈し、レンと並んで男子寮兼職員寮の方角へ歩き出した。

 肩をすくめ、俺はふたりの背を見送る。

 

 

「……何なんだ?」

 

 

 レンの含みのある言葉と、シモンの気遣いが妙に引っかかった。

 俺は遠ざかるふたりの好感度を、こっそり才能(タレント)の目でチラ見する。

 

 

「!」

 

 

 赤く染まった視界に、以前よりずっと柔らいだふたりの顔アイコンが浮かんでいた。

 

 

 俺は目をぱちくりする。

 この前まで、刺すような目でにらまれていたはずなのに、いったいどうしたのだろうか。

 少なくともいまは、嫌われていない。むしろ、俺と関わりたがっているように見えた。

 

 

「……もう、時間か」

 

 

 ちょうど、講義棟の屋上から七時を告げる鐘が鳴った。

 俺は赤い視界を解く。自宅に戻って、準備をしなければ。

 カナメへの第一声を考えながら、俺は来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、朝。

 教室に着いた俺は、あいさつを交わしながら自席へ向かった。

 

 

「おはよう、レン、シモン」

 

 

「おはようございます、アイカータ様」

 

 

「……」

 

 

 男子ふたりの席を通り過ぎ、自席の前で足を止める。

 カナメは黒板だけをまっすぐ見つめていた。

 

 

「おはよう」

 

 

「──おはよう」

 

 

 返事はあった。だが、藍の瞳はこちらを向かない。

 雨雲越しの白い光を受け、銀のまつげだけがかすかに震えた。

 手を伸ばせば届く距離なのに、昨日より遠く感じる。

 

 

 喉の奥に酸っぱいものがせり上がる。

 席に滑り込むと同時に、俺は体半分カナメのほうを向いた。

 低い声をあげる。

 

 

「……昨日は言葉が過ぎた。ほんとうにすまん。『アリスになびいた』なんて言って、どうかしてた。俺が悪かった」

 

 

「──」

 

 

 言い切って、俺は頭を下げる。

 再び顔を上げた時に、藍の瞳が机上へ落ちているのを見た。

 カナメは唇を固く結んだまま、何も言わずにいる。

 俺はさらに続けた。

 

 

『それに、お前は男子の授業で忙しかったから……』

 

 

「──俺を気遣って、自分でやってみようとしてくれたんだよな。その心を、無下にすべきじゃなかった。感謝すべきだったんだ。俺のこと、労わってくれて、ありがとう」

 

 

 俺は、いつものように右手を差し出した。

 初めて会った日も、死線を越えた日も、俺たちはこうして手を握った。

 手のひらには、じっとりと汗が滲んでいる。それでも、引っ込めずに待った。

 

 

 カナメが、ようやく俺を見る。

 藍の瞳が、俺の顔と差し出した手を行き来した。

 彼女の喉が、かすかに動く。桜色の唇を、震わせた。

 

 

「わ、我も──」

 

 

「朝会始めるぞー」

 

 

 担任のメイリーナの声が背後から飛んできた。

 伸ばしかけた俺の手は宙で固まり、そっと膝へ落ちる。

 俺はしぶしぶと前を向いた。

 

 

「う……」

 

 

 途中、カナメが指先を一拍(いっぱく)宙に漂わせているのを、俺は見つけた。

 彼女は気まずさを誤魔化すように、伸ばしかけた指を膝の上で拳へ握り込む。

 

 

 なんて間の悪い。

 それでも、カナメが手を取ろうとしてくれたことに、俺は安堵する。

 緊張が(やわ)らぎ、喉が急に乾いたかのように感じた。

 

 

 教壇へ視線を戻すと、メイリーナは腕を組み、不敵に笑っていた。

 なんだなんだ? 俺含め、教室中の視線が、次の言葉を待って彼女へ集まる。

 

 

「──ふっふっふ。〈適正人数を超えた際のモンスター側の強化〉なんて堅苦しい授業の前に、昨日約束した楽しみを与えてやろう! これより、〈試しの山〉へ向かう班構成を発表する! まずは第一班!」

 

 

 ひと呼吸置き、メイリーナが名前を呼び上げた。

 眼帯のない方の目が鋭く光り、うなじで三つに編んだ赤髪が肩口で揺れる。

 

 

「モブ・アイカータ、カーラ・ソードマン、レン・リーダ、シモン・アウクシル!」

 

 

「──はああ!?」

 

 

「なんで!?」

 

 

 教室がざわめきに揺れた。

 俺も思わず耳を疑う。同じ班に男子がふたりどころか三人まで詰め込まれている。

 原作ゲームの裏設定〈男子学生は女子学生の慰労要員〉を知る身としては、到底ありえない組み合わせだった。

 

 

 俺は前の席に並ぶ男子ふたりの背を見る。

 レンもシモンも、驚くどころか微動だにしない。

 今朝の「班発表を楽しみにしていろ」という言葉が俺の脳裏をよぎった。

 

 

(……校長に頼み込んだんだな)

 

 

「じゃあ他の班、男子なしぃっ!?」

 

 

「こ、こんなことが許されていいんスか!?」

 

 

「──やっかましい! 決定事項だ! 次、第二班! マリー・バッドガール、ルールルー・プルン、アリス・マーケッタ、──そして」

 

 

 女生徒の悲鳴を打ち消すように、メイリーナが声を張る。

 第二班に読み上げられた名前を聞いて、俺は瞬時に戦力の偏りを感じ取った。

 原作準拠なら強すぎる構成。

 残り一枠は、バランスを取るべきではと俺が思っていた矢先。

  

 

「カナメ・ビゼン!」

 

 

 最後に呼ばれた名前を聞いて、俺は腰を抜かしかけた。

 

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、午前。

 一限目終了の鐘が鳴るや否や、アリスがカナメの席へまっすぐ歩いてきた。

 昨日の申請の件が脳裏をよぎり、反射的に腰が浮きかける。

 カナメへ迷いなく近づくアリスの背中が、なぜか妙に気に障った。

 

 

 落ち着け俺。大人しく、俺はカナメの対応を見守ることにする。

 机の縁を握り、浮きかけた腰を椅子へ戻した。

 

 

「カナメ! 同じ班ね。よろしくね!」

 

 

 アリスはカナメの机に片手をつき、身をかがめる。

 虎金色の瞳が、目と鼻の先から藍の瞳を覗き込んだ。

 頬を染めたカナメは、瞬時に窓際へ椅子を引く。

 

 

「き、貴様ァ!? ち、近い、近いぞ!」

 

 

「あらそう? 別にいいじゃない?」

 

 

「構う! 何の用だ!? あいさつだけか? ──『ひとりで済ませればモブが喜ぶ』などと焚きつけた件、我は忘れておらぬぞ!」

 

 

 カナメが犬歯を覗かせ、アリスをにらみつける。

 対するアリスは、悪びれもせず小首を傾げた。

 

 

「あら、人聞きが悪いわね。提案したけれど、選んだのはあなたでしょう?」

 

 

「ぬぐぐっ……!! そのとおりとは言え腹が立つ……! ええい、早く用件を言え!」

 

 

 アリスが、赤い舌先で唇をなぞる。ゆっくりと上体を起こした。

 彼女は腕を組み、今度は俺を見下ろす。

 

 

「あの時、カナメが言ってたわね。私の実力を知らない。命を預けるなら、慎重に見定めるべきだと」

 

 

 アリスの虎金色の瞳が、すっと細まる。

 そのまなざしは、草陰から獲物を見定める虎をほうふつさせた。

 

 

「それに、一番の案内役はモブだとも言った。私とあなたの役割が被るなら、どちらが優れているか、結果で示せばいいでしょう?」

 

 

「……何する気だよ?」

 

 

「ちょうど、次の遠征で実力を見せる機会もできた──。私がカナメの一番だって、次の遠征で証明するわ」

 

 

 一番──。

 俺を舞い上がらせた言葉を、アリスが使う。

 胸の奥を、ざらりと逆撫でされた。

 開いた片手を胸に添え、アリスは続ける。

 

 

「勝負よ、モブ。どちらが優れたスカウトか決めましょう。──ダンジョン奥のヌシの元にたどり着き、先に撃退した班が勝ち。道案内と狩りの速度で競うの。それでどう? 私が勝てば、もう『実力を知らない』とは言わせない」

 

 

 アリスは獰猛な笑みを浮かべ、細めたまなこを差し向ける。

 俺も視線を逸らさず応えた。

 

 

 男子と女子──本来なら競わぬ立場の勝負。

 期待と好奇のざわめきが、教室中に広がっていく。

 

 

「私たちが勝ったら、後援契約の話をもう一度しましょう。ねえ、カナメ?」

 

 

「はあ!? な、なにを勝手に──!?」

 

 

「まずは、商会が扱う和国製の刀を、遠征が終わるまで貸してあげる。活動費も五金まで、無利子で立て替えるわ」

 

 

 五金と告げるや否や、教室のざわめきが一段高くなった。

 カナメはしばし黙り込み、やがてアリスを正面から見返す。

 

 

 不意に、乾いた衝撃が床を通じて俺の背筋を叩く。

 振り返ると、翡翠色の髪を揺らしたレンが席を蹴って立ち上がっていた。

 

 

「──おい、マーケッタ」

 

 

「あら?」

 

 

 アリスは虎金色の瞳を細め、レンと視線を()わす。

 教室の喧騒は熱をはらんだまま、次の言葉を待って膨張していく。

 

 

「公平じゃないだろう。──そっちはレベル3の精鋭揃い、こっちはレベル2ばかりだ。勝負を挑むなら、場を改めろ」

 

 

 レンは真っ直ぐアリスへ指を突きつけた。

 指先は、かすかに震えている。その震えに潜む悔いを、俺は見逃さなかった。

 

 

 今朝の校長邸前でのやり取りを俺は思い起こす。

 軽い気持ちでレンは俺と同じ班を望んだのだろう。

 だが、アリスとの対決話が持ち上がり、自分の判断が重荷になった──レンの表情に漂う自責の影が、そう語っていた。

 

 

「自信がないの? 風の王国の子は、レベルが絶対だものね」

 

 

「──っ、うるさい! 勝負するなら条件をそろえるべきだろう! アイカータ、お前も嫌ならはっきり言え!」

 

 

 潤んだ翡翠の瞳で、レンが俺を見つめる。

 無謀な勝負から守ろうとする真っ直ぐな思いが、その視線ににじんでいた。

 

 

 レベル差だけを見れば、確かに不利だ。

 だが、勝敗にはヌシへたどり着くまでの時間も含まれる。

 準備を整え、最適な道を選び、無駄な戦闘を避ければ、スカウトの差で覆せる。

 

 

 俺は椅子を押して立ち上がった。戸惑うレンと、不敵な笑みを浮かべるアリスを交互に見下ろし、低く告げた。

 

 

「勝負は受ける」

 

 

「──ッ!?」

 

 

「モブ!?」

 

 

 驚くレンとカナメを横目に、俺ははっきりと言った。

 

 

「俺たちのパーティが、必ず勝つ。──俺が先導するからな」

 

 

「へえ……」

 

 

 アリスの口端がわずかに吊り上がる。金糸のような前髪が頬に落ち、虎金色の瞳が俺を舐めるように測った。

 窓の外では霧雨がまだ細く降り続き、雲越しの陽がガラスに冷たい光を散らしていた。

 

 

「男子が三人もいて、私に勝てると?」

 

 

「勝てるよ。その条件ならな。うちは優秀な奴ばかりだ。そっちも優秀だけど、アリス、君のせいで負ける。スカウトの差で、負けることになる」

 

 

 言った瞬間、空気が凍りつく。

 教室の誰もが呼吸さえ忘れているように、俺には見えた。

 それもそうだろう。

 国一番の大商会の令嬢に挑む男子──正気の沙汰ではない。

 

 

 アリスは手のひらを返し、艶やかな金髪を肩で払う。

 机上の指先で天板を二度、軽く叩いた。

 コツ……コツ……。乾いた音が静寂を裂き、俺の鼓動が一拍(いっぱく)跳ね上がる。

 

 

「──ほんっと、生意気な男ね。出会った時から何も変わってない……。そこまで吠えるなら、もうひとつ賭けない?」

 

 

「……条件は?」

 

 

「私とあなた。負けた方が、卒業まで勝った方の犬になる。それでどう?」

 

 

 ささやく声は甘く、それでいて鋼の冷たさを含んでいた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。