ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―   作:つくもいつき

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第16話 男子班対女子最強班 前哨戦

 

 

 

 春シーズン第一週の六日目、午後。

 俯いて青ざめるカーラの表情を、俺は(だいだい)の光の中で測り続ける。

 

 

「念のための確認だけど、あの日ってわけではない?」

 

 

「ち、違うっ。周期的には問題ないんだ! 私はそんな重いほうではないし……。――その、口で説明するより、見てもらったほうが、いいと思う」

 

 

 生理周期は女性冒険者の共通の悩みだ。

 だが今回は違う、とカーラ自身が言う。

 

 

 言い終えるや、カーラはソファから立ち上がった。

 

 

 

 

 カーラの案内で、俺たちは学内の屋根なし多目的アリーナへ移動した。

 雨はまだ細く降り続いていたが、アリーナ上空に半透明の結界魔法が張られ、水滴は淡い光粒に変じて弾かれる。

 

 

 アリーナ内の更衣室で着替えた俺たちは、邪魔にならぬようフィールドの隅まで歩く。

 午後の選択授業の真っ最中で、中央コートには実戦剣術組の生徒が入り乱れていた。鋼と鋼が噛み合う高い音や乾いた木剣の衝撃音が空に響き、観客席のベンチまで震わせる。

 

 

「この辺でいいか?」

 

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 

 カーラは上半身にスチールアーマー、下は革素材のキュロットを身に着けている。

 右手には刃渡り六十センチの片手剣を携えており、左手は――空だった。

 

 

「ん? 盾は?」

 

 

 俺は片眉を上げる。

 原作ゲームでの彼女は〈鉄壁のタンク〉と呼ばれた盾使い。

 その象徴が見当たらないまま、俺たちへ向き直る。

 

 

「……見てくれ」

 

 

 カーラは腰の携帯袋に指を差し入れ、深呼吸とともに収納魔法を発動した。

 鉄製ハーフタワーシールドを引きずり出す。

 袋から完全に抜けきるやいなや、カーラの左腕が痙攣(けいれん)し――盾は指からこぼれた。

 

 

 俺の心音が跳ねる。

 乾いた金属音が、アリーナの隅にこだました。

 

 

 中央コートの鍛錬組さえ一瞬手を止めてこちらを振り返る。

 カーラは左手をだらりと下ろし、指先を痛そうにさすった。

 

 

「……これが、今の私だ」

 

 

「怪我なのか、ソードマン?」

 

 

「怪我なら、よかったな」

 

 

 隣のシモンが一歩飛び出しかけるも、留まった。

 俺はカーラの病状を『視る』。

 赤染の世界で、彼女がバッドステータス〈トラウマ(戦闘)〉にかかっているのを、確認した。

 

 

「盾を持つと、視界の端で兎が跳ねるんだ。あの円盾(まるたて)が壊された時のことを、どうしても思い出してしまう」

 

 

「そういうことか……」

 

 

「剣の名門ソードマンの三女と言っても、私は盾の腕でこの学校に入れたようなものなんだ。盾を握れなければ、私の価値は、ない。だから、回復するまで実習の参加は控えようと思って……」

 

 

 俯くカーラを前に、俺は胸の奥が熱くなった。

 両隣をちらと見る。

 レンは拳を強く握り、シモンは右手の甲を擦っては目を伏せていた。

 

 

 戦闘開始時にパラメータ低下を引き起こすバッドステータス〈トラウマ(戦闘)〉。

 俺は――その回避策を知っている。

 ならば試すほかないと、前に出た。

 

 

「うえっ!? あ、アイカータ、くん?」

 

 

 半歩先の距離まで詰めた。

 堂々と胸を張って、俺はカーラと視線を合わせた。

 

 

「モブでいいって。――カーラの事情は、よおくわかったよ」

 

 

「……す、すまない」

 

 

「でも、実習には出てもらいます」

 

 

「うぇえっ!?」

 

 

 俺は顔を近づける。

 半歩引くカーラを追い詰めて、至近距離で彼女を見下ろした。

 

 

 カーラの顔が紅潮していく。

 背後のレンとシモンの制止する声を振り切り、俺は続けた。

 

 

「――俺には、君が必要だ。俺のために、戦ってくれないか?」

 

 

「……~~っ!?」

 

 

 男性限定授業〈冒険者パーティにおける男性の役割~女性の喜ばせ方~〉のメソッド――それを俺は使った。

 原作ゲームでも、魅力が高い男子生徒をパーティに入れておくと女性陣のやる気が上がり、各種バフが乗る仕様となっていた。

 

 

 そして、やる気が最高潮だと〈トラウマ(戦闘)〉は無効化される。

 

 

 口をパクパクさせ、カーラは俺の瞳を食い入るように見つめている。

 今にでも鼻血を出しそうなほど、彼女は顔を赤くする。

 

 

「どうだ、カーラ?」

 

 

「は、はひっ……!」

 

 

「お、おいアイカータ! は、ハレンチだぞ!」

 

 

 レンが俺の外套を後ろから引っ張る。

 カーラはその場にへたり込む。腰を抜かしたようだった。

 

 

「お前! 男がそんな言葉使ったらまずいだろう!」

 

 

「そ、そうです! 勘違いさせますよ!?」

 

 

「ん? カーラとなら、俺は勘違いされてもよかったけど?」

 

 

「はうっ」

 

 

「ソ、ソードマン様!?」

 

 

「お前というやつは~~っ!!」

 

 

 俺の追撃の言葉でカーラがダウンする。

 レンは俺の首元を締め上げ、青筋を立てていた。

 シモンはカーラの側に膝を立て、触らないまでも容態を確認している。

 

 

 俺は二人が男性限定授業を欠席していたことを思い出す。

 演技であることは伝わっていないようだった。

 

 

 どうやって落ち着かせようと言葉を選んでいる途中。

 レンたちの背後に深紅の影が差す。

 俺は眉を上げた。

 

 

「――あら、なんだか楽しそうね?」

 

 

 黄金の瞳が興味深げに、こちらを覗き込んでいた。

 

 

 

 

 薄日が金髪と小麦肌をすべる。

 深紅の外套が風に翻り、微かな薔薇香が漂った。

 周囲で剣戟を交えていた実戦組がざわついて手を止めている。

 

 

 アリスは黒土の縁をブーツで踏みしめながら歩み寄った。

 

 

 レンは咄嗟に俺の襟を放し、シモンは蹲るカーラを庇って一歩後ろへ。

 アリスは自身の腰を両手でつかみ、小首を傾げては、俺に質問する。

 

 

「私は口説いてくれないのかしら、モブ?」

 

 

 からかう声音が春先の冷気に溶け、周囲のざわめきをひと息でさらっていった。

 

 

「……アリス、それに――」

 

 

 俺は彼女の背後に並ぶ影を確認する。

 水色髪の長身シスター、マリー・バッドガール。

 とんがり帽子を目深にかぶった小柄な魔法使い、ルールルー・プルン。

 そして和国装束に二振りの鞘を差したカナメ。

 

 

「こんにちは、モブ様♡」

 

 

「あいさつ」

 

 

 マリーが手を振り、ルールルーは無感情に一言だけ発する。

 カナメは目を合わせたものの、すぐに視線を逸らし赤鞘を握り直していた。

 

 

「こんにちは、マリー、ルールルー……カナメ」

 

 

 俺が応じると、アリスは一歩踏み込み、腕が触れそうな距離に立った。

 

 

「そっちは大変みたいね?」

 

 

「そうでもないさ。アリスたちはここで何を?」

 

 

「チーム連携の確認と――カナメの新刀の試し斬りよ」

 

 

 アリスが含み笑う。

 傍らのマリーとルールルーが息を潜め、中央では剣士たちの鍔迫(つばぜ)り合いが余韻だけを残して止む。

 剣戟の残響が途切れる瞬間、彼女は声を潜めた。

 

 

「──今なら、賭けの内容を取り下げてもいいわよ?」

 

 

 雨粒が結界膜で弾け、光粒となって宙を舞う。

 俺は静かに首を振り、答えた。

 

 

「いいや――続行だ。約束は守る。勝ったほうが望みを通す、だったな?」

 

 

 アリスは金色の瞳を糸のように細め、唇の端を上げた。

 

 

「ええ。私が勝ったら、卒業まであなたは私の犬。負けたら、私があなたの犬になる」

 

 

 関係ないはずの剣士たちが小声でどよめき、黒土を蹴る靴音が間延びして響いた。

 

 

「ねえ、もう商会に連絡してワンちゃん用の首輪を取り寄せてるの。きっとあなたに似合うと思うわ♪」

 

 

 彼女は指を鳴らし、空中で見えない輪を作る仕草をする。

 

 

「その首輪、素材よく選んでおいたほうがいいぞ?」

 

 

「あらどうして?」

 

 

「君の首に着けるものだからな。かぶれたりしたらやだろ?」

 

 

 俺の切り返しにアリスの眉がわずかに跳ね、その背後で三人が反応した。

 マリーは手のひらで口元を隠し「まぁ」と目を丸くし、ルールルーは無表情のまま。

 カナメは赤鞘を握り直し、頬を染めながらも微笑む。

 俺の軽口をどうやら楽しんでいるようだった。

 

 

 アリスは喉奥で笑いを転がした。

 

 

「ふふっ。その強がり、いつまで続くかしら? 楽しみにしているわ。――みんな、戻りましょ?」

 

 

 そう言い残して、深紅の外套を翻してアリスたちは中央へ向かう。

 剣戟音が再び高まり、彼女たちの背を包み込んでゆく。

 

 

 去り際、少し遅れていたカナメが俺へ歩み寄る。

 藍の瞳が揺れていた。

 

 

「モブ……本気、なのか?」

 

 

「ああ。真剣勝負だ。――間違っても手を抜くな。俺はそういうのが嫌いでね」

 

 

 俺は赤鞘の刀を指差して言った。

 カナメは一瞬だけ瞳を大きくし、すぐに小さくうなずく。

 

 

「無論だ。……あの、その。い、今更だが、悪かった。勝手に申請して……。お前の言う通り、我はお前を待って、申請すべきだった」

 

 

 金切り音が遠くで鳴り、一拍だけ場が静まる。

 カナメはゆっくり右手を伸ばした。

 革巻きの柄に乗る反対の指が震え、謝意を宿した瞳が俺のことを見据える。

 

 

 俺は微笑する。

 まるで、胸の奥のつかえがとれたようだった。

 差し出された手を取らず、諸手を上げて言った。

 

 

「そいつは、勝負が終わってからにしよう、カナメ。――今は敵同士だからな」

 

 

「……む。そうくるか」 

 

 

 カナメは一瞬口元を緩めると、赤鞘の柄を小気味よく叩いた。

 

 

「わかった。……こう言ってはなんだが、お前と全力で張り合えるのを、我は心のどこかで楽しみにしていた。――全身全霊で相手をしよう」

 

 

「望むところだ」

 

 

「ふふっ、また今度な!」

 

 

 カナメは二振りの鞘を揺らしながらアリスたちを追っていった。

 

 

 

 

 アリーナの中央では選択授業の休憩がてら即興の見せ合いが始まっていた。

 カナメが二振りを逆手に構え、八連の抜刀を一拍で描くと、黒土が削れ銀線が走る。

 

 

 その他にアリス、マリー、ルールルーがレベル4の模擬ゴーレムを圧倒するさまを、俺たちは遠目で観察していた。

 四者四様の技能に、周囲の生徒たちが一斉に歓声と拍手を送る。

 

 

 隣に立つレンが翡翠色の前髪を指で払いつつ、ローブを胸元で握りしめている。細い眉が影を落とし、翡翠色の瞳は揺れたまま俺を映した。

 

 

「……本当に勝算はあるのか?」

 

 

 声は低いが、語尾にかすかな震えがにじむ。

 見回すと、レンの隣のシモンと、俺の左手に立つカーラも俺の顔を注視している。

 

 

「あるさ。――だから賭けに乗った」

 

 

「どうやって?」

 

 

「不安か、レン?」

 

 

「……うるさい、俺が質問してる」

 

 

 俺は下からにらみつけるレンの頭に手を乗せた。

 彼は眩しそうに俺を見上げる。

 弟を落ち着かせるような声音で、続けた。

 

 

「アリスがスカウトをしてるってことは、付け入る隙があるってことだ。あの子は、自分の才能を過信しているからな」

 

 

 片眼を細め、指先でまぶたをなぞる。

 似たような才能を持つ者同士だからこそ見える弱点がある。

 

 

「いっちゃあなんだが、俺はスカウト能力と知識では誰にも負けない。たとえ相手のレベルがどんなに高くても。楽に勝てるさ――実は、あの子の才能を逆手にとって、罠にはめてやる算段もある」

 

 

 レン、シモン、カーラ。

 一人一人の顔を眺めてから、俺は言った。

 

 

「俺はこの勝負に勝って、自分がスカウトとして一番であることを証明する。そのために、みんなに頼りたい。――どうだ、俺を助けてくれないか?」

 

 

 カナメの隣に居続けるため――アリスに勝ちたい。

 俺はそう、心から願った。

 

 

 カーラが片手剣の柄を強く握り直す。

 レンは目を細め、拳を胸に当てて一度うなずき、シモンは静かに胸元のペンダントをつまんだ。

 

 

「――わかった。そ、そこまで言われたら、私も参加する。本番まで治るか、わからないが……」

 

 

「負けても……。いや、必ず、勝とう」

 

 

「ええ。全力を尽くします」

 

 

「……ありがとう」

 

 

 胸にこもった熱を、俺は口にする。

 三人を見回して、頭を下げた。

 

 

 そして一拍置いて、俺は宣言した。

 

 

「――それじゃあ勝つために、まずは走るか」

 

 

「は?」

 

 

 レンが間の抜けた声を上げる。

 シモンは糸目をわずかに開き、半信半疑の光を宿したまま俺を見た。

 

 

「い、今からですか?」

 

 

「ああ。――見たところ、レンとシモンは体力(スタミナ)が心もとない。当日までに最低限の持久力は身につけなきゃな。俺とカーラも一緒に走るから安心してくれ。カーラは盾が持てるようになるまでは俺の家に軟禁する。寝ても覚めても盾を触ってもらうから、覚悟しとけ」

 

 

「はあ!? お前何を――!?」

 

 

「ななな軟禁っ!? だ、男子の家でぇ!?」

 

 

「ああ、ついでにレンとシモンも寝食を共にすれば効率いいな! 初日は疲れ切って動けないだろうし。食事による潜在パラメータの向上も見込める。よし、早速やるか!」

 

 

 上空の雲間が割れ、遅い午後の陽がアリーナに降り注ぎ始める。

 

 

 信じられないようなものを見るかのように、三人は顔を引きつらせてこちらを見ていた。

 

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